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第二十九話

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王城の正門に到着すると、2台の王室専用馬車がすでに待機していた。先に到着していたカリーノが僕とアーシュに気づくと、小走りにアーシュに駆け寄る。そしてアーシュの腕にまとわりつく。

「リドール帝国ってどんな所なのかしら?楽しみね!」

「エステートより北にあるので、寒いとは聞きます。あまり薄着でいると今の時期は風邪をひくかもしれませんね。なのでカリーノ殿下も体調を崩さない様に気をつけてくださいね」

「アーシュに心配してもらえるなんて、嬉しいわ!」

アーシュはカリーノの腕を振り解くことなく、カリーノの応対をする。前なら、やんわりとカリーノの腕を解いたはずなのに。きっと僕の表情は嫉妬で見苦しいことになっていると思う。
でもカリーノはアーシュに夢中で隣にいる僕のことは見えていない様子だ。ちなみに今日のカリーノの格好は体のラインが分かるタイトなドレスだ。以前レトア卿が選んだものよりは少しマシだがあまり社交の場には相応しいとは言えない。

「カリーノ殿下、フィリアス卿とイチャつくのはよろしいですが、ヴィルム殿下のご機嫌を損ねない程度でお願いします。機嫌を損ねたヴィルム殿下のおもりをするのは大変そうですから」

「なぜ僕がお前にお守りをされるんだ。別にカリーノがアーシュにくっつくのなんて昔からだから気にしてなんかいない」

「ほら、レトア卿!兄様が大丈夫と言っていいるから問題ないでしょ」

僕の強がりを聞いたレトア卿は意地の悪い笑を浮かべる。カリーノはレトア卿に対して強気でいる。でも肝心のアーシュはカリーノを離すことも僕をフォローすることもしないで成り行きを見守っている。僕はそれにモヤモヤしてしまう。

「そんなことよりも早く出発しないと日付が変わる前にリドールに到着できなくなりますよ。さぁ、カリーノ殿下、こちらへ」

「待て!アーシュはカリーノと一緒の馬車なのか?」

カリーノを馬車へ誘導するアーシュを静止する。まさかアーシュはカリーノを出発からエスコートする気なのか。

「ヴィル、ごめん。今回はそういう約束だから」

アーシュは僕の頭を撫でて申し訳なさそうに言う。カリーノから話を聞いたきり詳しく確認していなかったが、移動も含まれるなんて。僕が肩を落とした。アーシュはレトア卿の方へ視線を向けると

「レトア卿、ヴィルム殿下に対して、くれぐれも失礼な態度を取らないように。ヴィルム殿下を傷つけたら、お前の綺麗な顔を握りつぶすからな」

「全く野蛮ですね。あなたみたいな人がアルファなんて信じられません。そういえばフィリアス卿、ヴィルム殿下のネックガードの鍵を渡していただけますか?代わりにカリーノ殿下のものを渡しますので」

レトア卿は前に顔面を鷲掴みにされたことを思い出したのか、渋い顔をして指で眉間をなぞる。そして何を考えたのかアーシュに鍵を要求し、カリーノのネックガードのものと思われる鍵を胸ポケットから出す。

「なぜ鍵を交換する必要がある?エスコートの相手を変えるのは今回限りだろう?」

「うーん。頭が固いですね。殿下達は発情期が近いのでネックガードをつけないでいた方がが生まれるかもしれないのに」

「なおさらお前に鍵は渡せない。なぜお前みたいな殿下たちを敬えない輩が後見人なんだ」

アーシュは軽蔑する視線をレトア卿に送る。しかし相手はあのレトア卿、悪びれる様子など一切なく肩を竦める。

「それは私がレトア侯爵家の嫡男でアルファだから、それ以外に理由はないでしょ。では、ヴィルム殿下はこちらの馬車にどうぞ」

レトア卿は前方につく馬車の扉を開け手を差し伸べる。

「手など借りなくても一人で乗れる」

「まぁ、冷たい」

エスコートの手を無視し馬車に乗り込む。王室専用のためコーチは広々しているが椅子は対面式になっている。移動の間、レトア卿と顔を合わせ続けるなんて憂鬱だ。気を紛らわすために僕はまた目頭を指で揉んだ。

* * *

「そういえば殿下からフィリアス卿の匂いがあまりしませんね」

馬車の窓から外の景色を見ていたらレトア卿が唐突に言う。扉が閉められ密室になった馬車の中でも匂いが薄いと感じるならば、他の場面ではほとんど匂いを感じないと思う。
きっとリドールの王子だって、僕からアーシュの匂いが無くなっていることに気付いてしまう。

「随分不躾なことを言うな」

「あぁ、お気に触りましたか。これは失礼。リドールに訪問となればフィリアス卿があなたに濃い匂いをつけると思っていましたから。あなたが拒否しているのかなと」

「それをお前に教える筋合いはない」

「そうですね。でもなんとなく察したので大丈夫です」

レトア卿は僕が素っ気なく返しても動じず、むしろ不敵に笑いこちらを見る。

「フィリアス卿に飽きられてしまったのですね。発情期の度に匂いをつけてマーキングしていたのに、自分のものになった途端、興味をなくす。まぁ、アルファには良くある事ですから、仕方ありませんね」

レトア卿がさらりと言った内容が僕の心をえぐる。できれば考えない様にしていたことを無遠慮に言われ、気持ちがささくれ立つ。

「そんなはずない!さっきだってアーシュはお前に釘を刺しただろ!僕がお前に傷つけられない様に」

「そりゃ、自分に好意を持つ重要な駒なんですから大切にするでしょう。もしあなたに飽きてないなら、彼はなぜあなたを抱いていないのですか?それに彼がカリーノ殿下にやたら優しくなったのは何故ですかね」

「お前に僕らの床事情を言う必要はないだろ。カリーノに優しくするのだって、リドールでエスコートしやすくするためだ」

レトア卿の言葉が棘の様に僕の心に刺さる。そして傷口がジクジク痛み、心が冷えていく感覚に襲われる。それでも苦し紛れの言い訳を絞り出すが、そんな僕をレトア卿が憐れむ様に見る。

「もし彼があなたを愛していて手放したくないなら、あなたは自分のものだと匂いをつけてリドールの王子を牽制するはず。それなのにそれを一切していない。つまり、あなたは愛した男に捨てられたのですよ?それなのに、その現実を受け入れられないなんて可哀想な人ですね」

捨てられたと言われ、ここ最近の出来事が頭を駆け巡る。リドールでのエスコートの相手を交換すると聞いてから、アーシュは抱く事はなかった。仕事を終え二人きりの時間を過ごしてもキスまでで。それじゃ物足りなくて、誘ってもうやむやに流された。でもそれは、僕に負担をかけないため。大切にされていると思っていた…いいや、思い込もうとしていたのに。一月以上体の繋がりがなくても、僕達の絆はそんなことでは揺るがないと必死に言い聞かせてた。それなのに、あんなカリーノと仲睦まじい様子を見せつけられたら…。アーシュを信じたいのに、疑心がどんどん強くなっていく。

「…お前には…関係ないだろ」

震える声で反論した後に、もう会話をする気はないと意思表示を兼ねて椅子に横たわり目を閉じる。そのためレトア卿が何か言ってくる事はなかったが、僕は最悪な結末が頭の中を巡り離れなかった。
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