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【第三章】亜人種

【第十八話】襲撃 ①

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「くそ…………ッ!!一体何がどうなっているッ!!何故こうも情報が錯綜するのだ……ッ!!ローリーやレオナルドは、街で一体何をしているッ!!」


カザル対策本部で他の貴族たちと一緒にいた『トバル・ロアフィールド』は、そう言って一人、部屋の中で狼狽えていた。

本部が忙しく対策を練っている中、トバルは黙って部屋の中に閉じこもり、髪をクシャクシャにして大声で喚き立てている。

大司教であるネシャスによって本部が発足したのがつい昨日の夜のことで、明朝から捜索隊を派遣してすぐにコレだ。

冷静に考えても尚、信じられない。

朝に出かけたはずの兵士や冒険者たちが、夜には敵の奴隷と化していたなんて────。

思わず時間軸を読み違えてしまいそうな事態だった。

たった一日足らずで、状況の何もかもが変わってしまっている。

今はレオナルドやローリーなどの熟練者が街で指揮しているはずで、カザルが見つかるのも時間の問題だったはずだ。

本来なら、余裕で静観できる展開だったはず────。

それなのに…………


「街に繰り出したばかりの捜索隊は嘘ばかりを吐いて本部を混乱させるし、こちらが守るべき住民たちは、むしろ守ってやっている我々こそを攻撃してくる…………ッ!!一体どうなっておるのだッ!!」


トバルはそう言って一人、地団駄を踏んだ。

何が起きているのかサッパリ理解出来ないのだ。

理解するには、情報があまりにも足りていなさすぎる。

情報収集の要であった捜索隊が敵に操られてしまった時点で、対策するにも今からでは既に遅すぎていた。

やろうと思えば、新たに人材を見繕う所から始めなければならないのだ。

そんな時間はない。


「し、しかし…………それも明日になればネシャス様が何とかしてくれるだろう…………。所詮はたった1日タイムロスしただけのことなのだ。カザルの命が1日延命した程度、またやり直せば何とでもなる……」


トバルはそう言って、今度は小さい声でブツブツと呟き始めた。

さっきまで大声で叫んでいた人間と同一人物とは到底思えない。

完全に情緒不安定だ。

冷静な判断が、何一つとして出来ていない。

すると…………

部屋のドアから、コンコンとノックの音が聞こえてきた。


「ち、父上…………?何やら大きな声が聞こえてきましたが、大丈夫ですか?」


ドアの向こう側から聞こえてくる声────。

次男の『スバル・ロアフィールド』だ。

カザルの弟で、職業は『聖騎士』────。

トバルが自分の跡を継がせようとしている人物でもある。

トバルはハッとして瞬時に表情を繕うと、優しく微笑んで返答した。


「スバルか…………?私は何でもないぞ?空耳か何かじゃないか……?」

「そ、そうでしたか…………。カザルのことでお疲れなのかと、少し邪推してしまったようです。申し訳ありません……」

「構わん。今は緊急事態だからな。スバルの方こそ疲れているのだろう。気にしなくていいぞ?」

「は、はい…………。ありがとうございます……」

「………………」


スバルがトバルの前だけで見せる、弱気で不安そうな声────。

"トバルと同じく"、スバルも怯えているのだろう。

カザルのとばっちりで自分も危ないのではないかと、恐怖に駆られているのだ。


(可哀想に…………)


トバルはドアに向けて哀れみの視線を向ける。

トバルは、スバルのことをとにかく溺愛していた。

身贔屓していると言い換えてもいい。

自分の跡取りであることも勿論理由の一つだが、スバルは『聖騎士』という素晴らしい職業を手にしたのだ。

期待を裏切ってきたカザルとは違う。

トバルにとって、誇らしくも愛しい存在────。

だからこそ、

トバルはスバルに、自分のこの醜態を見せるわけにはいかなかった。

スバルには常に威厳のある自分を見せていたいのだ。

こんな髪をグシャグシャにした状態ではダメに決まっている。


「何か…………何か策はないか…………。何か……」


トバルはまたしてもブツブツと呟き始めた。

だが、

スバルと話したからか、先ほどよりは多少は思考も回っているようだ。

トバルは実際のところ、今すぐにでも次の対策を打ち出さなければならない状況にある。

というのも…………

今日はまだ本部が発足してすぐだから見逃されているが、トバルはいずれカザルの責任を負ってネシャスに処罰されることになるだろう。

神託を実行出来なかったことに加え、実子であるカザルがこれほどの悪行を重ねたのだ。

追求は免れない。

最悪の場合は処刑だ。

そうなる前に何か成果を上げておかないと、カザルが捕まったところで自分もカザル共々処罰されることになってしまう。

そうなる前が勝負だ。

カザルがまだ捕まっていないことも、見方によってはプラスになるかもしれない。

せめて自分の手でカザルを捕まえれば、状況も好転するかもしれないからだ。


「こうなればまた"あいつら"を呼ぶか…………。あいつらなら、きっと……」


トバルは真っ青な顔で一人呟く。

トバルの持つ、最大の『切り札』だ。

しかし、

そう思って、トバルが動き出そうとした、その途端…………


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


「え……………………?」


「ひ、火だァァァアアアアアアアッ!!火が付いてるぞオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「え…………?亜人…………種……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「な、何だッ!?何事……グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


響き渡る阿鼻叫喚────。

ドアの向こう側から、いきなり大きな声が複数聞こえてきた。

トバルは顔色を変える。

何がどうなっているのか分からないが、確信できることは一つだけだ。

敵の『襲撃』────。


「し、『シャーキッド』ッ!!『ランドルフ』ッ!!」


トバルはもはや有無を言わさず、"彼ら"を呼んだ。

流石は四大貴族だ。

本当にヤバい時には、迷いがない。


「「お呼びで────」」


すると、

トバルの前にいきなり、2人の人間が姿を現した。

一人は両目とも眼帯をした小柄な男で、もう一人は身の丈ほどの大剣を背負った大柄な男だ。

トバルは叫ぶ。


「『ランドルフ』は私の警護につけッ!!『シャーキッド』はこの事態を探り、スバルの安全を確保してこいッ!!急げ…………ッ!!」

「「はっ…………」」


突然現れた2人は、そう言って跪いた。

そして、

大柄な体格をしたランドルフだけがその場に残り、小柄な体格をしたシャーキッドは再びその場から消える。

これで、トバル自身は安全だ。

後はスバルだが────。

トバルには、自らここを出て屋敷内を探しに行く度胸はなかった。

スバルの居場所なら、今しがたここを出たシャーキッドが見つけてきてくれることだろう。

ここには妻やネシャス、他の貴族たちもいるが、それはもう後回しにするしかない。

トバルにとっての優先順位が違うのだ。

どんな相手だろうと、スバルには代えられない。

何もかもが後手後手で、とりあえず状況を確認しないことには何も始まらない事態だが、それはもうシャーキッドに任せたのだ。

後は待つだけ────。

"世界一の暗殺者"であるシャーキッドなら、きっと無事にやり遂げられるに決まっている。

そう思い込むことにして、トバルはここでランドルフと二人、吉報を待つことにした。

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