ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

どきどき(してもされても)

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カレーは一晩水に浸けとく方が、汚れ物がよく落ちます。
どすこい巫女がよたよたと洗い物に行こうとしたので、とりあえずそう止めました。
見苦しいから。

「殿!嫁入り前の処女に向かって見苦しいは無いでしょ、見苦しいは。」
「嫁入り前の処女がそんなはしたない事を言うんじゃありません。」
「殿は女の子に幻想を持ちすぎです!」
「いいから、寝るなり焼くなりとりあえず落ち着きなさい。なんですかそのお腹。明日の朝の分まで食べちゃって。」
「大丈夫ですよ。たまにこんな事ありましたけど、お供えを沢山貰っちゃった時とか。もりもり食べて膨らみましたけど、大抵明日には直ってます。」
だから腹を出して、ぽんぽん叩くなっちゅうに。
今日一日で何回臍出してんの。
「私のお臍、我ながら結構可愛いと思うんですよね。」
「可愛いかも知れないけど、指でこそがない。」
「さっきお風呂入ったし、垢も無いですよ。ほら。」
「見せつけてどうしますか。ってズボンを広げてるし。」
「私の初ぱんつですから。最初は殿にご鑑賞頂かないと。」
「パジャマの中を覗き込む性癖はないので。」
「またまたぁ。だったら脱ぎますか?」
もう一回クッションをぶつけます。

「僕もお風呂に入ってきますから、玉はテレビでもみてなさい。」
「わぁ、箱の中に人がいるぅとか騒ぐとこですかね?」
「そんなブラウン管みたいなテレビ、大昔に絶滅してますから。言うのなら板でしょ。あ、冷凍庫に冷たいものが入っているから、ご自由に。」
「はーい。覗きに行っていいですよね?」
「いくないです。」
何故当然の権利の様に?

★  ★  ★

僕がお風呂から上がると、入れ替わりで玉が入って来るので
「何するの?」
「お湯を流して湯船を洗うんです。」
だから何でこの娘はなんでもパジャマで家事するの?
「残り湯は、明日の洗濯や掃除に使いますから、夜はそのままで大丈夫だから。」
「お洗濯、しちゃいました…。お水、無駄遣いしちゃいました…。」
「君は落ち込む場所がずれてます。」
「お水は大切です。」
やれやれ。この娘はわかっていて、わざとズレてるからなぁ。
彼女の頭をぽんぽんと叩く仕草をして、居間へ促した。

冷蔵庫からペットボトル入り烏龍茶を取り出して、お茶請けに適当に、適当に…。
頬っぺたまでぱんぱんに膨れがっていた「ごわす」巫女がすっかり元通りになっている件について。
「だから言いましたよね。なんだか何とかなっちゃうんです。」
「…玉は妖怪変化の一種なのかなぁ。」
「妖怪さんだったら、巫女として神に仕えていた私は何者になるんですか?顕現した荼枳尼天様にも割と無視されてたのに。」
あぁ、そうだったね。
「大体、親娘二代に渡って聖域を護り続けていた私を放ったらかして、殿のご飯に食い付いた神様も神様ですし。神様を餌付けする殿も殿だし。」
「いや、君に頼まれてやった事だし。」
「お風呂上がりでせっかくお酌をしようと思っていたのに、なんか黒いお茶を一人で飲み出すし。」
「飲酒喫煙の習慣がないから、晩酌の習慣も無いだけだし。」
「だしだし。」
「…なんか玉が楽しそうだし。」
「だしだし言ってたら、面白くなってきちゃいましただし。」

「ところで、向かいのソファを玉専用にしたいんだけ…
「お断りします。」
食い気味だ。
「私の居場所はここ。殿がお座りになられている足元です!」
「いや、それだと僕が落ち着かないから。」
「私はここが一番落ち着くんです。時々こう、殿の御御足に触ったり、身体ごと寄りかかったり。触れないけど。」
「そういう悲しいオチは要らないなぁ。」
「でもほら、椅子に腰掛けるより、この高さの方がちゃぶ台のものが取り易いんですよ。」
…それはちゃぶ台じゃなくて、安物のソファセットに付いているガラスのロウテーブルですが。

本人が床に座る事を頑なに主張するので諦めた。
明日ホームセンターに行って、座椅子と座布団を買いに行こう。他に買うものあるしね。

僕だけ飲んでいる訳にもいかないので、玉にはホットミルクをご馳走する。
「牛の乳ですかぁ?四つ足になったりしませんか?」
やっぱり嫌悪感を表した玉だけど、蜂蜜入りと教えたら恐る恐る手を伸ばして
「うまー。牛だけどうまー。」
分かりやすい女の子だった。あと、何か冗談を交え無いと死んじゃうのかなぁ。
「笑顔の絶えない夫婦が目標ですので。」
イマイチ笑えませんよ。

で、お茶請けに出したのは味醂焼き。
エビと小麦粉を砕いて練ったお煎餅を、味醂で焼いただけのお年寄りメニューだけど。
自分の顔より大きな味醂焼きをパリパリ齧りながら、テレビのバラエティ番組を見てケタケタ笑う玉の笑顔が、屈托のないものなので。
初めての夜を、僕は一安心して彼女を見ていた。

★  ★  ★

「ふ、不束者でございますが、今後とも末永く可愛がってください。」
玉の枕用に、さっきからぶつけていたクッションを抱えてベッドの上で正座してる訳だけど。
「玉、そこにいたら布団に入れない。」
「…初夜を迎えた処女が、ガチガチに緊張してるのです。そりゃ殿は女遍歴が豊富だし、処女膜の2~3枚破っている事でしょうけど。」
女性遍歴は人並みだし、処女の人とお相手した事はありませんけど。
「少しはのってくれても。ぶつぶつ。」 
ぶつぶつと本当に“ぶ“と“つ“を繰り返しながら、玉はベッドの手前側に潜り込んだ。
「私が先に起きて、家事をせねばなりませんから。」 
掃除も洗濯も終わってて、料理は僕がする我が家で、早朝から玉の仕事ってあるのかな? 
と思ったけれど、それを口に出すとぶつぶつだのしくしくだのオノマトペを発音し始めるので、そこは我慢。
あと、隣で呑気にさっさと寝息を立て始めた玉には手を伸ばしても相変わらず触れないのだけど。
玉の香りと体温はしっかり伝わってくる訳で。
くそっ。国麻呂さんだか誰だか知らんけど、この生殺し状態がこれから毎晩続くのかよ。

などと「浅葱の力」に対して明後日の方に憤りをぶつけながら、とにかく濃くて長い一日がやっと終わったよ。やれやれ。これからどうなるのかなぁ。
手元のリモコンで電気を消した。
あ、この部屋カーテンないや。
一緒に買わないと。

★  ★  ★

庭の方でする何やら笑い声で目が覚めた。
隣の玉はもう居ない。
「早寝早起き!」
って寝る前に何やら気合いを入れていた姿を思い出した。両手を握ってたな。
そして、庭から聞こえる声は、その玉である事に気がついた。
その話相手は…。
カーテン買いに行かないと。
大家さんと、お隣の黒い人じゃないか。
お婆ちゃんな大家さんは、お婆ちゃんらしい落ち着いてんだか派手なんだかさっぱりわからない色使いのセーターらしき物を着てるし、隣の黒い人は今日も黒い。
髪も黒くて長い。けど、玉の冗談に笑う顔は普通にお綺麗さんな顔だった。

そんな中を寝起きで鏡を見てもいない僕が姿を見せられる訳もなく。足元からそうっとベッドから落ちて、そうっと見えない場所に逃げようとした

「おはようございます!」

逃げようとしたのに。
物音なんか立てていないのに。
いち早く玉に気が付かれて、窓から飛び込んできた。
っていうか、部屋の中まで竹箒を持ち込むんじゃありません。

「おはようございます菊地さん。」
窓から大家さんに挨拶された。もう逃げ場はなかった。
「おはようございます。あとすいません。寝起きなので多分見苦しい格好してると思いますが。」
「いやぁね。心配はしてたんですよ。会社が潰れて住むところ無くなったって2年分お家賃を先払いして貰ってますから、取りっぱぐれは無いにしても。」 
明け透け過ぎる大家さんだった。
「いきなり女の子を引きずり込んで、どんな人なのかしらと思っていたら、姪っ子さんなんですって?ダメですよ、早く仕事を見つけないと、いつまでも玉ちゃんに頼っていい訳にもいかないでしょ。」
…昨日即席で考えた「玉、姪設定」は何の疑問もなく受け入れられたらしい。

「おはよう。隣の菅原です。」
黒い人も挨拶してくれた。
「昨日から女の声がしてたから、ロクでもない奴が引越して来たかと思ったら、玉ちゃんはしっかり挨拶出来るし、朝から外を掃いてるし。良い子じゃないか。」
「はぁ。」
「私は市の児童相談所に居るから。何か困った事があればいつでも相談に乗るよ。」
菅原さんにはそれとなくバレている様だ。
「でも、玉ちゃんは礼儀正しいし、菊地さんのお世話になっている事も喜んでるし、ゴミ捨てもきちんとしてるから。私は玉ちゃんがここに住む事には大歓迎だよ。」
およそ1,000年間独りぼっちだったくせに、玉はコミュニケーション能力のお化けだった様だ。

「妖怪変化にしたり、お化けにしたり。殿はいつになったら私を女の子として認めてくれるのかしら。ぶつぶつ。」 
相変わらずオノマトペをぶつぶつ言い出した玉からタオルを受け取ると、僕は大家さんと菅原さんに頭を下げて洗面所に向かう。
代わりに玉が庭に飛び出して行った。

今日もけたたましい一日になりそうだ。
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