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「その、すみませんでした……勝手に不機嫌になってて」
羞恥に目を逸らし謝罪する私に、グレイヴさんは照れくさそうに首を横に振った。
「いやその……こっちも得したから、おあいこにしようぜっ」
何か彼が得するようなことがあっただろうか……。疑問に思いながらも、彼がそう言ってくれるならばいいかと心を切り替える。
「腹減ったし、飯でも食いに行こうぜ」
「そうですね」
涙の跡を拭い、二人で一階の食堂へと足を向けた。そこで目にしたのは、先程までの口論の中心人物達だった。
「あー、もうっ! 頭にくる!」
「おい、落ち着けって……あ、すみませーん。おかわりいいですか?」
ほんの少し前に別れを告げた、アイリスさんとイリヤストさんの二人だった。
「あ! ロランちゃんいい所に! ちょっとこっち来て!」
「ひえっ、は、はい……」
これはあれだ、前世でもあった、上司の愚痴を延々と聞かされる流れだ。となると、聖女の情報が聞けるかもしれない。そこで、連絡手段用の魔石を起動しておいた。向こうの担当者には悪いが、愚痴に付き合って貰おう。
彼女らのテーブルに近付くと、ステーキやらスペアリブやら……兎に角肉料理の山がテーブルを埋め尽くしていた。
手招きされ、そのまま近くの椅子をテーブルに用意される。急遽私達は、同じテーブルに相席することになった。
「今日は私の奢りだから、じゃんじゃん食べちゃって!」
「は、はい……」
テーブルの上にはまだまだ山のように料理が乗っているにも拘らず、イリヤストさんはまだ何か追加で注文している。これだけの量を、二人で食べきれるのだろうか?
「ロランちゃん、何食べる?」
急にイリヤストさんに聞かれ、取り敢えずパスタをお願いする。グレイヴさんも厚切り肉のソテーを頼ませて貰い、二人同時に目の前で勢いよく頬張るアイリスへと視線を向ける。どうやら彼女は、相当ご機嫌斜めのようだ。
「あの、どうかしたのですか?」
思わず声を掛けると、待っていましたとばかりに私の方を振り向いた。
「聞いてよ、もう! 年上だからっていい気になって!」
思いだしたのか、片手に鷲掴みしていたスペアリブに勢いよくかじり付く。
ことの経緯を聞くと、呆れかえるものだった。
件の聖女は、酒場に入り浸っていたらしい。護衛の人もセットでだ。勿論、それも含め彼女は『職務怠慢』だと叱ったそうだ。その返答が、『巡回は一応してるんだからいいでしょう?』だったらしい。その女性、人々にもてはやされることを喜びとしていると言い切ったらしく、医師がいると重度の患者が少ない、そうした理由で、わざとアイラトの村の医師の派遣を申請しなかったのだという。呆れかえって言葉が出ない私に、アイリスさんは更に言葉を続ける。
「挙句に、私がここに来ていることを『暇だからきたんでしょ?』って言ったのよ! こっちは王都からの要請で、わざわざ来たって言うのに!!」
上の命令で注意を呼び掛けてくれと言われた彼女には、腹が立つことこの上ないだろう。聞けば、アイリスさんの担当はネムの村から東側らしい。ウルからは相当離れている。怒るのは尤もだろう。
食事が運ばれてきて、自分達もご相伴に預かる。すると、運悪く件の聖女も宿へ戻ってきたようだ。
「あら。まだいたの?」
「……私達が宿を利用するのは自由でしょう」
嫌な雰囲気になりそうな雲行きだ。魔石を確認する。うん、まだ繋がっている。
「それとも、なにか用でもあるんですか?」
アイリスさんの嫌見たらしい言い方に、件の聖女は微笑んだ。
「そんなにそちらの巡回がお暇なら、私がそちらも担当して差し上げてもいいわよ? 暇なのでしょう?」
その言葉には、流石に聞き役に回っていたイリヤストさんも表情を変える。アイリスさんは持っていたフォークでステーキを突き刺した。
一触即発の空気の中、私は件の聖女に話しかける。
「あの、一ついいでしょうか?」
「あら可愛らしい聖女ね。青、ということは、東地区の聖女ね」
「服でわかるのですか」
「ええ、東は青、西は赤、北は黄色、南は緑よ」
知らなかった。この服には、そんな意味があったのか。っと、そんな場合ではなかった。
「はい、陛下から、人手不足というか……巡回が間に合っていないという理由で急遽臨時で派遣されました」
「え?」
私の一言に、彼女の表情は固まった。
「ちなみに、医師の派遣が義務なのにされていなかったアイラト村と、医療物資の不足が深刻だったイトゥ村の申請はこちらで行っておきました」
「え、ちょっと……」
「それと、先程のアイリスさんの仰っていた証言と先程の発言は、魔石を通じて王都に筒抜けです。あしからず」
言い切るや否や、漆黒のローブを羽織った覆面の三人組が突如として現れ、件の聖女と護衛を捕まえると、瞬時に姿を消した。
恐らく、先程の三人組は、王都からの使者だったのだろう。最初の派遣の際、国王陛下より伝えられていた言葉を思い出す。
『聖女が問題を起こすと、黒使という使者が強制的に王都に送還させる。くれぐれも、問題は起こさないように』
実際に初めて見た。連絡用の魔石は、向こうから切られている。これで、少しは彼女も反省してくれるといいのだが……。
それと、先程の三人組は瞬時に消えたことを考えるに、魔術師なのかもしれない。
呆気に取られている三人を余所に、私はパスタに舌鼓をうつ。うん、歯ごたえもあって、それでいてソースもうまく絡み合っていて美味しい。
「えっと……さっきのって……」
「あ、黒使さんというそうです」
状況を飲み込めたアイリスさんが言葉を発したので、簡単に答える。
「ああ、あれが……って、初めて見たわよ!?」
「私もです。聖女は大抵、アイリスさんのように真面目な方が多いですから、彼らも滅多に現れないと聞いてます」
「……褒めても、おかわりかデザートくらいしか出ないわよ」
照れくさそうに頬を染め目を伏せる彼女に、私はデザートをお願いすることにしたのだった。
羞恥に目を逸らし謝罪する私に、グレイヴさんは照れくさそうに首を横に振った。
「いやその……こっちも得したから、おあいこにしようぜっ」
何か彼が得するようなことがあっただろうか……。疑問に思いながらも、彼がそう言ってくれるならばいいかと心を切り替える。
「腹減ったし、飯でも食いに行こうぜ」
「そうですね」
涙の跡を拭い、二人で一階の食堂へと足を向けた。そこで目にしたのは、先程までの口論の中心人物達だった。
「あー、もうっ! 頭にくる!」
「おい、落ち着けって……あ、すみませーん。おかわりいいですか?」
ほんの少し前に別れを告げた、アイリスさんとイリヤストさんの二人だった。
「あ! ロランちゃんいい所に! ちょっとこっち来て!」
「ひえっ、は、はい……」
これはあれだ、前世でもあった、上司の愚痴を延々と聞かされる流れだ。となると、聖女の情報が聞けるかもしれない。そこで、連絡手段用の魔石を起動しておいた。向こうの担当者には悪いが、愚痴に付き合って貰おう。
彼女らのテーブルに近付くと、ステーキやらスペアリブやら……兎に角肉料理の山がテーブルを埋め尽くしていた。
手招きされ、そのまま近くの椅子をテーブルに用意される。急遽私達は、同じテーブルに相席することになった。
「今日は私の奢りだから、じゃんじゃん食べちゃって!」
「は、はい……」
テーブルの上にはまだまだ山のように料理が乗っているにも拘らず、イリヤストさんはまだ何か追加で注文している。これだけの量を、二人で食べきれるのだろうか?
「ロランちゃん、何食べる?」
急にイリヤストさんに聞かれ、取り敢えずパスタをお願いする。グレイヴさんも厚切り肉のソテーを頼ませて貰い、二人同時に目の前で勢いよく頬張るアイリスへと視線を向ける。どうやら彼女は、相当ご機嫌斜めのようだ。
「あの、どうかしたのですか?」
思わず声を掛けると、待っていましたとばかりに私の方を振り向いた。
「聞いてよ、もう! 年上だからっていい気になって!」
思いだしたのか、片手に鷲掴みしていたスペアリブに勢いよくかじり付く。
ことの経緯を聞くと、呆れかえるものだった。
件の聖女は、酒場に入り浸っていたらしい。護衛の人もセットでだ。勿論、それも含め彼女は『職務怠慢』だと叱ったそうだ。その返答が、『巡回は一応してるんだからいいでしょう?』だったらしい。その女性、人々にもてはやされることを喜びとしていると言い切ったらしく、医師がいると重度の患者が少ない、そうした理由で、わざとアイラトの村の医師の派遣を申請しなかったのだという。呆れかえって言葉が出ない私に、アイリスさんは更に言葉を続ける。
「挙句に、私がここに来ていることを『暇だからきたんでしょ?』って言ったのよ! こっちは王都からの要請で、わざわざ来たって言うのに!!」
上の命令で注意を呼び掛けてくれと言われた彼女には、腹が立つことこの上ないだろう。聞けば、アイリスさんの担当はネムの村から東側らしい。ウルからは相当離れている。怒るのは尤もだろう。
食事が運ばれてきて、自分達もご相伴に預かる。すると、運悪く件の聖女も宿へ戻ってきたようだ。
「あら。まだいたの?」
「……私達が宿を利用するのは自由でしょう」
嫌な雰囲気になりそうな雲行きだ。魔石を確認する。うん、まだ繋がっている。
「それとも、なにか用でもあるんですか?」
アイリスさんの嫌見たらしい言い方に、件の聖女は微笑んだ。
「そんなにそちらの巡回がお暇なら、私がそちらも担当して差し上げてもいいわよ? 暇なのでしょう?」
その言葉には、流石に聞き役に回っていたイリヤストさんも表情を変える。アイリスさんは持っていたフォークでステーキを突き刺した。
一触即発の空気の中、私は件の聖女に話しかける。
「あの、一ついいでしょうか?」
「あら可愛らしい聖女ね。青、ということは、東地区の聖女ね」
「服でわかるのですか」
「ええ、東は青、西は赤、北は黄色、南は緑よ」
知らなかった。この服には、そんな意味があったのか。っと、そんな場合ではなかった。
「はい、陛下から、人手不足というか……巡回が間に合っていないという理由で急遽臨時で派遣されました」
「え?」
私の一言に、彼女の表情は固まった。
「ちなみに、医師の派遣が義務なのにされていなかったアイラト村と、医療物資の不足が深刻だったイトゥ村の申請はこちらで行っておきました」
「え、ちょっと……」
「それと、先程のアイリスさんの仰っていた証言と先程の発言は、魔石を通じて王都に筒抜けです。あしからず」
言い切るや否や、漆黒のローブを羽織った覆面の三人組が突如として現れ、件の聖女と護衛を捕まえると、瞬時に姿を消した。
恐らく、先程の三人組は、王都からの使者だったのだろう。最初の派遣の際、国王陛下より伝えられていた言葉を思い出す。
『聖女が問題を起こすと、黒使という使者が強制的に王都に送還させる。くれぐれも、問題は起こさないように』
実際に初めて見た。連絡用の魔石は、向こうから切られている。これで、少しは彼女も反省してくれるといいのだが……。
それと、先程の三人組は瞬時に消えたことを考えるに、魔術師なのかもしれない。
呆気に取られている三人を余所に、私はパスタに舌鼓をうつ。うん、歯ごたえもあって、それでいてソースもうまく絡み合っていて美味しい。
「えっと……さっきのって……」
「あ、黒使さんというそうです」
状況を飲み込めたアイリスさんが言葉を発したので、簡単に答える。
「ああ、あれが……って、初めて見たわよ!?」
「私もです。聖女は大抵、アイリスさんのように真面目な方が多いですから、彼らも滅多に現れないと聞いてます」
「……褒めても、おかわりかデザートくらいしか出ないわよ」
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