ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

また神様

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白い白い、白い空間。
お互いの姿は見えるけれども、それ以外は何も見えない、ただの白。
一面白。上も下も、右も左も、全部白。
今まで乗っていたロープウェイのゴンドラは、手摺の手触りも踏み応えも姿形もなくなり、とにかく宙も地もふわふわして頼りない場所に僕らはいた。

青木さんが玉を抱く様にして、周囲を慎重に見回している。
けど、当の玉は割と冷静そうに不思議そうに、僕の顔を見上げていた。

多分、玉にも「感じる」んだろう。

僕の体内には、謎の刀が混じり込んでいる。
例によって摩訶不思議な日本語だけど、間違いのない事実だ。

同時に、玉にも荼枳尼天から下賜された小刀がある。
僕みたいに体内収納とか、昔のロボットアニメみたいな非常識な事はなく、普段は自らが巫女を務める荼枳尼天の社に、御神刀として納められている。

とは言え、玉の危機には空間を超えてやってくるトンチキ仕様な事に変わりはない。荼枳尼天に護られて、荼枳尼天の眷属達に愛される少女が玉なんだ。

つまりは、玉の方にも、僕と同じく「危機感」が感じられないって事だろう。
だから、あんな不思議そうな顔をしているんだ。

「ねぇ、これって祠に入っちゃったのかな?」
こういう時に、僕らより「変さ」が薄い青木さんは苦労する。
「いいや、祠に入る時の様な違和感がなかった。」

祠に入る時は、丁度エレベーターが上昇を始める瞬間の様な、若干の不快感を感じるのが当たり前だった。


「ふむ。」
ぽんぽん。
玉の頭に触ってみる。触れる。
普通に触れるって事は、時間軸が違うか、この空間を支配する存在の力によるものか。
ぽんぽん。
すると、玉が嬉しそうに頭をぐりぐり押し付けてくる。髪型が崩れるから、あんまりそんな事はしない方がいいぞ。
女の子なんだから。

「ねぇ、水晶に逃げる準備をした方が良い?」
青木さんが、左手の指輪を僕に見せた。
何故左手にしてる?それも薬指に。

「やめてくれ。青木さんの新車を1人で運転して帰るとか、面倒くさそうだ。」
「そっち?あと、面倒くさい言わないで欲しいな。」
「どっちにしても、逃げる必要はないだろう。」
もう少し、様子を見た方がいい。

「殿、この感じ、前にも味わったことありませんか?」
「具体的に言えば、正月の頃だな。」
「あ、そうか。そういう事ですか。」
「正月?」
「そう。筑波山って、どんな山なのか考えてみれば想像がつくだろ。」

青木さんと話している間に、上手い事脳内の整理がついて来た。

「ええと。確か筑波山神社の境内なんだっけ。奈良の方にもあるよね。山全体が聖域なとこ。三輪山だっけ。素麺の。」
そうだけど。
その通りだけど、最後の付け足しが残念だぞ、この食いしん坊。

「久方の天の香具山このゆふべ 霞たなびく春立つらしも、です。」

柿本人麻呂の歌(万葉集)を知っているあたりは、さすがは玉ですが惜しい、それはご近所の別の山だな。

「そろそろ結論を教えて下さい。そこの歴史マニア夫妻。」
「勝手に僕らを結婚させない様に。」
「まにあって何ですか?」
「マニアって言うのはね…。」

はい、話が逸れ始めました。
あまり玉には覚えて欲しくない言葉なので、強制介入です。

「要は、ロープウェイは神の座に登って行ったんだ。この山が祀る神様は、伊弉諾と伊奘冉。」
「ちょっと待ちなさい。その2柱って……。」
「神様で一番偉い人ですねぇ。」
「偉いっつうか、日本神話原初の神様だな。この白い霧だか雲だかは、国産み以前の日本を表しているのかもね。」.
「待って待って。一言主様なんかより、とんでもない存在じゃないの。私の人生ってなんなの?」
「僕と玉に関わったせいですな。諦めなさい。」
「なさい。」
「………まったく。貴方達は……。」 

今更呆れて額を押さえたところで、「ここ」での用事を終わらせないと、家に帰れないよ。

★  ★  ★

白い中を無闇矢鱈歩いても、迷子になるのは分かり切っていたので、僕らはその場に留まっていた。
玉を真ん中に、川の字の手を繋いで。

しばらくすると、霧だか雲だかは、少しずつ晴れ始めた。

「気のせいかな。マグマじゃないの?」

青木さんが言う通り、足元は溶岩が煮えたぎっている。
別に熱くないし、暑くない。
なんだろう。3Dというか、立体映像というか。

視覚的には、僕らはやたらリアルな溶岩の海に浮かんでいる。でも。
熱は無い。
音も無い。
風も無い。

視覚以外の五感の殆どが役に立たない空間。

やがて。
天空より、2つの光が、ひらひらと螺旋を描きながら振って来た。

その光はクルクルと、お互いを追いかける様に円を描き、その円の中をめがけて地面から溶岩が噴き上がる。

そんな光景を見ていると、2つの光はやがて円運動を辞め、引き続き噴き続ける溶岩柱を背に、僕らの前にやってきた。

右に左に、上に下に。
浮遊と僅かな移動を繰り返す。
やがて。
光は再び天に消えて行った。 
あのエレベーターの感じを味わうと、車内アナウンスが聞こえ始めた。

『まもなく女体山山頂駅でございます。』

何事もなかった様に、僕らはゴンドラに戻っていた。

そして。
僕と玉は、手を繋いだままだった。

★  ★  ★

「殿?」 
当の本人は、繋いだままの手を見て、何やらクエスチョンマークを盛大に浮かべ始めた。
青木さんは、ボケっとしたまま心ここに在らずの様だ。
やれやれ。

僕は2人の肩をぽんぽんと叩いて、ゴンドラから下車する様に促した。

………

双耳峰の凹んだ部分に、ケーブルカーの山頂駅があり、周囲にはお土産屋が並んでいる。

名物の、がまの油を売っていたり、何故どこにもあるのか味噌田楽の幟が立っていたり、アイスの自動販売機があったり。

店先では、季節外れの風鈴の音が響いて寒さを強調したり、謎のゴムマスク(光の国の宇宙人とか、ちょび髭ハゲのイッキシってくしゃみする人とか)や、今や誰が買うねんな、キーホルダーや提灯や、まだ売っておったか三角ペナントが並ぶ面白昭和空間を潜り抜けて、奥の食堂にたどり着いた。
後から、魂が抜けた様な2人が黙ってついてくる。

さて。
こんな食堂は、大体具の少ないカレーとか具の少ないラーメンとか、肉の薄いカツ丼と決まっているので(偏見)、食事ではなく、3人分の甘味あんみつとホットミルクを注文して席についた。
ちゃんとしたものは、下山して食べよう。

「殿。」
最初に口を開いたのは、まだまともな精神状態だった玉だ。
「何ですか?」
「何故、玉は殿に触れるのでしょうか?」
「わかりません。」
「わからない?」

わかんないよ。そりゃ。

「殿、お手を出して下さい。」
何も考えずに、僕は右手を出すと、玉はふにふに僕の手を触り出した。
「いつもの殿の手です。」
僕の手じゃなかったら、誰の手なのさ。  
と、突っ込もうとしたら、隣から青木さんまで手を伸ばして来たのでギョッとした。

「あのぅ。」
人前で、女性2人に手を握られるのって、かなり恥ずかしいんですけど。

と言おうと青木さんの顔を見たら、だんだん目に光が戻って、瞳孔が閉じてきたので、抵抗するのやめた。
僕の手がトランキライザーになるなら、好きに使いやがれ。

………

「よし、なんだかわかんないけど、とりあえずおちついた。」
青木さん、少しは漢字使って喋って。

「さっきのあれ、なんだったの?」
注文したホットミルクが来て、やっと青木さんが手を離してくれた。
やれやれ。
因みに玉は、相変わらずふにふにいじっている。

「記紀に記される国産みだな。アレでオノゴロ島が出来た。」
「はい?」
「さっきの光は、伊弉諾と伊奘冉だ。」
「はいぃぃ?」

別に本当に、目の前でオノゴロ島が出来たわけじゃない。 
アレは、おそらく僕ら、というか僕に見せつけた自己紹介だ。
自分達がなんなのか、という。

明確な言葉というものを、彼らはまだ持っていないのでは無いか。
原初の神だからこそ、後の世に定められた「あらゆる理」から、自由でいられるのではないか。

だから、彼らは彼らの方法論で、僕らにコミュニケーションを取ってきた。

少ない材料で、僕の何色だかわからない(有名なベルギー人みたいな灰色じゃないだろう)脳細胞が出した結論がそれだった。

「なんか自由過ぎるというか、いい加減というか…。」   
ふむ。
ここらで一つ。神様「とやら」について、僕の考えを開陳しておこうか。

「2人とも、神様って何故、存在すると思う?」
他人に聞かれたら怪しい事この上ないので、声を潜めた。
「…玉は考えた事無かったです。」
「それは、哲学とか宗教学とか形而上学的な?」
家政科短大卒のクセに、とんでもないとこまで話が行きそうだな、この人。

「もっと単純な事だよ。祈る人間がいるから神がいる。祈るという行為をするのは人間だけだ。そしてこの、祈るという行為は、時代や場所や人種に関係なく、常に行われて来た。原始人と言えど死霊を恐れたし、アフリカの近代化を拒否して昔ながらの生活を続ける民族だって、神や精霊、祖先に祈る行為は皆し続けて来た。」

あ、あんみつが来た。
寒天に黒蜜って好きなんだよね。 

「うまうまです。殿、これうちで作れますか?」
「作るより、買った方が楽かな。後で和菓子屋に寄るよ。そしたら幾らでも浅葱の力で出せるから。」
「きっとですよ。」
「続き!」
はいはい。

「人が求めるから神が必要になる。全てを合理的に考えられる程、人間は単純じゃないから。時には自死を選ぶ程、精神的に強い生物じゃないから。つまり、神は人間に都合が良い様に、人間を救う力を人間が与えた。矛盾しているけれど、それを可能にしたのは、人間の想像力だ。」

「つまりまた、貴方は神様に何か頼まれたのね。」
「僕だけのせいじゃないなぁ。荼枳尼天を降ろしたのも、土地神の穢れを払ったのも、玉の祝詞だから。」
「へ?玉ですか?」

スプーンで器の下に溜まった黒蜜を必死で掻き出していた、うちの巫女さんが間抜けな声を上げた。

「そうだよ。僕のした事は、荼枳尼天に飯を食わせた事だけだ。土地神の方は、僕のご先祖様の尻拭いだから、自業自得もいいとこだし。」
対神様でいつも先頭に立って、神様に受け入れられて来たのは、玉だったから。

「ただ、ま。今回の件は、どうやら僕ご指名だったようだ。だって君らには、あの光の意思がわからなかったんだろう?」
「はい。」
「わかる方がおかしいと思うの。」
「そこは殿ですから。」
あのね。

「それで、今日はなんなの?」
「あぁ、詳しいことは玉に聞いてもらうとして。」


「サンスケさんの妻子を助けに行く。」
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