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18.理由

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「ツィーリィ」

「はい。」
静かに名前を呼ばれ、体を硬くする。

「君に手を挙げた彼女達は処罰しようと思っている」

覚悟していた内容とは正反対の事を告げられれ、なんと答えようか思案していると私が答える前にミズリー侯爵が横槍を入れてくる。

「殿下、たかだか喧嘩した程度で罰するなど大袈裟です。このじいが、彼女達によく言い聞かせおきますから。」

侯爵が殿下に言い聞かせる様に言うと、その内容に殿下が不快感を顕にする。

だと?
私の妃に手を出してただで済むはずがないだろう?」

「ひっ!」

殿下が侯爵やご令嬢方を見渡し吐き捨てれば、ご令嬢が恐怖で小さい悲鳴をあげる。

「殿下。…彼女達のことは私に任せていただけませんか?」

私の言葉に殿下は少しの間考える素振りをする。ご令嬢方は、その様子を固唾を飲んで見守る。

「当事者のツィーリィがそう言うならば、任せるよ。」

殿下の返答を聞き、ご令嬢達の前に立ち彼女らを見下ろす。
ご令嬢達は昼間の威勢は形をひそめ、何を言われるのか身構えている。

「紅茶の件は些細な事で、お互い様だったと思います。」

私の言葉を聞いて、ご令嬢方が安堵したのが分かった。

「…でも昼間の発言は到底許すことはできません。」

「それについては、訂正も謝罪もいたしますわっ!」
間髪入れずに伯爵令嬢が言うが、それにゆっくり首を振り拒否の意を示す。

「今ここで訂正したとしても、あなた達の考えが変わらなければ、また同じ様な言葉が出てくるでしょう。
 ですから、あなた達の今後の行いをみて、今回の事を不問にするかは決めます。
これは、あなた達のお父様にも言えることですが、今一度、自分の立ち振る舞いを振り返り改めなさい。」

昼間の事を思い出し感情的にならない様に心がけながら、言葉を紡ぐ。
ご令嬢達の後ろに控えていた子爵は要領の得ていない様子だったが、クトゥル伯爵はバツの悪そうな顔をしていたので、真意は伝わったらしい。
ご令嬢方は「わかりました」と蚊の鳴くような声で了承する。

「…側妃殿、満足されましたか?」

ミズリー侯爵が棘のある言い方で終わりを促す。

これ以上、殿下を軽んじるのは許さない。

本当は、このツルピカハゲに一番言ってやりたい。殿下を最も尊重しなければいけない立場にも関わらず、それをせず自らの権力を誇示する、この愚か者に。

その思いが表情に出てしまったみたいで

「側妃殿、そんなに睨まないでください。」
自分は睨まれる筋合いがないと言いたげな不服そうな表情で言う。

「すみません。少し疲れが出たのかもしれません。これで、です。」
敢えてツルピカハゲと同じ言葉を強調して言ってやった。

「伯爵、子爵はツィーリィの恩情に報いる様、努めること。」

私達のやり取りを見守っていた殿下が、この場を締める。
そして、「あと、皆に言いたいことがある。」と言葉を続ける。

「私の妃たるツィーリィへの敬称は殿ではなく、殿だ。以後気をつける様に。」

敢えて、敬称を使っていなかった侯爵達向かって宣言する。
侯爵達は仮初の笑顔を貼り付け
「殿下の仰せのままに。」と本心ではないだろう了承をする。

自分達は認めていないと暗に示すために、私に正しい敬称を使わなかったのだろう。
でも、殿下から指摘されてしまったら、直さざるを得ない。そんな心境といった所か。

侯爵の返事を聞き、殿下は私に
「今日は疲れただろう?部屋まで送る。」

と、あの夜までと変わらない優しい笑顔で言う。この笑顔を見ていると、あの夜は夢だったのではないかと錯覚してしまいそうになる。


* * *

「何故、あの夜の事をお話しになられなかったのですか⁈」

部屋に着き開口一番で最も疑問に思っていたことを尋ねる。殿下の真意が見えず戸惑う気持ちが、攻撃的口調となり表に出たが、殿下はそんな事気にする様子もなく、

「そんなことよりさ…」

拗ねた子供の様な表情をし徐に口を開いた。

「なんで、部屋着で出歩いたの?」

「…は?」

「だからね、部屋着で外を出歩くなんて無防備すぎない?」

私が間の抜けた返事をすると、殿下がわざわざ言い直しをする。言っている意味がわからず返事をしなかったのではない。むしろ

「殿下、失礼を承知で申し上げますが、私の話題をで片付ける様な内容ではないですよね⁈」

「はぁ」

私が呆れ半分、怒り半分で言うと何故か殿下ぎ溜め息をつく。
いやいや、私の方が溜め息つきたいですよ!思わず心の中で毒づいていると、殿下が近づいてきて

「きゃっ」
突如横抱きにされる。そのまま、ズカズカと寝室まで行くと、ポイッとベッドに投げられる。私は、ボスンッとベッドに仰向けに。
え?今、投げた?というより、お姫様抱っこされた⁈
状況に混乱している私に殿下がそのまま覆い被さり、私の顔を両手で挟み固定する。おかげで殿下とばっちり視線が合った状態から逸らせなくなった。

「あのね、自分の妻が他の男に無防備な姿晒してたら、怒って当然じゃない?」

先程の様に表情には出ていなかったが、どうやらお怒りらしい。

「他の…おとこ?」

「じいと、伯爵と子爵。」

「父親ほど歳が離れてる御三方と何かあるはず、ひゃっ」

殿下からの衝撃の回答に反論しようとしたら、脇腹をくすぐられ変な声が出た。

「わかんないよ。歳いってたって男だもん。何かされるかもしれないじゃん。」

「ひゃっ、やっ…やめてっ…ください!」

くすぐりながら、何か訳の分からない事を言っている。

「どうして部屋着であんなとこに行ったの?」

「わっ、わかり…ましたぁ、言う…いいます、からぁっ」

再度質問をしてきた殿下に、息も絶え絶えに答えると、やっとくすぐるのを辞めてくれる。
笑いすぎて、涙が出ているし、お腹が引き攣りそう。
ひーひーと肩で息をしている私を満足気に見下ろしている殿下が、若干腹立たしい。

「ひぃ…使用人…はぁ…全員に…いとまを…出しました。」

最後の方は徐々に息が整ってきた。
思えば、今日は揉め事を起こしてばかりだ。

「だから、侍女が誰もいないのか。まぁ、その方が好都合だけど」

殿下が、部屋に使用人がいないことに納得した様に言うが、最後の方はボソボソ呟いていたので、聞き取れなかった。

「殿下っ…次は、私の質問に答えてください。」

「あぁ、暗殺の事を何で皆に言わなかったのかだっけ?」

質問を思い出す様に反芻した後、

「ツィーリィを愛しているからって言ったらどうする?」

ふざけている様子なんて微塵もなく、そう言った。

愛してる…誰を?

-私を⁈

ややしばらくして言っている内容を理解すると、涼しい顔をしている殿下とは対照的に自分の顔が熱くなっていくのが分かった。
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