ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

お煎餅

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「ただいまあぁぁぁぁ!」
さっきまで一瞬しんみりした玉さんですが、差し当たっての用が済んで部屋に戻ってくりなり、いつもの元気玉になって庭に飛び出して行きました。
池のほとりに咲いていた薄紫の小さな花が咲く野草を根ごと採取して来たので、それを植えに行ったんですな。
植物アプリで調べると一輪草という野草らしい。

特徴:春に咲く多年草。

ってちょっと待て、今秋口だぞ?
そおっと庭の様子を見てみると、ちゃんとビニールトンネルの隅に植え替えてました。

そうか。まぁそうだよな。
花を愛でるとかの情緒なんかまるで育っていない僕とは違って、彼女は1人でずっと眺めていたんだろうし、それがいつ咲く花か、なんてのは先刻ご承知なんだろう。

さて、僕は僕で一つ確認しておく事がある。
と言っても、スマホでWikipediaを開くだけなんだけどね。
今さっき、僕達がいた時代を特定する事だよ。

僕の時間旅行というと、今までは、既に年代の特定されている歴史上有名な事件を見学に行くだけだった。
或いは、北春日部の女子高生の携帯電話が表示していた時間帯に遡るだけ。
つまりは時間と目的地がはっきりしていた時間旅行をしていた訳だ。

しかし、今回は違う。
水晶に残された茶店の記憶、というか記録というか。
いわば他動的な材料だけで時を遡った。
つまり、僕の意志とは違う部分で時を超えた為、それがいつなのか、平安以降鎌倉初期としかわからない。
Wikipediaによると、あのお寺が日蓮宗に改宗したのは、1275年とあった。僕があの時手にした宋銭もやはり鎌倉初期に流通していたものらしい。
玉の話を総合すると、平将門が戦死した940年以降、行秀という将門に仕えた土着戦士が神社を建てながらも憤死し、行秀とはどんな関係があったのか知らないけど、神社を玉の母親が継ぎ、更に玉が継いだ。
時間を考えると、おそらく玉が生きていた時代は西暦1,000年前後だろう。 
…壁に掛かる巫女装束は、散々人にお説教したくせに何故か今は口をきかない。

結論、玉の時代よりも海岸線が沖に遠のいたという証言が事実ならば、1,100年~1,200年の間、大体12世紀くらいが、今僕達が歩いて来た時代だ。

まぁ、わかっても意味はないんだけどね。実は。

★  ★  ★

『どこかに、いや、“いつか“に行ってたんですか?』
北春日部在住のOLさんからメールが届いた。
時計を見ると午後3時。普通に勤務時間なんだけど,彼女はちゃんと働いているのだろうか。

ー無職の貴方が言いますか?ー

ん?お母さん?
壁に掛かる巫女装束は、それだけ言うとまた沈黙してしまった。どうやら、玉のお母さんは、僕に働けと言う以外は何もヒントをくれないようだ。

『君が閉じ込められていた建物が本来建っていたであろう時間帯に行ってみた。どうやら12世紀くらいらしい。玉が暮らしていた家の跡にも行った。』
『玉ちゃんが添付して来た写真の、この池と岩みたいなものですか?』
『それ、12世紀頃の実風景ね。』
『………なんか色々常識が崩れそう』
『母親が帰ってくる事を、玉が祈っていた思い出の岩だそうだ。』
『何それ。泣ける。ってヤバ。本当にウルウルして来た』
どうやら、玉がさっきまでいた時代を写真撮影してたらしい。右手は僕と手を繋いでいた筈だけど。
僕の着物姿にゲラゲラ笑ってましたって報告が埼玉方面から来た訳です。
いくつかの近況報告を交換して(殆ど日が経ってない気もしますが)、その内きちんと電話しますって約束も交わして、北春日部在住のOL、青木佳奈さんはメールを切った。

★  ★  ★

「とーのー!」
ほんの小一時間の体験を頭の中で色々整理していると、玉が慌てて戻って来た。
「うるさいですよ。近所迷惑です。」
このアパートの、昼間の人口密度は知らないけど。

ー働けー

親娘でうるさい。
働けとうるさい巫女装束は無視して玉に話しかける。
「なんですか?」
「………増えた………。」
「は?」
玉は確か一輪草をそれこそ一輪だけ、過去世から持って来た筈だけど、玉はたくさんの一輪草を抱えていた。
「…なんで?」
「わかんない。お水を上げようとして、バケツ持ってちょっと離れたら増えてた。」
「…なんで?」
「…わかんない。」

まぁ多分、「浅葱の力」自体の意識的、或いは暴走だろうけど、ほっとく訳にもいかんね。
「私のぷろぽおずはほっとくくせに。」
「聞こえませ~ん。」
テーブルに置きっぱなしになっている水晶玉を手に取った。…なんだか色々な事が「っぱなし」になっている家ですな。
「玉、お花を全部持ってついてらっしゃい。」
「はい。」

★  ★  ★


「浅葱の力」が絡んでいる(のであろう)なら、聖域に植えるのが一番だろう。
そう判断してここに来た訳だけど…。

「えぇと。キャベツとトマトは今朝植えたばかりだと思ってたんだけどな。」

そう、巫女装束に叱られたり、12世紀をウロウロしたり、ソーセージを作ったりと、何かと騒がしかった一日の今はまだ、やっと陽が傾き出した時間だ。
「園芸なら玉にお任せ!」
って玉が甲斐甲斐しく、シャベルは使わず手を使って種を植えて、ジョウロで優しく水を掛けていたのは、今朝の出来事だ。
なのに、キャベツは芽を出して実が膨らみ出しているし、トマトも小さな実が青く付いている。

「どうせ何でもありなとこです。それに殿のやる事です。今更、玉は何も気にしません。」
こちらもさっき作った池の周りに即席の花壇を作っている玉が、呆れてと言うか、諦めてというか、ジト目で僕を見ている。
まぁねぇ。
それにしても色々あり過ぎたぞ。今日。
「それに殿。」
池を指差す玉。池中には、水草が既に生えていた。
植物アプリを開いて調べると“アナカリス“って外来種らしい。
外来種って、本当になんでもありか?浅葱の力?
「あ、めだかです。めだか!」
「はい?」
いや、セメントで接着してある池なので、水が思い切りアルカリ性なのはずだけど。
生物なんて何処から湧いて出た?
…あぁもう。あぁもう。考えるの辞めた。
考えるのだけ無駄だ。
「殿が考えるの辞めたら、玉はどうしたら良いのでしょうか?」
「流されればいいと思うよ。」
「…………。まぁ、殿と一緒なら、玉はどこまでも流されて行く覚悟は出来てますよ。」
玉にそこまで言わせちゃ、駄目な大人だね。僕も。

えぇと。とりあえず外の事は玉に全部任せて、僕は茶店の中に入る。
折角手に入れた茶釜と、ついでに七輪を竈門の周りに備え付けようとね。
七輪をどうするかって?それはね。
ここの竈門が一口しかないからですよ。
お湯を沸かしてたら、もうその他の事が出来ない。
…水道が勝手に引かれたように,多分、僕が望めはガスも電気も使えそうだけど、他人に「説明が出来ないので」とりあえず使わない。…とりあえず。

さて、七輪でひとまず作るのはお煎餅。
お茶でほえほえ出来るのは確認済なので、お茶菓子が欲しい訳です。
こないだ買ったお煎餅は、玉がそろそろ食べ尽くしそうなので、ついでに作ってみようかな、と。

ーお煎餅ー

材料:うるち米、醤油、塩、七味唐辛子
1.うるち米を製粉して、練って、蒸して、生地を作ります(本来なら石臼で粉にしたものを、水で練った生地を丸めて蒸す作業があるけど省略)
2.平に潰した生地を七輪で焼きます
3.醤油を刷毛で塗ったり、塩や七味唐辛子を塗して出来上がり

温かい、というか熱い醤油煎餅がまだ柔らかいうちに一口。パリパリとかポリポリじゃなくてクチャクチャ。
あれだ、銚子の鉄道会社が傾いた会社を立て直す為に作った濡れ煎餅。あれと同じ。
ただ、こっちのお煎餅は、冷めるとどんどん固くなって行くけど。

クチャポリパリ。
器用に3種類の音を立てている人は勿論うちの食いしん坊なわけだけど。
それにしても、いつ来たんだ?
「殿のご飯があるところ、玉ありです!」
いや、威張られてもね。ご飯じゃなくてお煎餅だし。
「というか、外見て下さいよ。ポリポリ。」
外ねぇ。池の周りに一輪草が群生している事かな?
「便利ですよねぇここ。そろそろ畑のお野菜も収穫出来そうですよ。」
ここは時が流れないんだか、早送りなんだか。
もう、さっぱりわからないな。

「あれ。殿、その袋なんですか?」
「ん?これはさっき出した古銭だけど。」
やけに袋が重い。なんか余計なものでも混じったかな。
袋をひっくり返してみる。
じゃらじゃら。じゃらじゃら。
「………。」
「………。」
じゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃら。
「終わりませんねぇ。」
じゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃら。
「殿、わかったからもういいです。」
「まだ、袋重たいんだけど。」
「殿はお金まで増やしたんですか?」
「令和の今に、宋銭が有っても意味ないんだけどなぁ。」
さっき調べたら、1枚500円程度の金銭価値らしいし。これだけじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらしたら、希少価値なんかどんどん薄れて行くし?
「………玉がそろそろお金で埋もれそうです。」
「昔の雑誌の裏表紙にこんな写真が載ってだなぁ。札束風呂とか言って。」
じゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃら。

「帰ろうか?」
「帰りましょう。」
じゃらじゃら。
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