ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

てなわけで

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やれやれ。
今日もやっぱり、やれやれ。

本当にこの先どうしようかなぁって、軽く考えようと思って、茶店の中に入っただけなのに、しずさんに厄介な宿題を出されたよ。

しずさんの言う「棒坂」って何処よ。
東京(江戸)なら、坂の一つ一つに名前か付いていて、タ◯リがフィールドワークしてそうだけど。
房総の内陸の坂だよ。
山道なんだから、そりゃ坂さ。右を向いても左を見ても、坂・坂,坂。坂ばっかりさ。

頭を掻き掻き外に出たら、どうやら妹も落ち着いたらしく、たぬきちに◯ゅ~るをあげていた。ニコニコ笑って。
ニコニコ。
あー、この場合、たぬきちが気を使って妹に甘えているのが丸わかりなんだけど。
犬は確かに飼い主の感情をよく読み取るとは言うよ。
それに狸は犬科だよ。
やっぱり、うちの動物たちは何処か、どころか丸々おかしい。

★  ★  ★

で、部屋に戻って来た。
何故か僕は竹籠を持っている。
聖域から何かしら収穫して来る姿は日常になっているので、玉も不思議に思う事は無い。
中には干し芋とお饅頭が山になっている。

『玉に私の作ったおやつを食べさせて下さいな。1,000年ぶりくらいですが。』

と、しずさんに言われたら断れないじゃん。これはこれで、後でドッキリのネタにしようっと。

★  ★  ★


「兄さんは、一体何をしてるのですか?何がどうなって、こうなってんですか?」
帰ったそうそう、妹に詰め寄られた、
いいから、ちょっとは座らせなさい。
疲れました。
あと、竹籠も仕舞わないと。

「さぁねぇ。」

僕は割と真面目に首を捻った。
ある意味で「神様のお導き」なんだけど、荼枳尼天も御狐様も土地神も姿を表さなかったところを見ると、妹にはその資格が無いと思われる。
なので、さてどうやって誤魔化すかな?

「テキトーにホイホイ生きてたら、色々な人や色々な動物が集まって来て、こうなってしまったんです。」
「兄さんって、今更ながら何者ですか?」
「さぁ?」
こんな出鱈目が妹に通用しちゃった。

改めてお茶を淹れなおした玉が口を挟む。
「みんな殿が大好きなんですよ。殿が好きで、殿のお役に立ちたい。そうして集まって来て、みんなで何かを始めるんです。」

「玉ちゃん?なんで兄さんが殿なの?」
「玉の時代は、殿方は殿ですから。でも玉は殿に救われて殿に養われていますから。玉にとって殿は玉のお殿様の殿なんですよ。」
「…兄さん。よくわからないんだけど。」
「心配するな。毎日言われている僕にもさっぱりわからない。僕は“渾名“と捉えているけど。」

「玉ちゃんは、そんな軽い覚悟で言っているんじゃ無いと思うけどなぁ。」
「何がどうあれ、今の僕達ではこれ以上の深い繋がりを持てないから、棚上げにしてるだけだよ。あまり突っ込まないで。」

ずず。
玉の淹れるお茶も、だいぶ上手くなってきたなぁ。
「まだ殿のお茶に敵いませんよ。」
「どうしよう。主婦してる私より遥かに年下の少女の方が色々家事が上手いのは、なんか恥ずかしい。」
義務と制限がある主婦業と違って、僕らのは半分くらい趣味だからだよ。
無責任に凝れるだろ。

…………


さて、お昼ごはんの時間だ。
何作ろうかな。

立ち上がりながら腰を伸ばしてトントン、2人にバレない様に叩きながら台所に向かう。
冷蔵庫の中には、と覗くと。あぁ、アラがまだ手付かずで残ってたか。
そうだ、鯛だな。
鯛飯にしよう。

鯛飯
1.炊飯器に米、水、出汁、炙った鯛のほぐし身、香草、味醂醤油を入れて炊く。
2.出来上がり

鯛の兜焼き
1.味醂醤油、酒、昆布、胡椒で煮る
2.柔らかくなったら、鍋からあげて網で塩焼きにする
3.出来上がり

ううむ。簡単だった。
ひょっとして料理のスキルも上がってる?忘れちゃいかんけど、食欲は僕のトリガーだった筈だよな。
最近、トリガーって要らなくなっている気もするし。時間旅行じゃなくて異世界旅行ばかりしてるし。

しかし、これ。
鯛飯も兜焼きも似たような味だなぁ。
どちらも味醂醤油と塩だし。
味噌汁で変化つけるにしても、あともう一品あっても良いなぁ。

「その言葉をお待ちしてました!」

シュバっと玉が台所に飛び込んで、冷蔵庫からタッパーを取り出し僕に差し出して来る。
「むふふふふ。とりあえず作ってみました。鰹梅!……昨日、殿が買ってくれた梅干しを叩いて、鰹のなまり節と花かつおを混ぜただけですけど、結構美味しく出来ましたよ!」
「ほう。それは楽しみだね。」
「お野菜と言えば、玉にお任せなのです。勿論、糠漬けも準備万端、玉に隙は無いのです。」
「うむ。でかした。褒めてつかわす。」
「うむ。」
「あなたたち、なんなの?」
片頬を着いて妹が呆れているけど、まぁこれも僕らのリズムなのです。

「…兄さん。私に出来る事ありませんか?」
「お前はお客さんなんだから、大人しくそこに座ってなさい。」
「………ねぇ。兄さんが調理酒に使っているお酒、すごぉぉく高いお酒だと思うんですけど?」
「んん。飲まないから、帰りに何本か持って帰りない。」
「旦那も私も飲まないから要らない。重いし。」
「と言うわけで、我が家では鯛飯の香り付けにしかならないんだよ。」
「相変わらずねぇ。兄さんて。」
僕の何処が相変わらずなんだろう?

とか、なんとか言いながら、出来上がったご飯を妹も旨旨と食べてます。
うまうま。

「関東の料理って口に合うかなぁと心配したけど、とっても美味しいね。お米も甘くて口の中で粒立っているって言うの?噛む前にご飯粒の形が一粒一粒わかるの。でもモチモチしてるし柔らかいの。なんで?」
無洗米を炊飯器で普通に炊いてるだけですが。
「それにこのお新香。噛むとじゅわって美味しいのが来るの。じゅわって。」 
「僕はお前のボキャブラリーの貧困さが心配だ。」

実際、大した事してないし。
敢えて言うならば、手を抜いて居ないだけだね。玉は朝夕欠かさず糠味噌を掻き回しているし、どうせ時間は有り余っているから、良い食材を集めて、丁寧に調理しているだけ。

あぁまぁ。浅葱の力で、新鮮を是とする食材は時間経過を凍結してるけど。熟成が必要かどうか、一つ一つ調べてたりもする。残念ながら、浅葱の力は、そこまで万能じゃないので。
…一部の野菜は聖域産だから荼枳尼天の祝福が掛かっているので、それはそれは美味しいでしょう。何しろ荼枳尼天本人が美味い献上品食べたいと積極的に手を貸してくれるので。

そう言えばもうすぐ、土地神の畑も第一陣が収穫出来るな。
あっちは玉と青木さんが仕切っているから手を出してないけど、その内食べ比べ……しても大丈夫なのだろうか。
茄子や胡瓜の味を巡って、ラグナロクとか起きないだろうな。
茄子が原因で人類が滅亡したらやだなぁ。

「うまー!」
「もっと静かに食べなさい。」
「殿。お婆ちゃんも佳奈さんも、叫ばないだけで、いつもこうですよ。殿がお茶碗を洗っている後ろで蕩けた顔してますよ。」
「近所迷惑で無ければいいなぁ。」

★  ★  ★

午後はのんびりコーヒーブレイク。
というか、今日は(今日も)別にする事があるわけでなし。 
「◯甲田山」のDVDを手に入れたので、ついでに新田次郎の原作や、別に作られたドキュメンタリーやそのルポの書籍も集めたまま積んである。その山を片付けようかなと思っていた予定が、多分台無しになるんだろう。だって。

結局、何をしに来たのかわからない妹が、すっかり寛ぎモードに入って、玉となりやら、コショコショ始めちゃった。
玉はいつもの仲良しお化けだし、妹もこの通り人付き合いの良い人だから。
この2人を組み合わせたら、幼馴染みたいなコンビが直ぐ出来上がる。(歳は10くらい離れてるけど)

「お前、家は大丈夫なの?子供は大丈夫なの?」
「全部旦那に任せてきた。有給休暇を取らせて。お義母さんが来てくれてるし。旦那もアレで兄さんを尊敬してるというか、本能的に逆らえないと思っているんだって。あの人は何者なんだろう。なんか凄い人だよねってよく言ってるの。私も普段は真面目な妻と母を演じているから、兄さんの為と言えば、多少の我儘も通用するの。」
演じてるとか、本当でも言うな。 

「という訳で日曜までに帰ればいいのよ。」
「今日って何曜日だっけ?」
「まったく、無職はこれだから。」
「燃えるゴミの日なので木の日です」
そっか木曜日か。最悪あと3日も居るのか。コイツ。
また言わないと。やれやれ。

「ところでお兄様?」
なんですか?口調を改めて座り直したところで、僕の都合の悪い事は答えませんよ。
「当然、お兄様の都合の悪い事です。」 
「だから、僕の思考を読むな。」

「うっふっふっふ。」
あぁ、妹がなんか悪い顔してる…。
「宗次郎さんが言ってた、もう1人ってどんな女性ですか?お兄様?」
お兄様はやめなさい。
「こんな人です。」 
あっ、こら玉!いつの間にスマホで撮ってたの?

玉が妹にかざしたスマホの画面には、ボーリング場ではしゃぐ青木さんと、間抜けな顔をした僕が映っていた。
いつの間にこんな写真撮ったの?

「あら、可愛い人じゃないの。どんな人?」
「ううんと。川に頭を突っ込んで、ガシガシ洗う人?」
「殿との、間違いではありませんけど、もう少し可愛らしいお話を…。」
「車の中でグリっちゃら動いて、尻を挟む人?」
「玉は目の前で見てましたけど…。」
「あ。鰻屋で値段見て白眼を剥いた人。」
「それは玉もです。殿、もうちょっとこう、女性らしいお話をですね。」
「何回か寝起きを襲われたな。あとは、むむむむむとかうぎゃーとかよく言う。」
「そうですけど。確かにそうですけど。」  
「あとは、むいむいとか、ほえほえとか言うな。」
「それは玉です!」
「よく食べ過ぎて丸々膨らむ。」
「だあかあらあ、そおれえもおたあまあでえすう。」

わいわい、がやがや。

「うふふふふ。」
調子に乗った僕がボケまくり、普段は丁寧に話す玉の口調が滅茶滅茶になる。
時々やる悪ふざけに、妹が吹き出した。

「兄さん、変わらないのね。」
わちゃわちゃ動き回っていた玉は、僕の服を掴んだまま妹を不思議そうな顔で見ている。

「あのね。玉ちゃん。うちはお父さんもお母さんも早くに亡くなってしまって、兄妹2人で頑張って来たの。兄さんは私の兄さんだし、私のお父さんなの。私が寂しくてメソメソしてたら、普段クソ真面目なくせに、ひたすらボケまくって私を笑わせてくれてたんだ。
「お金はあったよ。お父さんたちの生命保険で。でも兄さんは大学は奨学金制度で行って、勉強しながらアルバイトもして、生活費も税金も極力兄さんが払ってたの。そんな大変な生活してるのよ。大変じゃん。私には絶対無理。でも兄さんはいつも笑ってるの。私だけじゃなくね。友達にも、その時々の彼女さんにも、優しく笑ってるの。
「私ね。兄さんがリストラされたって聞いて、しばらく休んで下さいって思ったの。ずっと働いていたし、頑張り過ぎるから。だけど、宗次郎さんに頼まれごとされて。でも、その兄さんに付き従う女性がいるって聞いて。もう我慢出来ずに飛んで来たんです。その1人が玉ちゃんで良かった。本当に良かった。」

「玉は、殿がここに居て良いよって言ってくれてるから、殿のお手伝いをしてるんですよ。」
「うんうん。出来れば兄さんと結婚して欲しいんだけどね。そう言う事情ならば、もう1人の女の人を紹介して欲しいです。」

コイツはたまにマジになるから、手に負えない。まったく。
妹の願いは叶えてあげたいってのは、兄として当然の想いだろ。

結婚がどうとかはともかく。
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