上 下
62 / 267
【第三章】亜人種

【第十四話】屋敷にて ③

しおりを挟む
「料理長が意識を取り戻したという話だったなッ!?」


トバルは独房の廊下を走りながら、さっき報告してきた兵士に確認した。

あの火事を見た後、魔法師による消火活動中に最初に報告を受けたのがこの『厨房』だ。

部屋の前には、火の跡以外にメイド2人の死体も転がっていたと聞いている。

報告にあった料理長は、この厨房の中で見つかったということだった。

活動を行っていた魔法師部隊が、たまたま瀕死の彼を見つけたのだ。

彼は喉を潰され、指を2本切り落とされたまま、今にも死ぬ寸前の所だったと聞いている。

兵士は答えた。


「はいッ!!仰る通りですッ!!料理長である『ケネス・ランドマン』が、先ほど目を覚ましたと報告を受けましたッ!!精神はまだ不安定なようですが、一応口は聞けるようですッ!!」

「なるほど…………。分かった」


トバルは兵士からの報告を聞きながら、色々と考えていた。

カザルのいた独房とここは、非常に近い距離だ。

カザルがあの空間から出た後、真っ先に目に入ったのがこの『厨房』のはず────。

状況的に見て、犯人による"油"を使った放火は、この厨房から行われたものだと推測できる。

どう考えても、カザルによる仕業だ。

協力者がいたかどうかは別にして、それだけは間違いない。

そのケネスとかいう料理長が生きていたのは、単に発生源と近すぎていたからだろう。

カザルにとってケネスの生死は眼中になかったのか、それとも勝手に死んだと判断されたのか────。

どちらかは分からないが、そんな彼なら、何かカザルのことを知っているかもしれなかった。

カザルにどんな意図があったにせよ、ケネスが生きている以上、カザルと何かしらの接触があったことは間違いないのだ。

トバルは急いで向かうと、厨房内の急拵えの医療用テントの中に入る。

わざわざ建物の中にテントを立てたのは、もちろん衛生上の理由だ。

ここで何が行われていたのかも分からないのだから、とりあえず用心しておくに限る。

テント内に入ると、ケネスは魔法師によるヒールで治療を受けている真っ最中だった。

チラリとケネスの方に目を向けると、思わず顔が引き攣るほどにひどく痛々しい見た目をしている。

指2本だけでなく、体中が火傷で覆われているのだ。

感覚は既にだいぶ麻痺してしまっているに違いない。

もう料理人として復帰することはできないだろう。

トバルは、あまりそれを考えないようにした。

今さらもう、どうしようもないことなのだ。

トバルはケネスに話しかける。


「やぁ、ケネス。無事で何よりだ。瀕死だと聞いていたから心配したぞ」


別に心配なんてしていないが、トバルは笑顔を顔に貼り付け、彼の座るベッドまで近寄った。

円滑なコミュニケーションの第一歩は、適切な距離感だ。

刺激しすぎないよう近すぎず、かつ、相手の惨状を気にしていないと思わせるくらいの場所がいい。

トバルは、とにかくそういうことに対してだけは長けていた。

長年の貴族生活が故だ。

四大貴族ともなると"それより上"の人間とも接する機会が多くなるため、必然的にこういった能力が身につく。

"四大貴族より上"ともなると、たった一つのミスが命取りになりかねないのだ。

料理長だったケネスは、呼ばれてゆっくりとトバルの方に顔を向ける。

その顔は呆然とし、無表情で何を考えているのかさっぱり分からなかった。

まるでゾンビだ。

彼は、"元"料理長であるケネスは、雇い主であるトバルを見ても尚…………ゆっくりと口を開く。


「ト、バル…………様……?」


彼の言葉は酷くたどたどしかった。

ヒールで既に喉は治っているはずだが、聞いていた通り意識はまだ朦朧としているようだ。

目の焦点も合っていない。

ヒールにそんな後遺症が残ることなんて聞いたことは無いから、おそらくは半分夢心地になっているのだろう。

トバルは咎めなかった。

どうせこの男はもう解雇する運命なのだ。

話を円滑に聞くためにも、今はいい顔をしておいた方がいい。


「あぁ、そうだ…………。私だ。トバルだ。目を覚まして早々で申し訳ないが…………。君に何があったのかを、私に教えてくれないか…………?」


トバルはゆっくりした口調で優しく問いかけた。

ケネスはそれに対し、不思議そうな顔をしている。

脳の処理がまだ追いついていないのだ。

トバルは急かすようなことをせず、固唾を飲んでそれを見守ることにする。

こういうことは焦らせてもロクなことがないのだ。

まるで親密な友人のように、トバルはただ相手のことだけを想ったかのような顔で、ケネスに問いかける。


「何…………が…………って…………私は、あの、時…………ご来賓の、皆様の、お食事を、作って…………いて…………」

「あぁ…………。それで…………?」

「そ、それで…………ッ!!な、何か、物音が聞こえたから、そ、外…………に…………」

「あぁ…………」

「そ、外…………ッ!!外ッ!!にッ!!で、でで、出て…………ッ!!あ、ああああああ、アアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」

「ん…………ッ!?お、おい…………ッ!?どうしたッ!?何があったんだッ!?」


ケネスは突如として、体を小刻みに震え上がらせた。

間違いなく、尋常でない様子だ。

いきなり白目を剥いて、体が明らかな痙攣症状を訴えている。

恐怖が声に乗り、顔が表情が恐怖で一杯だ。

おそらくはトバルに問い掛けられたことによって、記憶がフラッシュバックしているのだろう。

あの時の恐怖が痛みが思いが感情が混ざり合い…………

ケネスの心を強く痛め付けていく。


「そ、そそそそそそそそそそそそ、外ッ!!外に出たらッ!!わ、私ッ!!私……ッ!!はッ!!わ、わた、わた、わた……わた……ッ!!し……ッ!!私……ッ!!は…………ッ!!」

「け、ケネス…………?」

「あ、あ、ああ…………あ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!痛いッッッ!!!!痛いイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!わ、私の…………ッ!!私の指を切らないでくれェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

「お、おい、ケネスッ!!落ち着けッ!!誰もそんなことはしないッ!!だから、落ち着いて、話を……ッ!!」

「嫌だァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!またあの"悪魔"がやって来る…………ッ!!"カザル"が…………ッ!!カザルがまた私の指をッ!!指ををををををををををををををををををををををッ!!」

「落ち着けッ!!そいつはもうここにはいないッ!!何があったかだけ教えてくれればいいんだッ!!」

「嫌だァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!私は何も知らない…………ッ!!知らないんだァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「……………………」


発狂に次ぐ錯乱────。

ケネスからもうこれ以上の話は聞けそうになかった。

恐らくは、相当なトラウマを植え付けられている。

ただ分かったことは、やはり犯人はカザルだということだ。

ここでの接触も確認できた以上、カザルがここに来て何かをしていたことは間違いない。

となれば…………

ここで調理用の油を使い、屋敷に火を放ったのはもはや確実だと思われた。

トバルはケネスの発狂を耳にしながら、盛大にため息を吐き出す。

ここまで来ておきながら、トバルに確認できたことは、あの凄まじく残虐な犯行跡だけだ。

肝心のそのルーツや手段、外部との関わりに関しては一切の手掛かりがない。

とりあえず、犯人はカザルで確定────。

正直、ケネスがカザルだけに反応している以上、外部の協力者もおそらくはいないのだろう。

あの様子では確定は難しそうだが、取り急ぎの結論は出た。

肝心の『どうやって』は、これから"話し合い"で探っていけばいいのだ。

餅は餅屋に任せる。

なんせ…………そろそろ来るはずだ。


「と、トバル様ッ!!『ネシャス大司教』より、これから"会議"を取り行うとの"命令"がくだりましたッ!!」


…………と、そんなことを思っていたら、その知らせはすぐに来た。

トバルは最後にため息を1つ吐き出すと、腹を括る。

もう、行くしかないのだ。

トバルは覚悟を決めて、答えを返す。


「分かったッ!!すぐに行くッ!!」


ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
ーー
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

カジュアルセックスチェンジ

フロイライン
恋愛
一流企業に勤める吉岡智は、ふとした事からニューハーフとして生きることとなり、順風満帆だった人生が大幅に狂い出す。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...