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1・魔女は買い物に出かけ

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 宿屋の二階の窓際にふわりと降り立つと、少女は窓枠に手を掛ける。
 できるだけ音を立てないように慎重に窓を開いて身体を滑り込ませ室内に降り立った。

「帰ったのか? 」

 同時に窓からの光が入り込まない暗闇から低い男の声が響いた。

「ヴレイ、起きてたの。
 とっくに寝ているかと思ったのに」

 少しだけ目を見開いて、少女は声の主を捜す。

「気がかりなことができて眠るどころではなかったからな」

 どこか怒気を含んだ声で言われる。

「ひょっとして、今日のアレのこと」

 ベッドの傍らに腰を落とした男の姿を見出して少女は首を傾げた。

「あれほど人目に付くからやめろと言っておいたのに」

「ごめんなさい、一応下に人が居ないか気をつけてたわよ。
 あれは、その、偶然と言うか、タイミングが悪かったって言うか…… 」

 ごにょごにょと言い訳をしてみる。

「この部屋に泥棒が入ったんじゃないかとか、大騒ぎになっていたんだぞ。
 おかげで、荷物を改めさせられたり戸締りの確認に亭主が来たりでまだやっと落ち着いたところだ。
 だからきちんと出入り口から出入りしろとあれほど言ったのに」

「だって、そしたらヴレイ。
 あなた年端も行かない女の子を部屋に連れ込んでいかがわしいことしているヘンタイさんにされるわよ」

「別に噂だけだ、一向に構わない。
 噂が街に広がる頃には別の街へ行く頃合になるだろうしな」

 開き直るようにヴレイは言う。

「ヴレイはそうでも、アースが嫌がるじゃない。
 それはそれはもう、こーんな顔して」

 少女は自分の目尻に両手の指を当て思いっきり引き上げておどけて見せた。

「噂の種類は別にしても、これだけの騒ぎになったらもうここにいるのは不味いな。
 明日にでもこの街を離れる方がいい。
 おまえはまだ何か未練があるかも知れぬがしたがってもらうぞ」

 少女を見据えてヴレイが言う。

「いいわよ別に」

 恐らくこちらが抵抗すると身構えて脅しを掛けてきたヴレイの言葉に少女はあっさりと頷いた。

「今回は随分素直だな」

「いい出物見つけたと思ったんだけどね。
 逃げられちゃったの。
 だからもうこの街には用はないの」

 少女はゆっくりとヴレイの腰掛けたベッドに歩み寄る。

「目的の物? 」

「そう、アースのね、喜びそうな物見つけたんだけど、一足遅かったのよね」

 言いながら少女は靴を脱ぎベッドの中へ潜り込んだ。

「おい、待て。
 おまえのベッドはあっちだ」

 ヴレイは慌てた様子で隣のベッドを指し示す。

「いいじゃない、別に。
 そんなに大騒ぎすること? 」

「お前は構わなくてもアースが目覚めると同時に大騒ぎするんだよ」

 ヴレイが唸るように言う。

「変よね。
 別に今に始まったことじゃないでしょ。
 子供の頃なんて何かに怯えて眠れない時には自分からしがみついていたのに」

 呆れたように少女は口にすると小さな欠伸を漏らした。

「とにかく。
 起きると一緒にアイツの罵声を聞かされるこっちの身にもなってくれ」

 ぶつなりながらヴレイはベッドを下りてゆく。

「どこか、行くの? 」

 毛布の中から細い腕を伸ばして少女が訊いてくる。

「お前、そのベッドから出る気はないだろ? 
 お前が動く気がないなら私が移動するだけだ」

 その腕に掴まらないように巧みに交わして、ヴレイはベッドを離れる。

「ヴレイのケチ。
 一緒に寝るくらいいいじゃな…… 」

 言い終わらないうちに少女は眠りに引き込まれていった。
 


 
 
 深い眠りから引き上げられるようにアースはゆっくりと目を開いた。

 ベッドの中で強張った身体を思い切り伸ばす。
 いつもならここで、隣に横になる人間の身体に腕が当り、一気に嫌な気分に追いやられながら飛び起きる羽目になる。
 ところが今朝は、その感触がない。

 不思議に思いながら起き上がり室内を見渡すと、僅かに差し込んだ朝日に浮かび上がるもう一つのベッドにヴレイの姿がある。

 嫌になるほど何度も訴えた効果がようやく出て来たのかも知れない。
 そう思うとどっと安堵が押し寄せた。

 アースはもう一度ベッドに横になると、夢の中に引き込まれていった。
 
「全く、何時まで寝ているつもりだ? 」

 乱暴に肩を小突かれアースは再び眠りの底から引き戻された。

「んぁ?」

 半分寝ぼけたまま、アースは重い目を擦りながら周囲を見渡す。

 見慣れたヴレィの仏頂面がベッドの中のアースを覗き込んでいた。

「れ? 何」

 街に滞在している間の身なりとは少し違ったヴレィの服装アースは首を傾げる。

 どういう訳かヴレイは旅支度を整え荷物を纏め上げていた。

「いい加減に目を覚ましてくれないか? 

 そろそろ出発しないと、夕暮れまでに隣町までたどり着けくなる」

「どうしたんだよ? 
 まだ暫くここに滞在するって言ってなかったか? 」

 ベッドから降りいつものように全く着た憶えのないワンピースを乱暴に脱ぎ、自分のシャツを捜す。

「事情がかわった。
 アイツも承知している。
 とにかく急いでくれ」

 これ以上待てないのか、身支度を手伝うようにヴレイはアースのマントを差し出す。

「事情ってなんだよ? 
 勝手に二人で相談して決めるなよ」

 それが気に入らなくてアースは不満げに顔を歪めた。

「また、記憶はなしか。
 別に構わないだろう? 
 最初に街をかわろうと言い出したのはお前だ」

「それはそうだけど、昨日はヴレイ反対しただろう? 
 アイツが多分駄目だって言うからって」

「そのアイツがいいって言ったんだ。
 アイツにしては珍しく少しへまをやらかして」

「何時だってそうだよな。
 あんた俺の意見はあんま聞いてくれないけど、あいつの言うことは絶対だもんな」

 それが悔しくて思わず口に出た。

「『満月の魔女』に私が逆らえるとでも? 」

 その物言いが気に入らなかったと見え、グレイはアースを睨みつけた。

「あんたが付いているのは俺じゃなくてアイツだもんな。
 ……じゃ、行こうぜ」

 諦め混じりのため息を大きくついてアースは自分の荷物を持ち上げた。

「食堂で腹ごしらえして、買い物だろ? 」

 移動前の準備はわかっている。
 もう何度となく繰り返してきてすっかり身体に染み付いている。
 アースは言い終わらないうちに部屋を後にした。
 

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