上 下
62 / 96
第二章

11 ユスターク伯爵

しおりを挟む
 ユスターク伯爵邸は、元々は城塞だった。過去の大戦において使われることのなかった城塞を、そのまま屋敷として利用しているのがユスターク伯爵家だ。
 城塞の門を潜り、セシリアスタは屋敷へと入る。エドワースは来るのは二度目となるが、やはり静かすぎると思えた。
《セシル、気を付けろよ》
《……わかっているさ》
 口元を最小限にしか動かさず独り言のように言葉を発する。風魔法を使い、その声を互いに伝え合った。
 屋敷の門が開かれ、ゆっくりと、屋内に入っていった。

「よくいらした。ユグドラス公爵」
「ああ、久しいな。ユスターク伯爵」
 白髪頭で青目のこの老紳士が、アイゼン・ユスターク伯爵だ。ユスターク伯爵は客間に自ら案内し、椅子に腰を下ろした。続けて、セシリアスタも向かいの椅子に腰を下ろす。
「して、用件とはなにかな? わざわざ魔導公爵が直々に来たと言うことは、こちらの要望を飲んでくれたのかね」
「その件は何度もお断りしている筈だ」
 はっきりと断るセシリアスタに、アイゼンは目を細め言葉を続けた。
「呪具師は一子相伝だ。その能力を受け継ぐ子を欲しはしないのかね」
「私は既に妻がいる」
「その奥方だが、私の息子が気に入ってしまってね……」
 やれやれとわざと肩を落とす素振りをするアイゼンに、セシリアスタは眉間に皺が寄る。
「……何が言いたい」
「なに。簡単だよ。その娘を息子に譲って欲しい。新たな妻に私の娘のビビアナを迎えれば全て解決するだろう」
 その言葉に、セシリアスタの表情がなくなった。無表情となったセシリアスタに、なおも言葉を続けるアイゼン。
「私は一子相伝の呪術を絶やす訳にはいかないのだよ。その為には、より大きな魔力オドを持つものとの婚姻が必要不可欠だ。君には魔導公爵になった時から何度も娘を迎え入れるようにと言ったはずだ。だが、君が選んだのは『不良品』と名高い娘だ。それでは生まれてくる子が不憫でならない」
 紅茶を一口飲み、再び言葉を続ける。
「その娘を私の息子に譲りなさい。そして、ビビアナを妻にするんだ。それが、君の為にもなる」
 アイゼンが言い終えると、暫くの沈黙が流れた。そして、ゆっくりとセシリアスタの口が開いた。
「私はレティシア以外を妻にする気は一切ない。貴殿の令息に譲る? 言語道断だ。これ以上の妻への侮辱、貴殿と言えど許しはしないぞ」
 静かに黒い魔力を放出しだすセシリアスタに、アイゼンは「残念だよ」と言葉を零した。
「話を戻す。貴殿らの令息と令嬢が追っていたカーバンクルについてだ」
「カーバンクル……ああ、私のものだが、それが逃げてしまってね。息子たちに探して貰っていたのさ」
 その言葉に、セシリアスタは畳みかけた。
「本来、カーバンクルは親と共に生活をする聖獣だ。あれはどう見てもまだ子ども……親はどうしたというんだ」
「見つけた時、親は側に居なかった。故に、私が保護をしたのだよ。納得したかね?」
「その割には令息達に威嚇していたが?」
 そうセシリアスタが告げると、アイゼンは笑った。
「あれは気性が荒くてね。そろそろ、こちらに返して欲しいのだがね」
「未だ傷が治っていない。そちらに返すのはまだ無理だ」
「そうか……治り次第、早急にこちらに返して貰えることを願っているよ」
 そこで、会話は終わった。すぐさま椅子から立ち上がり、セシリアスタはドアへと向かう。去り際、セシリアスタは言葉を発した。
「もし、再び妻に何かしたら、その時は容赦しない。それをお忘れなきよう」
「肝に命じておこう」
 微かに笑みを浮かべながら、アイゼンは「だが」と言葉を続ける。
「息子たちのことはどうすることも出来んよ。私は子に甘いんでね」
 その言葉を背に聞きながら、セシリアスタは部屋を出た。



「いいのか? あいつ、もっと何か隠してるぜ?」
 城門を過ぎ、馬車に乗り込んだ二人。エドワースの言葉は尤もだが、これ以上の詮索は向こうを焚き付けるだけだ。セシリアスタは「いい」と言った。
「カーバンクルが何処で捕まえられたか、それが知りたい。そうすれば親がどうなったのかもわかる筈だ」
「しらみ潰しにカーバンクルの生息地を探るしかねえか……」
「ああ。だが聖獣は調査隊の捜査で数が把握されている。トラスト領地の生息域を調査すれば、自ずとわかる筈だ」
 セシリアスタの言葉を受け、エドワースは早速、馬車の中から魔法便で王族管轄の調査隊に文を飛ばした。
「後は困った息子たちだよなあ……」
「ああ……」
 アイゼンの言葉を鵜呑みにするのは癪だが、確実にアイゼンは子ども達の行為には口出しをしないつもりらしい。年老いてから生まれた子どもであり、早くして妻を亡くしたとはいえ、甘やかし過ぎのようにも思える。
「兎に角、今後もレティシアのサロンは控えるべきだな」
「だな。そいや、お友達になった伯爵令嬢を家に招待するのはどうだ?」
「いい案だな、エド。早速、ジェーン伯爵のタウンハウスにも手紙を送ってくれ」
 セシリアスタの命に「了解」と笑顔で答えると、エドワースは再び手早く文をしたため魔法便で手紙を飛ばした。
 少しはレティシアの癒しになればいい――。そう、セシリアスタは思った。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。

処理中です...