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「では、あなたのこれからを話しましょう」

 向かい合うように座り直し、お妃様が口を開いた。

「はい、よろしくお願いします。お妃様」

 力強く頷くと、彼女はにこりと微笑み唇に指を当てる。

「私のことは、お義母様と呼んで頂戴」
「え、でも……」
「あなたを気に入ったの。自分から険しい茨の道に突き進む勇気、とてもいいわ」

 お妃様の提案に、ゆらゆらと規則しく尻尾が揺れる。

「その……いいのでしょうか?」

 視線を落とし、もじもじと膝の上で指を弄る。会ってまだ数時間も経っていないのに、早々気安く呼んでもいいのだろうか。

「勿論、構わないわ。あなたが呼んでくれればの話ですが……」

 苦笑するお妃様に、私は少し悩む。実の母は既に他界しているから、十年以上『おかあさん』と口にしたことがない。口にするのが恥ずかしいというのもある。

「やっぱり、会ってすぐには無理よね……我が儘を言ってごめんなさい」

 謝罪してくるお妃様に、私は「違うんですっ」と声をあげた。

「リリアンナ?」
「そのっ、私、母はもう他界してて、そう呼べる人はもういなくてっ、それでっ」
「落ち着いて、リリアンナ」

 手を伸ばされ、優しく声をかけられる。ハッとして顔をあげると、お妃様は優しく微笑んでくれていた。

「さっきも言った通り、無理にとは言わないわ。あなたの好きなように呼んで頂戴。ただ、お妃様と呼ばれるのは他人行儀すぎて寂しいと思っただけよ?」
「あ……」

 そっか、お妃様なりの気遣いだったんだ。城の中とはいえ、必ずしも亜人を歓迎してくれる人がいるとは限らない。そういったことも含めてのことだったとすれば、有り難いことこの上ない。

「その……本当に、いいのですか?」

 もう一度、良いのか伺う。お妃様は微笑んだままだ。

「いいのよ。改めて、私はローゼリッタ。あなたの好きに呼んで頂戴」

 嬉しい。そう言って貰えるのが嬉しい。私なんかを気に入ってくれて、とても嬉しい。

「……ありがとうございます……お義母様」

 義母と呼ぶと、お妃様……お義母様は幸せそうに目を細めて笑みを溢してくれた。



「話が逸れてしまったわね。本題に入りましょう」
「はい。お義母様」

 頷き、姿勢を正す。これからのことについて、教えて貰わねばならない。

「まず、あなたに朝一番に行ってもらうのは、聖獣……ヴァイスゲブリュルを起こすことから始めます」
「ヴァイスゲブリュル?」

 聞いたことのない単語に、首を傾げ目を瞬かせる。

「ヴァイスゲブリュル……この国の聖獣の呼称よ。あなたなら、ファーレンのことになるわ」

 聖獣の呼称……ヴァイスゲブリュル。覚えておかねば。

「聖獣は大人になるまで、主に妃と共に行動します。なので、ファーレンはこれからあなたと寝食を共にすることになります」
「わかりました」

 ローゼリッタお義母様が寝台の方を指差す。指した方に視線を向けると、既に寝台の横にファーレンのものと思われるベッドが置かれてあった。

「朝の支度が終わったら、聖獣のブラッシングを行います。それを行った後、食事になります」

 一つ一つ丁寧に教えて貰うと、なんというか、本当にただのお世話で特別に訓練しなければならないことは無さそうに思えた。

「食事は私たちと同様にとります。シェフが用意したものをまず先に使用人が毒味をします。安全が確認されたら、食事を差し上げてください。聖獣が食事を行いだしたら、私たちも食事を行います」
「あの、お義母様」
「何かしら?」

 おずおずと手を挙げる。恥ずかしいことだが、これだけは言っておかなければいけない。

「すみません。その……食事のマナーというのも知らなくて」

 申し訳なさそうに謝罪する私に、ローゼリッタお義母様は「ご安心なさい」と声をかけてくれる。

「明日から、あなたには家庭教師をつけます。その方からテーブルマナーや作法、ダンスや勉強などを学んで貰います」
「本当に、もう訳ありません……」
「謝らなくていいの。今まで出来なかった分、これから学んでいけばいいのです」

 励ましてくれるローゼリッタお義母様に感謝しつつ、「ありがとうございます」と礼を述べた。そうだ。遅いかもしれないけれど、今からでも頑張ることは出来る。こんな機会をくださったお義母様やネロさんに謝罪ではなく、感謝をするべきだ。

「ありがとうございます。お義母様」
「ええ、大変でしょうけど、頑張ってね」
「……はい!」

 返事をすると、「元気があってよろしいわ」と褒めて貰えた。ちょっとしたことだが、ローゼリッタお義母様に褒めて貰えるのは嬉しくて、心がぽかぽかする。そんな風に感じた。

「続きを話しましょう。食事の後は、明日からあなたは家庭教師と共に勉学に励んで貰います。勿論、その間にもファーレンの世話は行って貰います」
「どの様なことをすれば宜しいのでしょうか」

 話の途中、オイフェが紅茶を運んで来てくれた。感謝を述べつつ、カップに口を付ける。優雅な仕草で紅茶を飲むお義母様は綺麗で、絵画のような美しさだった。

「聖獣は体内に膨大な魔力を宿しています。そして、その魔力のコントロールは子どもの内に覚えさせます。そのサポートを、私たちが行うのです」
「魔力……」

 そんなものがあるなんて、知らなかった。これも、普通ならば学校などで習うものなのだろうか。

 驚愕していると、ローゼリッタお義母様はカップをソーサーに戻し私に向かって微笑んだ。

「これは王族や一部のものしか知りません。あなたが知らなくても当然ですから安心なさい」

 考えが筒抜けだったようで、少し恥ずかしい。どうやって魔力を扱うというのだろうか?

「魔力の引き出し方、扱い方はこれから少しずつ私が教えましょう。私も先代のお妃様に教わったのよ」
「そうなのですか!」

 その言葉に、私は驚く。どうやらこれは、代々お妃様から次のお妃様へと受け継がれていくようだ。

「ええ。私は幼い頃から教わっていましたが、簡単ですから早い段階で覚えられるでしょう」

 その言葉に、安堵する。勉強もそうだが、ファーレンの魔力サポートも覚えなければ……。やることが多いが、頑張らなきゃ。私は改めて努力しようと思った。



 一通りの世話の仕方を教わり、頭の中で反復する。ブラッシングや食事の方法、日中の過ごし方に、夜の日課。色々とあるが、一番に私が頑張らなければならないのは、自分自身の方だ。

 ファーレンの世話に関して、日中は私の勉学が一定値に到達するまではローゼリッタお義母様が今まで通り面倒をみてくださると言ってくれたが……。何時までもそのようにはしていられない。お義母様にはお義母様の聖獣がいるのだから。

「あ、そういえば……」

ふと、疑問が浮かび、つい言葉に出てしまった。ローゼリッタお義母様は「なにかしら」と声をかけてくれる。

「あの、お義母様の聖獣は、もうお世話はしなくていいのですか?」

 訊ねると、「ああ、そのことね」と一人納得した様子だった。

「聖獣は大人になると、寝食は変わらず妃と共にとりますが、日中は国王と活動を共にするわ」
「そうなんですか?」
「ええ。国の祭事や議会にも共に参加し、意見を述べることもあるわ」

 意見を、述べる?

 どういう意味だろうか? そう頭を悩ませていると、この部屋に近づいてくる足音が聞こえ、ドアの方に視線を向ける。

「リリアンナ?」

 首を傾げるローゼリッタお義母様に、「誰か、来ます」と告げる。人の足音にしてはおかしい。一体、誰だろうか。

 立ち上がり、ドアの方へと向かう。そっとドアノブに手を伸ばし、勢いよくドアを開けた。

「あ」

 そこにいたのは、お義母様の世話する聖獣だった。

「――なんだ、急にドアを開けたら驚くだろうが」

 やれやれと首を横に振る聖獣に、私は開いた口が塞がらなくなる。

「しゃ、」
「ん?」

 首を傾げる聖獣に向かって、私はつい叫んだ。

「しゃべったあああああ!?」
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