ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

南国果実

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そう言えば。

僕は茶店の前に置かれて久しい緋毛氈の敷かれた縁台に腰掛けて、上を見上げる。

茶店の入り口には、高さ2メートル程のまだ若く枝も葉も細く小さな楓の木が立っている。
その、僅かに色付いた葉を通して空を見る。

この楓は、浅葱屋敷の隅に枯れかけていた灌木を玉が植え変えたもの。

「殿、これ、この葉っぱ紅葉ですよね。なんか玉より小さいですけど、このまま枯れちゃうのかなぁ?」
「土地神の穢れが落ちるまで、この土地の自然は荒れたまま、時間が固まっていたみたいだし。世話すれば蘇ると思うよ。」
「だったら殿、お茶店に植えませんか?あそこでよく、たぬきち君達とお茶をしてますから。真っ赤な紅葉があったら、なんか素敵です。」

と言う事で、玉が丁寧に根を掘り起こして植え替えたもの。
案の定、一晩で根付いた楓は、ひと月程で倍以上に成長し、毎朝僕らの目を楽しませてくれる。

と言っても、蜜柑と夏蜜柑と柿と林檎の実がなり、畑にはとうもろこしがなり、玉の持ち込んだ一輪草が咲きまくったままの世界なので、季節感滅茶苦茶。
楓も困ったらしく、紅葉したり、紅葉したら葉が落ちちゃうから、常緑の枝があったり。

まぁ、植物すらあたふたしているそれはいつもの事なので、判断を停止してますが。

「わふ」
お父さん、お米変えた?

隣で朝ご飯を食べていたたぬきちが首を傾げている。
今朝の玉は、お勤めだけするとさっさとしずさんのところに行ってしまったので、たぬきち達の相手は僕だけがしている。
朝ご飯と言っても、果物も魚も食べ放題だし、僕が食用にしている物以外の野菜も自由に食べさせている。
それでも、僕らが持ち込む「ご飯」はみんな大好きで、肉食だろうと雑食だろうと草食…はこっちにはいなかったか。
荼枳尼天の眷属になっている動物達に食性に関係なく、うちの家族が作ったものはなんでも食べまくる。

今日は朝からずっと僕がいるので、みんな僕の周りで何かしら齧ったまんま。

しかし、魚沼産から茨城産にコシヒカリを変えた事、よくわかったな。
しかも、焼きおにぎりにして、味噌と醤油の味付けがしてあるのに、違いがわかる狸だった。

「わふ」
この葉っぱ、辛いけど美味しい

僕ならばおにぎりには、玉さんの糠漬けなんだけど、塩分的に大丈夫なの?
と考えていたら、青木さんが
「じゃあ、ちょっとコレで作るね。」
と、湯通しした芥子菜にオイルをちょっと落としただけの、素材重視付け合わせをちょいと。

「ひぅ」
芥子菜サラダに一番ハマったのは、完全肉食の筈のフクロウ君でした。

てんいちとてんじは、とっくに食べ終わって、僕の膝の上で丸くなってたり。
「ひぅ?」
何してんの?
フクロウくんに聞かれたよ。
「ん?ほらさ、新しく苗を2つ植えたろ。そういや、ここって、ずっと昼間だけど太陽出てないじゃん。」
「ひぅ」

そうなんだよね。
せっかくバナナとマンゴーを育ててみようと思ったからさ。
どうせ''ここ''とは言え、やはりお日様に当たる様にしたいじゃん。
なのに、''ここ''で太陽を見た覚えがない。
玉かしずさんに聞けば良いんだろうけど、あの2人に聞くには酷だ。
ふむ。

「くぅ」
ん?テン母が走ってったぞ。
子供置きっぱなしで。
あいつは、出会った頃から、子供達を預けて自由行動しがちだけど。

………

食べ終わってたたぬきちは、僕の右手に顎を乗せてお休み。
今日も動物に塗れて、身動きが取れないぞ。
あれ?狐に乗った荼枳尼天が、テン母に連れられてやって来たよ。

「飯を変えたかの?」
「有難い神様の第一声がそれですか?」

………

「くぅ」
「わざわざ呼んで来てくれたんだ。ありがとね。」
テン母の喉元をサワサワ撫でてあげると、気持ち良さそうに目を閉じて喉を押し付けてくる。
その姿は、イタチというよりも猫だ。
それを見た御狐様も羨ましそうにしているけど、僕の反対側の手はたぬきちに占領されているので無理です。

「神様が眷属に呼び出されるんですか?」
「ん?お主は、自分の手や目や耳が捉えた事案を処理する事を、手や目に使わされたと言うのか?」
「…あぁ、そういう事ですか。」
「ここの空間に儂は常におるわけではないのでな。意識は豊川にも成田にも佐倉にもあるよって、ここで起こる細々とした事は、儂がここで注視しとらんと気が付かん。その為の狸達じゃ。」

成る程ね。
たぬきち達は、荼枳尼天にとっては感覚器官になるんだ。
 
「そんな味気ないものではないわい。神の元で不老長寿であるし、本人が楽しみたいと思う事は、ある程度種の能力を超えても自在に楽しめる。お主も儂の物になれば、金も女も立身出世も思いのままじゃぞ。なんなら儂は無性じゃから女にもなれる。」
「後半、何やら恐ろしい話になっていますが、僕は自分の器量でなんとか生きている自分の人生に、今のところ満足してますよ。」
「おや、残念。」

あ、荼枳尼天が凄い悪い顔をしてる。

「で、実際のところ、何か困っている様じゃが?」
口調と顔付きが変わって、いつもの神様っぽくなってくれた。
やれやれ。
いくら慣れたと言え、神様と軽口を叩き合うというのは、プレッシャーだよ。

「コレ、ですよ。」
2メートルくらい先に埋まる2つの苗木。
今さっき植えたばかりなので、まだ水の珠が葉に掛かり、地面の色も変色したままだ。

「なんじゃこれ?」
「バナナとマンゴーの苗木です。本来なら南国性の果物なので日本で育てるには温室が必要なのですが、浅葱一族が千葉県で露天で実らせた実績があるので、ここならなんとかなるかなぁと。ただほら、ここで太陽って見た覚えがないから。」
「それは美味いのか?」
「くにゃ?」
「あれ?お供えであげてませんでしたっけ?」
「巫女っ子としずの供物は、奴等の経験則の塊でしかないからの。だからお主の供物が好きなんじゃ。」

そう言われてみると、お稲荷さんの供物だと、普通に油揚げだよなぁ。
僕も一番最初は、油揚げ料理を捧げたし。 

「まぁ果物ですよ。戦前の人はともかく、僕らの世代にはとり立てて珍しい物では無いし、ほっぺたが落ちる程甘い!って物でもありません。」
「なんじゃぁ。」 
「ただ、玉が時々、スムージーやかき氷をここで作っていますよね。デザートにすると、とても美味し…
「作ろうぞ!」
「くにゃ!」
食い気味どころか喰われたぞ。

………

「確かに石工は変な果物を育てておったな。」
石工家は農家だったので、庭の隅でお稲荷さんの小社を祀っていた。
魂抜きや社終いは僕がやったのだけど、敷地の片隅に先代の狐像が捨てられていた事に気がついたのは、去年の秋に玉と青木さんを連れて、キャンプをした時だった。
しかもその狐像から荼枳尼天が顕現した事により、石工家の稲荷が稲魂尊ではなく、この厄介な荼枳尼天の方だと知った訳だ。

石工家の屋敷神をしていたなら、僕には面識が無い本家筋の石工さんの、無邪気な暴走を眺めていたとしてもおかしくない。

「ふむ、あの果物か。甘味で作るなら何が出来る?」
「玉じゃなくて青木さんの区分かな。玉は何作らしても和風に寄りがちだけど、彼女なら普通に女子高生・女子大生してたから、そっち方面は詳しそうだし。」
「なんと、あやつ飯を作れたのか。」

本気で驚いている荼枳尼天様。
失礼過ぎやしないか。

「今日のお供えを作ったのも彼女ですよ。」
あの人あれで不器用(天然)だけど努力の人だから。
「あの辛い葉っぱは奴の手製か。」
「芥子菜は僕が好きなんです。春先にだけ食べられるんですが、水晶の中に季節は無いんで。」
「それを突然料理にしたと?」
「僕の好物だから、下手な物は出したくなかった様ですね。しずさんに聞いたら、何やら色々調理法を聞いてたみたいですし。お気に召しませんでしたか?」
「いや、そんな事はない。」

荼枳尼天は、何やら悪い顔をして言った。

「人の想いこそが、神にとって馳走となるからの。お主は奴を嫁にする気はあるんか?」

わ、こいつまで言い出した。

「わかりませんよ。勿論男性として悪い気はしませんし、無碍な扱いをする気もありませんけど、僕がまだお子様ですから。」
「言いおるな。儂はお主を一人前のおのこだと思っておるが。」
「自分の身の振り方にもあたふたしている駄目人間ですから。」
必要以上に自虐的になるつもりも無いが、かと言って僕が彼女達の人生を背負うと簡単に言う気もない。

「ふむ、まぁ良い。」
良かった。大して追求を喰らう事無く話が終わりそうだ。
「その苗は、儂の責任を持って大切に育てようぞ。」
「助かります。」
「石工は浅葱の力だけで育てた筈じゃ。何しろ儂は何の手助けをした覚えがない。お主と儂の力を合わせれば、南国果物なぞちょちょいのちょいじゃ。」
神様が軽々しく言っていい言葉じゃないなぁ。

「その代わり、お主としずと巫女っ子にも何か作らせい。お主ら''家族''4人でそれぞれ何かを作れ。」
「はぁ。」

結局、厄介な事になりそうだ。


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