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◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
 
 長逗留したホテルの一室で、俺は手にした小箱の中をもう一度確認した。

 銀細工に同じ銀色の宝石の粒が輝く髪飾りが、身動きするたびに揺れる。

 きっとグリゼルタの金色の髪にも良く映える筈だ。
 ただ、グリゼルタの場合、また高価すぎる贈り物に難色を示すかも知れない。
 俺とすれば、ただ喜ぶ顔が見たいだけなんだが、グリゼルタには重荷に感じるらしい。
 だから今度も土産は珍しい菓子でも、と最初は思った。
 思ったんだが、あの兄貴がそれじゃおそらく承知しないだろう。
 またドレスでも作ってとか言い出しそうだ。
 確かに、お茶会や昼間の集まりに着てゆくドレスも一着くらい贈ってもいいとは思う。
 ただ、グリゼルタにこの間、これで最後次にドレスを受け取るのは結婚式の後と約束させられた。
 破ったら、また拗ねるんだろうな。
 その仕草も顔も可愛いとは思うけど、次いで悲しそうな悔しそうな顔をする。
 そっちの顔は見たくない。
 
 などと考えているとドアがノックされた。

「ジュストさん、そろそろ馬車来ます! 」

 買い付けに同行してくれた、叔父の会社の社員だという若い男が顔を出す。

「ああ、今、行く」

 髪飾りの入った小箱を荷物の端に押し込み、俺は立ち上がった。
 
 

「今回はありがとうございました。
 あちこちつき合わせてしまってすみません」

 走り続ける馬車の中で、男が頭を下げる。
 結局、叔父上の話のシャトーでの買い付けの後、他の出物があるからと三軒も余計に付き合わされてしまった。

「予定より長逗留になってしまって、申し訳ありません。
 支障ありませんでしたか? 」

 男が頭を下げる。

「いや、店からも兄貴からも何の連絡も来なかったし、大丈夫だったんじゃないかな」

「本当に申し訳ありません」

 男が心底そう思っているかのように深く頭を下げた。

「いいよ。頭上げろよ。
 おかげでいい買い物ができたんだし。
 言っとくけど、今回の仕入れ分優先的に俺の店に回してもらう約束、忘れるなよ? 」

「それはもちろん。
 社長にもそう言いつかっていますから」

 男は笑顔を浮かべる。

「それにしても大変だな、一度出ると三四箇所は回って、しばらく戻れないなんて」

「いつものことです。
 それに買い付けの度に国に戻っていたら、移動のロスがものすごいんで。
 今回みたいにまとまっていると、楽なんですよ」

「そんなものか」

 おそらくこの男、買い付けの為に一年のうち殆どを国外で過ごしているのだろう。
 旅慣れた人間の言葉は恐ろしい。
 などと考えていると、馬車がゆっくりと止まる。

「旦那、着きましたぜ」

 御者が声を掛けてきた。

「本当に、ここでいいんですか? 
 ご自宅までお送りしますよ」

 大通りの片隅、魔術医診療所の前で止まった馬車から降りようとすると、さっきの男に言われる。

「いや、ここに用があるんだ。
 帰って一番に挨拶しておかないと…… 
 じゃぁな。
 叔父上によろしく」

 言って俺は背を向け鉄柵で取り囲まれた診療所の門を潜った。
 
 早朝にホテルを出て、一日馬車に揺られそろそろ日も傾き出している。
 今の時間なら、急患がない限り兄貴は一旦仕事に区切りをつけ、お茶のカップを傾けているはずだ。
 ドアをノックすると案内も待たず、俺は居間へ向かう。
 案の定、開け放たれたドアから、一人でお茶をたしなむ兄貴の姿が見える。

「ただいま、兄さん! 」

 声を掛けて居間へ足を踏み入れた。

「エジェオ? 」

 兄貴がめったに見せない驚いたような表情を俺に向ける。

「なんだよ? 今日帰るって連絡入れておいただろ? 」

 その表情に嫌なものを感じながら俺は言う。

「連絡? 」

 兄貴の方眉がかすかに上がった。

「連絡どころか、お前いままで何をやっていたんだ? 」

 突然怒りを含んだ声で問い詰められた。

「何って、酒の買い付け。
 予定のシャトーだけじゃ済まなくて、あと三軒ほど回ってきたけど。
 無駄に遊んでいたわけじゃないぞ」

 目を瞬かせながら俺は答える。

 こんなに怒りを露にした兄貴を俺は初めて見た。
 だけど、怒られるようなことをした心当たりがない。

「手紙もよこさずにか? 」

 兄貴は更に言う。

「は? 手紙なら書いただろう? 
 別のシャトーにも付き合うことになったから、帰りがしばらく遅くなるって」

 確かに予定より三箇所回るところが増え、その度に俺は連絡を入れていた。

「そっちこそ、店の状況訊いてるのに手紙一通よこさなかっただろう」

 店を預けているんだ、気が気じゃない。
 一応様子を知りたかったのだが、兄貴もサヴェリオも全く手紙の返事をくれなかった。

「何をそんなに怒っているんだよ? 」

 謝りたくても、兄貴の怒りの理由が全くわからない。
 

「グリゼルタが結婚したよ」

 少しだけ口を閉じた後、兄貴が搾り出すように言った。

「は? 何言って…… 冗談よせよ」

 俺は口をあんぐりとあける。
 大体婚約者の俺がここにいるんだ、どうやって結婚なんかするんだか。

「相手はマリーニ侯爵だ」

「な…… 
 どういうことだ? 
 俺と婚約してただろ? 」

「我が家との婚約は破棄されたよ。
 婚約はあくまでも婚約だ。
 正式な婚姻と違って、何らかの理由で無効になることもある。
 だから再三言っただろう? 
 暢気に構えていて逃げられるなよと! 」

 兄貴が珍しく声を荒らげる。

「お前のことだ、何か考えがあるんだろうと思って、私も口を出さずに見ていたんだ。
 だが、ただ見ていた私の落ち度だ。
 どうして早いところ話を進めなかった? 
 同居はともかく、婚姻の儀式さえ済ませてしまっていれば、こんなことにならなかったんだよ」

「それは…… 
 俺があんな仕事始めたから。
 いくら、それが仕事だって言っても新婚早々の旦那が他の女と擬似恋愛しているのを目の当たりにして面白いと思うか? 
 あいつまだ子供だぞ? 
 いくらなんだって、それを理解して割り切るには幼すぎる」

 ……せめてあと二年、そう思っていたのが仇になった。

「お前の言いたいこともわかる。
 だが、何故もう少し頻繁に夜会に連れ出しておかなかったんだ。
 グリゼルタの婚約者がお前だともう少し社交界に周知されていれば、まだ打つ手はあったんだ」

「俺だってそうしたかったさ」

 兄貴に詰め寄られ俺は声をあげた。

「だけどな、グリゼルタの負担になるんだよ。
 あいつ、夜会のためのドレスどころか普段着さえ満足に作ってもらっていなかったんだぞ? 
 足しげく夜会に顔を出して、その度に同じドレスじゃ引け目を感じて当然だろ? 
 そのくせ俺たちに気を遣って誕生日や降誕祭にプレゼントするドレスでさえ受け取るのを遠慮するんだ。
 おまけに、家を留守にするたびに、甥共の世話をサボったって兄嫁になじられて…… 」

 俺は言葉に詰まる。

 本当はもっと着飾らせて、舞踏会や夜会に連れ出したかった。
 正式に結婚すると俺は伯爵家の貴族の籍から外れるから、それ前に華やかな世界を充分に堪能させてやりたかった。
 だけど、度々誘ったらグリゼルタを惨めにさせるだけだ。
 それがわかっていたから仕事を口実にグリゼルタにとって大切な夜会以外避けていた。
 まさか、それが仇になるなんて。

「いつから? 
 いつからそんな話があったんだ? 
 そんな話グリゼルタからは一言も…… 」

 最後にグリゼルタに会ったのは、ミリアムの家で開かれた茶会の日だ。
 そのときには何にも言っていなかった。

「お前が買い付けに出かけた直後に急に決まったようだ。
 我が家との婚約は破棄されて。
 それからは早かったよ。
 婚約発表から一月足らずで、結婚式、式から二日後には国王陛下への報告まで済ませたそうだ」

 兄貴が大雑把に言う。

「グリゼルタはお前の帰りを待っていた。
 ここにも何度もきて、お前に済まないって泣いていたよ…… 」

 その言葉が全てを語っていた。

 貴族の娘は基本親の言うことには逆らえない。
 例えそれが意に染まぬ結婚であっても、親に言われるままに嫁ぐしかない。
 ましてやそれが病身の父親の願いだったら尚更だ。

 けど…… 

 一体何の事情があって、以前からの婚約が破棄されなければならないのか、納得がいかない。
 
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