ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

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大口真神が2頭の馬に2人の武将に乗るように急かしている。
白馬だ。
輝かんばかりに神々しい白馬だ。

そりゃまぁ、そうだろう。
おそらくは、武甕槌の背後に控えていた神馬の中にいたものだ。
そこらの駄馬が纏めて掛かったところで、足元にも及ばない。

だが。
既に人間ではない平将門と行秀を乗せられる馬は生きた馬では無理だ。

「参る。」
「応。」
「応。」
「おおおおおおおおおお!」

黒揚羽の旗が振られ、将門・行秀・政秀と、政秀一門が上総介広常の群勢のど真ん中に突っ込んでいく。
ついでに、僕らの側に並んでいた牛馬、そしてフクロウくんが率いる梟飛行隊が続く。
歴史ではこの後直ぐ、倶利伽羅峠で源義仲が火牛の計を使うけれど、今回はそんな細工なし。
でも暴れ牛・暴れ馬は彼らにとって充分過ぎる恐怖だろう。
更に頭上からは猛禽類の襲撃だ。

「フクロウくん大丈夫か?フクロウくん以外は普通の梟だろ。」
「とりあえず弓矢の弦は全部切ってあるから、矢の攻撃は無いと思うよ。」

やらしといてなんだけど、佳奈が恐ろしい事言い出した。
討ち入りなんかで見た事ある、弓の弦をあらかじめ切っておく内通者みたいだぞ。
 
「それよりも政秀様は大丈夫でしょうか。」
しずさんは亡夫の殿が心配みたい。
でも。

「死ぬかもしれませんね。だって政秀軍は27人しかいない。将門と行秀を足しても29人です。」
「そんな…。」
「それとですね。今日のこの日が来る事を予期して、さまざまな文献をあたりましたが、行秀という土豪も、政秀という土豪も、黒揚羽って旗印も見つかりませんでした。」
「……。」
「歴史に残らない人間は、覚えている人が死に絶えれば、その存在もなかった事になります。」
「……。」

僕は桔梗紋の旗印を手を翳して眺める。

「平将門とは逆縁な面もあったので、縁(えにし)を繋ぐのには苦労しました。じゃないと、玉と佳奈に影響を及ぼす可能性が残りますからねぇ。特に、行秀との縁(えにし)を大切にしていた玉に。」

成田で、行秀の想いが全く実っていなかったと、荼吉尼天に聞かされた玉は僕と佳奈が気を使うほど落ち込んだものだ。  

「だから僕は逆縁を逆に使う事にしました。将門の呪いを戦場で晴らす事。一時的な憂さ晴らしでしかないとしても、信頼する郎党と、彼らを崇拝する武者が戦場で暴れ回る事は、''僕らには良い''影響に変えられるのではないか。仮にここで政秀一党が全滅しようと、心残りなく死に切れるだろうと言う事です。」
「それが、婿殿の出した結論ですか?」

「しずさん。男って言う生き物は馬鹿な生き物でしてね。幾つになろうと餓鬼なんですよ。」

実は、信頼できる仲間と共に、大軍相手に命の遣り取りをしている彼らが少し羨ましい。
そんな本気で生きることなど、普段のほほんと生きている自分にはなかなか無いことだから。

「で、でも。」
「わかってますよ。歴史に残らなければ、満足したなら戦死して良いって道理はありませんからねぇ。」

僕は右手を上げる。
すると。
僕らの背後、下総台地の上に巨大な旗と大量の幟が立った。

そこには九曜紋・桔梗紋の他に、北斗七星が図案化されている
桓武平氏本流の紋のオンパレードだ。

因みに旗を持っているのは土地の者。
この地に来て、一番最初に僕がした事は。

僕は玉の許嫁である事。
しずさんが襲われている事。
間も無く北から大軍が来て、政秀さんがこの村を守るため立ち塞がってくれるけど、人手が足りない事。

などを話して、協力してもらう事だった。
戦が起こって困るのは庶民。
さぶろう者は命をかけて里人を守る。
ならば里人のすべき事は何か。

この時代の人なら、全て心得ている。

「おしずさぁん。」
「玉ちゃぁん。」

上から掛かる声に、玉達は手を振っている。

「これで援軍がいるように見せかけるんだ。」
「でも、旗振るだけじゃ勝てないよ?」
佳奈の問いはもっともだ。

「佳奈。矢を放ちなさい。」
「え?わかった。先に何つける?爆竹とかクサヤとか。」
「要らない。とりあえず、戦場全域に矢が落ちるイメージを取るんだ。密度が落ちても構わない。」
「え、ええ。ええと。行っけぇ!」

佳奈が上空に向けて矢を放つ。
その矢は、上空で四散すると、光の雨となり、戦場全域に落ちていく。
政秀一党は知っている。
この光を。
僕と玉に平伏した時の記憶を。
フクロウくんに率いられる梟達は動じる事なく、各々それぞれ暴れ回っている。
生者ではない将門と行秀は言うまでもない。

一方、広常軍に免疫は無く、慌てふためく中に命中する光に一時的に視力を失っていく。
視力を失った敵を騎馬の武者が仕留めることは容易い。
そしてその乗る馬は、武甕槌に従う神馬と、今は亡き玉の父・杢兵衛さんとしずさんが心を込めて育成した馬だ。
しずさんは玉の母親なだけあって、動物達の信頼を得ることに長けている人なことは、ぽん子達が母と慕うこと。
荼吉尼天に縁(えにし)を持つモーちゃんが、杢兵衛・しず印の牛馬を率いて一糸乱れぬ突進を続けていることでもわかる。
たった29人の将門軍は、その数千倍の広常軍を追い散らしている。
この時代の刀は、直ぐに曲がるし人の脂で斬れなくなるので、太刀の鞘ごと首筋を殴っている様子が見える。
あれなら刀は傷まないし、無駄な死人を作ることもない。

何故ならこの戦は突発的なものであり、彼らは敵味方関係なくいずれ、源義経・範頼を奉じて西国に遠征していく、歴史を動かす戦力だからだ。

佳奈が幾度も戦場に光を降らしているのを見た、薙刀を持つ佳奈が声をかけてきた。

「私達は参戦しないていいの?」
「要らない。それよりも護って欲しい。」
「護る?」

戦況を見極めながら、僕は頭をフル回転させる。
彼らの動向を。

「玉と佳奈はともかく、しずさんと上の里人は戦う力を持っていない。」
 
上総軍の陣立の変化を見ながら、弓を操る佳奈に矢の到達地点を指示しないとならない。

「頼朝に合力した時の上総軍の数は、文献によってえらく差があるんだ。吾妻鏡の20,000人から、源平闘諍録の1,000人までね。勿論、時の権力者によって編纂には忖度があるからどれが正しいとか、間違っているかはわからない。」

佳奈は僕の両脇に立ち、各々のすべき事をしながら、僕の話を静かに聞いている。

「後の文献がどうあろうと、僕らが今見ているものが事実だ。そして、今後歴史を作っていくのも、歴史を動かすのも目の前の彼らだ。将門や行秀や、ましてや僕らではない。」

それに何をしたところで歴史は変わらない。だったら。

「正史と齟齬が生じないように、僕らは護りたいもの。護らなければならないものを護る必要がある。それは、この状況においてなら、敵も味方もだ。その為の、僕の力だ。」

「敵も味方も護るの?」
「そんなに贅沢で欲張りなのがこの人なのよ。私。」
「私って、本当に厄介な人を好きになったんだね。」
「だから、この人の隣を並んで歩ける様に精進しなさい私。玉ちゃんは、この人の3歩後ろじゃなくて、隣を歩きたい。一緒に手を繋ぎたいって頑張れる女の子なんだからね。」
「どうしよう。そんな事聞いたら、玉ちゃんをハグしたくて堪らないわ。」
「後にしなさい、後に。」

何やってんだ佳奈佳奈は?

そうこうするうちに、敵の背後が騒がしくなって来た。
うんうん。
計算通りだ。

「フクロウくん、モーちゃん、真神。退がれ。」

直ぐ側にいる様な、軽く気安い口調で僕は言った。
佳奈と佳奈がギョッとした顔で目を見開いている中、玉がそっと前に出てきた。

「殿、梟さんや牛さん達はもういいんですか?」
「そうだね。もう要らないかな。怪我しないうちに引き上げてもらおうか。」

フクロウくんと真神以外は、普通の動物だからね。
こんな歴史上なんの意味も無い、偶発的に起きた戦で傷ついて欲しくない。

「何?何が起きたの?」
「またうちの人が何か企んでるのよ。」

とうとう佳奈佳奈は僕を「うちの人」呼ばわりし始めたぞ。
その内、大家さんみたいに「宿六」って言われかねない僕でした。

さて、それでは仕上げだ。
僕はもう一度手を挙げた。

「ひぅ」
待ってましたと、フクロウくんがバサバサ降り立った。
いや、フクロウくん。
玉と違って、皮の防具をつけていないんだから、あげた手に止まられると、少し痛いんですけど。


後方の台地上に、更に旗と幟が追加された。
その旗印は。

月と星が図案化された月星紋と、笹竜胆紋だった。
更に、北斗七星が描かれた横断幕まで追加だ。 

帰って来た牛馬は、わざわざ遠回りして台地上の里人の中に帰って来た。
この村の全てが、この戦場を見下ろしている。

「ひぅ」
「はいはい。怪我してる奴はいない、と。」

フクロウくんの報告を聞きながら戦場に視線を戻すと。
上総軍が自ら刀を捨てて武装解除を始めていた。

上総軍の背後、船橋方面から迫る軍勢を認めたからだ。
そこには、笹竜胆の旗印を中心に、月星紋の幟を背負う騎馬軍団が、整然と進軍して来る姿が遠目に見えている。

「婿殿。あれはどちらかのお侍様ですか?」
帰って来たモーちゃんを撫でながら、しずさんが尋ねてくる。
この人も忙しい人だね。

「源氏の棟梁頼朝公と、彼に合力した千葉常胤軍ですね。安房と上総の平氏も居る筈です。頼朝一行はこれより武蔵国に入って、更に秩父七党が加わり、鎌倉に向かう事になります。」
「はぁ。」

「よ、頼朝ぉ?」
「あの、おしゃもじ持ってる黒い人?」

佳奈佳奈の認識はなんなんだよ。
笏をしゃもじって言う人、初めて見るぞ。
 
「なんでそんな有名人が来るのよ。」
「僕だから。」
「殿だから。」
「婿殿だから。」
「うちの人だから。」

「4人でボケるなぁ。」

いつの佳奈であろうと、賑やかな人だな。
まぁこれが、浅葱の力の意味のない真骨頂だ。

「史実では、平広常はここ下総で源頼朝に臣従して麾下に加わる事になる。」

まさか先触れに出した兵が暴走して、土地の巫女と迷い込んだ女子大生に襲い掛かろうとして、平氏を名乗る少数しかいない土地の豪族に一蹴されましたって、そんな恥ずかしい歴史は残る筈もなく。 

「あれ?でも広常って頼朝に偉そうに接して怒鳴られたんじゃなかったっけ?勿体ぶって遅れて行って。」
「最近の研究では、広常は最初から頼朝に臣従する気だったらしい。それだけ、平家と平氏の対立は深刻だったらしい。」
「平家と平氏って違うの?」
「色々ね。」

桓武平氏と伊勢平氏とか、源氏にしても清和源氏とか河内源氏とかがあるから、家同士の対立も同じ姓(かばね)でも色々あるんだよ。


「何にせよ、ここで平広常は源頼朝に臣従する。そして世に知られる源平騒乱の歴史が始まる。僕らはその歴史をちょっと邪魔しただけだ。」

前方から政秀党が帰ってくる。
政秀党は、今台地の上を護る里人達を護って来た、彼らの殿様である。

実は、あらかじめ行秀に僕は再会して、先触れを1人、頼朝に出させている。
(結局、僕の乗馬訓練は、想定外の事にしか役に立たなかった。)

つまらない事で内紛を起こしているから、源氏大将の名で持って内紛を収めてくれ。
それだけで、我ら下総及び坂東平氏は源氏大将に合力する。
と。

そして旗印の使用許可を得て来たと言う、つまらないけど割と効果的な悪巧みを企んでいたわけだ。

改めて勝鬨を上げる政秀と、歓迎の旗を振る里人の姿を眩しく見上げながら、将門と行秀は仲良く会話を交わしながら聖域に消えて行った。

「ねぇ殿?」
「何ですか?」
「将門様って、満足されたのかなぁ。」
「まさか。怨霊は怨霊のままですよ。」
「だったら殿のした事ってなんですか?」

おやおや。
うちのお嫁さんはまだ気が付かないみたいだ。

「荼吉尼天に言われていただろ。将門に縁のある場所には近寄るな。また祠に囚われるぞって。」
「はい。」
「だから敢えて呼んだ。その水晶の指輪と神達との縁(えにし)を強化して、そして平行秀の想いを遂げさせてあげる。これによって将門との縁(えん)は、悪縁から縁(えにし)に昇華出来た。結果は戦神将門と従者行秀も聖域の社に欠片が残る事になる。行秀の念願通りにね。あとは彼らもここで祀っていくだけだ。これで、この時代ですべきことは全て終わる。」

最後に、一番面倒くさい事が残っているんだけどね。
国麻呂さんが言ってた、一番厄介な事が。
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