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2・囚われた先で、

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「何の用事だか知らないけど、これじゃ何にもできないだろ。
 とにかく放せよ」

 先ほどまでの冷静さが一瞬にして吹き飛び、怒りに任せて叫ぶ。

「そんな怖いお顔して脅しても無駄ですわよ」

 何がおかしいのか嬉しいのか、女があでやかな笑みをこぼす。

 錯覚だろうか? 
 ただでさえ整いすぎたその顔が浮かべた笑みがやけに恐ろしいものに見えた。

「ご要望には添えませんわ。
 今にも噛み付いて来そうな様子のあなたのお相手を、か弱いわたくしが一人でしなくてはいけないのですもの、多少のハンデは必要でしょう? 」

「何がか弱いんだよ。
 そのか弱いあんたが俺に何の用だよ? 
 まさか力仕事でもやらせようって言うんじゃねないよな」

「お惚けになって…… 」

 女は腰を屈めるとアースの顔に視線を合わせる。
 女の纏うきつい香りが体中を包み込み鼻を差す。

「すでにわたくしがお願いしたいことを、あなたは御存知だと思いますわ」

「力仕事でなければ、あんたの話し相手? 
 残念だけど、あんたを楽しませる話題俺が持っているとは思えないな。
 趣味、全然合わなそう」

 女の目的はなんとなくわかっているが、わざと惚けて聞いてみる。

「まさか! 」

 女はアースの言葉に女は高い笑い声をあげた。

「結構よ、お話相手も力仕事をする男手にも不自由はしていないわ。
 あなたにはもっと別のことをして頂きたいの。
 あなたにしかできないことをね」

「言っとくけど俺、力仕事以外何にもできないからな。
 あんたにとっちゃヴレイの方がよっぽど利用価値あるんじゃないか? 
 ヴレイなら多分、ライバル妃の追い落としでも、世継ぎの男子を孕む呪いでも、あんたの望むことなら一通りやってのけるぜ」

 ……ただしよっぽど気が乗らなければやらないが。
 最後のひと言だけは言葉にせず咽の奥へ飲み込む。

「結構よ。
 わたくしのお願いしたいのはそんなことではないもの」

 女は視線を向けると、アースの頬に手を伸ばし身動きできないようにしてその顔を覗き込む。

「……あなた以外の誰であれ、できないことよ」

 女は低い声で囁きかけた。


 
「やっぱり、そっちか」

 心の中で呟いてアースは内心でため息を吐く。
 
 女の言葉でアースは全てを読取る。
 この女の欲しているのは自分ではなく紛れもなくアイツだ。

「俺の代わりなんて掃いて捨てる程いるだろう」

 かといって「はい、そうです」などと無邪気に言える訳もない。
 とにかく惚け通す以外にないのだ。
 アレは誰の手にも渡してはいけない。

「もしかして隠しているつもりなのかしら?」

 女は首を傾げた。

「無駄ですわよ。あなたのことはすでに何もかも調査済みですわ」

 女の赤く染めた爪がそっとアースの顎を撫で次いで激しくひっかいた。

「痛ってぇな…… 」

「この血の中に何があるのか」

 半ば狂気の色をその黒曜石の瞳に浮かべ、女は陶酔したようにアースの血に染まった指先に舌を這わせる。
 
 やはり目的はアイツの血。
 アイツの力。
 
 ヴレイの魔術師としての力を必要としなければ、誰かが自分に積極的に関わってくるなどそれしか考えられない。
 普段アレの存在はひた隠しにしてはいるが、それでもアレの持つ強すぎる力をかぎつけて危機に見舞われた事は何度かある。
 
 慣れたことだ…… 
 
「協力していただけますわよね」

 女は有無を言わせぬように形だけ訊いてくる。

「冗談! 」

 丁度近くに迫った女の顔に噛み付きそうな勢いでアースは叫ぶ。

「怖いこと…… 」

 言葉とは反対に、女は面白がっているかのように笑みを浮かべる。

「なにもあなたに危害を加えようと言っているわけではありませんのよ。
 ただ、その身体を貸していただきたいだけなの」

 女は何でもないことのように言う。

「なんだかよくわからないけど、そっちの事情だけで拘束されてもな」

 アースはとりあえずあくまでも惚ける。
 今ここで認めてしまったら、相手は完全にその気になる。

「まあ、それは謝りますわ。
 でもずっと以前から条件に合う躯を捜していたのですもの。
 方々に手を尽くしてやっと見つけた器なんですのよ。
 手放す訳には行かないでしょう? 」

 アースを見つめて女は目を細めた。

 
 そのどこか陶酔したような女の表情を前にアースは目を閉じ見えないものに神経を集中させた。
 いくら監禁する側だと言っても、まるでこの状況を楽しんでいるような女の表情は異常に思えた。
 
 瞼の奥で見えない女の影が動く。
 それに重なるようにもう一つ、鉛色と緑の斑の霞みがゆらゆらとうごめく。
 
 やはり、女は何らかの妖魔にとりつかれていると思っていい。

「ちっ…… ヴレイがここにいればな」

 アースは小さく舌を鳴らした。
 正直魔力を持たないアースにとって見えないモノを見るだけでも手一杯だ。
 ヴレイにはきちんと形を持って見えるらしいそれがただの霞み程度にしか認識できない。
 当然、相手の正体を見極めることすらできないから対処のしようがない。
 

 女に取り付いている妖魔がどんなものかはわからないが、恐らく今の器に不服を感じて新しい器に移ろうという魂胆なのだろう。
 器を次々と変え力を増してゆくのは中級妖魔のよく使う手だ。
 
「あんたの器になんかされてたまるかよ? 」

 女を睨みつけてアースは言う。

「あら、わたくしのではありませんのよ。
 あなたには『あのお方』の器になっていただきますの。
 あの方のお気に召した躯を捜すのには本当に苦労したのですから」

「あの方? 」

 女の意味ありげな言葉にアースは眉を寄せた。

 意味がよくわからない。
 今喋っているのが女本人だとすれば『あの方』とは女にとり憑いている妖魔ということになる。
 だが妖魔が女の口を借りているとすれば、別のものがもう一体いることになる。
 しかもその物言いから、それは今女に憑いている妖魔より上位のモノだ。
 
「言っておくが、俺の身体はできそこないだぜ。
 あんたが宿るんなら他の身体を捜すほうがいい」

「いいえ、
 宿るのはわたくしではありませんもの。
 ですからあなたでなければいけませんの。
 あの方は妖魔ではなく、神ですから」

「なんだって? 」

 女の言葉にアースは耳を疑う。

「あんた、それ騙されてるぜ。
 神が人間の身体を欲しがるなんてありえない。
 俺ヴレイとあちこち歩いているけどさ。
 人に憑依するのはいつでも妖魔で、神が器を欲しがるなんて話聞いたことがないぜ」

「いいえ、あのお方は確かに神ですのよ。
 ですけれど特別な力を持つあのお方はこの世に降りる依り代に限りがありますの。
 どんなものでも誰でもいいという訳ではありませのよ」

「それが、俺? 」

 女は大きく頷いた。

「俺の何処がそんなに気に入ったんだよ? 」

「もちろん、昼夜で性別の変わるその稀有な…… 」

「って、あんただったのかよ? 
 この街に来てからずっと俺のこと付回していたストーカー! 」

 思わずアースは声を荒げた。
 もし昼夜見張られていたら、アレのことを見破られていてもおかしくはない。

「あのな? 
 俺呪われているんだよ。
 何も好き好んで夜な夜な女になるわけじゃない。
 そう言うわけで穢れた身体に神様なんかが降りられるわけないだろう、諦めな」

「ご冗談を…… 
 でまかせを言って逃れようとしても無駄ですわ。
 諦めてあの方の器になってくださいね」

 ゆるりと女は立ち上がると床に置かれた燭台を拾い上げる。

「ああ、でももう少し時間が必要かしら? 
 あの方も男の姿より可憐な少女の方がお好みでしょうし…… 」

 いとおしむように女はアースの頬に手を這わす。

「申し訳ないのだけれど、時が満ちるまでもう少し我慢してくださいね」

 女はアースの前を横切ると来た時と同じように靴音を響かせて階段を昇っていった。
 
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