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◆第一章
006.一度目の人生⑤
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「貴方が賊に殺されたのだと知らされた日、何故、私が一緒にいなかったのか。母はずっと後悔していました。せめて私がいれば、貴方を独りで逝かせはしなかったのに……と」
「は、母上……」
強く抱きしめられた俺は、大きく目を見開いた。
再会するまで、俺は母上にも見限られたのだとばかり思っていた。けれど、善良な母上は人を貶めたり、騙す様な演技ができるお方ではない。そもそも誤魔化したり嘘をつけるような人じゃないのだ。
それに。
(……母上?)
俺は、母上の姿を改めて見て言葉を失った。
母上は元から華奢な体躯をしていたが、十年近い年月を経た今は、まるで枯れ木の様に痩せてしまっていた。美しい顔立ちは変わらない。が、頰はこけており、足取りも覚束ない。
「……っ」
母上が、ふらりとよろめいた。
「母上!」
俺は慌てて、母上の体を抱き上げて寝台へと運んだ。無理をしたら、本当に死んでしまいかねない。
優しげな風貌は変わらない。だが、生気というものが殆ど感じられず、俺は思わず眉を顰めていた。
何より、あまりに軽すぎる。母上は決して大柄な方ではないが、これではまるで子供と大差ないだろう。
おそらくだが、ろくに栄養も取れていないに違いない。
俺が仙人界で修行していた間の玉の治世で、飢饉なとが発生したという噂は聞いていないので、おそらくは母上個人の問題なのだろう。
「……母上、もしかして何かの病にかかっておられるのではありませんか?」
かつての禍根――捨てられたことなど完全に忘れて、俺はそう尋ねていた。大切だったからこそ、許せないに違いない。そんな風に再会するまでは考えていたが、どうやらそう簡単には憎めなかったようだ。
「いいえ。そうではないの。ごめんなさい。ただ、食べても、すべて吐いてしまうのよ」
寝台の上で、母上が心底申し訳なさそうに小さく呟いた。
聞けば、俺が死んだと聞かされたあまりの衝撃で倒れてしまい、それからずっと床に伏していたというのだ。
その言葉を聞いて、俺の中の母上への疑念は完全に消えていた。
母上が、俺のことを見限っていたのであれば、俺のことがきっかけでこんな状態になる訳がないし、無理をしてまで、わざわざ尋ねて来る筈がない。
視覚も聴覚も失っていた当時の俺に、当時の状況を思い出す術はないので、真偽は断言できない。だが、母上に対して、俺が賊に殺されたという嘘をついた輩がいるというのは間違いないだろう。
つまり、恨みをぶつけるなら相手はその輩ということになる。
「母上。ご無理はなさらぬように、お身体ご自愛くださいませ」
俺は仙人界から持って来ていた秘薬の入った小さな器を母上に渡した。
「師から教わって俺が調合した薬です。これを飲めばきっと以前のように戻れますよ。朝昼晩と一つずつお飲みください」
手を握ると、母上は「立派になって」とむせび泣いた。
そして、一つの疑念が脳裏に過ぎる。
それは余輝のことを、母上は知らされていないのでないか? ということだ。
余輝のことも、平等に愛しんでいた母上だ。もし、流行病の熱病に余輝が苦しみながら、死を待つだけの状態になっていると知っていたら、きっとすぐに俺に話をしたに違いない。
それこそ、秘薬の話を出した際に「自分にではなく余輝に飲ませてほしい」と、母上なら間違いなく言っただろう。
口にしないということは、おそらく母上に余輝の状態が秘匿されているということだ。
(……父上の采配だろうな)
俺を失ったと思った段階で、今の様な状態になったのだ。その上、余輝までもとなったら、母上の体はとても持たないだろう。
余輝に対する気持ちは、正直かなり複雑だ。確かに、昔から仲は良くはなかった。だが、いくら賢いとはいえ幼い子供であった余輝が、俺のことに加担していたとは考えにくい。
何より、余輝は卑怯な行いが嫌いで、とにかく正義感が強い奴だった。俺を捨てるなんてことを知っていたら、間違いなく憤怒して拒絶していたに違いないことは容易に想像できる。
互いに最低限の情くらいはあったことは、断言できた。
だから、余輝のことは恨んではいないのだ。
まぁ。大体だ。俺を捨てた首謀者が誰かなんて、状況からおおよそ予測はつく。間違いなく、帝である父上の命令だろう。
なら、憎むべきは、恨むならば父上だ。
……しかし、だ。
例え、余輝のことを助けたいと俺が思ったとしても、正直俺には荷が重いのも事実だった。
仙人界の秘薬と言っても、母上に渡した薬は万病を治すことができるような完全な治療薬ではない。
あくまで滋養強壮に良い、栄養薬なのだ。仙術で外傷は治せるが、病や呪いの類は完全に取り除くのは難しい。
だから、たとえ望まれたとしても、力になることはできないのだ。
世界のどこかには、どんな呪いも病もたちどころに治してしまう霊薬があるという話は聞いているが、手に入れる方法を誰も知らない。きっとただの作り話なのだろう。
……いや、俺の目と耳を治した霊薬が存在したのだ。もしかしたらという可能性はあるのかもしれないが。
ちなみに俺に使った霊薬は一つだけしかない代物だった為に既に現存はしていない。
「ありがとう」
俺にはただ、そう言って儚く笑う母上の手を優しく握ることしかできなかった。
「は、母上……」
強く抱きしめられた俺は、大きく目を見開いた。
再会するまで、俺は母上にも見限られたのだとばかり思っていた。けれど、善良な母上は人を貶めたり、騙す様な演技ができるお方ではない。そもそも誤魔化したり嘘をつけるような人じゃないのだ。
それに。
(……母上?)
俺は、母上の姿を改めて見て言葉を失った。
母上は元から華奢な体躯をしていたが、十年近い年月を経た今は、まるで枯れ木の様に痩せてしまっていた。美しい顔立ちは変わらない。が、頰はこけており、足取りも覚束ない。
「……っ」
母上が、ふらりとよろめいた。
「母上!」
俺は慌てて、母上の体を抱き上げて寝台へと運んだ。無理をしたら、本当に死んでしまいかねない。
優しげな風貌は変わらない。だが、生気というものが殆ど感じられず、俺は思わず眉を顰めていた。
何より、あまりに軽すぎる。母上は決して大柄な方ではないが、これではまるで子供と大差ないだろう。
おそらくだが、ろくに栄養も取れていないに違いない。
俺が仙人界で修行していた間の玉の治世で、飢饉なとが発生したという噂は聞いていないので、おそらくは母上個人の問題なのだろう。
「……母上、もしかして何かの病にかかっておられるのではありませんか?」
かつての禍根――捨てられたことなど完全に忘れて、俺はそう尋ねていた。大切だったからこそ、許せないに違いない。そんな風に再会するまでは考えていたが、どうやらそう簡単には憎めなかったようだ。
「いいえ。そうではないの。ごめんなさい。ただ、食べても、すべて吐いてしまうのよ」
寝台の上で、母上が心底申し訳なさそうに小さく呟いた。
聞けば、俺が死んだと聞かされたあまりの衝撃で倒れてしまい、それからずっと床に伏していたというのだ。
その言葉を聞いて、俺の中の母上への疑念は完全に消えていた。
母上が、俺のことを見限っていたのであれば、俺のことがきっかけでこんな状態になる訳がないし、無理をしてまで、わざわざ尋ねて来る筈がない。
視覚も聴覚も失っていた当時の俺に、当時の状況を思い出す術はないので、真偽は断言できない。だが、母上に対して、俺が賊に殺されたという嘘をついた輩がいるというのは間違いないだろう。
つまり、恨みをぶつけるなら相手はその輩ということになる。
「母上。ご無理はなさらぬように、お身体ご自愛くださいませ」
俺は仙人界から持って来ていた秘薬の入った小さな器を母上に渡した。
「師から教わって俺が調合した薬です。これを飲めばきっと以前のように戻れますよ。朝昼晩と一つずつお飲みください」
手を握ると、母上は「立派になって」とむせび泣いた。
そして、一つの疑念が脳裏に過ぎる。
それは余輝のことを、母上は知らされていないのでないか? ということだ。
余輝のことも、平等に愛しんでいた母上だ。もし、流行病の熱病に余輝が苦しみながら、死を待つだけの状態になっていると知っていたら、きっとすぐに俺に話をしたに違いない。
それこそ、秘薬の話を出した際に「自分にではなく余輝に飲ませてほしい」と、母上なら間違いなく言っただろう。
口にしないということは、おそらく母上に余輝の状態が秘匿されているということだ。
(……父上の采配だろうな)
俺を失ったと思った段階で、今の様な状態になったのだ。その上、余輝までもとなったら、母上の体はとても持たないだろう。
余輝に対する気持ちは、正直かなり複雑だ。確かに、昔から仲は良くはなかった。だが、いくら賢いとはいえ幼い子供であった余輝が、俺のことに加担していたとは考えにくい。
何より、余輝は卑怯な行いが嫌いで、とにかく正義感が強い奴だった。俺を捨てるなんてことを知っていたら、間違いなく憤怒して拒絶していたに違いないことは容易に想像できる。
互いに最低限の情くらいはあったことは、断言できた。
だから、余輝のことは恨んではいないのだ。
まぁ。大体だ。俺を捨てた首謀者が誰かなんて、状況からおおよそ予測はつく。間違いなく、帝である父上の命令だろう。
なら、憎むべきは、恨むならば父上だ。
……しかし、だ。
例え、余輝のことを助けたいと俺が思ったとしても、正直俺には荷が重いのも事実だった。
仙人界の秘薬と言っても、母上に渡した薬は万病を治すことができるような完全な治療薬ではない。
あくまで滋養強壮に良い、栄養薬なのだ。仙術で外傷は治せるが、病や呪いの類は完全に取り除くのは難しい。
だから、たとえ望まれたとしても、力になることはできないのだ。
世界のどこかには、どんな呪いも病もたちどころに治してしまう霊薬があるという話は聞いているが、手に入れる方法を誰も知らない。きっとただの作り話なのだろう。
……いや、俺の目と耳を治した霊薬が存在したのだ。もしかしたらという可能性はあるのかもしれないが。
ちなみに俺に使った霊薬は一つだけしかない代物だった為に既に現存はしていない。
「ありがとう」
俺にはただ、そう言って儚く笑う母上の手を優しく握ることしかできなかった。
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