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「わたしは構わないわよ」

 不意に背後で声がする。

 振り返ると、グリゼルタが戸口に立っていた。

「莫迦っ、おまえ起きてきていいのか? 」

「ん、もう平気。
 あの薬すッごく良く効くのね」

 軽い足取りで部屋の中に駆け込むと俺の隣に腰を降ろす。

 声にも張りがあり、頬もほんのりとピンク色で明らかに昨夜ここに運び込んだ時とは様子が違う。

「姫君に誉めていただけるとは光栄だね」

 兄貴が目を細める。

「それで、きちんと訊くけど。
 グリゼルタ、私の義妹になるつもりはあるかな? 」

「もちろん! 」

 グリゼルタは笑顔を浮かべる。

「ばか、侯爵夫人の座放棄してどうする? 」

「そんなのどうでもいいわよ。
 身分より命の方が大事だもの。
 どうせ好きでもない、じじいだったし。
 病気のお父様があんなに大乗気じゃなければ突っぱねていたわよ。
 だけど、誰かさんは妙な商売はじめてプロポーズどころか婚約解消言い出しそうだし。
 お義姉さんには妙に嫌われて家には居難いし。
 半分ヤケだったのよね。
 もう、引き取ってくれるお家なら何処でもいっかって」

「おまえ、短絡的すぎね? 」

 あっけにとられて俺は開いた口が閉まらない。

「さすがに、殺されかけるとは思っていなかったし。
 従姉妹達だってそんな感じだったから、仕方がないのかなぁって、受けちゃったのよね」

 グリゼルタは睫を落す。

「じゃ、決まりだね? 」

 兄貴がもう一度、グリゼルタの意思を確認するようにその顔を覗き込んだ。

「ちょい、待て。
 俺の意思は? 」

「そんなの決まっていなければ、夜中の侯爵邸に押し入ったりしないだろ? 」

「う…… 」

 何もかもお見通しとでも言いたそうな兄貴の言葉。
 もちろん返す術などない。
 
「あと、戸籍なんだけどね。
 申し訳ないんだけど、取り返すわけには行かなかったって言うか」

「わかってます。
 戒律で離婚できないものね」

 グリゼルタはあからさまにため息を吐く。

「そこで、侯爵の愛人の戸籍、君の身柄と一緒に貰ってきたから」

「は? そんなものどうすんだよ? 」

 意味不明な兄貴の言葉に俺は二人の会話に割って入る。

「むこうの女が侯爵夫人の座に着くには貴族の令嬢の戸籍は不可欠だし。
 今後グリゼルタがそれを名乗れないとしたら別の戸籍が必要だろ? 
 結婚するにはとりあえず形だけでも戸籍いるんだぞ」

「つまりはその侯爵の愛人とコイツ入れ替わらせるってか? 
 気に入らないな、向こうばかり条件よくないか? 」

「おまえは、グリゼルタでありさえすればいいだろう? 
 むしろ子爵家と縁が切れていたほうが都合がいいとおもうぞ。
 婚約者のいる妹を多額の結納金と引き換えに別の男に売り払うような兄、縁が切れていたほうが安全だ。
 正直私だって縁続きにはなりたくない」

「侯爵ってグリゼルタの持参金目当てに結婚したって話じゃなかったか? 」

「それも偽装工作だよ。
 実際に金に困窮していたのは子爵の方。
 だから婚姻と引き換えに救済を申し入れたんだよ侯爵は。
 ただ、花嫁を金で買ったとなると評判が悪いし、援助なら我が伯爵家でって言いださないとも限らないから、わざと借金を作って結婚後返済したんだ。
 花嫁の持参金で賄ったかのようにね」

「手が込んでいることで」

 あまりのことにあきれ返ってそれ以上言葉も出ない。

「そこまでするほど相手の女に惚れぬいていたってことだろう」

 兄貴がポツリと呟いた。
 
「と、言うわけで。
 話はこれで完了。
 悪いけど診察時間だから…… 」

 何時の間にか空になった皿を前に兄貴は立ち上がる。

「グリゼルタは経過観察したいから暫く入院だ」

 言い忘れていたように付け加える。

「あ、じゃ俺も…… 」

 仕事にはまだ早いが、店開けっ放しで人に任せたままだったのが急に気になる。

「ちょっと待って! 」

 兄貴が出てゆく後を追って部屋を出て行こうとした俺をグリゼルタが呼び止めた。

「ね? なんだか、伯爵様にいいように丸めこまれて、わたし肝心なことエジェの口から聞いていないんだけど」

 俺の前に回りこむと通せんぼでもするかのように立ちはだかる。

「えっと、なんだっけ? 」

 俺はわざと視線をそらせて惚けた。

 グリゼルタのいいたいことはわかる。
 わかるけど…… 

 そんな俺の様子を探るようにグリゼルタは俺の顔を覗き込んできた。

「今更、言えるかよ…… 」

 その視線から逃げだそうと俺は横を向く。

「…… 」

 グリゼルタは何かを待つようにひたすら俺の顔を見つめる。

「うう…… 」

 正直今更恥ずかしくて口になんかできない。
 だけど、この様子じゃ言うまでグリゼルタはこのままだろう。

「言えばいいんだろ? 
 結婚してください! 一生大事にします! 」

 ヤケも手伝って俺は叫んでいた。
 
 
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