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2・囚われた先で、
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しおりを挟む曲がり角をいくつか曲がり大きな通りを横切る。
「おい、この先って何処まで行くんだよ? 」
アースは女の背中を追いながら訊いた。
あの場所から既にかなりの距離を走っている。
「あんた、『すぐそこだ』ってような言い方していなかったか? 」
何かが妙だ。
そんな気がした。
女について行くうちに通りを行く人の姿が消え閑散としてくる。
人々の生活臭さえ薄れ、周囲に並んだ建物が趣を異にしている。
人家というよりは神殿を酷く小型にしたような、時代がかった意匠の造り。
その様子はまるで貴族の葬られた墓地の一角のようだ。
「なんだってヴレイがこんなところを通りかかるんだよ?
アイツは薬を買いにいったんだぜ。
居るとすればマーケットか商店街だろう」
「そこまではわたくしどもも存じませんわ。
ただあのお方が通りかかったのだけは事実です。
お急ぎくださいな、もしあのお方に怪我でも負われたら、わたくし共償いのしようもありませんもの」
思わず足を止め手しまいそうになったアースを女は急かす。
「こちらですわ」
酷く荒れ果てた様子の建物の一つまで来ると女はようやく足を止めた。
「あんた、道で襲われたって言わなかったか? 」
妙な状況にアースは女を見据える。
ヴレイが困っている人を助けに入ったとすればそれは必ず目撃したからだ。
こんな訳のわからない場所まで踏み込んで救助などするわけがない。
「そ、それは…… 」
一瞬女の視線が泳いだような気がした。
「追われたんです。
追われて逃げているうちにここに逃げ込んで……
恐らくまだ、この奥にっ!
お願いします、助けてください」
女は真剣な表情でアースに訴えると、その手をとり建物の中に引きずり込んだ。
「おい、ヴレイは何処だ? 」
引き込まれた建物の中を見渡してアースは訊く。
周囲を古代様式の大理石の柱で取り巻かれた建物の天井にその声が響く。
「ここって、神殿?
いや、個人墓地か? 」
入り口のドアから正面に設えられた砂埃の厚く積もった祭壇を目にアースは呟いた。
ますますおかしい。
「こちらです。
わたくし達この奥に逃げ込みましたの」
女は祭壇の脇に掘られた地下へと続く階段らしきものを指し示した。
「これって地下だろう?
こんなところからどうやって…… 」
階段を伝って昇ってくるかび臭い冷たい空気。
妙な状況に疑問が湧きあがる。
こんな抜け道のないどん詰まりの場所に追い込まれて、この女はどうやって逃げ出してきたのだろう?
この状況で逃げられるとしたら、追っ手が諦めて引き上げた時だけだ。
ヴレイがまだこの奥に居るとすれば、アースもまた今ここで妖魔と対峙していなければいかしい。
女を問い詰めようと振り返ろうとした瞬間。
後頭部に強い痛みが走った。
目の中で星のような細かい光がはじけ、視界がひっくり返る。
なす術もなく躯が階段の下へ転がり落ちる乱暴な刺激。
そして暗転……
抵抗することすらままならず、アースは闇の中に落ちていった。
「長い金髪の若い男? いいや、来てないね」
刃物商の店先でヴレイの問いに店主は首を横に振った。
「金の髪の人間はこの町では珍しいから、しかもそれが男なのに長髪となれば気が付かないはずはないんだが。
覚えはないね」
「そうか、邪魔をしたな。
この街に他に刃物商はあるか? 」
店主の答えに肩を落としつつもヴレイは訊く。
「いや、ウチだけでさ。
ただこの通りの端に武器屋が一軒。
街の北と南の街外れに鍛冶屋が一軒づつ。
それから、飲み屋が並んだ繁華街に魔道具も扱っているクラブが一軒ある。
商売柄刃物も扱ってるよ」
客ではないと見たのか店主は商売敵の場所を気安く教えてくれた。
「鍛冶屋か」
ヴレイは考えながら呟く。
「ああ、ここへ来る人間の半分は刃こぼれした剣を買い換えたいって用件だからな。
鍛冶屋なら新しく買わなくても研ぎなおししてくれる。
自分の工房で作った物を直売もしているから、そっちへ行く人間も多いよ」
アースの事だ、中間マージンなしで買い物ができるなら多少遠くてもそこまで出向くだろう。
「悪いな主人。
ではそちらを訊ねてみよう」
礼を言ってヴレイはその場を離れた。
「武具屋にも鍛冶屋にも来てないとは。
たかが普通の剣一振りのために何処まで行ったんだか」
行き交う人の姿を食い入るように見つめ、一人一人の顔を確認しながらヴレイは何度目かのため息をつく。
刃物商に教えてもらったとおり、所在がイマひとつはっきりしない魔道具を扱う店以外の全てを訪ねたが結局アースは何処にも現れていなかった。
「いくら何でも遅すぎるだろう? 」
念のため昨夜までいた宿まで訪ねたがそこにも顔を出していない。
仕方なく動き回るのをやめ、昨日商売をしていたマーケットの広場に身を寄せた。
無闇に歩き回るよりはこの方が出会える可能性が高い。
「全く、買い物一つにどのくらい時間を割けば気が済むんだか」
あからさまにため息をついた視線の先に突然リンゴが突きつけられる。
「今日は一人かい?
若いにいさんはどうした」
正面の露天で果物を商っている女は、差し出したリンゴをヴレイに勧める。
「丁度咽が渇いていたところだ、貰うよ」
ポケットの中の小銭を捜しながらヴレイは空いた手でリンゴを受け取る。
「金はいいよ。
どうせ傷物だ」
差し出されたコインに手を出さずに女は首を横に振った。
「そういう訳には…… 」
うっかり受け取ってしまったリンゴを返されたところで女は引き取らないだろうし、金も貰ってくれそうにない。
ヴレイは少し戸惑った。
「替わりに一つ占っちゃくれないかい」
あからさまに困惑顔をして見せたヴレイを気遣うように女は言った。
「占い? 構わないが」
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「娘がどうしているか占っておくれでないかい?
この街のとあるお屋敷にメイドとして奉公しているんだが、最近じゃ全く家に寄り付かなくなって。
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女は呆れたように大げさなため息をこぼした。
「そんなことでいいのか? 」
ヴレイは女の顔を見る。
「何か不味いかい?
あたしくらいの齢になるとさ、若い娘の言う『運命の相手』にはもう出会っちまってるし、商売も上手く行ってる。
亭主はとっくにあの世だからこの先の介護の心配もない」
女はけらけらと明るい声で笑う。
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