ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

電気

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「ふわぁぁあああ!」

風呂から上がって一休み。今日は忙しかったなぁ。入浴剤入りのお湯で心身をふやかしたら、欠伸が止まらないや。

………

結局、雪は朝方まで降り続き我が家周りでは足首まで埋まる、関東地方にもたらした何年ぶりかの大雪になりました。

このアパートに住む数少ない男として、真夜中、玉が寝た後、幅広スコップ片手に玄関前の共有スペースの雪かきを(自発的に)したのさ。
じゃないと、アパート前の道路に出れないし、明日ゴミ捨てにも行けないから。

別に誰かに褒められたいと思った訳じゃない。両親を早くに亡くして妹と2人生きて来た身にとっては、雪かきくらい当たり前にしていたからね。
まぁ、ここでも僕の役目でしょう。
南国・熊本と言えど、雪は普通に降る。
関東の雪はベタ雪で、足首まで積ろうものなら、靴が雪まみれになるし、凍結したらこれが(空気が乾燥しているからか)また溶けない溶けない。  

ここはまだ台地の上の端っこで陽当たりが良いけどね。その分風も吹くし、駅まで行くには急な坂を降りて行かないとならない訳で。滑ったら下まで10メートル近く止まらないぞ
  
無職の僕とは違って、このアパートの住人は勤め人ばかりだ。
幸い下の道に降りる為の専用の階段が、このアパートにはある。
という訳で、有機塩の融雪剤を浅葱の力で出すと、ブワァっとばら撒いた。(庭の畑には害になりそうだから撒かない)
後は朝に雪をかいときゃ、出勤時くらいはなんとかなるだろ。
後は明日明日。
雪が止んだら考えよう。

翌朝は、玉が起きる前に謎の浅葱の力(インチキパワー)で最低限の通り道と手摺りだけ確保して、凍結していない事を確認出来たので、さぁ二度寝二度寝。
おやすみなさい。

★  ★  ★

起きたら9時を回ってました。
久しぶりに惰眠を貪れたなぁ。

「殿。お隣の菅原さんがこれ、置いて行きましたよ。ありがとうって。」
「あれま。」

菅原さんが玉に託して行ったのは、ラップに包まれたおにぎり。
…手作りって事なんだろうな。
あと、ホイルには赤いタコさんウィンナーと、卵焼き。真っ黄色な沢庵。
うぅん。お隣さんのご近所付き合いだから雪かきくらいいくらでもするけど、バレてたのね。

あと、大卒用公務員試験テキストが2冊………。
あんたも僕に、市川市職員になれってかよ。

★  ★  ★

大雪で、さすがに大家さんも来なかった朝。
(来てたら玉に起こされただろう)
僕が起きた時は、青木さんも出勤済みで、玉が1人で、のんびりと読書をしてました。さすがは活字中毒さん。

「殿、夕べも今朝もご苦労様でした。」
「あれれ。玉にもバレてたの?」
「一緒のお布団で休んでいるんですから、殿がいらっしゃらない時間があったのは玉にもわかりましたよ。雪かきがある程度済んでるのは、多分殿が夜中に働いて下さったんだろうって、佳奈さんも想像ついたので、今朝は起こさずに2人だけでご飯にしたんです。」
「起こさないでくれてありがとう。僕的にはそれだけで充分だよ。」
「せっかく菅原さんが作ってくれたおにぎり、温めますね。お味噌汁は今朝は佳奈さんが作ってくれたんですよ。なかなかです。」
「パン食が増えたから、朝に味噌汁というのもすっかりなくなったなぁ。玉が認めるなら、美味しいんだね。」
「菅原さんはおにぎりを玉達にもご馳走してくれたんですよ。さあさあ、玉の糠漬けも御見舞いします。」
……菅原さんは、朝からどれだけおにぎりを握ってくれたのよ。
これは後で何かお返しを…
「しなくて大丈夫ですよ。玉も時々、玉のパンやジャムを菅原さんにご馳走してますから。普段のお付き合いの一環ですよ。」
……家主の僕なんかより、よっぽど隣り近所と仲良くなってる玉さんでした。

★  ★  ★

今朝は寝てて水晶に行っていないけど、実世界で外出している訳ではないから、一応顔を出して見る事にしようか。

前にキャンプ行った時は、たぬきちとフクロウ君に次の日ブーイングを喰らったし。
ご飯も水も食べ放題・飲み放題なんだから、1日くらいいいじゃないかよぅ。
今朝は、聖域には玉が、浅葱の水晶には青木さんがそれぞれ行っていたみたいだし。

「殿がいないと、たぬきち君達が寂しそうなのです。」
「あれ?玉が行ったしご飯もあげたんじゃないの?」
「みんな殿に逢いたいんです。殿は少しは自覚を持ちなさい。」
「わかりました。………はて、なんの自覚?」
「全くもう、殿ったら全くもう。」

なんだか玉に呆れ返られたけど、最終的な雪かきも残っているし、毎日のルーティンだからさっさと片付けよう。



………なんで荼枳尼天がいないのに御狐様だけ遊びに来てんだよ。
社の方には用がないので、作物のチェックと雑草抜きをしてたら、普段は寝ている動物達が集まって来ちゃった。
玉が持って来た特製自作ジャムパンにみんなして喰らい付いているけど、フクロウくんは完全肉食だろ?
パンと苺ジャムを食べて大丈夫なの?

「ひぅ」

美味しいから良いって?
神の眷属ともなれば、生態だの本能だのどうでもいいってか?

あっちで、たぬきち達に押し倒されて。
こっちで、ぽん子達に押し倒されて。
寝坊したらしたで、やたら忙しい。
無職なのに。

★  ★  ★

こんな事してれば、いくら無職と言えど疲れる。
玉は部屋でお昼を食べたら、しずさんのところに行ったっきり。
固形ルーからのカレーの作り方をしずさんに教えに行っているから。

じゃがいもと人参と玉葱は畑から収穫出来るので、鶏肉だけ持って行ってたよ。
珍しく肉体的に疲れた僕は先にお風呂を頂いて、さて晩御飯の献立をどうしようかな。

何も考えずに、とりあえず冷蔵庫を開けてしゃがんでみる。
相変わらず見た事も買った事もない食材で溢れ返っているくせに、冷気はきちんと循環してみんな充分に冷えている不思議な冷蔵庫。

夕べはしずさん向けにポークカレー。
朝は菅原さん謹製のおにぎりを、そして
昼は玉のリクエストでラーメンを作ったな。

なんだかなぁ。お安めのメニューばかりた。
つうか、全部家庭料理やんけ。
ラーメン言っても、市販の生麺セットに葱と海苔と焼豚と大蒜を、どうせ今日は外出も出来ないし、客も来ないだろうから、口臭なんか気にしない気にしないと、これでもかこれでもか!と突っ込んだだけの代物だし。

ぱん!
あ、そうだ!

頭によぎったビジュアルに、思わず両手を叩いた。
っておじさんか!僕は!
…おじさんだよなぁ。アラサーだし。

などと1人ボケ1人ツッコミ。
最近、本当に1人で居る時間から増えたから、独り言という、妄想?瞑想?迷想?まぁ下らない事を考える時間も増えた。

雪は上がっても陽はささなかったから、普通に寒い1日だったし、青木さんも寒がって帰ってくるだろう。…彼女はしょっちゅう寒がってる気がするなぁ。
主にびしょびしょに濡れて。
という事で、鍋やるべ!鍋!

何故なら、チルト室に鱈と牡蠣が入っていたから。

鱈は身を崩さないよう気をつけて、ピンセットで小骨を丁寧に一本一本抜いていく。皮も美味しいので軽く焦がしておこう。身は臭みがあるので砂糖をまぶしておく。
臭み抜きには塩を使う事が普通だけど、鱈は砂糖を使った方が、身が崩れる事を防いでくれる。

牡蠣は炭火で殻ごと網焼き。
遠赤外線効果で、火の通りに凄く時間がかかるけれど、身が縮まらないので、鍋に入れた時に、炭の香ばしさとぷくっとした食感が楽しめる。

さて、味はどうしようかな。
味噌かな?醤油かな?
チゲと牡蠣はどうなのとか、水炊きは…寄せ鍋にした方がいいしなぁとか考えていたら。

「とのとのとのとの!」
鍋つゆパックを並べて突いていたら、和室の方から、玉の大きな声が近づいて来た。
時計を見ると、まだ夕方の5時ちょっと前。近所迷惑になる時間じゃないけど。
「うるさいですよ。静かにしなさい。」
「殿。大変なんです。」
「大変?」
なにが?

玉の顔は、困ったけど嬉しそうな顔をしている。はて?どういう心境だ?

「とにかく来て下さい、来て!」
僕の手を取ろうとして、スカスカ空振りしてるけど、ここでは僕らは触れ合えない事を失念しているらしい。
それだけ慌ててるのかな?

「あぁ、ちょっと待ちなさい。」

ー凍結ー

牡蠣を七輪から下ろすと、炭火と牡蠣の熱伝導を、というか時間を凍結した。
これで牡蠣も炭火も、このまま再開させるまで調理が進む事ない。
熱も冷気も細菌も固定されたまま、全てのエネルギーが分子レベルで隣に伝わらないので、熱いまま冷たいまま、腐りもせず発酵もせず。

食べ物だけに適用される、物理法則?何それ美味しいの?的浅葱の力だ。

さて、慌てる玉の後を追って、僕は水晶に潜って行った。

★  ★  ★


暗くなってきたよ
今日からどこで寝ようか
怖い動物が来て、食べられたりしないかな?
ここならどこでも安全だよ
お母さんのとこは?
あそこに上がって良いの、ぽん子とちびだけだよ

あ、殿だ
玉ちゃんが連れて来てくれたんだ
殿
殿
殿

あぁなるほど。空がオレンジ色してる。
地形的には谷間なので、両側の山がみるみる黒くなって来た。
昨日聞いた時は、夜が来るのは2~3日先って言ってたのに、翌日もう夜が来てるじゃん。

そして、昼間に続いてうさぎやモルモットや豚や鶉に囲まれる僕。

どうしよう

ぽん子が眉毛?と尻尾を下げ気味で近寄ってきたので抱っこしてあげる。
市川市動植物園でも、毎日普通に陽は暮れていたろうに、何故か不安げだったから。
これだけで、ぽん子は落ち着くから。


「殿がいくつか灯りを点けてくれましたけど、それだけじゃ暗いです。怖いです。」
まさに夕焼け小焼けで陽がくれる黄昏時直前。
半分シルエットになった玉さんが、わちゃわちゃ手を振り回しているのが透けて見える。

灯りったって、電源に直結した室外灯と違ってソーラー充電式のLEDライトだから、大して明るくないんだよなぁ。今、時計の横に点いているけど、あれは多分必要としないと判断したライトをこっちに持って来たんだろう。
多分、納戸あたりの。

その頼りない光の中で、しずさんは七輪で何かを煮込んでいる。
自分の身体を取り戻して、ここで暮らし始めてから、しずさんは自分の家の中の竈は使わず、外で調理をすることを好んでいる。
野菜クズや、魚の頭などを動物達にあげるのが好きだからだ。
あと、室内は暗いし煙いし、匂いが残るし。

普段は庭に放置してあるキャンプ用のテーブルセットを移動して調理台にしているね。
それは自由に使って構わないけど、夕闇迫る中で包丁を使わせる訳にはいかないなぁ。


 
「あ、婿殿。ちょうど良かった。カレーうどんの汁って何味が良いのかしら?」
あれれれ。当のしずさんは、あまり困ってなさそうだよ。
別鍋には既にカレーが出来上がっていて、ご飯の代わりにうどんを茹でているらしい。
それにしても、まぁ。
僕は鍋の汁の味で迷ってる最中だし。
しずさんはカレーうどんの汁を考えてる最中だし。
同じ悩みを抱えてましたか。
悩み?

でもまぁ。
いくら隣が神様が時々うろちょろしている神社とはいえ、反対側の屋敷は大きい分、誰も住んでいない分、暗いと不気味だよね。

「大丈夫ですよ婿殿。行燈がありますし、菜種油もありますから。」
「でもねぇ。」
星が明るいとはいえ、やはり人工物が無い自然の中は暗いし、生命の根源の関わる恐怖感がある。

玉はさっきから片手でモルちゃんを抱き抱えながら、片手は僕の手を離さない。
夕べ、夜が怖くなったと言って居たのは逆に言えば元の家の暗い夜は怖いという事だ。

さて、どうすっかなぁ。

とりあえず、キャンプでも使ったオイルランタンを何本か進呈しておこうか。
手元はこれで明るくなる。
あとはこれ、空の一斗缶。
これはこれで、最初からホームセンターに銀のまま売っていたりするけど、便利なんだ。
今では熊本でも禁止されているけど、これで焚き火をするんだよ。してたんだよ。

元の実家も、庭は天然芝が敷かれていたから、子供の頃は芝を焦がさない様に、燃やさない様に、一斗缶で不要なゴミを燃やしていたものだ。
灰を花壇に撒いたりね。灰のアルカリ性は良い肥料になるんだ。

庭の隅には枯れ枝がたくさん(ぽん子やうさぎ達の手によって)まとめられているので、薪には苦労しないだろう。
あと、ぽん子は女の子だから、ちび辺りにボディガードをお願いしてと。
(隣に神様が座すけど、ワンコ1匹でも居れば頼もしいよね。)

任されるよ、殿!
「うむ、任した!」


さて。とりあえず今晩はこれで過ごしてもらうにしても。
玉がしずさんと一緒に寝る…というのは、僕の手が握り潰されそうな握力を感じる限り無理だろう。
しずさんが居なくなった後、ずっと暗闇の中、1人で過ごしていたトラウマがある様だし。

ならばやはり、電気を考えないとならないか。
…浅葱の力で、なんとかなるのかなぁ。
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