ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

また900年

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何はともあれ、敵味方、玉佳奈佳奈、しずさんと里人達に大した被害もなく、インチキ市川の乱は幕を閉じた。
平上総介広常は単身出頭して、源頼朝との会談に入った様だ。
さっきから遠くに見える笹竜胆の旗頭が動いていない。
愚管抄によると、本当は和田義盛が会いに出向いたらしいけど、まぁ後で作者が適当に盛ってくれれば、後世の歴史家くらいいくらでも誤魔化せるだろう。
このくらい誤差です誤差。

こちらで陣構えを解かずに待っていた平政秀さんの元には安西景益と言う人がやって来た。
帰った後で調べたら、安房の豪族だそうです。
知らないなぁ。
まぁ頼朝の房州上陸は安房だったらしいし、和田義盛があらかじめ手を回していたらしい。
なるほど。

と言っても、その先は僕らに関係ない事。
さぁ帰ろう。

帰ろうとしたら、台地の上から滑り落ちるように、赤い着物を着た、玉とは、歳や背格好が似た少女が走ってきた。
玉の方が少し背が高いかな。

「玉ちゃん玉ちゃん。本当にお嫁さんに行っちゃうの?」
「美代ちゃん、うん。玉はお嫁に行きます。こちらの殿が玉のあるじ様になる方ですよ。」

玉に腕を絡まされる。
別に恥ずかしがる歳でも付き合いでも無い僕だけど、神官服を着た僕と、巫女服を着た玉がイチャつくのは、倫理上(見た目が)宜しく無いのでは無いかな。

「優しそうなお方だね。」
上目遣いで見られるのも、玉と暮らす様になってだいぶ慣れました。はい。
なので、玉のお友達に見極められる様な視線攻撃喰らっても平気。
「あの旦那様、玉ちゃんは美代の大切なお友達です。なので玉ちゃんを幸せにしてあげて下さい。お願いします。」
少女にぴょこんと頭を下げられた。
あぁ、僕は何て答えればいいんだろう。

「お美代ちゃん。玉はね、旦那様のところにお世話になってから、背も伸びたしお料理もたくさん教わったの。いっぱい食べて、いっぱい勉強して、いっぱい働いたの。背もおっぱいも大きくなったよ。」
「良いなぁ。私も働き者の旦那様を早く見つけたいとなぁ。」

ええと。
少女が何か酷い事を言い出したぞ。
里人の中の若い男が顔を背けてるし。
 

「若。」
今度は誰ですか、僕をバカ殿みたいに呼ぶのは?って政秀さんか。

「しず達を宜しくお頼み申します。杢兵衛の馬鹿はこんな綺麗な嫁さん残してさっさと逝っちまいやがったけど、杢兵衛は俺たちの大切な息子でしたし、しずは娘です。玉っコロは俺たちの大切な孫娘です。」
玉っコロねぇ。
あ、玉がこっそり膨れてる。

「俺たちは、以前に若が言っていた通り、源氏の大将に従って西へ行きます。若の知らせを受けたので、留守の事はすっかり済ませて、後を留守居役に任せてあります。」
「そうですか。」

「頼む。玉を幸せにやってくれ。…いや違うな。…幸せになって下さい。」
頭を下げる政秀さんに、僕は静かに語りかけた。
 
「任せろ、と言う前に、当たり前のことを言うな。だよ。それに、僕らはこの村を永久に出て行く訳じゃないから。」
だって僕だし。
しずさんと玉の生活基盤を完全に捨てるわけないもん。
「この洞窟の中に、移築したしずさんの社があります。そこにお土産を残して行くので、つまらない戦で荒れたこの村を立て直しで下さい。僕達は必要となれば、いつでも帰って来ます。この社は、その道標です。」 
「はっ。」

上総軍が結構田畑を踏み荒らしてくれたからなぁ。
初夏直前の大切な時期なのに、作物が滅茶苦茶じゃないか。
そこで、どさくさに紛れて、洞窟の中(古びた社があるだけで、聖域とは違うよ。言うならば玉が閉じ籠められていた祠だ)に米俵や種籾や、干し大根や山芋やらを山積みにしておいた。
サンスケさんの、新しい村でやった、やりっぱなしの罪滅ぼしだ。

「ではみんな行きますよ。」 
その僕の言葉に、しずさんは四方八方に頭を下げる。

「お美代ちゃん、また来るよ。」 

そんな玉の一言で、僕らは聖域に戻った。

★  ★  ★

しずさん、玉、佳奈、佳奈、モーちゃんを前に宣言します。

「これでこの時代で為すべきことは、一通り終わりました。」

なお、たぬきち、テンママ、てんいち、てんじはそれぞれ誰かの腕の中にいた。
まだ幼いてんいちとてんじは、もうウトウトしてる。

「ただし、僕にはまだ仕事が残っているので、先に皆さんを送ります。」
懐から水晶玉を2つ取り出した。
「こちらは浅葱の水晶です。しずさんと、玉と佳奈は、そのまま移転すれば僕らの時代の浅葱の庭に行けます。」

浅葱屋敷にある一言主の社にアンカーを打ってあるので、後は玉が佳奈を連れ出せば市川のあの部屋に帰れる手筈を、あらかじめ整えてある。
あとは僕が2年前の佳奈を送り届ければいいだけだ。

「??殿にお仕事が残っているんですか?」
「わふ」

あはは。玉より、玉の腕の中のたぬきちの方が察しているよ。

「まだ、僕と玉の縁(えにし)は完全なものではないから。しずさんとの縁(えにし)もね。そこら辺の調整が残ってる。」

二つの水晶のうち、もう一つはいつだかに手に入れたまま放置していた、空っぽの水晶。
これを直径凡そ1センチ程度に縮めると、ペンダントトップにした。
「玉と佳奈には指輪として贈りましたけど、義母になるしずさんに指輪は不味かろうって事で。」

テンママを抱いて両手が塞がっているしずさんに、首を俯かせて掛けてあげる。

「色々考えた結果、この余った水晶に指輪と同じ性格を与える事にしました。この水晶で行ける場所は4箇所です。浅葱屋敷、聖域、市川の僕の部屋、そしてこの時代の市川、すなわちしずさんと玉が生きたここです。」

17年間、ずっと考えていたんだよ。
この一つ余った空っぽの水晶の意味を。

こんな時に限って、荼枳尼天も一言主も顕現しないし。
手力男は神様だけど、自ら脳筋を名乗る(威張る)神様なので、頭脳労働には向かない残念な神様だったし。(畑を耕し直す時は助かったけれど)

で、盲点な部分がある事に気がついた。
時を遡るのは浅葱の力だけど、移動に関しては常に水晶だ、という事を。

そして、ポイントポイントにアンカーを打っておけば、時間移動も水晶で可能な事を。

ここ聖域は、僕の意思が関わらない限り、外とは違い独立した時間である事。
浅葱の水晶は、明治末期から大正時代で固定されている事。 
そして、サンスケさんと新しい村に関わっていた時は、鎌倉中期に時間移動が出来た事。
あの時は、馬頭観音の御堂を目安にしたけれど、今思えば、あれがアンカーを打つって事だったんだろう。

だから、玉佳奈の指輪と同じ事が出来る様に水晶を調整出来た。
試してはいないけど、香取神宮・鹿島神宮で訓練を受けて、自らの試練を乗り越えた玉と佳奈も、水晶を通じてならば移転移動の能力が広がっているのではないか、とも思う。

「んで、あなたは何するの?」
「手伝えるなら私達も手伝うよ。」

佳奈佳奈は、基本的によくわかっていなくても、いつも通り前のめりですね。

「言いたくないなぁ。」
手伝われたら迷惑だ。
というか、今度頭が上がらなくなるだろ。
なので何気なく軽く言う。

「大した事じゃない。君達を送った後、僕は君達の時間になるまでここで待機する。」
「あらあらまぁまぁ。」
あらあら母さんにはお見通しだっだみたいで、その呑気なら口調も、呆れたような微笑みも同じだ。
「それは1,000年ですか?1,200年ですか?」
しずさんと玉が生きた時代が確定しなかったから、そこら辺はずっとあやふやでしたね。
「今が西暦1,180年ですから、ざっくり850年ってとこですかね。他にもやらないとならない事があるから、トータルで900年ほどグェ。」

また玉に体当たりされました。
佳奈佳奈にローキック食らってます。
てんいちとてんじを抱えているから足攻撃って、地味に痛いぞ。

「なんで殿は全部1人でやろうとするんですか!」
「ていうか、なんで50年増えるのよ。」
「なんだかわからないけど、アニキがけしからん事はわかるわよ。なんか腹立った。」

最後の佳奈は八つ当たりじゃないのか?

「わかったわかった。説明するよ。まず現代までここで僕が過ごそうとする理由。それは将来の玉との子作りの為だ。」
あ、玉が固まった。(わかりにくい交通事故駄洒落)

「思い出しなさい。半年前、僕と玉は触れ合うことが出来なかった。その時にも玉に言ったんだけど、平安時代の少女と令和時代のおじさんから子供が生まれるには、倫理的以上に時間の壁が大きかった。」

はっきり言おう。
僕は江戸時代に吉原の花魁にモテた事がある。
それは多分、行きずりの関係であり、何があっても子供は出来ないって事だと思う。
出来ても恐らく生まれない。
育たない。
理由は縁(えにし)の深さだ。
時に意思があるのかどうかは知らないけれど、そのくらいの事で矛盾は起きない。起きても、うちの氏神で吸収出来る。

逆に言えば、玉とは時の方で危険と判断されたのではないか。
何しろ初めて逢ったあの日から、玉はずっと僕と同衾している。
一言主が管理する浅葱の水晶ならば玉と触れ合える事が出来たのは、一言主の許しの元が大前提であって、それ以外の道理は許してくれない。
ついでに、時間を遡れば玉と触れ合える事が出来たのは、道理が緩んでくるという事ではないか。

そんな思考実験を何度も繰り返した結果、まだ足りないものがある事に気がついた。
玉と夫婦になるにあたって、まだ足りないもの。
それは僕側の縁(えにし)だ。

結果として、色々ぐちゃぐちゃに滅茶苦茶になったけれど、玉が1人きりで祠に閉じ籠められていた過去と記憶は消えていない。

「つまり、玉が1人で過ごした時間が僕には必要なんだよ。玉が無自覚で練り上げた縁(えにし)が僕には全く足りない。」
「だからって、だからって。」
あ、やばい。玉が泣きそうだ。

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