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 再び目が覚めると、日は完全に昇っていた。

 相変わらず、身体の痛みは何処にもないが睡魔は激しい。
 本当なら、このまままだ惰眠を貪りたい状況だが、空腹がそれを阻んだ。

 
 えっと、コンビニに行って弁当とお茶…… 

 じゃなかった、使用人に言いつけて何か食事を用意してもらう。
 
 ……どうも、なんだか慣れない。
 そもそも生活水準がかけ離れすぎている。
 
 そう思いながら豪華な彫りの施された手すりの階段を下りる。

「あら、エジェオ様、お起きになっていいんですか? 」

 ティーセットののったお盆を抱えたメイドらしい若い女が俺の顔を見ると声をかけてくる。

「ああ、悪い、メシじゃなかった、何か簡単なものでいいから食事を…… 」

「かしこまりました。
 ダイニングにしますか? どれとも居間で? 」

「んと、じゃぁ、居間に居るから」

 言い置いて階段を下りきった傍のドアを開ける。

「お待ちください」

 メイドは軽く頭を下げると奥へ急ぐ。

 
 その背中を見送って、俺は開けたドアの部屋へ足を踏み入れた。

 居間とは言ってもテレビもない、優雅なデザインの応接セットと観葉植物の並んだ古風な空間。
 壁にはステータスシンボルの本がぎっしり詰まった書棚。
 なんとなくなじめないような気もするが、確かに俺はここが居間だと知っているし、同時に至極なじんだ感じもある。
 指定席は窓際に置かれたカウチ。

 そこに座って待っていると程なくメイドが食事の乗った皿を運び込んできた。

 
 パンは厚切りにして軽く温める程度に焼く。
 薄切りにしたコールドビーフにスクランブルエッグを添えて。
 レタス多目のサラダはトマト抜きで。
 それから大量のヨーグルト。
 
 味も食感もそっくりなのに紫キャベツのような色のレタスを除けば食事の好みも共通している。
 強いて言うならブラックのコーヒーが紅茶になっているが、確かこの国コーヒー自体がなかったような。
 
 どっちもやっぱり、俺だ。
 
 とか思いながら皿の中のものをがっついていると、ドアが開く。

 
「ただいま。
 グリゼルタ送ってきたよ」

 兄貴がふらりと入ってくると、俺の向かいに座りながら言う。

「悪い、婚約者を送るの、俺の仕事なのに」

 口をついて出る言葉。

 子供の頃からの婚約者なんて、前世の俺だったら絶対ありえない。
 なのに今の俺はそれすら当たり前のように受け入れている。
 しかも、大昔に爺さん同士が本人の意思なんかお構いなしで決めた婚約だって言うのに、俺自身が気に入っている。
 

 考えれば考えるほどごっちゃになって何がなんだかわからなくなってきた。

 
「いいよ。
 お前まだ、魔力戻っていないだろ? 
 その状態で戸外をうろついたら魔物の格好の餌食だ。
 まだ、しばらくは外出禁止な」

 そんな俺の思考をよそに、タイミングよくメイドが運んできたお茶を受け取りながら、兄貴は顔色も変えずに言う。
 
 そう、この世界俺の前世の世界と格段に違うのは、魔物とか魔術とかが当たり前のように一般の人間の間に存在すること。
 もちろん誰でも魔法が使えるわけではないが。
 そして、俺は魔術医を代々輩出する家に生まれながらほとんど魔力を持たない半端者。
 そのせいか、少々過保護気味の長兄は俺をいつまでも子ども扱いする。
 

「それで、お前仕事どうするんだ? 」

 兄貴は不意に真顔になって俺の顔を覗き込む。

「え、っと、お…… 」

 俺は視線を泳がせた。

 
 そうだった、前世記憶復活騒動で俺の脳内でパニックが起こり、すっかり消し飛んでいたが、目下の問題はそれだった。

「お前、そのヒント探しに遊学に出たんだよな? 」

 にっこりと意味ありげな笑顔を兄貴は俺に向ける。
 
 確かに、そうだった筈。
 
 この世界の貴族社会は一子相続制。
 爵位も領地も財産も長男が全て引き継ぎ、次男三男は放逐される。
 当然貴族の三男の俺は、成人した今家を出なくてはいけなくて、それには自活するための仕事が不可欠。
 ただ、長兄や次兄のように魔力を持たない俺ができる仕事ってなんだ? というところで行き詰った。
 普通の貴族の三男なら弁護士、医者等学が必要とされる職業が一般的、なのだが、我が家の職業上それは問題外。
 かといって衛兵とかも俺向きじゃない。

 考えあぐねて国外に逃げた。

 もしかしたら、何か起業のヒントでも見つかるんじゃないかと、いい加減な言い訳をして。
 さすがに三年も国外を放浪してたら兄貴に呼び戻された。
 仕送りを減らすと言われたら、従わざるをえない。
 
 ただ、やりたい仕事が見つかったかというと問題外。
 
「まさか、三年も掛かってまだ答えが出ないなんて言わないだろうな? 
 それとも、家の魔術医院で助手でもするか? 」
 
 笑みを浮かべた顔のまま兄貴が言う。

 正直、怖いんですけど、その表情…… 
 

「それは…… ない。
 俺に魔力がほとんどないの、兄さんが一番良く知っているだろう? 」

「だったら、どうするつもりだ? 」

 兄貴は更に詰め寄ってくる。

「えっと、ホスト…… 
 ホストクラブでもしようかなぁと…… 」
 
 兄貴の妙な笑顔に怯え思わず口にした。
 
「ホスト? 何だそれ? 」

 兄貴が睫を瞬かせる。

 そりゃそうだ。
 こっちのエジェオとしての俺の記憶にもそんな単語はない。
 
 深く考えずに口にしたのは前世の記憶。
 前世の俺が就いていた仕事だ。
 
「飲食店。
 主に男ホストが女性客を接待するスタイルの」

「何だ、それ? 
 そんな商売聞いたことがない」

 兄貴が口をあんぐりと開けた。

「だから面白そうだと思ってさ。
 貴族の奥方ってさ、金も閑ももてあましていそうだから受けるとおもうんだよな。
 正直、貿易とか何処の貴族も副業でやってて飽和状態だし。
 この国でまだ誰も手をつけていない仕事なら独占状態だからな」

 言い訳程度に口に出した仕事だったが、兄貴に説明しているうちになんかいけるかもと思えてきた。

 幸い接客ノウハウは前世の記憶の一部としてしっかりある。
 強いて言えば俺は経営者じゃなくて雇われの方だったが。
 ま、客層考えなければ普通の飲み屋。
 その経営ノウハウは何処でも一緒だろう。
 
「まぁ、お前がやってみたいって言うんなら、やってみればいいさ」

 兄貴はさっきとは打って変わった笑顔を浮かべてくれた。
 

「そうと決まれば、まずは物件探し。
 ついでに出資者、融資してくれる銀行探さないと…… 」

 あ、やばっ。

 ここ公営の銀行とかなかったっけなぁ。
 非合法な高利の金貸しは多数存在してるけど。
 
 だったら初期費用どうしよう? 
 今からどこかでバイトしてためる? 
 いや、何年掛かるやら。
 
 思いつきで言ってみたものの、店をひとつ開くのは大変だ。
 
「何言ってるんだ? 
 資金なら家で出すに決まっているだろう。
 いくら家督を継がない三男だからって無一文で追い出すわけないだろうが。
 そんなことしたら我が伯爵家は世間の笑いものになる」

 兄貴は大真面目な顔で言う。
 
 そうだった、ここはそういう概念が一般的に通用する世界だった。
 
「だったら、出資頼んでいいか? 
 利益が出たら配当はきちんと払う」

 俺は兄貴に頭を下げた。

 前世の記憶の俺なら、身内に金の無心なんて絶対無理だけど、それが当たり前のこの世界。
 甘えてしまおう。
 
「なに、律儀な事言ってるんだ? 
 まぁ、それがお前らしいって言えばお前らしいけどな。
 いいよ、それでお前の気が済むなら、援助は惜しまない」

 余程俺の無職状態を心配していたのか、兄貴は安堵したような笑みを浮かべながら手にした紅茶を飲み干した。
 
 
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