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【第四章】魔族

【第二十四話】死の森 ①

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「う………………」


ヒンヤリとした地面────。

そこに仰向けになる形で眠っていた恭司は、うっすらと瞼を開けた。

身体中が燃え上がるように熱く、汗が吹き出して止まらない。

体を起こそうと力を入れても全く動かず、完全に瀕死の状態だ。

おそらくは、相当な血が流れているのだろう。

体にエネルギーが足りておらず、目を覚ましているのが不思議なくらいだ。

恭司は視線の動きだけで、周りの状況を確認してみる。


「ここ…………は…………」


見ると、鬱蒼としたジャングルのような場所だった。

周りにはずいぶんと大きな木々が生い茂り、これまた大きな葉が上に屋根を作り出している。

恭司の身体に目を向けると、どうやらその上にも大きな葉が置かれているようだ。

布団代わり…………ということなのだろうか。

よく見れば全身も包帯でグルグル巻きにされており、明らかに人為的なものであることが分かる。

恐らくだが、恭司はこの森で、自分たち以外の誰かに助けられたようだった。


「あっ、気がついたニャ?」


すると、

どこからともなく声が聞こえてきた。

女の子の声だ。

首に力が入らなくて動かせないが、誰かが近くにいることだけは分かる。

恭司は仕方なく前だけを見て返事を返した。


「あぁ…………。………………正直、寝起きは最悪だがな……。さっきから、身体に力がまるで入らない」


長文を話すのも億劫になるほどだ。

喋るのにも体力を使う。

首すら動かせなくなるほど消耗したのは、コレが初めてのことだった。

よっぽど酷いダメージだったのだろう。

中伝どころか、奥義のさらに上…………"最終"奥義まで使ったのだから、コレも仕方のないことだ。

だが、

目を動かすだけの情報量では、上手く状況を把握しきれない。

目による情報が制限されている以上、他からの情報が何より重要だ。

恭司は耳を澄ませ、女の子との会話に集中する。


「まぁ…………その怪我なら当然だろうニャア……。一体何がどうなれば、そんな大怪我を負うことになるのニャ?」


女の子はさっきから色々と話しかけてきてくれているが、首を動かせないせいで未だに姿を確認できてはいなかった。

語尾にやたらと『ニャ』が付いているあたり、猫の獣人とかだろうか?

他にやれることもないし、恭司は会話を続けることにする。


「ちょっとした技の後遺症でな…………。やっぱりというか…………そんなに酷かったか?」

「酷かったニャ。血がドシャアアアアアッ!!と出てて、身体中が傷だらけだったニャ。とりあえず、前にヒューマンから"奪った"薬があったから試してみたんニャけれども、あんまり効かなかったかニャ?」

「いや…………あんな無茶をしてまだ生きているんだから、それで助かったんだろう…………。ありがたい話だ。その薬は、もしかして緑色をしていたか?」

「そうニャッ!!"緑色"だったニャッ!!何か気持ち悪い色している割に変に惹かれるような………………とにかく怖い薬ニャッ!!」

「怖いなら他人に使うなよ……」


女の子の言う『緑色の変に惹かれる怖い薬』とは、どうやら『ヒールポーション』で間違いなさそうだった。

恭司も一昨日くらいに同じような思いをしたものだ。

気持ちは分かる。

『風撃閃』の副作用による身体の崩壊も、確かにヒールポーションであれば食い止められてもおかしくないだろう。

そんな代物を、たまたまこの女の子が持っていて、都合よく怖いからと自分に使ってくれたなんて────。

恭司は本当に、"運がいい"。


「それより…………お兄さんは私がヒューマンから『奪った』って言っても、特に何も反応しないんニャね」


すると、

女の子はそう言って尋ねかけてきた。

ようやく本題だ。

この女の子がヒューマンから奪ったことなんて、気になるはずがない。

何故ならここは…………。

おそらくは恭司の目的地でもある、"あの場所"だからだ。


「そりゃあ、『魔族』がヒューマンから何か奪っていた所で、別に何もおかしくはないだろうさ。さしづめ…………この『死の森』に入り込んできた冒険者って所か?」


見えないが、女の子がピクッと身体を揺らしたような気がした。

分かりやすい気配だ。

図星らしい。


「私が『魔族』だって…………何で分かったニャ?角度的に、姿はまだ見えていないはずニャ」

「別にそこまで深く考えなくても分かる話だよ…………。『魔族』の生息地が、この『死の森』だってことを知ってただけだ」

「…………ここには、冒険者とかいうヒューマンもよく来るニャ」

「冒険者のヒューマンが瀕死の俺を見かけたら、一も二も無く速攻でぶっ殺しに来るだろうさ」

「…………ヒューマンに見つかり次第ぶっ殺しに来られるって…………お兄さん一体、ヒューマンに何したのニャ?」

「王都で暴れて散々殺しまくった」

「えー……………………」


ちょっと引かれた。

心外だ。

魔族の方が、総体的には恭司より遥かに多く殺してきているだろうに…………。


「それより…………魔族のアンタは、何故俺を生かしたんだ?…………見たら分かると思うが、俺も列記としたヒューマンだぞ?」

「え………………。そうなのかニャ?」

「他に何に見えるってんだ…………」

「いやぁー、見た目だけは確かにそうなんだけれどもニャー…………。ヒューマンって言えば、大概はロスベリータの加護を受けてて、何か気持ち悪い気配を発しているものなのニャ。でも、お兄さんにはそれがないニャ?むしろ、私たちと同じ…………"邪神"様の加護の力を強く感じるニャ」

「"邪神"様の加護…………?」


恭司は反復するように聞き返した。

知らない単語だ。

そんな怪しげなものを受けた覚えもない。


「そうニャッ!!邪神様はすごいのニャッ!!ロスベリータみたいにスキル……?とか、職業……?みたいなのは与えられないけれども、私たち魔族の導き手であり、守り神なのニャッ!!」

「………………その邪神の加護があると、どうなるんだ?」

「ちょっと運が良くなるニャッ!!」

「……………………他には?」

「他………………は、特に無いニャッ!!」


思ったより微妙な恩恵だった。

分かりにくいし、正直言って地味だ。

言われなければ絶対気付かない。

しかし…………

その加護について、恭司は確かに思い当たる節があった。

この2日間でやたらと運の良い出来事が多かったのも、おそらくはその『邪神の加護』というものが関係していたのだろう。

思えば、それに色々と助けられたものだ。

邪神なんていう割に効果はショボいし、中身が福の神みたいな恩恵だが、恭司にとって有益だったのは間違いない。


「邪神様はロスベリータに見放された種族全般に恩恵をもたらそうとしてくれる神様だニャ。だから、お兄さんもきっとそうだと思ったのニャ。助けた理由はそれくらいで、後は気まぐれニャー」

「そうか…………」


ロスベリータに見放された種族ということは、獣人などの亜人種たちにも適用されるのだろう。

今さらながら、ウルスたちが恭司にやたらと協力的なのも、それが理由の一つなのかもしれなかった。

ウルスを牢から解放した、あの日────。

ウルスは確かにこう言ったのだ。

『コレぞ、"神"のお導き』と────。

あの時は隷属の首輪の効果の一つだと思って特に何も感じなかったが、もしかしたら、ウルスもその加護とやらを見ていたのかもしれない。

彼らの言う神が、ロスベリータなはずもないのだ。

ロスベリータから明確に『嫌い』だと言われている彼ら『亜人種』にとって、敵対する神の恩恵を受けている恭司が解放に現れたとすれば、確かにそう感じてもおかしくはないだろう。

あの時は王都をメチャクチャにすることに夢中で、全然気付かなかった。

不覚だ。

もっと注意深く観察しておくべきだったかもしれない。


「それより…………今度はこっちの番ニャ」

「ん……?」


女の子はそう言って、再び話しかけてきた。

ちょっとした仕切り直しだ。

相変わらず寝返りの一つどころか首すら動かせない状況だが、恭司は前を向いたまま尋ね返す。


「一応、ヒューマン……?みたいなお兄さんが、何で邪神様に加護を受けているニャ?そして、そんなボロボロな身体でこんな所にいる理由も気になるニャ。色々と教えてあげたんだから、今度はそっちが教える番ニャ」


『ニャ』のせいであまりそうは思えないが、一応凄んでいそうな気配がした。

助けてはくれたが、まだ警戒は解けていないのだろう。

まぁ、それは当然のことだ。

恭司も逆の立場なら間違いなく脅し付ける。

だが、

別に隠しているわけでも何でもないため、恭司は特に反抗せず、普通に一から説明した。

前世で培った技能のことに、自身が『無能者』の罰を受けていること────。

ロスベリータの仕打ちに納得がいかず、反逆を考えていることや、ロアフィールド家のこと────。

脱獄してからの行動や、ウルスたち亜人種のことに、ここに至るまでの経緯まで────。

恩返しというわけでもないが、知られたところで関係ないため、聞かれればいくらでも話せる。

それで信頼でも得られれば御の字だ。

恭司の身体は未だ不完全────。

こうして動けなくなっている中で、女の子が殺す気にでもなれば、恭司はなす術なくやられてしまうのがオチだろう。

今の間は、友好的に接しておいた方がいいに決まっているのだ。

女の子は恭司の話を聞いて、不憫そうな顔をしながら、静かに口を開く。
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