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1・魔女は買い物に出かけ

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 瞼越しに瞳の奥を僅かに白く染める光にアースはゆっくりと目を覚ました。

 横になったままベッドの上で無意識に大きく息を吸いながら手足を伸ばす。
 その腕が何か寝具と違う物にあたった感覚にアースは目を見開いた。

「うわあぁぁ! 」

 大声をあげると同時にベッドから転がり落ちる。

「なんだ? 朝から騒々しい」

 たった今アースが転がり落ちたベッドから大柄の人影がゆっくりと身を起し、額にかかった前髪をうるさそうにかき上げる。

 宿屋の清潔なシーツの掛かったベッド。
 昨夜は確かツインの部屋のベッドの片方に一人で潜り込んだはずなのに。

「なんだじゃない。
 なんでまたヴレイが俺と同じベッドで寝ているんだよ? 」

 涼しい顔の男にアースは噛み付きそうな勢いで叫んだ。

「決まっている。お前が入ってきたんだ。
 お前のベッドはそっちだ」

 ヴレイは隣にある空のベッドを指さした。

「だから野宿の方がましだって言っただろう? 」

 視界に入った腰の辺りで揺れる自分の物らしい毛先に更に苛立ちを感じながら、アースは声を張り上げた。

「目が覚めた時、同じマントに包まって私の胸に鼻先を押し付けている状態でもよければ反対はしないが」

 ベッドの中で上体だけ起こし、ヴレイは眠そうに目を細めて言う。

 三十手前男のその仕草がなんとも色っぽくて、アースは拒否反応で吐き気すら覚える。

 嫌悪感に募らせたイライラから乱雑に頭をかきむしった。
 さらりと、ありえないほど長い髪が指に纏わりつく。

「頼むから、アイツ追い出してくれよ」

 うめき声に似た情けない声でアースは懇願する。

「そう言われても、『他の男のベッドで目覚めるよりはマシだと』脅迫されたら断れると思うか? 」

「アイツ、またそんなこと言っているのか? 」

「ああ」

 あくまでも涼しい男の顔にアースは嫌なものを感じた。 

「私が断ったら、お前今頃全裸で見ず知らずの男のベッドで目を覚ます羽目になっているかも知れないんだぞ」

「冗談じゃない。
 なぁ? 何とかならないのかアイツ。
 毎朝毎朝目を覚ます度にこれじゃ俺の精神状態が悪化する。
 ってか、あんたアイツになんかしてないだろうな? 」

「心配するな。
 いつも言っているように、私もまだ命は惜しい。
 目覚める直前に頭が胴から落ちるのはごめんだからな」

「本当だろうな? 」

 アースはヴレイの顔を覗き込む。

 正直この男の言葉を確実に信じる気にはならない。

「なんなら、アイツに訊いたらどうだ? 」

「それができればこんな苦労するわけないだろう? 
 アイツは俺の記憶ちゃっかり共有しているらしいけど、こっちは夜間の記憶全部ぶっ飛んでるんだからな」

 噛み付くようにアースは言う。

「前から言っているだろう? 
 お前がアイツを素直に受け入れれば記憶の共有は可能だと」

「それで? 
 俺の身体をアイツに空け渡せってか? 」

「そこまでは言っていない。
 そもそもアイツだってそこまでは望んでいないはずだ」

「どうだか? 」

 吐き捨てるように言いながらアースは着替えを捜す。
 昨夜もぐりこんだ方のベッドの枕元にきちんと畳まれ置かれていたそれを見つけると、アースは袖を通す。

 これ以上何を言ってもいつもの決着がつかない問答の繰り返しになるのはわかりきっていた。

「腹減った。
 なんか食いに行こうぜ」

 軽い空腹を憶えてアースはヴレイに声を掛ける。

 昨夜もアレは夜の街を出歩いてろくに寝ていないのだろう。
 眠気もさることながら空腹感が半端ない。

「ああ、食事をしたら何か仕事を探さないとな」

 何時の間にかベッドを出て、身支度を調えながらヴレイが言う。

「仕事? 
 金だったら昨日妖魔化したヘンゲネズミの駆除代、かなりの額貰ったんじゃないのか? 」

 街長が手渡していたのは確か金貨だったはずだ。
 一枚でもこの程度の宿屋なら二人で十日は滞在できる。

「! まさか、またアイツか? 」

 返事を待たずにアースは青ざめる。

「またくだらないドレスとか靴とか買い込んできたとか? 
 勘弁してくれよ。
 どうせもっていけなくて置いていく目にあうんだから」

 荷物の中をまさぐりながらアースはぶつなった。

「アース、あの時のことまだ根に持っているのか? 
 あれは不可抗力だろ? 
 国王の御前に正装しないで出られたとでも? 」

「でもドレス一枚全財産だぞ? 
 そんなのありかよ? 」

 話を続けながら目的の物を見つけ出すと、アースは襟足に髪を纏めにかかる。

「あの時にはたまたま持ち金が少なかったんだ。
 それより、また切る気か? 
 やめておけ」

 荷物の中から引っ張り出した小刀を取り上げてヴレイは代わりに細い紐をアースの手に握らせる。

「それ、返せよ」

 取り上げられた小刀に手を伸ばしながらアースはヴレイを睨みつける。

「僅かな時間でそれだけの髪を伸ばすには相当体力を消耗している筈だ。
 明日の朝あたり動けなくなっても知らないぞ」

 ヴレイの言うとおり、毎朝連日で伸びすぎた髪を切り続けるとそのうちに必ず躯が言うことをきかなくなる。

「なぁ、アイツに言っておいてくれよ。
 必要以上に髪を伸ばすなって」

 ため息混をこぼしながらアースは襟足に髪を括った。

「満月に近い間だけだ。
 我慢しろ」

「なんで俺が我慢なんかしなくちゃいけないんだよ」

「なんか言ったか? 」

 小さく呟くとすかさず突っ込まれた。
 この問答も始まると終わりはない。

「それで、今度はアイツ何を散財してきたんだ? 」

 それがわかっているから、アースは話を誤魔化しに掛かる。

「さてな? それは訊いてない。
 ただ欲しい物があるのは確かなようだぞ。
 今朝方あれを預かった」

 ヴレイの視線が促すテーブルの上には金貨が数枚。
 昨日ヴレイが手にした礼金の倍以上の枚数が積み上げられていた。

「アイツ、何してきたんだ? 」

 大量すぎる金貨には嫌な予感しかしない。
 こんな金額年端も行かない少女が稼げるとしたら、ろくでもないことでもしない限りは無理だ。

「私が聞いたところで、アレが口を割るとでも? 
 とにかく、何か高価な物が欲しいのは確かなようだ。
 行動を慎んでもらうためには手っ取り早く、アイツの欲しがっているものを買い与えるほうが無難だろう? 」

「俺はアイツの金ずるかよ? 」

 積み上げられていた金貨をしまいながらアースはため息をついた。
 
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