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3.御伽話の王子様

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使用人の制服を来た女性が数名いるものの、誰もおもてなしの準備をする様子がなく、こちらが変な行動をしないか見ている、と言うより監視している。

好意的ではない視線を複数向けられ、居心地の悪さを感じながら、この部屋の主の到着を待つ。
気を紛らすために今日の顔合わせのシミュレーションをしてみるも、そもそも面識のない人物だからか、ごく一般的なやりとりしか思いつかない。
シミュレーションは諦め気を紛らすために、敵意剥き出しのお姉様方と視線を合わせない様に、部屋を見渡すと、豪奢な調度品の数々が目に留まる。
侯爵邸で、豪華な品は見慣れたつもりだったが、応接室でこの豪華さは、やはり王族は別格な様だ。

そんな事を考えていると、隣に座る義兄様に「あまり、キョロキョロするな、みっともない。」と注意を受ける。

「すみません。なんか、こういう雰囲気なれてないので、落ち着かないんです。」

「こういう状況になれている方が稀だろう。殿下の前で、さっきみたいな行動は控える様に。育ちが悪いと思われるぞ」とチクリと刺される。

「そういえば、殿下はどの様な方ですか?」義兄様の言葉は気にせずに聞いてみる。思い返せば、ここに来る目的の方ばかりに意識がいっていて、ここに来るまで殿下の人柄を聞いたことがなかった。

「そうだな」
義兄様が口を開こうとしたとき、廊下が騒がしくなり、その後すぐ使用人が扉を開ける。そこには、御伽話に出てくる王子様と同じ赤い瞳をした青年がいた。
私と義兄様はソファから立ち上がり、その横に移動し彼を待つ。
私達の側に来ると彼が柔らかく笑いかけるのとは対照的に彼の後ろ控えている初老の男性がこちらを威嚇する様に睨みつけていた。

その圧に負けない様に
「ラヴェル殿下、お初にお目にかかります。シアー侯爵家のツィーリィと申します。」と事前のシミュレーションの通りの台詞を言い、スカートの裾を持ち上げ、淑女の挨拶をする。

私に続き義兄様が、
「ラヴェル殿下、ミズリー侯爵殿。本日はお忙しい中、我々のためにお時間を割いていただき、ありがとうございます。父は、所要で不在のため私が代理で参りました。」と言うと、

初老の男性、ミズリー侯爵は面白くなさそうに
「殿下の側室入りという大切な晴れの日に、当主ではなく、息子が来るなど殿下を軽んじているとしか考えられないな。」と明らかな敵意を込め嫌味を言ってくる。

「じい、それは仕方ないだろう。シアー卿にも立場があるんだ。」殿下がミズリー侯爵を軽くいなす。

そして私の前に跪き
「君に会える日を指折り数えていた。心から歓迎する。」と言うと手を取り、そこに口付けを落とす。
この部屋の主の行動に、使用人達が動揺した様に互いの顔を見合わせる。
きっと予想外だったのだろう、ミズリー侯爵さえも驚きを滲ませた後、不機嫌を露わにする。
もちろん私も殿下がこんなに友好的なのはシミュレーションしていなかったので、一瞬言葉に詰まった。
手を握りこちらに笑顔をむける彼に

「……。殿下にそう言っていただき光栄です。」と言うと横にいる義兄様の視線を感じるが、気のせいだと思うことにする。
多分、気を緩めるなとでも思っているのだと思う。

「あぁ、お茶の一つも出さずに申し訳ない。さぁ、少しゆっくり話そう。」殿下は私の手を掴んだまま立ち上がり、ソファまで手を引く。

「大切な私の側妃をもてなす様に」と使用人達に命じる。
彼らは、私達を監視している時とは打って変わって急いで行動に移った。

ローテーブルを挟んで2脚のソファが向かい合わせに置かれているにも関わらず殿下は何故か私を隣に座らせた。
義兄様と侯爵殿は、それぞれ私達の背後に控える様に立っている。その状況に少し混乱していると、

「お待たせいたしました。」と使用人が4人分の紅茶とお菓子を持ってくるが、私達の謎の配置を見てローテーブルの真ん中あたりにデザートトレイを置く。
その後、何度もこちらを伺い赤いソーサーのカップを殿下に、緑のソーサーのカップを私に配膳する。

「ご令嬢方に人気のパティスリーのケーキを用意させた。口に合うといいけど。」そう言うと、殿下は握っていた手を離し、数種類のケーキが載っているデザートトレイを指差し、どれがいいかな?と聞く。

「えっと、じゃあフルーツタルトをお願いします。」私が答えると側に控えていた使用人が震える手で、ケーキを取り分けていく。
よく見ると、彼女はものすご汗をかいて、顔色も青白い気がする。

「体調、大丈夫ですか?」

不躾かとも思ったが心配だったので声をかけると、彼女は驚いた様子で頬に手をあて

「大丈夫です。」と手短に答える。

その様子をみた殿下が「ちょっと失礼。」と私の前に置かれた緑のソーサーのカップを口に運ぶ。一口こくりと飲むと、眉を寄せ苦々しい顔をし、カップを置いてティースプーンを燻らせる。
紅茶から出したティースプーンが銀色から黒色に変色した。

それを見た殿下は立ち上がり、

「この者を捕えろ!」

と命じると、逃げようとする彼女を他の使用人が捕える。

「お許しください。」
と許しを願う彼女を冷たく見下ろし

「連れて行け」と無情に言う。

「殿下、お待ちください!一体どういうことですか!」なぜ彼女が断罪されるのか分からないから、立ち上がり、殿下を真っ直ぐ見る。

「君に毒を盛っていた。あの様子だと、実行役を押し付けられたのだと思うが、君に害を為そうとした事は許されない。」

「そんな…」

自分が毒殺されかけるなんて現実味が無かったが殿下が嘘を言っている様には見えなかった。

「連れて行け。」殿下が改めて命じると、彼女は諦めたのか、もう何も言わず静かに嗚咽を漏らし使用人達に連れられる。

あぁ、あれは未来の私の姿かもしれない。
と思うと体から血の気が引いた。

今回の事でショックを受けたのだと勘違いしたらしい殿下が

「大丈夫。誰にも君を傷つけさせはしない。私が守る。」と殿下が私の両手を包み込み様に握りしめる。
赤い瞳でまっすぐ、こちらを見つめる殿下は、子供の頃に聞いた御伽話のお姫様を守る王子様みたいだった。
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