The RUNE of BELLBREST

カミロワキ

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王都出発

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 朝はまだ早い、輝く太陽はかすみがかった山の向こうにある。

 郊外であれば以前と同様に立ち込めた霧によって薄暗さが強くなるのだが、どうやら王都では夜を通して行商人が行き交うことを考慮した霧止めがほどこされているらしい。そのため、冬のリオーハベルは早朝でもひとつの産業道路を端から端まで見通せるほどなかなかに明るかった。
 やはり王の街は特別である。おかげで、都の関門かんもんを守る兵士たちが早朝の眠気にあくびで応える程度に、国の警備は余裕を持つことができていた。

「おい、止まれ。ここを通り抜けるのなら、その荷車に積まれた物の中身を我々に見せる必要がある。そこで止まるんだ。」

 すこし荒っぽい声がしものかかった道路を抜けて響く。それは、陽も昇らないうちから関門を通り抜けようとする怪しげな3人組を止めようとした門兵の声であった。

「止まれ」と言われ、関門の前に3人はすんなりと足を止めた。

「‥‥馬もだ。横に止めろ」と次いで門兵は指示する。

 3人は馬を連れていた。商人がよく使う荷引き用の大馬で、速くは走れないが1頭で大荷物を軽々と運ぶ力を持っている。そんな怪力馬が3頭もいた。

「荷車の荷物を開けてみせろ、」とさらに門兵は指示を与える。

 馬の運ぶ荷物は、外観の量こそ多いが特に異質なものではなかった。しかし、荷物を運んでいる商人は皆みんな帽子で顔を隠しており、それが門兵たちの警戒心を強くあおっているのだった。

「‥‥おい、早く見せないか」

 門兵は商人であろう3人を急かした。

「‥‥どうしてもかい?、生鮮な品を持ち運んでいるから、できればそのまま通してもらいたいのだけれども」と先頭の老人が帽子を取って門兵に窺った。

 門兵はその顔を見て驚き、そして納得した。帽子の下から現れた顔は、隠しておかなければ意図せずとも人々の注目を浴びてしまう国内でも指折りの有名人であった。

「!!、バルクタース様でございましたか。これは失礼いたしました。‥‥ですが、これは法で取り決められたことなので、密輸防止のためにもどうかご協力お願いいたします。」

 門兵は即座にその場で頭を伏せた。

「‥‥そうかい、なら仕方がないな」とバルクタースは言った。

「はい、感謝いたします。商品に影響が出ないように最速で仕事に取り掛からせていただきますので、」

 頭を上げて態度をがらりと変えた門兵たちは手際よく早々と荷物の確認を終えた。門兵の1人が手を横に振り、荷物に特別問題がないことを知らせた。

 バルクタース以外の2人も帽子を取り素顔を見せる。両者とも何の変哲もない、特徴といっても顎や口周りに髭を生やしている程度であった。2人とも『移住商人チーシュ』と呼ばれる国と国を行き交い資源を調達する特別な商人である。それゆえに顔も広く門兵には結構認知されている。

「ありがとうございました。荷物は言われたとおりの品と、バルクタース様を含めた3名の方が出都したことを報告させていただきます。そちらの2人も何度かここを出入りしているので、特に気になることはないでしょう。」

 門兵は頭を下げて塞いでいた行く手を、門の口を大きく開けた。

 こうして通行の許可が取れると3人はまた帽子を深くかぶった。

「‥‥バルクタース様、今日は随分と豪華ですが一体なにが起こるというのでしょうか?」

 通りざまに何を思ったのか、門兵の1人が意図の分からない質問をした。それに「今日は」と言ったが、バルクタースが商人と共に関門を通過することは今回が初めてである。

「‥‥荷物のことか?、悪いが兵隊のお前にあきないの話を1から説明してやる時間はない。顔を隠していたことは悪かったな。‥‥それでは失礼する。」

 先を急ぐバルクタースは問われたことへ適当な返事をして門兵に一礼を送ると、馬と共に2人の商人を引き連れて関門を通過したのだった。


 やがて関門とその下に集まる門兵の姿が見えなくなり、しばらくは緑の広がる平野を進む長閑のどかな道のりが続いた。

 バルクタース一行は関門から西へ真っすぐに進んだ。年老いたバルクタースは馬の背に乗り、まだ若い商人は荷を引く馬車の手綱たづなを引いて歩いた。ある程度の距離まで達すると、周囲の穏やかさに釣られた2人の商人が先の検問に対する緊張を解き、ホッと胸をなでおろした。

「‥‥バルクタース殿、どうやら上手くいったようですね。門兵に特別怪しまれるようなこともありませんでしたし。この調子なら今日中に全ての関所を抜けられますよ。」と片方の商人が前を進むバルクタースに話しかけた。

「もとよりそのつもりである。‥‥だが油断はするな、もしバレたなら、その瞬間に作戦は失敗となってしまう。」

 老齢にして経験の豊富なバルクタースはあっさりと関門を抜けて調子づく部下を指摘した。

「荷車のお二人も見事な隠れ様です。あっさりと門兵を出し抜くとは、素晴らしい魔術でしたな。」ともう片方の商人は荷物だけが揺れる無人の荷車に話しかけた。

 すると商人の問いかけに応じるように、荷車の側面に背をもたげた状態のユウハとベルが姿を現した。どうやら2人はユウハの透明化によって姿を隠していたらしく、何も知らない門兵たちの真横を容易にすり抜けたのだった。

「上手くいったが、それにしてもあの兵士たちの態度の変わり様といったら、お爺さんは随分と有名人なんですね。」と何食わぬ顔でユウハが言った。

 付き添いの商人は今一度荷車の方へと振り向き、ユウハの言葉に驚いた表情を見せる。偉人バルクタースが連れてきた魔術師、いったいどんな賢人かと想像に期待していた。そして期待は裏切られ、その無知ぶりに心から呆れてしまった。

「お爺さんってお前、‥‥どれだけ世間知らずなんだ。いいかよく聞け、このお方はだな‥‥、」

「よせ、‥‥昔の話など聞きたくない。今となってはそ奴の言うとおり、名前が有名なだけでただの老いぼれだ。」

 商人は英雄の名も知らぬ愚か者にバルクタースの残した数々の功績を語ろうとしたが、バルクタース本人にその口を塞がれてしまった。

「老いぼれ、‥‥そこまで言ってないですけど、」

 ユウハは苦笑いを浮かべた。

「‥‥バルクタースは現役の頃、王直属の軍隊に所属していたの。だから今回の作戦にも加わってもらったし、信用してる。‥‥ただ、ちょっと魔術師に対して私怨しえんがあるみたいで。でも、そこはできればお互いに譲歩じょうほしてほしい。」

 ベルが言った。今まで口を閉ざして緩やかに東へ動く遠くの山々を眺めていたのだが、どうやらそれに飽きたみたいだ。

「え、そうだったのか。‥‥私怨はどうでもいいが、」

 ユウハの方を向き直したベルの様子は少し不機嫌なようにも感じられた。秘密裏に運ばれる身として不安や心配があるのだろう。しかし、ベルの苛立ちなど気にすることもなく、ユウハは教えられた事実に心底驚いた様子を見せた。

「‥‥‥‥」

「‥‥知らないほうが珍しいことだがな、」

 ユウハ以外の全員が眉間にしわを寄せ、もう何も言わないでおこうと静かに口を閉じた。仲間内とは思えないほど険悪な空気が彼らの周囲を漂う。

「それにしても、・・・・透明化を解除するのが早くないか?、まだ全ての関所を通過したわけではないぞ。万が一にも敵がいたならどうする、なるべく身は隠していろ。」

 話を変えて、バルクタースは商人に話しかけられてからずっと姿を現したままのユウハたちを気にかけた。少々つよい言い回しだったためか、バルクタースの注意にユウハは再び口元をゆがませてみせた。

「休憩ですよ、要所で長時間発動するためにはまめな回復が必須なんです。・・・・膨大な魔力を膨大な術式で操るマレギールと同じに考えないでもらいたい。」

「マレギールて、・・・・誰も稀代きだいの英雄と比べてはおらんがな、」

 昨夜から相変わらず、魔術師の青年と老爺の関係は不和のままである。睨み合う2人の存在もまた、悪い空気を作り出す原因となっていた。

「二人とも喧嘩はやめなさい。この先、何があるか分からないのだから余計な体力を使わないで、‥‥ここにいる5人、誰か一人を欠くだけで圧倒的に不利になるのよ。」
「言ったでしょ、譲り合いなさい。」

 うんざりだと言ったように苛立つベルが2人の間に割って入る。怒号を飛ばしたわけではないが、少女とは思えないほど重い声色で発せられた言葉には怒り叫ぶよりも強い力が籠こもっており、青年と老爺の睨にらみ合いは即座に中断された。

「‥‥分かってます。」

 そう言って英雄とも呼ばれていた老爺がいとも簡単に矛を収めたことにユウハは奇妙なものを感じた。何度か目にしたが、バルクタースは異常なほどベルに忠実である。

「先程の発言もそうだ、『加わってもらった』というのは一体どういうことなのだろう?バルクタースの計画じゃないのか、‥‥彼女は本当に何者なんだ?」

 たしかにバルクタースの素性はベルの説明で少し明るくなった。しかし、ベル自身に関してはいまだ正体不明である。

 親戚? 孫? それとももっと特別な‥‥

 エスセルナのときもそうだったが、外界の情報を微塵みじんも知らない。そんな田舎者が考えても分からないことだが、頭の中ではベルに対する疑念ばかりが積もっていた。いや、バルクタースに対する不平不満も溜まる一方であった。

(そもそも彼女に発破はっぱをかけられ勢いで参加したが、いったい自分は何のためにここにいるのだろうか。正体不明の奴等にいいように使われているだけ、結局何も変わっていない気がする‥‥本当にこれでいいのか?)

 やがて、少女と老爺に対する不満は徐々にユウハ自身への不信へと変化していた。己を変える旅が始まり2日経つ。視界をにごす霧こそ晴れたが、いまだ行先も定まらいまま引かれ揺れる馬車の上にいる。その現実がどうしようもなくユウハの心を苦しめた。


 ユウハが脳内で渦巻く解決しようのない疑問を拭い去ったのは、それから数分後に聞こえた商人の言葉であった。

「お、薄うっすらと見えてきたぞ、街道への道を塞ぐデカい関所だ。その下に門兵もいる。‥‥だが、なんだか様子がおかしいな。」

太陽が昇り、遠目に一行の目的地が見えた。

 街道に繋がる関所は、先程にかいくぐった王都前のものよりも警備は薄く、門兵の数も少ない。それゆえに商人たちは余裕の表情でいた。
 しかし、関所前にたたずむ兵の数が明らかに王都前より多い。おまけにこれ以上ないほどに正確で整った隊列を組んでおり、先頭の兵士は力強い深碧ふかみどりの布で作られた旗を掲げていた。

「あれは、‥‥軍旗ですか?出兵の報せなどなかったはず、ということは他国の兵だ。いったいどこの国が軍を連れてここまで来たのでしょうかね、絡まれなければよいのですが、」

 ユウハと商人たちは何か分からず呆けた様子のままでいる。この場で状況を理解していたのは軍に詳しいバルクタースであった。

「‥‥いや、兵も旗もこの国の軍のモノだ。なるほど、たしかに豪華だな。‥‥ユウハ、今すぐにベル様と自分の身を隠すのだ。まだこちらには気付いてないはず、」

 王都前の関門を抜ける時ですら表情一つ変えなかったバルクタールが遥か遠くの軍旗に顔を歪ませ、頬には冷や汗すら流している。

「な、何でここに‥‥」

 ベルも旗の意味が分かるようで、血の気が引いた様子で動揺していた。

「‥‥?」

「‥‥『移住商人』と『世間知らず』のお前たちは知る由もなかろう。旗に描かれた白銀のおおとり、その羽根の形を模した徽章きしょうが付いた甲冑を身にまとう兵隊、普通の者であれば式典以外で目にすることもない。」

 バルクタールは息を呑んだあと、恐る恐るその正体を口にした。

「‥‥あれは現国王の直下兵軍だ。」

「えっ!?」

 あまりにも意外な答えに商人たちは思わず声を上げて驚いた。国王の直軍とは文字通り王を直々に守る盾であり、王に仇名す者を葬り去る矛である。普通であれば王宮に籠りっぱなしで王を守っているため、こんな王都から離れた場所にいるはずはない。

「最悪の場合、王自身がここにきている可能性もあるってことか。‥‥ということは、王の軍と戦うかもしれないんだな。」

「‥‥戦いにはならない、きっと一方的な掃討になると思う」

一行は思わず息を呑む

「最悪の場合、‥‥僕も戦います。」

ユウハが荷車から顔を出して言った。

「お前も鍵なのだ、ベル様と隠れていろ。‥‥ここからは全て私が請け負う。皆もう口も開くな、息も殺せ、なるべく思惑を悟られないように表情を抑えろ。おそらく、ここが作戦中の最大の山場になるであろう。」

 徐々に関門が近づく。
 バルクタースは心を落ち着かせ静かに覚悟を決めた。

 軍隊から異様な重圧が放たれる。
 商人たちはバルクタールを習うように緊張をほぐし始めた。

 最強の象徴である銀の鳳が横風でひるがえる。
 ユウハとベルは成功を祈りつつ、魔術によってその姿を極限まで薄めた。

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