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 ギィィとこんな時に限って古めかしい音を立てて開かれる扉。リィアデルとしては、本当に意識を失ってしまいたかった。
  部屋は意外にも落ち着いたインテリアが揃えられ、品の良さが伺える。しかし、リィアデルとしてはそんなことはどうでもいいのだ。部屋の奥のソファーに座っていた人物と不覚にも目があってしまい固まった。

「待ってたよ、リィアデル・ユネグレイス嬢」

 声変わりしてもう立派な男の声になったこの国の第一王子殿下その人だった。ぞわぞわぞわっと悪寒が背筋に走り、本能的に逃げ出したくなる。というよりも、体は半分逃げ出そうと後ずさりしていた。

 嫌な予感というのは、何故いつも外れてはくれないのです……!

 一気に鳥肌となった二の腕を摩りながら、心の中で誰にも聞かせられないような罵詈雑言の嵐を自身と彼に向けて叫ぶ。
 そんなことに気を取られていたからか、目の前に迫った金髪碧眼の美貌に気がつかなかった。

「…!?!!」

「残念だったね? あの僕の祝いの席で本気で婚約者を見つけてればこんなことにならなかったかもしれないのに。」

 耳元で囁かれたその言葉に悪魔を見た気がした。
 本当、馬鹿だ。
 ひしひしと嫌な予感を抱いていたリィアデルを待ち構えていたのは、、目の前にいる王子もとい獰猛なケダモノだった。リィアデルは内心怯えつつ猛烈に後悔していた。あの時父親任せにしなければ、こんなことにはなってない。


「やっと、僕の腕に戻ってきたね。ーーー美雨」


 前世の名を呼ばれた瞬間思わずひっと喉を鳴らして小さな悲鳴をあげた。それを聞いた王子もとい、前世の元恋人はニッコリと笑いとても嬉しそうな顔をした。
 リィアデルもとい美雨は、確信した。
 夜会で見たケダモノが指をくわえて手ぐすね引いて待っているようなあの瞳は、やはり間違ってはいなかったのか。


「………秋冬しゅうと…」


 無意識に彼の前世の名前を呟けば、それはもう美しい微笑を浮かべた。リィアデルにとっては、恐ろしい微笑みでしかなかったが。
 助けを求めようとあたりを見回せば、既に二人っきりの空間で唖然とする。

「彼らには下がってもらったよ?  邪魔でしょ?」

 ざぁーと血の気が引くのがよくわかった。それをわかってるのかわかってないのかーーー多分前者だーーーにこにこと上機嫌に腕をリィアデルの体に巻きつけた男は、頬ずりでもしそうな勢いで、頭一つ小さいリィアデルのつむじにキスを降らせる。

 邪魔なんかじゃない、あんたとなんか婚約しない!!

 そう言えたらどんなにいいか。怯えと恐怖でプルプル震えるリィアデルには、されるがまま堪えるのが精一杯なのだ。

「待ってたよ。美雨…。もう離さないからね」

 その言葉を聞いて沸点の限界を超えたリィアデルは、当初念願だった意識を彼の腕の中で失った。
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