3 / 26
- 2 -
しおりを挟む再び目が覚めると、日は完全に昇っていた。
相変わらず、身体の痛みは何処にもないが睡魔は激しい。
本当なら、このまままだ惰眠を貪りたい状況だが、空腹がそれを阻んだ。
えっと、コンビニに行って弁当とお茶……
じゃなかった、使用人に言いつけて何か食事を用意してもらう。
……どうも、なんだか慣れない。
そもそも生活水準がかけ離れすぎている。
そう思いながら豪華な彫りの施された手すりの階段を下りる。
「あら、エジェオ様、お起きになっていいんですか? 」
ティーセットののったお盆を抱えたメイドらしい若い女が俺の顔を見ると声をかけてくる。
「ああ、悪い、メシじゃなかった、何か簡単なものでいいから食事を…… 」
「かしこまりました。
ダイニングにしますか? どれとも居間で? 」
「んと、じゃぁ、居間に居るから」
言い置いて階段を下りきった傍のドアを開ける。
「お待ちください」
メイドは軽く頭を下げると奥へ急ぐ。
その背中を見送って、俺は開けたドアの部屋へ足を踏み入れた。
居間とは言ってもテレビもない、優雅なデザインの応接セットと観葉植物の並んだ古風な空間。
壁にはステータスシンボルの本がぎっしり詰まった書棚。
なんとなくなじめないような気もするが、確かに俺はここが居間だと知っているし、同時に至極なじんだ感じもある。
指定席は窓際に置かれたカウチ。
そこに座って待っていると程なくメイドが食事の乗った皿を運び込んできた。
パンは厚切りにして軽く温める程度に焼く。
薄切りにしたコールドビーフにスクランブルエッグを添えて。
レタス多目のサラダはトマト抜きで。
それから大量のヨーグルト。
味も食感もそっくりなのに紫キャベツのような色のレタスを除けば食事の好みも共通している。
強いて言うならブラックのコーヒーが紅茶になっているが、確かこの国コーヒー自体がなかったような。
どっちもやっぱり、俺だ。
とか思いながら皿の中のものをがっついていると、ドアが開く。
「ただいま。
グリゼルタ送ってきたよ」
兄貴がふらりと入ってくると、俺の向かいに座りながら言う。
「悪い、婚約者を送るの、俺の仕事なのに」
口をついて出る言葉。
子供の頃からの婚約者なんて、前世の俺だったら絶対ありえない。
なのに今の俺はそれすら当たり前のように受け入れている。
しかも、大昔に爺さん同士が本人の意思なんかお構いなしで決めた婚約だって言うのに、俺自身が気に入っている。
考えれば考えるほどごっちゃになって何がなんだかわからなくなってきた。
「いいよ。
お前まだ、魔力戻っていないだろ?
その状態で戸外をうろついたら魔物の格好の餌食だ。
まだ、しばらくは外出禁止な」
そんな俺の思考をよそに、タイミングよくメイドが運んできたお茶を受け取りながら、兄貴は顔色も変えずに言う。
そう、この世界俺の前世の世界と格段に違うのは、魔物とか魔術とかが当たり前のように一般の人間の間に存在すること。
もちろん誰でも魔法が使えるわけではないが。
そして、俺は魔術医を代々輩出する家に生まれながらほとんど魔力を持たない半端者。
そのせいか、少々過保護気味の長兄は俺をいつまでも子ども扱いする。
「それで、お前仕事どうするんだ? 」
兄貴は不意に真顔になって俺の顔を覗き込む。
「え、っと、お…… 」
俺は視線を泳がせた。
そうだった、前世記憶復活騒動で俺の脳内でパニックが起こり、すっかり消し飛んでいたが、目下の問題はそれだった。
「お前、そのヒント探しに遊学に出たんだよな? 」
にっこりと意味ありげな笑顔を兄貴は俺に向ける。
確かに、そうだった筈。
この世界の貴族社会は一子相続制。
爵位も領地も財産も長男が全て引き継ぎ、次男三男は放逐される。
当然貴族の三男の俺は、成人した今家を出なくてはいけなくて、それには自活するための仕事が不可欠。
ただ、長兄や次兄のように魔力を持たない俺ができる仕事ってなんだ? というところで行き詰った。
普通の貴族の三男なら弁護士、医者等学が必要とされる職業が一般的、なのだが、我が家の職業上それは問題外。
かといって衛兵とかも俺向きじゃない。
考えあぐねて国外に逃げた。
もしかしたら、何か起業のヒントでも見つかるんじゃないかと、いい加減な言い訳をして。
さすがに三年も国外を放浪してたら兄貴に呼び戻された。
仕送りを減らすと言われたら、従わざるをえない。
ただ、やりたい仕事が見つかったかというと問題外。
「まさか、三年も掛かってまだ答えが出ないなんて言わないだろうな?
それとも、家の魔術医院で助手でもするか? 」
笑みを浮かべた顔のまま兄貴が言う。
正直、怖いんですけど、その表情……
「それは…… ない。
俺に魔力がほとんどないの、兄さんが一番良く知っているだろう? 」
「だったら、どうするつもりだ? 」
兄貴は更に詰め寄ってくる。
「えっと、ホスト……
ホストクラブでもしようかなぁと…… 」
兄貴の妙な笑顔に怯え思わず口にした。
「ホスト? 何だそれ? 」
兄貴が睫を瞬かせる。
そりゃそうだ。
こっちのエジェオとしての俺の記憶にもそんな単語はない。
深く考えずに口にしたのは前世の記憶。
前世の俺が就いていた仕事だ。
「飲食店。
主に男ホストが女性客を接待するスタイルの」
「何だ、それ?
そんな商売聞いたことがない」
兄貴が口をあんぐりと開けた。
「だから面白そうだと思ってさ。
貴族の奥方ってさ、金も閑ももてあましていそうだから受けるとおもうんだよな。
正直、貿易とか何処の貴族も副業でやってて飽和状態だし。
この国でまだ誰も手をつけていない仕事なら独占状態だからな」
言い訳程度に口に出した仕事だったが、兄貴に説明しているうちになんかいけるかもと思えてきた。
幸い接客ノウハウは前世の記憶の一部としてしっかりある。
強いて言えば俺は経営者じゃなくて雇われの方だったが。
ま、客層考えなければ普通の飲み屋。
その経営ノウハウは何処でも一緒だろう。
「まぁ、お前がやってみたいって言うんなら、やってみればいいさ」
兄貴はさっきとは打って変わった笑顔を浮かべてくれた。
「そうと決まれば、まずは物件探し。
ついでに出資者、融資してくれる銀行探さないと…… 」
あ、やばっ。
ここ公営の銀行とかなかったっけなぁ。
非合法な高利の金貸しは多数存在してるけど。
だったら初期費用どうしよう?
今からどこかでバイトしてためる?
いや、何年掛かるやら。
思いつきで言ってみたものの、店をひとつ開くのは大変だ。
「何言ってるんだ?
資金なら家で出すに決まっているだろう。
いくら家督を継がない三男だからって無一文で追い出すわけないだろうが。
そんなことしたら我が伯爵家は世間の笑いものになる」
兄貴は大真面目な顔で言う。
そうだった、ここはそういう概念が一般的に通用する世界だった。
「だったら、出資頼んでいいか?
利益が出たら配当はきちんと払う」
俺は兄貴に頭を下げた。
前世の記憶の俺なら、身内に金の無心なんて絶対無理だけど、それが当たり前のこの世界。
甘えてしまおう。
「なに、律儀な事言ってるんだ?
まぁ、それがお前らしいって言えばお前らしいけどな。
いいよ、それでお前の気が済むなら、援助は惜しまない」
余程俺の無職状態を心配していたのか、兄貴は安堵したような笑みを浮かべながら手にした紅茶を飲み干した。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~
りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。
ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。
我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。
――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。
「はい、では平民になります」
虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる