ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

第一回バナナスイーツ選手権

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何だこりゃ。
「ほへぇ、お話だけ聞きましたけど、大成功ですねぇ。」

翌朝。
大家さんを撃退する為に、夏蜜柑を取りに来た僕と玉です。
とある物を見て、2人して呆れ返ってます。
僕らだけじゃないです。
たぬきちもテン一家もフクロウ君もでして。
2人と4匹と1羽が並んで、口をあんぐり開けたまま固まってます。

………

「神様の夏蜜柑でまぁまれぃどと言うじゃむを作ってみたいのです。」
「あれ?作ったことなかったっけ?」
「普通の蜜柑でしか作ってなかったんですよ。なんと。」 
「なんと。」

玉さんのリクエストで、夏蜜柑のピールを使ってママレードを作ろうと言う事になりました。
なので、今日は聖域に篭りに来ました。

因みに今朝の朝ご飯(朝の重複)は、鯖の甘露煮を干物にしたものを七輪で焼くと言う、なんだか手が掛かっているんだか、掛かっていないんだかをおかずに、トロロの山葵醬油刻み海苔沢山ご飯でした。

「これ、とろろ芋じゃなくて、私の好きな山芋じゃない。お父さんはどこから調達してくるの?」
トロロをうにょんと箸で伸ばしながら、大家さんのテンションが今朝も高い。
「玉のお母さんですよ。」
「です。」

トロロはしずさんが山芋を掘り出して来たから。
摺鉢はしずさんちにも浅葱屋敷にも、市川の部屋にも備え付けてある万能器具です。
何しろさまざまな農作物が取れるので、我が家的に必須なんですな。

「あのね、屋敷の外の裏に椎茸生えてるでしょう。玉に教わった椎茸のバター醤油焼きを作ろうと取りに行ったの。そしたら行く途中の岸に生えてたから抜いてみました。」
「椎茸でしたら冷蔵庫に入っているし、カップ麺が入っている納戸には乾し椎茸もありますよ。」
「はいはい。乾し椎茸はお婆ちゃんに教わって、玉が作りました。」

これは本当。
寝室の窓際に、ご町内の無料情報新聞(僕は読まないけど、玉さんがこないだ催し物に出掛けて行って、お菓子をお土産に貰ってきた)を敷いて、椎茸を乾していた。
椎茸自体は、裏庭の山鳥が巣を作っている日陰に並べた椎茸木花にいつでもなっている。
外に生えてる椎茸は、恐らく現実の熊本農家が育てているモノがそのままこの世界にコピーされたものだろう。

「裏庭にあるのもいいけど、大きいのを焼きたいなぁって思ってね。」
「あそこに行くには、川の中を歩いて行かないと駄目でしょ。危ないなぁ。」
「大丈夫ですよ。モーちゃんと馬君が一緒に来てくれますから。」

確かに、ぽん子やちびをボディガードとして指名をしているし、彼女達も意気に感じて、しずさんや牛馬が敷地外に出る時は着いていくけど、しずさんが転んで怪我でもしたら何にも出来ない。
まぁ実際の所、騒いでいれば土地神が来てくれると言う、インチキ極まりない裏契約があるんだけど。
内緒と言う事で。

確かに「どんこ」と呼ばれる大きくて肉厚な椎茸は、あそこが一番確実に取れる。

話が逸れた。
しずさんの椎茸狩は傍に置いといて。
「あらあら、婿殿に置いとかれました。」
と、本人がいればツッコミが入るとこだけど、ここは聖域。
しずさんは1人では来れません。

………

隣にいるのは、巫女装束の玉だけ。
平日の青木さんは水晶の世界には来ないで出勤していくので。

荼枳尼天の社で今朝のお勤めを終えて、竹箒を持ち出したところで固まった。
茶店の前に生えた2本の木。
昨日はなかった2本の木。
ついでに、たぬきちとテン親子が大口上げて見上げている2本の木。

バナナとマンゴーの木である。
昨日は苗木でしかなかったバナナとマンゴーの木である。
勿論、バナナもマンゴーも満開になっていた。
…マンゴーはさ、実を減らして収穫する実に栄養を集中させる一手間があるのだけど、でもそんなの関係ねー!
どの枝に付いている実も、丸々と太っている。
荼枳尼天さんさぁ、やり過ぎだよこれ。

「神様の仕業ですね?」
「昨日会ったからさぁ。美味しいデザートが出来るよって言ったらこれだよ。」
「殿と神様の悪巧みじゃないですか。」
「こんなになるとは誰が想像しようか?しかも一晩で。」
「知らんがな、ですよ。」
あ、僕の口癖取られた。

ところで、バナナは南房総の温暖で陽当たりが良く、強い風が吹かない、例えば盆地の様な地形だと、露天でも育つらしい。
「ヒロシです」さんのキャンプ番組が◯マプラにあったので、視聴して知りました。
詳しく調べてみると、さすがに東南アジア産より味と形は落ちるらしい。
そうなると、石工さんが作ったバナナの質が気になる。
地形的に、川が作った南北に細長い太平洋の海風が登ってくる谷間なので、川からの冷気が邪魔する畑のバナナだもん。

「殿。これどうしましょう。神様にお供えだけじゃ済まなそうです。」
「うん。荼枳尼天曰く、僕らにバナナスイーツを作って欲しいそうだ。」
「はい?」
あ、玉が面白い顔してる。

「はっきり言って、バナナとマンゴーは僕が単純に育ててみたかった。テーブルの材料と玉に頼まれたカボチャの種を買いに行った先でたまたま見つけたものだよ。で、昨日ここに苗木を植えた。方角とか太陽とか気にしてたら、荼枳尼天が現れて手伝いを申し出てくれた。」
「めちゃくちゃです。」 
「いつもの事です。」
「開き直られました!」

どうしよう。
玉にばななの甘味とか作れるかなぁ。

とぶつぶつ言いながら、チビクロサンボみたいにバナナの木の周りをぐるぐる回り始めた巫女さんを放置して。

「放置されました。」

はい、ここまでがいつもの僕ら。
僕は社や茶店の裏に周ります。
川と社の間には、魚影が濃厚過ぎる小川が流れており、その両岸には蜜柑、林檎、柿の木がたわわに実をつけて並んでいる訳です。
これは、たぬきちの餌として植えたもの。
今ではテンもフクロウも、枝に登ったり飛び移ったりして収穫をしています。
コイツらの肉食性は、どっかにいっちゃたので。

その中に一本だけある夏蜜柑の木。
他の木よりも幹が太く、丸々と大きな実がなってますが、これは浅葱の畑から移植して来たもの。
同じように移した梅の木も一本、別なとこに生えてますが、こちらは玉が丹精込めて世話しているので、花と実が同時に見られる変態仕様です。

「梅干しと梅酒で、お母さんと勝負してるんですよ。ショーブ!」

だ、そうで。
仲の良い親娘だ。 

さて、今日は夏蜜柑です。
無駄話してて忘れそうでした。
あぁ、夏蜜柑を採りに来た玉さんは、すっかりバナナに夢中で、一本皮を剥いてフクロウ君にあげてます。

しかし、この夏蜜柑。
誰も採ってる様子ないなぁ。
しずさんは一度全部落として、蔵に貯蔵していたな。
「夏蜜柑は冬に収穫して、夏まで熟成させるから夏蜜柑なんですよ。」
「へぇ、初めて知りました。夏蜜柑は酸っぱいものとしか思ってなかったから。」
「季節というものが無さそうなここで、熟成させる事が出来るかなって思ってたら、神様が林檎と並べておきなさいって御神託をいただきました。」
「……しずさんすみません。夏蜜柑美味しくなったら、供物として捧げてください。うちの氏神が食いしん坊でご迷惑をお掛けします。」
「はいはい。勿論わかってますよ。」

夏蜜柑は酸っぱい。
甘く食べるためには一手間加える必要がある。
本来ならそうだけど。

「わふ」
前に食べようとして、皮からビームが飛んだの。

ビーム?
あぁ果汁か。
柑橘類は酸性だから、目に入ると涙出るくらい痛いよね。

「わふ」
だから、誰も採ろうとしないの。

成る程ね。
まぁ、今日はその為に来たんだ。
茶店の裏に立て掛けてある高枝切りハサミを持って来て、とりあえず直ぐそこにある夏蜜柑を一つ。
ぱちん

挟んだまんま手元に引き寄せると、若干の葉をつけた夏蜜柑を剥いてみる。
剥くというか、果物ナイフで2分割に。
更に4分割、8分割にして、そのひとかけらの皮にナイフを入れると、白い渋皮が綺麗に剥けて、オレンジの実が剥き出しに。
さて、これを更に一口サイズに切り分けて、先ずは一口。


・・
・・・

「甘い。うん、美味い。」
「わふ」
「あ、こら。まだナイフ持ってんだから、ちょっと待ちなさい。」

僕の声に反応したたぬきちが飛びかかってくるのを、ナイフの刃を背に指の股に挟んだ手のひらでたぬきちを留める。

「わふ!わふ!」
「はいはい。皿!」

浅葱の力で出したお皿に、一口サイズの夏蜜柑を並べて行くと、たぬきちの幸せな顔が、蜜柑の甘さを余す所なく伝えていた。

「ふむ。」

確かこの夏蜜柑は、荼枳尼天だか一言主だか、どっちかとがわざわざその力を使って移植してくれたものだ。
そしてここは、動植物がなんでも美味しくなる(荼枳尼天が食べたがるから)聖域だ。
これも荼枳尼天のご利益かねぇ。

たちまちお皿が空っぽになるのを見て、もう一度高枝切りハサミを掴んだ。

………

「ねぇ殿。ばななで餡子って作れませんか?もぐもぐ。」
「わふわふ」
「ひぅひぅ」
「くぅくぅ」
「くぅくぅ」
「くぅくぅ」
「くにゃくにゃ」

結局、10個ほどの夏蜜柑を採って皮を剥く羽目になりました。
玉を含めて、みんな集まっての試食会です。
って、最後御狐様のもぐもぐが聞こえたぞ。
主人の荼枳尼天ほったらかして、巫女と眷属勢揃いかよ。

「ふむ。」
バナナの餡子ねぇ。
枝豆からずんだを作る的な方法かなぁ。
それとも…

「バナナをペーストにして、小豆あんと練り合わせるとか、かなぁ。」
「みきさーにかけたり、摺鉢で擦ったりしてみますね。」
「玉のやる事だから大きな失敗はしないだろうけど、少し試行錯誤はいるかなぁ。」
「負けられませんから。」
「はい?」

玉さんは両手に力を入れて、むんっと(薄い)胸を張った。
「今では殿が美味しいって言って下さればそれが全てでした。でも今度は違います。玉の、殿の内儀としての実力が問われます!」
「はぁ。」
「ですから殿!お料理に関しては玉は殿の弟子ですけど、ここからはらいばるです。第一回目の甘いもの選手権です。」

おお!
たぬきち達から響めきが上がったぞ。

「優勝商品は、殿との婚姻届です!」
「僕かしずさんが優勝したらどうすんの?」
それに玉には戸籍も無い。
「あ、そうでした。お母さんと結婚されたら、玉が殿のお嫁さんになれません。」

色々間違えてますよ。

「でしたら、1日でぇと権!」
「だから僕かしずさんが勝ったらどうすんの?」
「むむむ。」

玉さん、発情期ですか?
「これ、ジュースにしてあげるよ。」
「わふ!」
「ひぅ!」
「くぅ!」
「くぅ!」
「くぅ!」
「くにゃ!」
「むむむむむ。」

玉さんはしばらく考えていなさい。
まぁ、珍しく玉が何かを欲しがっているから、僕はなんでも差し上げますよ。

狐と狸と梟と貂に囲まれて、地面に敷かれた緋毛氈の上で腕を組んで考え込んでる、女の子座りの巫女さんが素直に可愛いから。
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