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大丈夫(sideカイン/ケイト)

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覚悟していたほどの衝撃は感じない。俺はそのままの勢いで、馬鹿でかい男の背に馬乗りになり、あいさつ代わりにダガーの柄部分でヤツの頭を殴りつけた。何が起こったのかわからないのだろう、もがいていた大男は俺を背中に乗せたまま立ち上がり、そのまま俺ごとキャビネットに突っ込んでいく。痛てえ。
お嬢の方はというと、放心したようにへたり込んでいる。遠目ではわからなかったが、寝巻は血だらけだし、口の端も切れている。早く抱きしめて落ち着かせてやりたい。
俺の本能が、今すぐこいつの首を愛刀でかき切れと叫ぶ。これまで何百回も繰り返してきたように。
もう1つどこか冷静になっている自分もいる。本当にそれでいいのか?この場でコイツを殺してしまうのは簡単だ。だがコイツらが誰の命令で、何のためにお嬢たちを襲ったのかを吐かせる方が重要じゃないか?今後、二度とお嬢を同じ目にあわせないために。
俺は意を決して、暴れまわる男の太い首を片腕で思いっきり締め上げる。苦しむ男のせいで何度も壁やら何やらに身体を打ち付けられ、ランプや本が床に散らばる。これもお嬢の安全のためだと痛みに耐える。

どれくらいたったのか、苦しみから俺を振り回しに振り回した男が前向きにどさりと倒れた。とうとう気絶したらしい。念のためさらに締めあげた後、男の手を後ろで拘束した。

息を整え、戦闘後気が立っているであろうお嬢にそっと近づく。いつもはキラキラ輝いている深い琥珀のような瞳が、暗く濁っていた。目が合った途端、大きな声でハキハキと喋り出す。
「あのね、私、私すごく頑張ったの!思ったよりも平気だったわ、1人目なんて締めたらすぐに伸びちゃったし、それにね2人目だってケイトが持たせてくれたナイフで結構いいところまでいったのよ!この血だってほとんどが返り血なの。婚約破棄した後、代筆屋はやめて冒険者になっちゃおうかな!」
「ルシア様は眠らされちゃっててね、ちっとも起きないから、だから絶対カイン達が来てくれるまでは持たせなきゃって。でもいっぱいいっぱい訓練してたから何とかなったね!」
と壊れたように明るく話すお嬢。クナイ片手に座ったまま身体を前後に揺らし、けたたましく笑っている。

敵意と死の危険と向き合うのは初めてだったからだろう。

俺はそんなお嬢の目の前に座り、無言で彼女の手を両手で包むとクナイを握りしめたその指を1本1本ほどいていった。恐怖と覚悟で強く握りすぎたのだろう、爪が手のひらに突き刺さり、少し出血していた。目の前で解放される指をじっと見つめていたお嬢は、体を揺らすのをやめ、すがりつくような目を俺に向ける。
「お嬢、もう大丈夫だ。よく、頑張ったな。」
俺のそんな言葉を合図に、爆発するようにお嬢が泣き出した。どうして。怖かった。痛い。辛い。

そんなお嬢の口端の血を白いハンカチで拭き、ゆっくりと抱き寄せる。全身ケガをしているだろうから、壊れ物を扱うように。
ここまで一人で持ちこたえたお嬢が誇らしい。だけどもうお嬢が二度と傷つかないよう、このまま攫ってどこかに閉じ込めてしまいたい。かけたい言葉は山ほどあったが、相反する感情でつっかえて出てこなかった。

「お嬢、生きていてくれてありがとう。」





「いちゃいちゃするなら、ちゃんと安全を確保してからにして欲しいですね。」私は見張り役2人を拘束しながら独り言ちる。どうせ私が倒すと駄犬はアテにしたんだろう。再教育が必要だ。


室内にはお嬢様の泣き叫ぶ声が響く。今ちゃんと泣けるのなら、全て吐き出してしまえるのなら彼女は立ち直れるはずだ。きっと大丈夫。

大事な人を傷つけられて腹の立たない人間はいない。私は気絶している2人を蹴り上げて部屋の隅に寄せ、居室の椅子に座って考える。

こいつらは明らかに教育された・・・・・もの達だった。戦い方から見て軍属だろう。狙いは公爵家のご令嬢であり、王族の血を引くルシア様か、それとも殿下の婚約者であるディアナ様か。この国の人間ではないようだったが、そもそも目的は何なのか。

王立学園にまで侵入するというのは、これまで貴族の屋敷で起きていた誘拐未遂や毒殺未遂と違って、かなり大掛かりだ。ある程度国内でのスパイ狩りが進んでいるので、焦ってこんなことをしでかした可能性もある。

とにかくお嬢様が落ち着かれたら、医務室に連れて行かねば。
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