上 下
24 / 32

23.お転婆

しおりを挟む
「あ、あの!お背中を流そうと思いまして…」

「そうなんだ。身体はもう洗ってしまったから、少し話し相手になってくれる?」

焦る私を見て、殿下は柔らかく笑ってから浴槽の淵を手でポンポンと叩く。

「失礼します…」

タオルを敷いた上に、スカートがはだけない様に腰掛ける。

「ツィーリィのお兄さん面白いね。ここまで案内してくれた時にツィーリィがどれ位お転婆か教えてくれたよ」

「えっ⁈兄様から何を聞いたんですか?兄様は絶対碌なことを言ってない気がします!」

「そんなことないよ。小さい頃に木登りをして落ちたとか、大人になってからは喧嘩したお兄さんを畑の肥溜めに突き落としたとか可愛い内容だよ。」


全然可愛くない気がするが、全部実話なので訂正できないのが辛い。

「あっ、それで」

殿下が声を上げると、眉上で切り揃えてある私の前髪をかきあげる。そして、髪の生え際の部分を指で撫でる。

「木から落ちた時の傷があるって言ってたけど、これだね」

「そうです。恥ずかしいですね。」

遥か昔の傷を見られ恥ずかしくなる。

「ツィーリィの意外な一面を知れて嬉しい」

そんな風に甘く囁かれると、ときめいてしまう

「いつか僕にもお転婆な姿みせてね」

殿下は静かに囁くと、私の手を引いて唇が触れ合う手前まで顔を寄せる。

「のぼせそうなので、私は戻りますね!殿下、ごゆるりと!」

意味不明な言い訳をして退散するのが精一杯だった。

* * *

「こちらです」

翌日、兄様の案内で町の集会所に訪れた。

「診療所ではなく、こちらですか?」

「診療所だけではスペースが足りなくなったんだ」

私が聞くと兄様が渋い表情をし、そのまま集会所のドアを開く。

そこは、外とは別世界だと感じざるを得なかった。
人口密度の高さを窺わせる生暖かい空気の中、所狭しと並べられた布団に病人が横たわっている。
「つらいよ」「たすけて」「いたい」
誰かに言うためでないうわごとの様な呟きと、うめき声ががこだまする。

想像以上の光景に息を飲んだ私の肩を殿下が抱く。

「今、僕たちがすべきことをしよう」

そう決意した様に呟くと、一番奥まで歩いていき、そこに横たわっていた少年の手を握り締める。少年の手は父様や母様と同じく関節が曲がり固まっていた。虚ろで視線が合わないので意識があるのかも分からない。口は力無くあいて端から涎が垂れている。
少年の手を握る殿下の手から暖かな光が発すると、少年の瞳には正気が戻り、曲がって固まっていた指もピクリと動く。

「だぁれ?…ありがとう」

擦れた声でそう言うと、少年は静かに目を閉じ安らかな寝息がきこえる。
それを確認してから、殿下は次々と横たわる人に手を伸ばし、惜しむ事なく力を使っていく。

全体の5分の1に差し掛かろうとした時、殿下の目から涙の様に血がツゥと滴る。
顔面は蒼白で足元もふらつき、明らかに限界を超えている。
それでもなお、民を救おうと手を伸ばす殿下の背中にしがみつく。

「殿下、もういいです。これ以上は、殿下のお身体が」

「ツィーリィ…離れて」

荒い息遣いで、話すのも苦しそうだ。離れたくなくて、殿下の胸に手を回す。

「嫌です。離れたら殿下は自分の命を顧みずかな皆に手を差し伸べるのでしょう?」

「当然だ…そのための力だ」

「でも殿下に万一があったら、残される私達はどうしたらいいのですか?」

「……」

「ここにいる者たちは殿下のお力でしか救われない。殿下は、ここにいる者たちの希望の光です。その光さえ潰えてしまったら、私達は終わりをただ待つしかできなくなります。」

殿下が私の手をそっと外し、私に向き直る。

「不甲斐なくて、ごめん」

ここにいる全員を今はまだ救えない無力さを嘆く様に言い私を抱きしめる。

「お一人だけで背負わないでください。私は殿下の支えになりたいです。そのための、妃でしょう?」

「ありがとう」

殿下は私の首元に埋めていた顔をあげ、私に優しく微笑む。殿下の顔に手を添えて血が流れる目元に唇を寄せる。顔を離すと、驚いた顔をした殿下が。
いつも私ばかり翻弄されているから、今日くらいはね。そう思っていると、殿下が私の顔を引き寄せ、唇の端にチュッとキスされる。

「えっ」

「可愛い。真っ赤になってるよ」

「もうっ」

「あのぉ、お熱いところすみませんが、ここそういう場所じゃないんで…」

兄様に遠慮がちに言われ、さらに恥ずかしくなる。それを誤魔化すみたいに、殿下の腕を自分の肩に回す

「殿下、一旦屋敷に戻りましょう」

「お転婆というより、男前だよね」

私を揶揄う殿下を支えながらその場を退散したのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです

あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」 伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

殿下!婚姻を無かった事にして下さい

ねむ太朗
恋愛
ミレリアが第一王子クロヴィスと結婚をして半年が経った。 最後に会ったのは二月前。今だに白い結婚のまま。 とうとうミレリアは婚姻の無効が成立するように奮闘することにした。 しかし、婚姻の無効が成立してから真実が明らかになり、ミレリアは後悔するのだった。

20回も暗殺されかけた伯爵令嬢は自ら婚約破棄を突きつけて自由を手に入れます

長尾 隆生
恋愛
国を守る役目を担ったフォレスト辺境伯の長女アンネ=フォレスト。 彼女は第一王子イグニスとの婚約が決まって以来、何度も暗殺されそうになる。 その黒幕が王子を始め王族だと知ったアンネは、王族が揃う謁見の間でイグニス王子に婚約破棄をたたきつけ辺境領へ戻ることにした。 アンネの行いに激高した王族と、メンツを潰され恥をかかされた王国最強の剣士である近衛騎士団長ガラハッドは軍を上げてアンネを追いフォレスト辺境伯に攻め込んだのだったが、そこには長年国を外敵から守ってきた最強の辺境軍と令嬢が待ち構えていて……。

婚約破棄計画書を見つけた悪役令嬢は

編端みどり
恋愛
婚約者の字で書かれた婚約破棄計画書を見て、王妃に馬鹿にされて、自分の置かれた状況がいかに異常だったかようやく気がついた侯爵令嬢のミランダ。 婚約破棄しても自分を支えてくれると壮大な勘違いをする王太子も、結婚前から側妃を勧める王妃も、知らん顔の王もいらんとミランダを蔑ろにした侯爵家の人々は怒った。領民も使用人も怒った。そりゃあもう、とてつもなく怒った。 計画通り婚約破棄を言い渡したら、なぜか侯爵家の人々が消えた。計画とは少し違うが、狭いが豊かな領地を自分のものにできたし美しい婚約者も手に入れたし計画通りだと笑う王太子の元に、次々と計画外の出来事が襲いかかる。 ※説明を加えるため、長くなる可能性があり長編にしました。

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

処理中です...