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第一章

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俺の苦手な季節…梅雨。

「やば…降ってきた…」

俺は子供の頃、雨の日に大事故に遭った。

それ以来、雨が降ると俺には嫌な思い出が頭をよぎり雨が嫌いになった。

ジラさんの経営するゲーム店でバイトする俺は店を出るときに傘を持って出なかった事を後悔した。


ポツポツと降り出した雨はそんな俺に容赦なく雨足を早め、俺は誰にもぶつからないよう周りを気にしながら走る。

慌てた足取りでいつも通るパン屋の軒下に逃げ込み暗くなった空を見上げる。


K「雨とかまじ最悪…」

はぁ…雨ウザ…

いつ止むかも分からない灰色の空を見上げてそう考えていると隣に気配を感じ、俺は咄嗟に横を見た。


「俺は雨…好だったのにな……」


「好きだったのに」過去形でそう言ったその人はとても綺麗な顔をして悲しそうな目で空を見上げていた。

え?この人…俺の心読んだ?

俺は少し驚いたままその人の顔から目が離せなかった。

K「え…あ…」

「あ…ごめんごめん。これ良かったら使って?」


その人は俺にお洒落な紫色の傘を差し出した。


K「いや、でも…」

「俺、ここのパン屋で働いててまだ、他に傘あるから気にしないで。」


そう言ってその人は紫色の傘を俺の手に少し強引に持たせようとしたその一瞬…

目に刺さるような光が真っ黒な空に走る。


「え…もしかして…カミナ…」

彼がそう言いかけたと同時に耳の奥に響くゴロゴロゴロという爆音が街中に降り注ぎ、不気味な恐怖心を与える。


「きゃ……っ…!!」


雷にかき消されるような小さな悲鳴と同時に感じた柔らかく温かい感触。


え…?


俺は空にある自分の視線をゆっくりと自分の体に戻すと彼が俺に抱きついていた。


俺は驚きながらもその人の身体に手を回したのは…無意識でなぜなのか自分でも分からない。


気づいたときには手が勝手に動いて優しく自分の腕の中へ抱き寄せていた。


彼は嫌がるわけでもなく俺の濡れたTシャツをギュッと掴み、ガタガタと雷に怯え震えている。

そんな彼を見て俺は気づいた。

俺…この人にドキドキしてる。

K「だ…大丈夫ですか?また雷鳴るかもしれないんで店の中に戻った方が…」


と言いながらも俺はその身体から手を離さずずっと彼を支えていた。


「…あっ!!ごめんなさい…俺…雷苦手で…」

K「そうなんですね。気にしないでください。」

「あの…中にちょっと入って?」

K「え?」


そう言って彼はまた、少し強引に俺の手を取り中へ入っていく。

分からない。

彼がなにを考えているのか分からない。

なのに俺の心臓の速度は速くなり、彼に触れられている腕が熱を持つ。

すると彼は俺に優しく微笑んだ。


「ここで待っててね?」


そう言うと俺を置いて彼は奥へと入って行った。


何度かジラさんが美味しいと言って買ってきたことがあるパン屋。


もう、店を閉める時間だったのか残っているパンの数は少なくなっていた。


「お待たせ。これ持って帰って?俺が練習で作った試作品。これ食べて今度その傘を持ってくる時に感想…聞かせて?」


彼は俺の手にパンの入ったビニール袋を持たせて、さっきまで怯え切っていた顔と正反対の穏やかな明るい顔をしてそう言った。


K「いいんですか?」

「うん。また、待ってるね?」

K「ありがとうございます。」


俺が頭を下げて店の扉に向かおうとすると、レジから出てきた男性とぶつかってしまった。

「テヤサそろそろ店閉める準備しようか?」


色白でクールな印象的の男性がそう言うと彼は慌てた顔をしていた。


T「ヨイさん、分かった!!」


一所懸命なその姿が可愛らしくつい俺の頬が緩む。


K「テヤサさん…っておっしゃるんですね?」

T「ぇ…あ…はい!あなたの名前は?」

K「キオです。よろしくお願いします。」

T「よろしくお願いします。」


それが俺とテヤサの出会い。


次の日

J「キオにしてはお洒落な傘だね?」


昨日、テヤサさんに借りた傘を見ながらジラさんが言った。


K「昨日、帰りに突然雨に降られてそこの角にあるパン屋の人が貸してくれたんですよ。」


俺は奥のキッチンでまかないのカルボナーラを作りながらジラさんにそう言うと、ジラさんは顔色を変えて俺の元へ飛んできた。


J「あの角のパン屋って…まさか…スプリングじゃないよね!?」


身を乗り出して鼻の穴を広げながら言うジラさんのその姿に俺は思わず後退りする。


K「え…っと…そこですけど?ジラさんが何回かパンを買ってきてくれた…」

J「はぁーーーん!!?なに!!あそこで傘借りたの!!!?意味わかんない!!どういう流れで!!話ししたの!!?傘貸してくるとかどういう事ーーー!!?俺のことは無視なのにーーー!!!?」


ジラさんはそう言って地団駄を踏んでいる。


K「たまたまそこで雨宿りしたら傘を貸してくれて…帰り際にパンをくれて……」

J「はぁ!!!?傘を貸してくれてオマケにパンまでくれたの!!!?あんなに通って通って通いつめている俺のことは無視なのにーーー!!!?」


ジラさんはそう言って少し涙目になりながらカウンターに座って頭を抱えた。


K「はぁ…でもなんか…色白で怖そうな人には睨まれましたけど…確かその人はヨイさんって呼ばれてたかな?俺に傘を貸してくれたテヤサさんはすごく優しくて可愛くて綺麗な人でしたけど。」


テヤサさんの名前を初めて口にしてドクッと胸が弾む違和感に俺は一瞬、手が止まり…


フライパンからジュウジュウと音をさせてアピールするカルボナーラを皿に入れてイスに座り、ジラさんにカルボナーラを出すと、いきなりパッ!!っと顔を上げた。


K「びっくりしたぁ!!」

J「傘…貸してくれた人…ヨイじゃなくて…テヤサってこと?」

K「え?はぁ…そうですよ?何か問題…」

J「なーんだ!良かったーーー!!びっくりしたわ~まさか、ヨイがキオみたいな男がタイプなのかと思っちゃった!!」


ジラさんはそう言ってフォークにクルクルとパスタを巻いて大きな口に放り込む。


俺も皿を持ってヒョンの横に座りフォークでクルクルとパスタを巻いた。


K「ジラさん…もしかしてあのヨイさんって人のこと…好きなの?」


俺がそう問いかけると分かりやすいほどに隣で咳き込むジラさん。


俺はそんなジラさんの様子をみてニヤニヤと口元がいたずらに緩み、楽しくなりそうなことをを企む。


K「ジラさん!!今日一緒にこの傘!!返しに行きましょう!!」

J「えぇぇぇ!!!?」


ジラさんの間抜けな驚きの声をよそに、俺はカルボナーラを口いっぱいに頬張り気合をいれた。


ジラさんのために可愛い後輩であるこの俺がひと肌脱ぎますよ!!


つづく
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