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第二章 戦
雪見酒
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我が家のお客さんは、堅苦しいビジネスウーマンとか、お隣さんのご両親とか、このアパートの大家さんとか、お隣さん本人とか、ご先祖様とか、神様とか、その眷属とか。
まぁもう毎回毎回、バラエティに富んでいる。
富み過ぎてる。
しかも、その大半を饗す羽目になっている。あぁしんどい
大家さんは朝ご飯を毎日食べに来るし、お隣さんに至っては朝夜食べに来る。
どんな家なんだ?我が家。
結果として、当初殺人シェフを自認していた同居人は、糠漬けとジャムとパンの職人と化しちゃった。
「ふむう。ほっとどっくって言うんですね。ういんなぁを挟むだけでいいんだ。」
毎日、レシピの検索と調理と修行に勤しんでいる。
どうせ材料費は殆どタダだし、大体の野菜や淡水魚は自前で新鮮な物を調達してるから、今更市販の商品は必要ないもん。そして小さな職人さんの腕もみるみる上達してるので、我が家の食卓から最近失敗という物が殆ど無くなった。
そんな口だけ驕ってしまった我が家に、今日もお客さんが1人。
(口が驕る事自体は、最初からその目的があって活動していたから特に問題はない。ただし、高級料理の経験値は殆ど上がらず、家庭料理の高級化と厚みが大変な事になってる)
「困ったものです。」
「だから玉さんは、僕のモノローグを勝手に読み取らない様に。」
お客さんというのは、玉の母、しずさんだ。しずさんが暮らす浅葱の水晶には雪が降らない。雨も降らない。
何故なら降る必要がないから。
水はそこかしこから豊富に湧き、ついでに温泉も豊富に沸き。
浅葱家が代々使役してきた一言主という神様が地の土地神となって、自然と生命を守っているからだ。
滅茶苦茶な話だけど。
「そういえば、最近ジョウロを使って無いわ。」
「何故青木さんは野良着から着替えないんだ?」
「これ、着心地が凄く良いのよ。見た目は確かに田舎のお婆ちゃんが畑で着ている様なファッション性皆無な服なんだけど、布地は伸縮が効いて柔らかくて温かいの。イタリアとかおフランスとかのお高いブランド品並みなの。…着た事ないけど。」
「ないんかい!」
青木さんは天然さんだけど、僕と玉がボケ(無自覚)なので、普段はツッコミに回る方が多い。でも珍しくボケたのでツッコんであげるのが礼儀だろう。
「つまり、畑に水をあげていないと?」
「私はだって、毎日畑に行ける訳じゃ無いもん。でもほら、梅の木なんか私も玉ちゃんも世話して無いわよ。」
あそこは鶉達が世話してるし。
で、確認したら、
『地面には適度に湿り気を与えているので、肥料やりと雑草取りに励むが良い。』
とは、土地神の神託(笑)。
土中に植物が生育に必要な水分は満たされている以上、必要なのは光合成、
だから、雨を降らす必要がない、とさ。
………まてよ。
生物には夜行性・昼行性があり、それぞれの時間帯に役割があるはずだぞ?
特に動物には、それぞれ種ごとに固有の生態リズムがあるはずだ。
『そこら辺は調整中。』
なんだ、神様の調整中て。
あぁなんだ。
まぁつまりその。
普段水晶で暮らすしずさんからすれば、久しぶりに雪に触りたいという希望が出たので、ご招待となった訳だ。
話があっちゃこっちゃに飛んで面倒くさいけど、会社をリストラされて、寮を追い出され、1人っきりで市川に来た僕の周りに、なんだかあっという間に人が沢山増えた。
そのせいも有り、ちょっと現状を整理しようとすると、人と時間と空間がごちゃ混ぜ混ぜご飯(あ、明日作ろうっと)になるので、僕にもそろそろ把握し切れなくなって来てる。
「困ったものです。」
「だから玉さんは、僕のモノローグを勝手に読み取らないで。」
★ ★ ★
今夜のメニューは、初見殺しの定番、カレー。
僕がじゃがいも、人参、豚肉、玉葱を冷蔵庫から取り出し始めるだけで、玉のテンションが上がる。
「かれぇですか殿。かれぇですね!」
カレーならば、ライスでも南蛮でもパンでもカップ麺でも大好きな玉さんだ。
引き出しから出した林檎と蜂蜜とろ~りとけてる定番ルーの箱をぱんぱん叩いて、菜箸でちょこちょこ突いて僕をガス台の前から追い出すわけだ。
深鍋で、ざく切り玉葱を、ワクワクしながら炒め始める玉はほっといて。
「玉ならほっといて良いですよ。」
「玉ちゃんが強くなってる?」
「最近では、朝だけでなく、昼夜も台所の主導権を取られがちですな。」
「…女としては、それが正しいのよね。この家来ると常識が覆る事ばかりだからなぁ。」
「その発言は、色々厄介な事言い出す人増えてますよ。」
「私も玉ちゃんも、大切な人に尽くしたい性分の女なので、赤の他人如きが口出すなでございます。」
青木さん。
あんたも強いじゃん。
「私にも何か手伝わせてくださいな。」
「お母さんはお客様なんだから、そこに座ってなさい。」
「あらあら。玉は母にも強くなったわ。」
………さて、副菜と汁物は何にしようかな。(聞こえないふり)
★ ★ ★
我が家の食卓は、本当に毎日賑やかだ(というか、住民票上の住民は僕だけ)。
しずさんは、カレーに驚きながらもハマったみたい。
「婿殿。婿殿。これ美味しい。美味しいです。畑で作れませんか?」
「えぇと。スパイスは基本的に植物の実ですけど、全部熱帯性の植物だから、常春の水晶の中では難しいな。」
「ねったいせい?」
あぁ、そこから説明しないとダメか。
と言ってもインドだの天竺だのが(勉強中とはいえ)わからない人なので、餃子と違って畑では無理ですとだけ理解してもらおう。
で、とりあえず、カレールーとインスタントパックを定期的に届ける事で落ち着いた。
やれやれ。
時刻は8時を回ったところ。
玉がそおっと庭に出て確認したけれど、菅原さんは雨戸を閉めている。
高窓からは灯りが漏れているそうだ。
そりゃ、また寝る時間じゃないわな。
和室の灯りを消して、窓を開ける。
風が無いので雪こそ吹き込まないけど、ひんやりとした冷気か我が家に侵入して来る。
我が家はここから出入りする人が多い(僕以外、ほぼ全員)ので、ホームセンターで上り框として後付け用のステンレス縁側を設置している。
窓から半間ほどはコンクリートが敷かれ土間になっている。
(玉と大家さんの仕業で白いシクラメンの花が満開になった植木鉢が並んでるけど)
キャンプで使ったランタンとストーブを置いて、玉としずさんは褞袍(丹前)を着込んで窓に並んで腰掛けていた。
雪は夕方になってから更にやる気を出した様で、すっかりぼた雪となり、庭を白く覆っていた。
テレビの天気予報では警報と帰宅困難者の発生を伝えている。
「すだれハゲ、偉いぞ!」
和室にテレビは置いてないのだけど、ポータブルDVD再生機がワンセグ付きなので、明日も出勤しないとならない23歳OLさんがチェックしているわけだ。
自分ちでテレビ見ろと言うほど、僕も馬鹿では無い(つもり)。
すだれハゲとは、時々青木さんが話してくれる職場の上司らしい。
口こそ悪いけど、青木さんはすだれハゲさんを信頼しているみたいだね。
今回は帰宅困難を予測して、若い女性社員だけを特休扱いで早退させた事に感謝している様だ。あれでも。
「雪ってこんなに冷たかったのね。そして夜はこんなに暗かった…。」
「殿のところに来て、玉は夜が怖くなくなりました。殿は小さな灯りをつけっぱなしにしてくれますし、いつも側に居て下さるので。」
玉の言う小さな灯りとは、コンセントに直接差し込むタイプの簡易非常灯。
いつものホームセンターで2つ300円で買ったもの。
玉が電灯のスイッチの場所をまだ覚えてない時期に買ったんだけど、夜中にトイレに行く時など、電気をつける事にお互い遠慮があって、暗闇でも足元だけわかる様に毎夕差している。
しずさん達の何となしの会話を聞いていた青木さんがぽそっと言った。
「私ね、貴方と玉ちゃんと一緒に見た、あのキャンプの時の星空が忘れられないの。でもね、ここ(市川)だと、オリオン座の大星雲どころか三つ星もはっきり見えない。でもねでもね。あの時、玉ちゃんがお母さんと見上げていたという天の河をまた2人に見せてあげたいなって思うの。いくら貴方でも、それは無い物ねだりかな。それとも4人で旅行に行く?」
「ふむ。」
婿とか嫁とか言われてもピンとこないけど、玉は間違いなく僕の家族だし、しずさんも、多分もう家族と認めていいだろう。
ならば、その願いは、玉がこの家にいる限り、叶えなければならないんだろう。
「ちょっと聞いてくる。」
「え、ちょっと?」
僕は直ぐ後にある水晶に近寄った。
「聞いてくるって誰に?あ、行っちゃっ
「ただいま。」
「はや!。まだ言葉言い終わってないよ。」
そりゃ、特定の条件のもとで、時間と空間が操れるのが浅葱の力だ。
「結論から言うと、ここ2~3日中にも浅葱の水晶は、大体春分の日の割合で日が上り日が沈む様になるそうだ。」
神様の言う調整とはそう言う事らしい。
「意味がさっぱりわかりません。」
「ふむ。簡単に言えば、軸が出来た。」
「意味がさっぱりわかりません。」
簡単に言い過ぎたか。
青木さんは時々現れる頭の可哀想な生徒キャラになってるな。
さて、どう説明したもんかな。
「先ず第一に、あそこは一言主の空間としてあったけれど、代々の浅葱の禊の結果、止まっていた空間だった。」
「止まっていた?」
「初めて行った時に、玉が怖がったんだよ。誰もいない屋敷なのに、今まで誰かがいた気配があったから。」
仏壇に生花が生けてあったし。
「その土地神の穢れを僕と玉が祓い、一言主の巫女として玉としずさんが選ばれた。それは君も見ていたよね。僕と玉の刀と、玉の祝詞で土地神の“黒“を祓った。そして茨城県の一言主神社で、玉は一言主に巫女として認められた。専任の巫女にしずさんが定められた。」
「………。」
「今後、土地神は、しずさんの意識に合わせて空間を制御していく事になる。すなわち、浅葱の水晶の軸はしずさんになる。」
荼枳尼天の聖域は、荼枳尼天とその眷属達の為の空間だ。
浅葱の水晶とは、在り方が全く違う。
覚えているだろうか。
たぬきちは、僕と玉が昔の矢切を散歩していたら、知らない間に着いてきてしまった狸だ。
フクロウくんは、荼枳尼天の指示で笠森観音に参拝に行った時に迎えてくれた、それこそ神の眷属だった。
貂の親子も、大多喜でキャンプをしていた時に来たけど、実はあの時、僕はあの土地に残された荼枳尼天信仰のカケラを見つけたから、荼枳尼天があの場で顕現した。
貂は、その時に荼枳尼天の依代となる為に山から降りて来た。
僕と玉は、荼枳尼天との縁で聖域を使わせて貰っているわけだ。
「でも、浅葱の水晶は違う。動物達はコピーとはいえ、普通の動物だ。一言主の眷属ではなく、僕らに会いに来たただの動物だ。今でこそ、土地神の加護であのまま暮らしているけれど、動物には当然生態サイクルがあるし、それは自然に即したものが一番だ。」
「しずさんは、今でこそ遮光カーテンを使って夜を作っているけど、でもやっぱり人間も夜に寝るのが一番だ。」
「僕が何気に持って行った時計がキーアイテムになったらしい。しずさんは時計を見て、自分の知識の中の、今が1日のいつなのかを判断しているんだ。人間という生物が持つ生活サイクルに、自分が暮らす自然の方が適応していく。その指針を土地神が手に入れたという事だ。だからその為の指針であり、軸がしずさんで固定された。土地を治める土地神が、自らの土地に暮らす生物達が(文化的に)健康的に暮らして行ける、そのお手本がしずさんなんだ。」
「この間気がついたんだけど、今まで時間が経過していなかった水晶の時間が、今は現世とリンクしているんだよ。今は夜の9時だけど、水晶の中の時計も夜の9時。まだ明るいままだけどね。」
「しずさんがあの世界に馴染んだ時、つまりそれは土地神が''巫女のしず''と完全にリンクした時。しずさんはしずさんの知る時の経過をもたらす事が出来る。」
「ただ、星空は玉としずさんが見上げた1,200年間の市川ではなく、浅葱屋敷があった熊本の星空だろうね。1,200年も経てば星の位置が変わったり、あるいはなくなっているかもしれない。歴史書には、明らかに新星の記述があるくらいだ。」
でもね。そんな難しい話は後にして。
僕は燗をした徳利を台所から持って来た。殆ど飲んでないけど、森伊蔵とか越乃寒梅とかの高級酒や希少酒がゴロゴロ転がっている家だし。
つまみはお刺身の盛り合わせといきましょう。これならまだカレーで膨れたお腹に入るでしょう。
「殿にお酌をするのは、玉の特権です。」
「随分安っぽい特権ですね。」
「青木さんには、私が酌しますね。」
「あははは、手酌で良かったのに。ご返盃大丈夫ですか?」
「玉が時々捧げてくれた御神酒に御相伴預かる事あったんですよ。荼枳尼天様のご好意で。玉のお酒が美味しいのはよぉく知ってますので。」
「殿、殿。かんぱちが美味しいですよ。」
「だから玉は山葵つけすぎです。」
「山葵美味しいんだもん。」
玉の酌でしばらく、僕らは雪見酒を楽しんだ。
どんなにわちゃわちゃしてようと、多分これが僕ら4人の空気なんだろう。
多分、これがこの先ずっと続いていくんだろうなぁ。
ほんのちょっとの覚悟と、ほんのちょっとの楽しみを覚えて。
僕らの雪の夜の、静かな宴席は続いた。
まぁもう毎回毎回、バラエティに富んでいる。
富み過ぎてる。
しかも、その大半を饗す羽目になっている。あぁしんどい
大家さんは朝ご飯を毎日食べに来るし、お隣さんに至っては朝夜食べに来る。
どんな家なんだ?我が家。
結果として、当初殺人シェフを自認していた同居人は、糠漬けとジャムとパンの職人と化しちゃった。
「ふむう。ほっとどっくって言うんですね。ういんなぁを挟むだけでいいんだ。」
毎日、レシピの検索と調理と修行に勤しんでいる。
どうせ材料費は殆どタダだし、大体の野菜や淡水魚は自前で新鮮な物を調達してるから、今更市販の商品は必要ないもん。そして小さな職人さんの腕もみるみる上達してるので、我が家の食卓から最近失敗という物が殆ど無くなった。
そんな口だけ驕ってしまった我が家に、今日もお客さんが1人。
(口が驕る事自体は、最初からその目的があって活動していたから特に問題はない。ただし、高級料理の経験値は殆ど上がらず、家庭料理の高級化と厚みが大変な事になってる)
「困ったものです。」
「だから玉さんは、僕のモノローグを勝手に読み取らない様に。」
お客さんというのは、玉の母、しずさんだ。しずさんが暮らす浅葱の水晶には雪が降らない。雨も降らない。
何故なら降る必要がないから。
水はそこかしこから豊富に湧き、ついでに温泉も豊富に沸き。
浅葱家が代々使役してきた一言主という神様が地の土地神となって、自然と生命を守っているからだ。
滅茶苦茶な話だけど。
「そういえば、最近ジョウロを使って無いわ。」
「何故青木さんは野良着から着替えないんだ?」
「これ、着心地が凄く良いのよ。見た目は確かに田舎のお婆ちゃんが畑で着ている様なファッション性皆無な服なんだけど、布地は伸縮が効いて柔らかくて温かいの。イタリアとかおフランスとかのお高いブランド品並みなの。…着た事ないけど。」
「ないんかい!」
青木さんは天然さんだけど、僕と玉がボケ(無自覚)なので、普段はツッコミに回る方が多い。でも珍しくボケたのでツッコんであげるのが礼儀だろう。
「つまり、畑に水をあげていないと?」
「私はだって、毎日畑に行ける訳じゃ無いもん。でもほら、梅の木なんか私も玉ちゃんも世話して無いわよ。」
あそこは鶉達が世話してるし。
で、確認したら、
『地面には適度に湿り気を与えているので、肥料やりと雑草取りに励むが良い。』
とは、土地神の神託(笑)。
土中に植物が生育に必要な水分は満たされている以上、必要なのは光合成、
だから、雨を降らす必要がない、とさ。
………まてよ。
生物には夜行性・昼行性があり、それぞれの時間帯に役割があるはずだぞ?
特に動物には、それぞれ種ごとに固有の生態リズムがあるはずだ。
『そこら辺は調整中。』
なんだ、神様の調整中て。
あぁなんだ。
まぁつまりその。
普段水晶で暮らすしずさんからすれば、久しぶりに雪に触りたいという希望が出たので、ご招待となった訳だ。
話があっちゃこっちゃに飛んで面倒くさいけど、会社をリストラされて、寮を追い出され、1人っきりで市川に来た僕の周りに、なんだかあっという間に人が沢山増えた。
そのせいも有り、ちょっと現状を整理しようとすると、人と時間と空間がごちゃ混ぜ混ぜご飯(あ、明日作ろうっと)になるので、僕にもそろそろ把握し切れなくなって来てる。
「困ったものです。」
「だから玉さんは、僕のモノローグを勝手に読み取らないで。」
★ ★ ★
今夜のメニューは、初見殺しの定番、カレー。
僕がじゃがいも、人参、豚肉、玉葱を冷蔵庫から取り出し始めるだけで、玉のテンションが上がる。
「かれぇですか殿。かれぇですね!」
カレーならば、ライスでも南蛮でもパンでもカップ麺でも大好きな玉さんだ。
引き出しから出した林檎と蜂蜜とろ~りとけてる定番ルーの箱をぱんぱん叩いて、菜箸でちょこちょこ突いて僕をガス台の前から追い出すわけだ。
深鍋で、ざく切り玉葱を、ワクワクしながら炒め始める玉はほっといて。
「玉ならほっといて良いですよ。」
「玉ちゃんが強くなってる?」
「最近では、朝だけでなく、昼夜も台所の主導権を取られがちですな。」
「…女としては、それが正しいのよね。この家来ると常識が覆る事ばかりだからなぁ。」
「その発言は、色々厄介な事言い出す人増えてますよ。」
「私も玉ちゃんも、大切な人に尽くしたい性分の女なので、赤の他人如きが口出すなでございます。」
青木さん。
あんたも強いじゃん。
「私にも何か手伝わせてくださいな。」
「お母さんはお客様なんだから、そこに座ってなさい。」
「あらあら。玉は母にも強くなったわ。」
………さて、副菜と汁物は何にしようかな。(聞こえないふり)
★ ★ ★
我が家の食卓は、本当に毎日賑やかだ(というか、住民票上の住民は僕だけ)。
しずさんは、カレーに驚きながらもハマったみたい。
「婿殿。婿殿。これ美味しい。美味しいです。畑で作れませんか?」
「えぇと。スパイスは基本的に植物の実ですけど、全部熱帯性の植物だから、常春の水晶の中では難しいな。」
「ねったいせい?」
あぁ、そこから説明しないとダメか。
と言ってもインドだの天竺だのが(勉強中とはいえ)わからない人なので、餃子と違って畑では無理ですとだけ理解してもらおう。
で、とりあえず、カレールーとインスタントパックを定期的に届ける事で落ち着いた。
やれやれ。
時刻は8時を回ったところ。
玉がそおっと庭に出て確認したけれど、菅原さんは雨戸を閉めている。
高窓からは灯りが漏れているそうだ。
そりゃ、また寝る時間じゃないわな。
和室の灯りを消して、窓を開ける。
風が無いので雪こそ吹き込まないけど、ひんやりとした冷気か我が家に侵入して来る。
我が家はここから出入りする人が多い(僕以外、ほぼ全員)ので、ホームセンターで上り框として後付け用のステンレス縁側を設置している。
窓から半間ほどはコンクリートが敷かれ土間になっている。
(玉と大家さんの仕業で白いシクラメンの花が満開になった植木鉢が並んでるけど)
キャンプで使ったランタンとストーブを置いて、玉としずさんは褞袍(丹前)を着込んで窓に並んで腰掛けていた。
雪は夕方になってから更にやる気を出した様で、すっかりぼた雪となり、庭を白く覆っていた。
テレビの天気予報では警報と帰宅困難者の発生を伝えている。
「すだれハゲ、偉いぞ!」
和室にテレビは置いてないのだけど、ポータブルDVD再生機がワンセグ付きなので、明日も出勤しないとならない23歳OLさんがチェックしているわけだ。
自分ちでテレビ見ろと言うほど、僕も馬鹿では無い(つもり)。
すだれハゲとは、時々青木さんが話してくれる職場の上司らしい。
口こそ悪いけど、青木さんはすだれハゲさんを信頼しているみたいだね。
今回は帰宅困難を予測して、若い女性社員だけを特休扱いで早退させた事に感謝している様だ。あれでも。
「雪ってこんなに冷たかったのね。そして夜はこんなに暗かった…。」
「殿のところに来て、玉は夜が怖くなくなりました。殿は小さな灯りをつけっぱなしにしてくれますし、いつも側に居て下さるので。」
玉の言う小さな灯りとは、コンセントに直接差し込むタイプの簡易非常灯。
いつものホームセンターで2つ300円で買ったもの。
玉が電灯のスイッチの場所をまだ覚えてない時期に買ったんだけど、夜中にトイレに行く時など、電気をつける事にお互い遠慮があって、暗闇でも足元だけわかる様に毎夕差している。
しずさん達の何となしの会話を聞いていた青木さんがぽそっと言った。
「私ね、貴方と玉ちゃんと一緒に見た、あのキャンプの時の星空が忘れられないの。でもね、ここ(市川)だと、オリオン座の大星雲どころか三つ星もはっきり見えない。でもねでもね。あの時、玉ちゃんがお母さんと見上げていたという天の河をまた2人に見せてあげたいなって思うの。いくら貴方でも、それは無い物ねだりかな。それとも4人で旅行に行く?」
「ふむ。」
婿とか嫁とか言われてもピンとこないけど、玉は間違いなく僕の家族だし、しずさんも、多分もう家族と認めていいだろう。
ならば、その願いは、玉がこの家にいる限り、叶えなければならないんだろう。
「ちょっと聞いてくる。」
「え、ちょっと?」
僕は直ぐ後にある水晶に近寄った。
「聞いてくるって誰に?あ、行っちゃっ
「ただいま。」
「はや!。まだ言葉言い終わってないよ。」
そりゃ、特定の条件のもとで、時間と空間が操れるのが浅葱の力だ。
「結論から言うと、ここ2~3日中にも浅葱の水晶は、大体春分の日の割合で日が上り日が沈む様になるそうだ。」
神様の言う調整とはそう言う事らしい。
「意味がさっぱりわかりません。」
「ふむ。簡単に言えば、軸が出来た。」
「意味がさっぱりわかりません。」
簡単に言い過ぎたか。
青木さんは時々現れる頭の可哀想な生徒キャラになってるな。
さて、どう説明したもんかな。
「先ず第一に、あそこは一言主の空間としてあったけれど、代々の浅葱の禊の結果、止まっていた空間だった。」
「止まっていた?」
「初めて行った時に、玉が怖がったんだよ。誰もいない屋敷なのに、今まで誰かがいた気配があったから。」
仏壇に生花が生けてあったし。
「その土地神の穢れを僕と玉が祓い、一言主の巫女として玉としずさんが選ばれた。それは君も見ていたよね。僕と玉の刀と、玉の祝詞で土地神の“黒“を祓った。そして茨城県の一言主神社で、玉は一言主に巫女として認められた。専任の巫女にしずさんが定められた。」
「………。」
「今後、土地神は、しずさんの意識に合わせて空間を制御していく事になる。すなわち、浅葱の水晶の軸はしずさんになる。」
荼枳尼天の聖域は、荼枳尼天とその眷属達の為の空間だ。
浅葱の水晶とは、在り方が全く違う。
覚えているだろうか。
たぬきちは、僕と玉が昔の矢切を散歩していたら、知らない間に着いてきてしまった狸だ。
フクロウくんは、荼枳尼天の指示で笠森観音に参拝に行った時に迎えてくれた、それこそ神の眷属だった。
貂の親子も、大多喜でキャンプをしていた時に来たけど、実はあの時、僕はあの土地に残された荼枳尼天信仰のカケラを見つけたから、荼枳尼天があの場で顕現した。
貂は、その時に荼枳尼天の依代となる為に山から降りて来た。
僕と玉は、荼枳尼天との縁で聖域を使わせて貰っているわけだ。
「でも、浅葱の水晶は違う。動物達はコピーとはいえ、普通の動物だ。一言主の眷属ではなく、僕らに会いに来たただの動物だ。今でこそ、土地神の加護であのまま暮らしているけれど、動物には当然生態サイクルがあるし、それは自然に即したものが一番だ。」
「しずさんは、今でこそ遮光カーテンを使って夜を作っているけど、でもやっぱり人間も夜に寝るのが一番だ。」
「僕が何気に持って行った時計がキーアイテムになったらしい。しずさんは時計を見て、自分の知識の中の、今が1日のいつなのかを判断しているんだ。人間という生物が持つ生活サイクルに、自分が暮らす自然の方が適応していく。その指針を土地神が手に入れたという事だ。だからその為の指針であり、軸がしずさんで固定された。土地を治める土地神が、自らの土地に暮らす生物達が(文化的に)健康的に暮らして行ける、そのお手本がしずさんなんだ。」
「この間気がついたんだけど、今まで時間が経過していなかった水晶の時間が、今は現世とリンクしているんだよ。今は夜の9時だけど、水晶の中の時計も夜の9時。まだ明るいままだけどね。」
「しずさんがあの世界に馴染んだ時、つまりそれは土地神が''巫女のしず''と完全にリンクした時。しずさんはしずさんの知る時の経過をもたらす事が出来る。」
「ただ、星空は玉としずさんが見上げた1,200年間の市川ではなく、浅葱屋敷があった熊本の星空だろうね。1,200年も経てば星の位置が変わったり、あるいはなくなっているかもしれない。歴史書には、明らかに新星の記述があるくらいだ。」
でもね。そんな難しい話は後にして。
僕は燗をした徳利を台所から持って来た。殆ど飲んでないけど、森伊蔵とか越乃寒梅とかの高級酒や希少酒がゴロゴロ転がっている家だし。
つまみはお刺身の盛り合わせといきましょう。これならまだカレーで膨れたお腹に入るでしょう。
「殿にお酌をするのは、玉の特権です。」
「随分安っぽい特権ですね。」
「青木さんには、私が酌しますね。」
「あははは、手酌で良かったのに。ご返盃大丈夫ですか?」
「玉が時々捧げてくれた御神酒に御相伴預かる事あったんですよ。荼枳尼天様のご好意で。玉のお酒が美味しいのはよぉく知ってますので。」
「殿、殿。かんぱちが美味しいですよ。」
「だから玉は山葵つけすぎです。」
「山葵美味しいんだもん。」
玉の酌でしばらく、僕らは雪見酒を楽しんだ。
どんなにわちゃわちゃしてようと、多分これが僕ら4人の空気なんだろう。
多分、これがこの先ずっと続いていくんだろうなぁ。
ほんのちょっとの覚悟と、ほんのちょっとの楽しみを覚えて。
僕らの雪の夜の、静かな宴席は続いた。
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