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23.お転婆
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「あ、あの!お背中を流そうと思いまして…」
「そうなんだ。身体はもう洗ってしまったから、少し話し相手になってくれる?」
焦る私を見て、殿下は柔らかく笑ってから浴槽の淵を手でポンポンと叩く。
「失礼します…」
タオルを敷いた上に、スカートがはだけない様に腰掛ける。
「ツィーリィのお兄さん面白いね。ここまで案内してくれた時にツィーリィがどれ位お転婆か教えてくれたよ」
「えっ⁈兄様から何を聞いたんですか?兄様は絶対碌なことを言ってない気がします!」
「そんなことないよ。小さい頃に木登りをして落ちたとか、大人になってからは喧嘩したお兄さんを畑の肥溜めに突き落としたとか可愛い内容だよ。」
全然可愛くない気がするが、全部実話なので訂正できないのが辛い。
「あっ、それで」
殿下が声を上げると、眉上で切り揃えてある私の前髪をかきあげる。そして、髪の生え際の部分を指で撫でる。
「木から落ちた時の傷があるって言ってたけど、これだね」
「そうです。恥ずかしいですね。」
遥か昔の傷を見られ恥ずかしくなる。
「ツィーリィの意外な一面を知れて嬉しい」
そんな風に甘く囁かれると、ときめいてしまう
「いつか僕にもお転婆な姿みせてね」
殿下は静かに囁くと、私の手を引いて唇が触れ合う手前まで顔を寄せる。
「のぼせそうなので、私は戻りますね!殿下、ごゆるりと!」
意味不明な言い訳をして退散するのが精一杯だった。
* * *
「こちらです」
翌日、兄様の案内で町の集会所に訪れた。
「診療所ではなく、こちらですか?」
「診療所だけではスペースが足りなくなったんだ」
私が聞くと兄様が渋い表情をし、そのまま集会所のドアを開く。
そこは、外とは別世界だと感じざるを得なかった。
人口密度の高さを窺わせる生暖かい空気の中、所狭しと並べられた布団に病人が横たわっている。
「つらいよ」「たすけて」「いたい」
誰かに言うためでないうわごとの様な呟きと、うめき声ががこだまする。
想像以上の光景に息を飲んだ私の肩を殿下が抱く。
「今、僕たちがすべきことをしよう」
そう決意した様に呟くと、一番奥まで歩いていき、そこに横たわっていた少年の手を握り締める。少年の手は父様や母様と同じく関節が曲がり固まっていた。虚ろで視線が合わないので意識があるのかも分からない。口は力無くあいて端から涎が垂れている。
少年の手を握る殿下の手から暖かな光が発すると、少年の瞳には正気が戻り、曲がって固まっていた指もピクリと動く。
「だぁれ?…ありがとう」
擦れた声でそう言うと、少年は静かに目を閉じ安らかな寝息がきこえる。
それを確認してから、殿下は次々と横たわる人に手を伸ばし、惜しむ事なく力を使っていく。
全体の5分の1に差し掛かろうとした時、殿下の目から涙の様に血がツゥと滴る。
顔面は蒼白で足元もふらつき、明らかに限界を超えている。
それでもなお、民を救おうと手を伸ばす殿下の背中にしがみつく。
「殿下、もういいです。これ以上は、殿下のお身体が」
「ツィーリィ…離れて」
荒い息遣いで、話すのも苦しそうだ。離れたくなくて、殿下の胸に手を回す。
「嫌です。離れたら殿下は自分の命を顧みずかな皆に手を差し伸べるのでしょう?」
「当然だ…そのための力だ」
「でも殿下に万一があったら、残される私達はどうしたらいいのですか?」
「……」
「ここにいる者たちは殿下のお力でしか救われない。殿下は、ここにいる者たちの希望の光です。その光さえ潰えてしまったら、私達は終わりをただ待つしかできなくなります。」
殿下が私の手をそっと外し、私に向き直る。
「不甲斐なくて、ごめん」
ここにいる全員を今はまだ救えない無力さを嘆く様に言い私を抱きしめる。
「お一人だけで背負わないでください。私は殿下の支えになりたいです。そのための、妃でしょう?」
「ありがとう」
殿下は私の首元に埋めていた顔をあげ、私に優しく微笑む。殿下の顔に手を添えて血が流れる目元に唇を寄せる。顔を離すと、驚いた顔をした殿下が。
いつも私ばかり翻弄されているから、今日くらいはね。そう思っていると、殿下が私の顔を引き寄せ、唇の端にチュッとキスされる。
「えっ」
「可愛い。真っ赤になってるよ」
「もうっ」
「あのぉ、お熱いところすみませんが、ここそういう場所じゃないんで…」
兄様に遠慮がちに言われ、さらに恥ずかしくなる。それを誤魔化すみたいに、殿下の腕を自分の肩に回す
「殿下、一旦屋敷に戻りましょう」
「お転婆というより、男前だよね」
私を揶揄う殿下を支えながらその場を退散したのだった。
「そうなんだ。身体はもう洗ってしまったから、少し話し相手になってくれる?」
焦る私を見て、殿下は柔らかく笑ってから浴槽の淵を手でポンポンと叩く。
「失礼します…」
タオルを敷いた上に、スカートがはだけない様に腰掛ける。
「ツィーリィのお兄さん面白いね。ここまで案内してくれた時にツィーリィがどれ位お転婆か教えてくれたよ」
「えっ⁈兄様から何を聞いたんですか?兄様は絶対碌なことを言ってない気がします!」
「そんなことないよ。小さい頃に木登りをして落ちたとか、大人になってからは喧嘩したお兄さんを畑の肥溜めに突き落としたとか可愛い内容だよ。」
全然可愛くない気がするが、全部実話なので訂正できないのが辛い。
「あっ、それで」
殿下が声を上げると、眉上で切り揃えてある私の前髪をかきあげる。そして、髪の生え際の部分を指で撫でる。
「木から落ちた時の傷があるって言ってたけど、これだね」
「そうです。恥ずかしいですね。」
遥か昔の傷を見られ恥ずかしくなる。
「ツィーリィの意外な一面を知れて嬉しい」
そんな風に甘く囁かれると、ときめいてしまう
「いつか僕にもお転婆な姿みせてね」
殿下は静かに囁くと、私の手を引いて唇が触れ合う手前まで顔を寄せる。
「のぼせそうなので、私は戻りますね!殿下、ごゆるりと!」
意味不明な言い訳をして退散するのが精一杯だった。
* * *
「こちらです」
翌日、兄様の案内で町の集会所に訪れた。
「診療所ではなく、こちらですか?」
「診療所だけではスペースが足りなくなったんだ」
私が聞くと兄様が渋い表情をし、そのまま集会所のドアを開く。
そこは、外とは別世界だと感じざるを得なかった。
人口密度の高さを窺わせる生暖かい空気の中、所狭しと並べられた布団に病人が横たわっている。
「つらいよ」「たすけて」「いたい」
誰かに言うためでないうわごとの様な呟きと、うめき声ががこだまする。
想像以上の光景に息を飲んだ私の肩を殿下が抱く。
「今、僕たちがすべきことをしよう」
そう決意した様に呟くと、一番奥まで歩いていき、そこに横たわっていた少年の手を握り締める。少年の手は父様や母様と同じく関節が曲がり固まっていた。虚ろで視線が合わないので意識があるのかも分からない。口は力無くあいて端から涎が垂れている。
少年の手を握る殿下の手から暖かな光が発すると、少年の瞳には正気が戻り、曲がって固まっていた指もピクリと動く。
「だぁれ?…ありがとう」
擦れた声でそう言うと、少年は静かに目を閉じ安らかな寝息がきこえる。
それを確認してから、殿下は次々と横たわる人に手を伸ばし、惜しむ事なく力を使っていく。
全体の5分の1に差し掛かろうとした時、殿下の目から涙の様に血がツゥと滴る。
顔面は蒼白で足元もふらつき、明らかに限界を超えている。
それでもなお、民を救おうと手を伸ばす殿下の背中にしがみつく。
「殿下、もういいです。これ以上は、殿下のお身体が」
「ツィーリィ…離れて」
荒い息遣いで、話すのも苦しそうだ。離れたくなくて、殿下の胸に手を回す。
「嫌です。離れたら殿下は自分の命を顧みずかな皆に手を差し伸べるのでしょう?」
「当然だ…そのための力だ」
「でも殿下に万一があったら、残される私達はどうしたらいいのですか?」
「……」
「ここにいる者たちは殿下のお力でしか救われない。殿下は、ここにいる者たちの希望の光です。その光さえ潰えてしまったら、私達は終わりをただ待つしかできなくなります。」
殿下が私の手をそっと外し、私に向き直る。
「不甲斐なくて、ごめん」
ここにいる全員を今はまだ救えない無力さを嘆く様に言い私を抱きしめる。
「お一人だけで背負わないでください。私は殿下の支えになりたいです。そのための、妃でしょう?」
「ありがとう」
殿下は私の首元に埋めていた顔をあげ、私に優しく微笑む。殿下の顔に手を添えて血が流れる目元に唇を寄せる。顔を離すと、驚いた顔をした殿下が。
いつも私ばかり翻弄されているから、今日くらいはね。そう思っていると、殿下が私の顔を引き寄せ、唇の端にチュッとキスされる。
「えっ」
「可愛い。真っ赤になってるよ」
「もうっ」
「あのぉ、お熱いところすみませんが、ここそういう場所じゃないんで…」
兄様に遠慮がちに言われ、さらに恥ずかしくなる。それを誤魔化すみたいに、殿下の腕を自分の肩に回す
「殿下、一旦屋敷に戻りましょう」
「お転婆というより、男前だよね」
私を揶揄う殿下を支えながらその場を退散したのだった。
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