ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

干し柿

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「柿かき干し柿かぁき。」

玉さんが相変わらず不思議なオノマトペを唱えながら、聖域の中を歩き回っている。

「わふわふわふふ」

そのオノマトペに即興でついて行くたぬきちはなんなんだろう。
更にその後を、くうくう鳴きながらテンの親子がついで行くけど、たぬきち程オノマトペについて行けてない。

干し柿を食べたいと突然言い出したのは、やっぱり荼枳尼天…では無く玉さん。
夢枕に立った神様が所望したから、柿ジャムを作らないと、という事で柿をいつもより多く収穫していたらですね。
(どうも聖域では、野菜も果物もいつでもいつまでも収穫可能と言う、異常仕様になったらしい。本物の神様が好き放題してるらしいから、今更どうでもいいけど)

「ここの柿って美味しいね。」
「浅葱の柿だそうですよ。玉は前に佳奈さんと、神様と一緒に柿もぎしました。」
「……貴女達、みんなして何してんの?」
「まぁ、殿のやる事ですから。」
「柿かぁ。そういえばうちの方も干し柿が美味しいんだよ。肥後柿とか、あんぽ柿とかね。帰ったら送ってあげるよ。」 
「干し柿!」
という事で、妹との会話の中で干し柿を思いついたらしい。
余計なことを……。

あと、干し柿は渋柿を使った方が糖度が高いんだけど、うちの柿は全部甘柿だなぁ。
…まぁ本人達が楽しそうだからいいか。

たぬきちが木登りして柿を落とし、玉とテンがそれを拾って、ザルや籠に入れる。
その繰り返し。

因みに妹と青木さんは、フクロウ君にササミをあげて、キャーキャー歓声を上げている。
フクロウ君的にはハツカネズミの方が健康でいいんだけど、ラットがいつもいるわけではないから、たまには別の餌も頬張る。

あ、いや。実際のところ本人曰く、
「ひぅひぅ」
(ここで食事に苦労した事ないのです)
だ、そうなので。
フクロウ君がたぬきち達と戯れ合う姿を見てほっこりする事が大好きな、謎の人間味を持つ神様が、こっそり世話しているんだろう。
ササミは、来客サービスという事で。
…いいのか?それで。
荼枳尼天とフクロウ君。

★  ★  ★

さて僕は、今朝の畑仕事(と言っても、茄子や胡瓜をもいで雑草を抜くだけ。最初は輪作障害の心配をしてたけど、するだけ無駄だった)を終えると、肥料用に別にしてある抜いた後の雑草の山から、使えそうな茎や蔓を探す。干し柿を吊るす糸を探すんです。

乾燥した茄子の蔓草や、じゃがいもの根が上手いこと役に立ちそうだ。
それにいざとなれば、買ったままほったらかしの、釣り具のテグスもあるか。
聖域の川には、いつの間にか魚が溢れてしまい、間引きの為に釣りではなく手掴みで、魚を獲っちゃ煮たり焼いたり。
お陰で、たぬきちやテンが生魚を食べなくなったり、玉が川魚をカルパッチョにしたりと、毎日アレコレ賑やかに利用してますが。

干し柿ったって、別に大した事はしない。皮をむいて焼酎につけて干すだけ。

料理は絶賛勉強中の玉は、ピーラーを使っているけど、妹と青木さんは果物ナイフを使って器用にしゃくしゃく剥いている。

「そりゃ私は御家庭の主婦ですから。あと、うちの旦那様は結構不器用ですから。お父さんが梨とかちゃっちゃと剥く姿とか子供に見せたいものだけど、自分の指を落としかねませんですから。」
「語尾をですからに統一しようとして、何言ってるか分からなくなってるぞ。」
「ですから。」

「私は単に女子力アピール。何故かこの3人の中で、一番残念な女子になりがちなので。」
貴女は初対面から残念な人で…
「だから私は残念な女子では無い!」
…人の素朴な感想まで遮らないで下さい。

剥いた柿は消毒の為に焼酎(森伊蔵の無駄遣い)につけたら、へたを蔓草で結べば終わり。

さすがに社にぶら下げるのは不敬なので、茶店にぶら下げよう。
入り口に庇をつけてあるので、その裏にじゃらじゃらと。
川を作ってからは、適度に風も吹くし、基本的に雨が降らないから、干しっぱなしでOK。

…そういえば、街灯がわりに太陽光LEDをつけたけど、日が暮れない聖域では無用の長物になってるな。

★  ★  ★

「玉ちゃん大丈夫?私がやろうか?」
「大丈夫ですよ。常日頃からお布団干しとか、枝落としで踏み台は使い慣れてますから。」
「兄さん?玉ちゃんに何、力仕事させてるのよ!」
「玉がやりますって言ったからですよ。玉が出来ると判断して、殿に許可を頂いた仕事は、全部玉の責任ですから。それに玉には無理だと思ったら、殿は許可くれません。」 
「この関係性って良いなぁって思うの。菊地さんてさ、玉ちゃんをきちんと信用してるんだよね。」
「だから佳奈さんも、早く隣に越して来なさい。輪に入るのです!」
「ひょっとして、佳奈ちゃんも玉ちゃんの尻に敷かれてるの?」
「………否定は出来ません……。」


外では漢字の旁通りに姦しくなっていたり、剥いた柿をたぬきちとテン親子が仲良く並んで齧り付いてたりしてますけど。

僕は僕で、確認事項があるので別行動。
茶店の中に1人入る。

『謝りませんよ。』

入ったそうそうしずさんが顕現。
そりゃ妹の話も聞いてただろうし、しずさんからすれば責められるのは覚悟の上だろうけど、まさか赤の他人(うちの妹だけど)まで巻き込むとは思わなかったのだろう。

開口一番の台詞はなかなか勇ましかったけど、それはそれは美しい土下座をしている訳で。

『だって、だって』
いい歳して、だっては無いでしょう。
『婿殿はのんびりしてるから、しばらくは行かないと思ったの。玉はグッと伸びては来たけど、まだ早い事は知ってたわよ。まさかこんなにさっさと出かけて、さらっと解決して来ちゃうとは思わないじゃん』
じゃんて、貴女ねぇ。

『あそこにおわした観音様は、阿弥陀様の化身として、桓武平氏上総介様の念持仏だったものでございました。』
こらこら待て待て。
本地垂迹で、仏教と神道がごちゃ混ぜになっている事くらいは知ってる。
学校で習うからね。
馬頭観音が阿弥陀仏に、或いは阿弥陀仏が馬頭観音に像として改像される事もあるだろう。
今でも、著名な寺院の本尊が、仏陀なのか如来なのかわからないって事も結構あるみたいだし。

けどさ、念持仏にしちゃデカくないか?
そりゃまぁ、権力者が持っているなら、それもあるだろうけど。

『それは、平氏初代開祖、高望王様の念持仏にてございますれば。』
……またとんでもなく微妙な大物の名前が出て来やがった。

★  ★  ★

『元は騎馬の阿弥陀仏だったと聞いております。それがいつしか鎌倉に移されて、切り通しの守護者とされた時に、馬頭観音に変えられたようです。』
待て待て、待ちなさい。
何故そこで鎌倉が出て来ますか?
時代的には鎌倉初期くらいとは推測しましたけど。色々と時間に齟齬が出てますよ。

『熊野の清水は、のちに鶴岡八幡宮の社領になるのですよ。源氏と平氏の聖なる場所でもあるのです。そんな場所を拓き、浄化して下さった方こそが、貴方さま。玉の婿なのですよ。」 

さぁ話が無駄に広がって来た。
なんだって?
僕が何をした?
『行秀様の無念を浄化し、荼枳尼天様を降臨させて、更に東国武者の守り神を召喚した、私達、東蝦夷を統べる方こそ、貴方様なのです。』
な、なんだってぇ?(MMR懐かしい)

★  ★  ★

『って言ったら信じますか?』

いいえ。一切。

僕は一応、肥後の名門・菊地氏の末裔らしいけど、ただの一般人で、ただの無職で、本家本物の菊地さんにはなぁんにも関係ない。菊地って苗字を継いでいるからには、家系図を辿れば何処かで繋がるかもしれないけどさ。
どちらかと言えば、紀州の神職だった無名な浅葱家の血がはるかに濃いから、こうやって訳の分からない事に巻き込まれているわけだし。

『ですよねえ。私も玉の婿として、“玉と乳繰りあっている殿“呼ばわりされる婿殿の方が、本物の殿より好きです。玉だけの殿でいて欲しいですから。』

実の母親が言っていい表現じゃねぇなぁ。

『いずれにしても、玉と婿殿は、今後も歴史の潮流に流されて行くでしょう。玉は平氏と縁が出来過ぎました。婿殿は、玉と縁が出来過ぎました。』

はぁ。

『玉には玉の、婿殿には婿殿の試練が今後も巡って来るでしょう。これは私の無責任な推測ではなく、どうしようも無くそうだという事は、婿殿にもお分かりだと思います。神や仏と繋がる人は今も昔もいます。でも、神や仏と交友出来る方は滅多に現れません。神職や聖人でなく、ただの無職がその役割を担うなんて事は珍しいんですよ。』

そりゃまぁねぇ。
ただ「滅多に」と言うあたりが気になるなぁ。
その「滅多に」には、うちの国麻呂さんとか混じっているんだろうなぁ。

『では。私はこれで。…こないだのおやつは玉にご馳走して頂けました?』
我が家の台所がカオスになっている事は知ってるでしょ?

★  ★  ★

やれやれやれやれ。

言いたいことを言うだけ言って、さっさと消えて行ったしずさんを見送って、僕は奥の封印部屋。
かつて青木さんが閉じ込められて、「淳煕元宝」を封印した空間。

淳煕元宝は姿を消していた。
サンスケさんとこに全部行ったのかな?
あんな山の中で通貨が役に立つのかわからないけど、まぁあって困るもんじゃ無いだろう。
盗賊とか居たら、……なんだろう。
全く心配しないぞ。
居るからなあ、仏様。

淳煕元宝が無くなった代わりに、
………永楽通宝が天井から降ってきた。

じゃらじゃら。
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