ご飯を食べて異世界に行こう

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終章 そして

そしてねの2

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ところで、佳奈との結婚は先送りになりました。
別に僕が我儘言った訳ではありませんよ。
僕はただ、どんどん進められて行く縁談をポケッと眺めていただけなので。
だって、新しい職場が忙しかったんだもん。

普通さ。
転職先が市立動物園で、職員よりも動物達に大歓迎を受ける人は居ないでしょ。
しかも狸のアズサが僕にべったりで、少し離れようものなら。

「ひゃんひゃん」
「ひゃんひゃん」
「あのさ、ぽん太まで一緒になって泣き叫ぶなよ。」
「わふわふ」
「わふわふ」

なんで新人が、動物達の精神安定を図らないとならないのよ。

それはともかく。
玉が時々一緒に出勤(車に同乗)して、一通りふれあいコーナーを満喫した後、水晶に帰るってインチキをしていたりする新しい春に、悲しい別れがあったんですよ。

いや、玉と佳奈はともかく、僕は面識なかったんですけどね。

仲人に予定していた大家さん夫妻のうち、旦那さん(大家さん言うところの宿六さん)が急逝したんです。
昼になっても起きてこないから蹴飛ばしに行ったら、もう亡くなられていたとか。

「知り合ってからこっち、病気らしい病気もしてなかったし、警察の検死が入ったけど、単なる老衰による自然死だって。好きに生きてピンピンコロリだから、幸せな人生送れたんじゃない?私みたいな女も女房に出来たし。」

お悔やみを申し上げたら、当の大家さんは、一応まぁ元気そうですけど。

「だから、玉ちゃんと佳奈ちゃんの式には仲人どころか、忌引欠席になるの。ごめんね。」
「だったら喪が明けるまで待ちます!」
「です!お婆ちゃんは玉達のお婆ちゃんです。お婆ちゃん抜きの式とか嫌です。」

あの、佳奈はともかく玉との縁談も進んでいるの?僕、何も知らないよ。

………

大変だったのはその後だ。
いわゆる遺産相続だね。
一応僕は、父親と石工さんとこの相続手続きをした経験があるし、手持ちの資格と知識で、法的な手順は知っているので、アドバイスは出来る。

ただ元地主ゆえに、所有不動産をはじめとする遺産が結構あった。
それも、東京都の川向こうの市川市でだ。安くは無い。
宿六さんが面倒くさいとか、そっちの方が固定資産税が安いとかで宅地ではなく畑のまんまにしていて、それが結構な面積と筆数があるらしい。
単純に路線価で計っても結構な財産なんだけど、大家さんちには相続税を払える程の現金がなかった。

大家さん本人は、財産管理に一切関わらなかったから、自分の家の事だけど、さっぱりわからないそうだ。

「だってねぇ、百姓辞めた後は年金と共済と家賃収入だけで充分だったしねぇ。ややこしい事は全部宿六がやってくれてたし。」
せめて持分を分けておけば良かったのにね。
本人も健康に自信はあったそうだし、先の事とか思っていたのかな?

本人的には、今更欲しいものも無いし、細やかに暮らしていければいいので、全部子供達に渡したい意向があるそうな。
出来れば管理し切れない土地は売却して相続財産に充てたいと。

あれこれ先様と話し合った結果、このアパートを僕が買い取る事にした。
別に親父の遺産を定期にしている一つを解約すれば現金で買えたのだけど、お断りしたメガ銀のお姉ちゃんに連絡をして融資を受ける事にしたんだ。

まぁ、熱心に誘ってくれたのに、不義理したからね。

メガなだけに、系列企業にはゼネコンをはじめとする大手不動産屋に事欠かないので、連絡したその日に、あっという間に飛んで来てアパートの査定をしてくれました。

それなりの額を考えていたら、崖の際である事が幸いして土地の評価が落ちるとの事で、上物を足しても意外に安くあがりそうだ。
その額だけで、相続税と死ぬまでの生活費には充分足りるとの事で、大家さんも納得、というか幾らでも良いって感じだったので、きちんとお金を取りなさいって説教する羽目になった。  

「だぁめぇでぇす!」
「お父さんに怒られたの。しょんぼり。」
まったく、この後期高齢者少女は…。

因みに、親族会議が開かれて他の未使用の土地も全て売却して、子供達にいずれ相続と言う事で決まり、その手続きもメガさんにお願いする事になったとかで。

「おかげ様で、大きめな分譲計画が出来そうですよ。」 
とお姉さんはホクホク顔。
「こんな提案出来る方が、なんで動物園でレッサーパンダの世話をしているのかしら?」
ほっとけ。

でもまぁ、義理は返せたかな?
前の証券会社をリストラされた後を、興信所まで使って追いかけてくれたそうだし。
それに僕みたいな得体の知れないオジサンを雇用するよりも、会社的、あと貴女のノルマ的に良いでしょ。

さて。
最後に残った一番の問題は、大家さんの処遇だった。
元住んでいた家は、農家だった頃のお屋敷で、使わない別棟の建物は既に解体滅失登記済みとはいえ、母屋だけで建坪150坪を超える家を1人では住み切れないと、相談して来たのだよ。

「当たり前でしょ。雨戸開けるのにどれだけ時間かかると思う?部屋なんか換気してるだけで、ほとんどがらんどうなのよ。」
「わかります。お掃除大変ですよねぇ。」

浅葱屋敷を1人で掃除する玉が、僕の顔を見ながら、うんうん頷いているけどさぁ。
浅葱の水晶は聖域と違って時間が経つから、再就職した僕にはそんなに時間無いっての。

「だから施設に入ろうかしらって言ったら、子供達に猛反対されたのよね。」
「お身体が悪いわけでなし、それはそうですよ。」 
「玉も反対だなぁ。毎日お婆ちゃんと庭いじり出来なくなっちゃう。」
と、今日も朝ご飯を僕の家で食べながら、玉と佳奈とでお話し中。

で、どうなったかと言うと。

転勤の為にアパートの部屋が一部屋空いたので、そのまんま入居してもらいました。
家賃無しでね。
あ、このアパート、入居者募集を辞めます。
全員出て行ったあと、戸建てに建て替えようかなと思っているので。

昼間は僕も玉も佳奈も菅原さんも留守にしてますけど、大家さんは1人で庭の手入れをしたり、池を埋めてメダカを飼ったり、ご近所さんと買い物に出かけたり。
悠々自適な生活を楽しんでます。

「ねぇお父さん。犬を飼っても良い?」
「きちんと世話出来るのなら。」
歳は僕の倍以上あるのに、すっかり僕の娘化している大家さんなのでした。


………


「とぉのぉぉぉ!」
「なんですか?」

浅葱屋敷で障子の張替えを終わらせて、やれやれと軽く汗を拭っていたら、玉が柿の木の下からとことこ走って来ました。

ぽむん。

そのまま抱きつかれました。

「えへへへへ。」
「どうしたの?」
「なんとなく。殿が居て下さって、あぁ何だか玉は幸せだなぁって思ったら、無性に抱き付きたくなりました。」
「あのね。」

これから障子を桟に戻さないとならないんですよ。

「佳奈さんがお呼びですよ。お母さんと川に居ます。」
同じくとことこ歩いて来たモルちゃんを見つけると、玉はそっと抱き上げた。

「ごめんねモルちゃん。川に行くから、モルちゃん達は危険が危ないんだ。」
「きゅぅ」
わかってるよ。
と、モルちゃんはモル語で答えます。

「君も行くか?」
「わふ」
もちろん。

最近ではタライの中でおすわりしてお風呂をおねだりするたぬきちと違って、ぽん子は水を被るのは大嫌いなくせに、障子の皺伸ばしに使った霧吹きを浴びることは気に入ったみたい。
時々霧吹きを向けると

「わふわふ」

と、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいた変な狸だ。
僕の足元でかりかりよじ登ろうとするぽん子をモルちゃんと交代した玉が、ひょいと抱き上げる。
僕と同じくらい玉が好きなぽん子は、玉の顔をぺろぺろ舐めるので

「きゃはは。」

玉もご機嫌そうだ。

玉と2人で柿の木の下を潜って畑に出てみると、ヤギの夫婦がメェメェ近寄って来た。  

菊が生えて来たよ。
美味しい奴。

「美味しい菊?」
ヤギに引かれてまんまる貯水池の方に足を運ぶと、なるほど春菊が花を付けていた。

「誰か植えたのかな?」
「玉も佳奈さんも、最近新しい種は植えてませんよ。」

「メェ」
昨日は無かったよ。

あぁだとすると、うちの土地神の仕業かな。
「仕方ない。後で鍋を作ろうか。」
「賛成でぇす。」
「メェ」
賛成でぇす。

…ヤギにも食べられる鍋を作らないとならないらしい。

………

「あ、婿殿。」
「やっと来た、遅い遅い。」
「僕も忙しいんですよ。」

「わん!」

川に浸かって遊んでいたちびが駆け寄って来た。
ぽん子は玉にしがみついて、絶対に川に入らないと主張してる。

最近のちびは、この川の住人オイカワ達と仲良くなって、しずさんと一緒に川まで来た時は、追いかけっこをしているらしい。

「これ、なんだろう。」
僕が来たので、しずさんは川から上がって高枝切り鋏を手にした。
ぽん子が来たから、アケビを取るらしい。
この高枝切り鋏、最近ではここに置きっぱなしになっるし。 

「これ?」
僕も川に入って、佳奈のそば、数メートル先の向こう岸にじゃぶじゃぶ行く。
ちびもちゃぷちゃぷ付いてくる。
 
そこには穴があった。
直径にして40センチくらいかな。

川の向こう岸は、その昔ぽん子が滑り落ちて来た、人間が登坂困難なほぼ垂直の山になっている。
普通の山なので粘土質+腐葉土の堆積による山で、様々な広葉樹が斜めに生えているのだけど、その穴は岩をくり抜かれた、どう見ても人か動物かの手が加わった穴だ。

「熊かな?」
「ここの時代設定だと、まだ九州に熊が生息していても、おかしくないな。」
「この時代って明治か大正でしょ?令和の今はいないの?」
「杉とか針葉樹への植林が進み過ぎて、熊の餌となるドングリが山になくなっちゃったんだよ。」
「熊ってドングリ食べるんだ。」
「ツキノワグマの主食は、肉より果実だよ。そうすれば、わざわざ狩をする必要ないだろ。」
「なんか意外ね。」

まぁ完全肉食じゃないからね。
猫だって草を食べる。

「熊じゃないならいいか。お母さんやちびちゃんが襲われないなら。」
「わん」
お母さんは僕が守る!

シェルティは狩猟犬じゃなく牧羊犬だから、いざと言う時は神様を呼びなさい。 

「その穴は、一昨日ニッキを採りに来た時は開いてなかったんですよ。」
ぽん子にアケビをあげてニコニコしているしずさんが注釈を入れてくれた。

「わん!」
僕も!

アケビを見たちびが急いで陸に駆け上る。ぽん子はちびに水をかけられない様に少し下がって行くあたり頭が良い。

「ふむ。神気がするのう。」
ぽん子を離した玉が近寄って来るより先に一言主が顕現して、穴を覗き込んだ。
「あんたねぇ。」
自分の巫女親娘をほったらかして、興味深々で顕現する神がどこにいるのよ。
「ここに。」 
「やかましい!」

いきなりの顕現に、玉が川の中で固まっているだろ。

「おお済まなかったな。玉よ、こいこい。」
「は、はい!」

神様に直接呼び込まれる巫女さんの図。
我が家では、もはや全く珍しくない。

仕方なく、僕と佳奈が一歩引いて、一言主と玉に、穴の入り口を開け渡した。

「真っ暗で何にも見えませんねぇ。」
「待ちなさい玉や。奥に何かあるのう。」
「はい?」

それだけ言い残すと、一言主は光となって穴の中に入って行った。
なんなんだろうなぁ。

まぁ、せっかく川に来たし、筍を採って行きますかね。
鍋の具にならないかな。
などと川の中を移動しようとしたら。

「あわわわわ。」
「玉ちゃん。あわわわわって言う人初めて見たよ。」

やかましいので振り向いて見ると。
一言主が白狐の像を手にしている姿だった。

「御狐様?」
「みたいですねぇ。」

ん?
この谷はあくまでも一言主の保護地で、狛犬は大口真神の白狼の筈だけど。
何故、白狐?

「一言主さん。それって?」
「ふむ。神像には違いないが、荼枳尼天の眷属の狐とは関係ないようだの。神気も込められているから、多分何か意味があって、ここに今日、現れたのだろう。あとはしず達が考えよ。儂は知らん。」
そう一言残すと、佳奈に白狐像を渡して一言主は消える。

いや、顔だけ残して
「あと、鍋には何が要るかの?」
「やっぱりお前が春菊の犯人かよ。」
と、鍋を食わせろアピールは事欠かない。

玉、しずさん、佳奈の謎と問題は解決したけど、僕の周りはまだまだ謎だらけになりそうだ。

そんな呑気な日々が続いて、いつしか4年の月日が流れた。
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