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第二章
5 カーバンクル
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目を覚ますと、そこは見慣れない天井だった。
「キュウッ」
声の方を向くと、あの猫くらいの大きさのリスのような動物が、頬を舐めてくれた。
「レティシア」
優しい声に顔を上げると、最愛の人が手を握りしめたままレティシアを見つめていた。
「あ……」
「良かった……本当に……」
寝たままのレティシアに覆い被さり、抱き締められる。その温もりが心地よく、レティシアはそっと背に腕を回した。
「セシル様……ここは一体?」
「ここはジェーン伯爵邸の客間だ。君は魔法を使い、体が負荷に耐え切れず気を失ったんだ」
その言葉に、レティシアは納得した。使えもしなかった魔法を、一度に二回も使用したのだ。気を失うのも、頷けた。
「セシル、俺はディアナオズワルト伯爵夫人たちに報告してくるぜ」
いつの間にいたのか、エドワースはそっと部屋を出て行った。こ、こんな状況を見られて恥ずかしい……!そう思うレティシアの唇に、セシリアスタは自身の唇を重ねた。
唇を重ねたまま上体を抱き起され、ぎゅっと強く抱きしめられる。唇が離れ、レティシアは言葉を発する。
「ん、は……セシル様……っ」
「後少しだけ、このままでいさせてくれ」
そう言われてしまい、レティシアは「後少しだけですよ」と言い、背中に回した手に力を籠めた。
「レティシアちゃん!」
エドワースの報告を受け、ディアナとトリア、メルヴィーが部屋に駆け付けた。レティシアは慌ててセシリアスタを引き剥がし、ふう、と溜息を吐いた。
「大丈夫なの?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「まだ体内にそれ程マナが溜められない中で魔法を使ったことの負荷です」
セシリアスタがディアナ達に話しかける。すると、トリアが前に出てきた。
「レティシア様、娘をありがとうございます」
深々とお辞儀をされてしまい、レティシアは勢いよく首を横に振った。
「トリア様、顔を上げてください! 元はと言えば、私が無闇に森に入ったのがいけないのですから……」
寧ろ、メルヴィーの方が被害者だ。レティシアはメルヴィーの方を向き、彼女を足先から頭頂部まで見やる。うん、怪我はないみたいだ。良かった――。
「レティシア様、無茶だけはなさらないでくださいな」
「メルヴィー様、お友達を助ける為なら無茶も時には必要です。それに、これは私の努力不足が招いたことですので、どうか気になさらないでください」
レティシアの言葉に、エドワースはやれやれと肩を落とす。そんなレティシアとメルヴィーを見て、セシリアスタはメルヴィーに声を掛けた。
「レティシアは自分を疎かにする所がある。友人として、その辺りを見てやって欲しい」
「は、はいですわっ」
頬を赤らめながら返事をするメルヴィー。レティシアは膝に乗ってきた動物の頭を撫でた。
「その怪しげな連中が探してたのが、そいつか?」
「はい。銃弾が掠ったのか、後ろ脚を怪我していました」
撫でながら、左後ろ脚を指差すレティシア。もう傷も塞がり、レティシアに撫でられてご満悦そうな表情を浮かべている。
「カーバンクルか」
「カーバンクルというと、冨と幸運をもたらすという聖獣ですか?」
「ああ。額に石があることからしてそうだろう」
セシリアスタが背中を撫でると、カーバンクルは背伸びをしながらポテンと横になりベッドへ倒れた。もっと撫でろとジーッと見つめている。
カーバンクル。持ち主に富と幸運をもたらすとされる聖獣だ。額には赤く輝く石が嵌め込まれており、成獣でも猫ほどの大きさにしかならない。ライトグリーンの体毛にリスのような体、長くふさふさとした尻尾を持つとされる生物。確かに、図鑑に書かれていた記述と一緒だった。
「他にそいつらは何か言っていたか?」
セシリアスタの言葉に、レティシアは答えるべきか言葉を詰まらせる。セシリアスタと別れろと言った妹と言われた少女に、妻になれと言ってきた青年。どちらにしろ、セシリアスタを困らせてしまうことになる。
「あいつら、レティシアちゃんに何か言っていたわ。女の子の方はレティシアちゃんに手を上げようともしてたし」
「レティシア、言ってくれ」
ディアナは聞こえていなかったようだが、手を上げようとしていた所を見られた以上、言うしかないだろう――。レティシアは深呼吸し、言葉を発した。
「その……少女の方からはセシル様と離婚しろと言われました。男性の方からも、セシル様と離婚して自分の妻になれ、と……」
その言葉に、セシリアスタの表情が変わった。無表情になり、魔力を少しずつ放出しだす。
「セシル様、落ち着いてください。どちらもきっぱりとお断りしました。私だって、セシル様を渡したくないです」
「レティシア……」
スッと放出されていた魔力が静まっていく。そんなレティシアとセシリアスタを見ながら、エドワースは言葉をかける。
「ジェーン伯爵令嬢とそのカーバンクルを襲った奴らの手がかりとかないんですか?」
「確か、少女の方はビビアナと呼ばれていました。男性の方はその方の兄だとも言ってましたが……それくらいしか」
「ビビアナと言われていた少女はピンクの髪に青い目。属性はエンチャント魔法からして力の強化に特化しているようでしたから恐らく地属性ですわ」
レティシアの言葉に、メルヴィーが続ける。二人の証言に、エドワースは頭を掻いた。
「名前はビビアナ、兄がいてピンク髪の青目、地属性で猟銃と馬持ってることからして爵位持ち……この情報だけで探すのはしんどいが……やってみるか。兄貴の方の特徴は?」
「同じ髪と目の色でした」
「オッケー。帰ったらイザークをパシッて探してみます」
エドワースはそう言うと、先に部屋から出た。恐らく、先に魔法便でイザークに探させるつもりなのだろう。
「自警団にも密猟の容疑でさがさせます。娘を傷つけたのも責任取らせなきゃ」
トリアの一言に、レティシアは「あの……」と言いおずおずと手をあげた。
「この子はどうなるでしょうか?」
レティシアの膝の上に乗ってうたた寝をはじめたカーバンクルに、セシリアスタはトリアへと視線を向けた。
「暫くの間、こちらで保護しても構わないだろうか?」
「ええ、そこまでレティシア様を気に入っているようですし、引き離すのは忍びないですわ」
「助かる」
セシリアスタとトリアのやり取りに、レティシアはホッと安堵する。親と引き離されているのならば、親の元に返してあげたい。そう思ったレティシアだった。
「さて、色々あったがそろそろ帰ろう」
「はい」
ベッドから出て靴を履き、ゆっくり立ち上がる。セシリアスタに支えられながら、レティシアはメルヴィーの元に歩み寄った。
「また、教会で会いましょう」
「ええ。王都のタウンハウスにもご招待いたしますわ」
初めて出来た友人に、レティシアは笑顔で答えた。
帰りの馬車には、行きとは違いディアナだけでなく、セシリアスタとエドワースも一緒だった。未だ疲れが抜けきっていないのか、瞼が次第に重くなっていく。
「レティシア。眠いならば寝てもいい」
「ですが……」
躊躇うレティシアに、ディアナもセシリアスタに賛同する。
「着いたら起こしてあげるわ。だから寝ちゃいなさいな」
そう言われると、更に重い瞼が重くなっていく。レティシアは「済みません」と答え、セシリアスタに凭れ掛かりながら重たい瞼を閉じた。
「……寝たわね」
「魔法を二度も使った反動でしょう。まだレティシアにはマナを体に取り入れるだけの容量が備わっていないのかと思います」
セシリアスタは分析しつつ、汚れてしまった服を眺めた。膝には同じく眠ってしまっているカーバンクがいる。相当の出血だったカーバンクルを此処まで回復させる力を発動させたということだ。
「セシル。オズワルト伯爵夫人には言っておいた方が良いんじゃねえか?」
「あれをか? だが……」
突然のエドワースの発言に、セシリアスタは躊躇う。ディアナは目を細め、じっとセシリアスタを凝視する。
「……わかりましたから、そんなに睨まないでください」
深い溜息を吐きながら、セシリアスタは答えた。その言葉に、ディアナは似たもの夫婦だと肩を落としたのだった。
「キュウッ」
声の方を向くと、あの猫くらいの大きさのリスのような動物が、頬を舐めてくれた。
「レティシア」
優しい声に顔を上げると、最愛の人が手を握りしめたままレティシアを見つめていた。
「あ……」
「良かった……本当に……」
寝たままのレティシアに覆い被さり、抱き締められる。その温もりが心地よく、レティシアはそっと背に腕を回した。
「セシル様……ここは一体?」
「ここはジェーン伯爵邸の客間だ。君は魔法を使い、体が負荷に耐え切れず気を失ったんだ」
その言葉に、レティシアは納得した。使えもしなかった魔法を、一度に二回も使用したのだ。気を失うのも、頷けた。
「セシル、俺はディアナオズワルト伯爵夫人たちに報告してくるぜ」
いつの間にいたのか、エドワースはそっと部屋を出て行った。こ、こんな状況を見られて恥ずかしい……!そう思うレティシアの唇に、セシリアスタは自身の唇を重ねた。
唇を重ねたまま上体を抱き起され、ぎゅっと強く抱きしめられる。唇が離れ、レティシアは言葉を発する。
「ん、は……セシル様……っ」
「後少しだけ、このままでいさせてくれ」
そう言われてしまい、レティシアは「後少しだけですよ」と言い、背中に回した手に力を籠めた。
「レティシアちゃん!」
エドワースの報告を受け、ディアナとトリア、メルヴィーが部屋に駆け付けた。レティシアは慌ててセシリアスタを引き剥がし、ふう、と溜息を吐いた。
「大丈夫なの?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「まだ体内にそれ程マナが溜められない中で魔法を使ったことの負荷です」
セシリアスタがディアナ達に話しかける。すると、トリアが前に出てきた。
「レティシア様、娘をありがとうございます」
深々とお辞儀をされてしまい、レティシアは勢いよく首を横に振った。
「トリア様、顔を上げてください! 元はと言えば、私が無闇に森に入ったのがいけないのですから……」
寧ろ、メルヴィーの方が被害者だ。レティシアはメルヴィーの方を向き、彼女を足先から頭頂部まで見やる。うん、怪我はないみたいだ。良かった――。
「レティシア様、無茶だけはなさらないでくださいな」
「メルヴィー様、お友達を助ける為なら無茶も時には必要です。それに、これは私の努力不足が招いたことですので、どうか気になさらないでください」
レティシアの言葉に、エドワースはやれやれと肩を落とす。そんなレティシアとメルヴィーを見て、セシリアスタはメルヴィーに声を掛けた。
「レティシアは自分を疎かにする所がある。友人として、その辺りを見てやって欲しい」
「は、はいですわっ」
頬を赤らめながら返事をするメルヴィー。レティシアは膝に乗ってきた動物の頭を撫でた。
「その怪しげな連中が探してたのが、そいつか?」
「はい。銃弾が掠ったのか、後ろ脚を怪我していました」
撫でながら、左後ろ脚を指差すレティシア。もう傷も塞がり、レティシアに撫でられてご満悦そうな表情を浮かべている。
「カーバンクルか」
「カーバンクルというと、冨と幸運をもたらすという聖獣ですか?」
「ああ。額に石があることからしてそうだろう」
セシリアスタが背中を撫でると、カーバンクルは背伸びをしながらポテンと横になりベッドへ倒れた。もっと撫でろとジーッと見つめている。
カーバンクル。持ち主に富と幸運をもたらすとされる聖獣だ。額には赤く輝く石が嵌め込まれており、成獣でも猫ほどの大きさにしかならない。ライトグリーンの体毛にリスのような体、長くふさふさとした尻尾を持つとされる生物。確かに、図鑑に書かれていた記述と一緒だった。
「他にそいつらは何か言っていたか?」
セシリアスタの言葉に、レティシアは答えるべきか言葉を詰まらせる。セシリアスタと別れろと言った妹と言われた少女に、妻になれと言ってきた青年。どちらにしろ、セシリアスタを困らせてしまうことになる。
「あいつら、レティシアちゃんに何か言っていたわ。女の子の方はレティシアちゃんに手を上げようともしてたし」
「レティシア、言ってくれ」
ディアナは聞こえていなかったようだが、手を上げようとしていた所を見られた以上、言うしかないだろう――。レティシアは深呼吸し、言葉を発した。
「その……少女の方からはセシル様と離婚しろと言われました。男性の方からも、セシル様と離婚して自分の妻になれ、と……」
その言葉に、セシリアスタの表情が変わった。無表情になり、魔力を少しずつ放出しだす。
「セシル様、落ち着いてください。どちらもきっぱりとお断りしました。私だって、セシル様を渡したくないです」
「レティシア……」
スッと放出されていた魔力が静まっていく。そんなレティシアとセシリアスタを見ながら、エドワースは言葉をかける。
「ジェーン伯爵令嬢とそのカーバンクルを襲った奴らの手がかりとかないんですか?」
「確か、少女の方はビビアナと呼ばれていました。男性の方はその方の兄だとも言ってましたが……それくらいしか」
「ビビアナと言われていた少女はピンクの髪に青い目。属性はエンチャント魔法からして力の強化に特化しているようでしたから恐らく地属性ですわ」
レティシアの言葉に、メルヴィーが続ける。二人の証言に、エドワースは頭を掻いた。
「名前はビビアナ、兄がいてピンク髪の青目、地属性で猟銃と馬持ってることからして爵位持ち……この情報だけで探すのはしんどいが……やってみるか。兄貴の方の特徴は?」
「同じ髪と目の色でした」
「オッケー。帰ったらイザークをパシッて探してみます」
エドワースはそう言うと、先に部屋から出た。恐らく、先に魔法便でイザークに探させるつもりなのだろう。
「自警団にも密猟の容疑でさがさせます。娘を傷つけたのも責任取らせなきゃ」
トリアの一言に、レティシアは「あの……」と言いおずおずと手をあげた。
「この子はどうなるでしょうか?」
レティシアの膝の上に乗ってうたた寝をはじめたカーバンクルに、セシリアスタはトリアへと視線を向けた。
「暫くの間、こちらで保護しても構わないだろうか?」
「ええ、そこまでレティシア様を気に入っているようですし、引き離すのは忍びないですわ」
「助かる」
セシリアスタとトリアのやり取りに、レティシアはホッと安堵する。親と引き離されているのならば、親の元に返してあげたい。そう思ったレティシアだった。
「さて、色々あったがそろそろ帰ろう」
「はい」
ベッドから出て靴を履き、ゆっくり立ち上がる。セシリアスタに支えられながら、レティシアはメルヴィーの元に歩み寄った。
「また、教会で会いましょう」
「ええ。王都のタウンハウスにもご招待いたしますわ」
初めて出来た友人に、レティシアは笑顔で答えた。
帰りの馬車には、行きとは違いディアナだけでなく、セシリアスタとエドワースも一緒だった。未だ疲れが抜けきっていないのか、瞼が次第に重くなっていく。
「レティシア。眠いならば寝てもいい」
「ですが……」
躊躇うレティシアに、ディアナもセシリアスタに賛同する。
「着いたら起こしてあげるわ。だから寝ちゃいなさいな」
そう言われると、更に重い瞼が重くなっていく。レティシアは「済みません」と答え、セシリアスタに凭れ掛かりながら重たい瞼を閉じた。
「……寝たわね」
「魔法を二度も使った反動でしょう。まだレティシアにはマナを体に取り入れるだけの容量が備わっていないのかと思います」
セシリアスタは分析しつつ、汚れてしまった服を眺めた。膝には同じく眠ってしまっているカーバンクがいる。相当の出血だったカーバンクルを此処まで回復させる力を発動させたということだ。
「セシル。オズワルト伯爵夫人には言っておいた方が良いんじゃねえか?」
「あれをか? だが……」
突然のエドワースの発言に、セシリアスタは躊躇う。ディアナは目を細め、じっとセシリアスタを凝視する。
「……わかりましたから、そんなに睨まないでください」
深い溜息を吐きながら、セシリアスタは答えた。その言葉に、ディアナは似たもの夫婦だと肩を落としたのだった。
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