ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

雨降りの朝

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『この聖域でも、儂が影響を及ぼせるのは植生に関してだけじゃ。お主らに影響があるといかんから、お主らがいない時だけじゃがな。』
やはり犯人はあなたでしたか。
『植物はいいぞ。何しても文句を言わず、ただ美味しい実を食べさせてくれる。』
いや、ちゃんと世話をしないと、って神様に言う事じゃなかったね。

『じゃがな、動物は違う。狸も魚も、儂はなぁんにもしとらん。儂が連れてきたのは鰻だけじゃ。』
お、とうとう白状しましたね。
『こないた、豊川まで里帰りしたからのう。こっちの鰻は泥臭いが滋味満点。あっちの鰻はさっぱりしとるが、味の深さでは今ひとつ。なので蒲焼と白焼に使い分けてくれ。』
鰻は焼きの練習が必要ですから、しばらくお待ち下さい。

…って、え?豊川?
『荼枳尼天の本場はあっちじゃぞ。稲荷バーガーとか堪らん故郷の味じゃ。』
つまり鰻は2種類で作りなさいと。その為に西の鰻を連れて来たと。
『まぁそこら辺はな、儂にも色々伝手はあるのよ。東の鰻の入手はお主に任せる。』
それで、メダカやイワナが居る原因は?
『お主の力じゃな。』
はぁあ。なんだかなぁ。
『大体、その狸はどこから来たと思う?この水はどこから流れてきとると思う?儂じゃ無いぞ。儂じゃなければお主しかおるまい?』

あぁまぁ。
浅葱の力がどんどん便利になっていたけど。そもそもあり得ない能力だからと、思い切り思考停止にしてたな。もう、暴走と言って良いのではないか?コレ。


「殿と神様が真剣なお話をされていますから、玉たちはちょっと席を外しましょう。」
「わん?」

僕は見てなかったけど、僕が(昨日あの後買って)持って来た釣竿をすちゃっと構えたんだって。ババーンて。口で言って。
後で僕に話してくれたたぬきち曰く。

「お魚を釣るんです。ほら、池も川も狭いのに、お魚がどんどん増えてます。だから殿が釣りをして食べましょうって、仰ってました。殿・玉・たぬきち君・神様・狐様。5匹釣って、後で食べましょう。」
「わんわん!」

釣り名人・玉は、僕らがやいのやいの話している間に、川虫を餌にさっさとイワナを5匹釣り上げてました。
やれやれ。

イワナは茶店の竈門で焼きますかねぇ。
『あ、儂は腸(わた)は残してな。あれが美味いんじゃ。』
僕は苦いから苦手だなぁ。文字通り。
『まだまだ若いのう。』
そりゃ、まだ28年しか人間やってませんから。

「あ、玉?腸を抜くのは僕と玉の2匹だけ。あと、御狐様とたぬきちの分は、塩をふっちゃ駄目ですよ。」
「はい。」
「わん?」
だーめ。身体に良くありません!

玉のお茶と、僕が焼いたイワナはそれぞれ箱膳(玉の家を参照しました)に乗せて、神様たちの分は玉が社に奉納(玉の後についていく神様というのもシュールな光景でしたが)、たぬきちの分はたぬきちの小屋に置いて。

僕たちは帰る事にします。

…なんだか、聖域でも全然休めなかった。

★  ★  ★

外は雨。まだ雨。
そらそうだ。聖域で長い事あれこれ仕事していても、時間の流れ方が違うから。 
雨なんか止みやしない。

「ふんふんふ~ん。」
僕と神様があれこれ話している間に、玉はたぬきちと一緒に、芋畑からじゃがいもとさつまいもを掘り起こしてました。果物類も籠に乗せて運んできたら、割烹着に着替えた玉に、籠ごと奪い取られました。
「おととと。」
そりゃ身体が傾く程重たいですよ。
玉もたぬきちも、頑張り過ぎです。

「殿、殿?お芋さんどうしましょうか。」

お芋さん一口メモ。
玉の時代には、じゃがいももさつまいもも伝来してない。いずれも16~7世紀頃の南蛮貿易で齎された。玉が知っているのは、いわゆる山芋しかないはず。でも僕が作る粒味噌を使ったじゃがいも汁や、とあるコンビニで売ってた石焼き芋で、お芋はとっても美味しいものと玉は認識してる。 
さて、玉の期待を裏切っちゃいけないな。

「そうだなぁ。じゃがいもはチップスやフライドポテトに。さつまいもは大学芋にしようかな。」
「?」
ありゃ?玉が首を傾げて???を撒き散らし出しちゃった。

そういえば、この家のお菓子って和菓子か煎餅ばかりだったな。
お茶が美味しいから、スナック系統は玉が来てから買ってなかった。
ポテチくらいは買ってもよかったけど、ジャンクフードに耐性無さそうだなぁ。
いつものまん丸玉さんが、まん丸のままに戻らなくなりそうだ。

★  ★  ★

「そうですね。果物は幾つか残してジャムを作ろうかな。」
「ジャム!ジャム!」
玉がジャムジャンプを始めちゃった。
 
前に梨で作ったジャムは、玉さん的に当たりだったようで、パンより厚い梨層を作ったパンをもしゃもしゃ食べてたんで、しばらく我が家からパン食を絶滅させていたんです。さすがにねぇ。お母さんも心配しちゃうでしょ?

「玉は、果物の皮を剥いて下さい。」
朝ご飯もまだなんだけど、聖域であれだけ食べたら、うちの食いしん坊さんもご飯ご飯言わない。
イワナが丸々居間のテーブルに置いたままだし。

「でも、玉には包丁は使えませんよ。」
玉の育ちはよくわからないのだけど、刃物を使う事は殆ど無かったらしい。
御神刀だって鞘から抜くのを嫌がるし。

とは言っても、今の玉は、水晶玉に閉じ込められた巫女さんの玉子ではなく(一行に玉だらけ)、僕に触れない他は普通の、あくまでも普通の女の子。 
今後、僕と玉がどう転がるにせよ、この時代・時間帯で暮らしている以上、この時代の常識とスキルを身に付けてもらいたいなぁ。という訳で。

「なんですか?これ?」
僕が手渡したのは、小さな刺股の先を金属の刃がついた、いわゆるピラー。
「皮むき器です。これをこうやって。」
柿を一つ取ると、シャッシャッと皮に押し当てて滑らせる。
「わぁ。」
「これで安全に簡単に、皮が剥けます。」 
「やります。玉にもやらして下さい!」

さて、玉に柿を押し付けたあと。まずは蜜柑をそのまんま冷凍庫にGO!
冷凍蜜柑です。小学生の頃に給食で食べて以来だ。
新幹線の車内では、カチカチのアイスにスプーンを突き立てる儀式が楽しくて、蜜柑にまで手が回らなかったのです。

枇杷の皮は手で剥けるので、玉に任せる。
「任されました。」
まぁこの辺のジャムは、ミキサーで少し砕いて焦げない様に鍋で煮詰めれば良いだけなので。

~大学芋~

1.砂糖、醤油、サラダ油を用意
2.圧力鍋でさつまいもを蒸します
3.1の材料を混ぜて餡を作ります
4.鍋に芋と餡を入れて弱火で煮回します
5.油が抜けて、餡が絡まり切ったら出来上がり

残りは適当に蒸しますかね。


「そおっと、そおっとです。」
隣の五徳からは、お玉さんが煮込むジャムの甘い匂いが漂ってきます。

殺人料理、とは本人が自分を卑下してた訳ですが、単に経験が無かっただけ。
ジャムは本人が一番食べるものなので、本人自ら手を挙げました。
いや、単に焦げない様に、弱火で掻き回しながらじっくり煮込むだけなんですが。

「焦げたら食べられませんからね。」

って言う僕の言葉に細心の注意を払って菜箸で鍋を買う掻き混ぜでます。
一応ね。玉のタブレットを見やすい場所に置いてレシピを確認出来るようにしてんだけど。

「殿?こんなものでどうですか?」

クックなパッドより、僕の意見を求めるので、僕はじゃがいもの下拵えしながら、あっち行ったりこっち来たり。

★  ★  ★

じゃがいもは午後。もしくは晩御飯に廻す事にして。
ジャムは冷蔵庫行き。
大学芋も粗熱を取る為に、バットにジャラジャラと並べて放置。

久しぶりに何もする事が無い時間!
いや、別に何かしないといけなかった訳じゃないけど。
別にダラダラドロドロしてても、誰にも文句言われる筋合いは無い!
…筈だった。
昨日、動物園の園長に話した自堕落を楽しんでいるという言葉は、僕の紛れも無い本音だ。

なんて事は、玉や玉のお母さんの前で言える訳がない。
しかし、この部屋に越して来てからは本当に忙しい。働いていた頃より忙しいとはどういう事だ?

「今日は何処にも出掛けず、休む事にします。」
「はーい。」
僕が疲れている事は玉も察してくれていて、特に何も言わずに玉コーナーから地図帳や、この間無理矢理買わせた書籍を取り出した。
僕が学生時代から使っている筆入れから蛍光ペンを取り出して、僕らが徒歩や車で走った道をなぞる作業を始めた。
それ用の地図だしね。

僕はどうしようかなぁ。
何とは無しにスマホを開いた。
動物園からメールが届いていた。
そういえば、と連絡先を交換したなぁ。
添付されていたデータを開くと、それはぽん子を抱いた飼育員さんだった。満面笑顔の飼育員さんと、少し迷惑そうなぽん子の対比が面白い。
そういえば。  

「玉、ちょっとスマホ借りますよ。」 
「どうぞ。」 

ええと。あ、あったあった。
写真データに、このぽん子のデータを足しておく。昨日、僕の胸にぽん子が飛びついて来た場面なんか、よく撮っていたなぁ。
きちんと項目ごとに表題をつけて写真を整理しているなんて、僕よりよっぽど使いこなしているじゃないか。

「ん?殿、何してるんですか?」
「昨日の動物園からメールが来てね。写真がついていたから玉にもお裾分け。」
「わあ!どれどれ?あっ!ぽん子ちゃんとお姉さんです!」

こちらも顔がぱあっと明るくなった。
「あれ、でもこのぽん子ちゃんの顔…。あははは、なんか不満そうです。」
「よくわかったね。」
「最初の頃は、たぬきち君もこうでしたもん。殿と離れる時はこんな顔してました。」
たぬきちが玉の表情を読み取って、気を遣い出した事は内緒にしておこう。

「あぁそうそう。青木さんに送るのは良いけど夜にしなさい。彼女、車で外回りしているみたいだから、こんな雨の日に注意を散漫にさせる様な事はしちゃ駄目だからね。」
「もう、送っちゃ 『うぎゃー!』…いました…。」

『何この狸。たぬちゃんより少し小さいけど可愛いね!あと、この女誰よ!』
「だからねぇ玉さん?」
「ごめんない。まさか佳奈さんが秒で出るとは思いませんでした。」
『あっ!こら面倒くさい女とか思うなぁ!』
…この人、こんな厄介さんでしたっけ?
「割と最初から。」
『厄介な女とか言うなぁ!』
言ってない。思っただけだ。
『思うなぁ!』
僕には思考の自由が与えられないらしい。どんな独裁主義・全体主義なんだよ。
「もう、殿は余計な事思わないで下さい!」
スマホを持って、玉は隣の部屋に行ってしまった。なんなのよ。もう。

こんな感じで。
僕らの朝は淡々と過ぎて行った。

結局、僕が何をしたかというと。
週末に約束していた、お出かけポイントを買っておいた電子書籍で探す事でした。

電話を終わらせた玉は、本を開いて読書に耽り。
僅かに聞こえる雨音に、そういえば、この部屋に越して来て、玉と暮らす様になって初めての雨だなぁ。などと思いつつ。
玉がページを捲る音しかしない。
そんな、雨降りの静かな朝。
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