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陸前浜街道
まとめ
しおりを挟む今日も社長は1人で取材中。
なので私はヒロと一緒にお留守番中。
というか、私には私の仕事がある。
中身を確認し易くする為にも、調べた資料を全部プリントアウトしては、ファイルブックに纏める作業に忙しいんだ。
ヒロは、隣の椅子に敷かれたヒロ専用のクッションに埋もれている。
ちぃちぃ鳴きながら、チモシーの乳酸菌ブロックを美味しそうに楽しそうに齧っているよ。
社長が出社してないから、ちびは実家でお義母さんと一緒だよ。
あぁ、なんか幸せだなぁ。
忙しいし、始まった短大の授業も大変だけど、これはこれで充実具合が気持ちいい。
これは我ながらゾーンに入ってるね。
脳みそはドーパミンが出っぱなしだ。
………
さて、一通り、今日の予定を終えて一休み。
さすがにコンを詰めすぎたか、肩に痛みと凝りを感じるなぁ。
机の引き出しには、社長愛用の電気マッサージ機が入っている(振動式じゃなくて叩打式のお高い機械なので、AVに出てくる様なエッチな使い方が出来ない。残念。今度プレイ用に買わせようか)から、それでほぐそうかなぁと思ったけど、ヒロが寝ちゃっているので諦めた。
仕方ないので自分の手でもみほぐしていると、インターホンが鳴った。
画面に映っているのは、あぁお姉ちゃんなので、開錠して勝手に来る様に伝える。
だって、ヒロが起きちゃったから。
社長と一緒の時は、どんな物音がしようが緊急地震速報がギュンギュンなる地震が起きようが、平気で寝続けているんだよなぁ。
ウチの社長は、生物界最弱最底辺の被捕食動物が心底安心する世界と空気感を作っている。
「こんにちは。」
インターホン越しの私が小声だったので、お姉ちゃんも小声で挨拶しながらそっと入って来た。
お客さんがお姉ちゃんだと分かったヒロは、また頭をクッションに埋めて目を閉じた。
可愛い。
「あれ?先生は?」
「さっき連絡があって、石岡国府に着いたってさ。これから帰って来るから夕方になるんじゃ無いかな。」
そう。
あの後、社長は松戸の宿場町跡や我孫子の宿場町跡。
途中の駅と名前だけ残る「茜津」駅を探して、松戸市内や、柏市茜町を彷徨ったり。
相馬郡郡衙の所在推定地の我孫子市新木などを1人で歩いていた。
茨城県南部は昔から水難の治なので、遺跡は水田の下に沈んでいるらしいと、推定される龍ヶ崎や稲敷や土浦やらを愛車と一緒に歩き回っては、その日の内に原稿に纏める作業に追われていたんだ。
私は新入学の手続きと始まった大学の授業で、お姉ちゃんは異動後の色々な手続きで忙しく、矢切から市川を往復したあの日以外は、また社長のウォーキングにお付き合い出来なかった。
とりあえず、その市川分のHP用原稿を仕上げて携帯で社長に報告したのがさっき。
すると。
「石岡について調べていたら、昔、石岡の駅前に西友があったんだよ。」
「あぁ、ずっと百貨店受難の時代ですものね。船橋の西武が閉店して、ロフトが近所に亡くなった時は困ったなぁ。あれ?西友って百貨店でしたっけ?」
「大型店舗が多いからそう見えるけど、ヨーカドーと同じスーパーマーケットの部類だね。」
「なるほど。…その西友がどうかしましたか?」
「いや、柏駅前のそごう跡もそうだけど、なんで昭和の大型店舗って外壁デザインがおんなじなんだろうかって、ちょっと不思議に思ってさ。」
社長はどうでもいい事を、どうでも良く話す。
けどそれはクリエイターとして社長の琴線に何かが触れたって事。
なので私は、特に命令された訳でも無いけど、そのデザイナーについて調べていたわけだよ。
菊竹清訓とか倉島和弥とか、いくつかの建築デザイナーの名前は出て来たけれど、その人達は建物全体のデザインや設計をした人で、あの葉っぱとか鳥の羽根をドット柄にした、独特の壁面デザインを作った人では無さそうだ。
とりあえず、わからないけれどわからないなりに調べた結果をプリントアウトしていたわけですよ。
私がまとめたレジュメ擬きの印刷物を一目見たお姉ちゃんは、そのまま一枚一枚コピーをし始めた。
「理沙、これ、新しい企画なの?」
「ん?先生が思いついたから、とりあえず検索してみただけだよ。」
「まだ他社さんには出してないのね?」
「出すも何も。さっき連絡した時のお話で社長が疑問に思った事を、私が少し調べただけだよ。」
社長は今日は、愛車のモコではなく、常磐線の特急で石岡に行ったから、いつもよりは疲れてないだろう。
と思って、今日は可愛がってもらう気なんだ。
お母さんには、
「社長んとこ行って来るね。」
「避妊はちゃんとしなさいよ。」
って真顔で返された。
バレてるというか、お母さん的には公認になっていたというか。
だから今日は外泊します。
後で近所のベルクスまで、お肉とお魚を買いに行はないとね。
さっき見たら、野菜は冷蔵庫や収納庫に、泥付きの新鮮なのが詰まっている事を確認したから。
アスパラガスとか、ウドとか、筍とか、ニラとか。
旬の野菜が沢山増えているから、多分農家のがお婆ちゃんに頂いたんだろう。
さて、何を作ろうか?
(実際は、何を作って貰おうか?)
「理沙、これで企画書書いていい?」
「社長に許可取ってね。また叱られちゃうよ。」
「それはもう。」
コピーし終えた資料を、手持ちのクリアファイルに挟んで大切にカバンにしまっていた。
あの、本当に社長は調べて欲しいとか一言も言ってないよ?
「先生の思い付きって、結構お金になるのよ。」
「お姉ちゃん、悪い顔してるよ。」
……….
さて、家に居ればお姉ちゃんだけど、ここで迎える時は社長の担当編集者であり、お客さんだ。
水曜どうでしょうのディレクター「うれしー」でお馴染みの「嬉野珈琲店」から通販した豆で淹れたコーヒーをご馳走する。
因みに社長の豆知識によると、
「嬉野さんは、水曜どうでしょうのDVDの売上で毎回数億を北海道テレビに齎した、会社からすると超やり手のクリエイターなんだよ。ただし、チーフディレクターの藤村忠寿が組合活動をしていたり、内外で好き放題していたから、それに巻き込まれる形で出世が出来なかったんだって。」
なんか可哀想なうれしー。
「ハナタレナックスとか、おにぎりあたためますかとか、大泉洋に関わった制作陣はみんな役員になったのにね。」
「あぁ、大泉がモノマネする林さんとか福屋さんとかですね。」
「まぁ当のうれしーは、余計な責任を背負わされる事なんかまっぴらごめんって人なので、仕事がない時は使っていない会議室にコーヒーメーカーを持ち込んで勝手に喫茶店を開いた。」
「髭(藤やん)に負けないくらい無責任では?それ。」
「放送局員って大変だからね。社員がふらっと寄ってうれしーに話を聞いてもらう事が、社内的に評判になったらしい。HTBが新社屋に移っても、定年後嘱託になったうれしーは勝手に喫茶店を開いているし、それこそ会社の役員も寄ってくるらしいんだ。」
「自由な社風ですね。」
そんなうれしーだから、コーヒー豆は世界各国色々な豆を厳選しているので、HPで通販している豆も当然美味しい。
「ここのコーヒーもお茶も美味しいよね。」
「お茶は社長の仕業だよ。安物がどうやってあんな甘くなるのか、手順を全部教わったけど、私じゃ真似出来ないもん。」
マニュアル通りに作っても、出来ないものって沢山あるね。
「で、今日は何しに来たの?」
「いくつか伝達事項があるので、ま、先生がいらっしゃらないけど、理沙が居ればいいか。」
お姉ちゃんはカバンから書類ケースを取り出して私に渡した。
うむ、交通事故ダジャレだね。
中には同じ雑誌が3冊、
これは見た事あるそ。
南さんの小雑誌の本物だ。
「発売日は5月20日です。発売前ですが増刷が決まりました。」
「創刊前の雑誌が増刷するの?」
「新雑誌だから、当然部数は絞っていたのだけど、先に配布した小雑誌が当たったのね。雑誌マニア・創刊マニアもいるけれど、趣味の雑誌だから食い付く人も多かったみたい。予約分で相当捌ける事が確定しているのよ。」
「はぁ。それは当社に何か関係あるの?」
原稿料は買取だから、雑誌がいくら売れても、うちの収入にはならない。
「HPが展開してるのよ。」
あぁ、先月も何やら新しい寄稿者が増えたとか言ってたね。
「先ず一つ。先生と北村薫さんの対談が決まりました。」
「はい?」
「''私''達が歩いたルートを確定させて、改めて3人で歩きます。」
「ちょっとちょっと。」
「残念ながら北村薫先生は多忙な方なのでご参加は難しいそうなので、私達3人で歩き直します。HPに添付する記事なので締切は今月中。先生の手が空かないのなら、理沙、貴女に依頼します。」
「あの、あのね。」
「それから国府台合戦を里見氏から書いた文章を千葉大の先生から使用許可がおりましたから、ついでに取材に回りましょう。」
「…なんでそうなったの?」
「当社のアーカイブを検索していて見つけました。なので格安で二次使用が出来ました。」
「あの、HPの原稿って、そんなに高尚なものじゃないよ。」
書いてるの私だぞ。
お姉ちゃんは目を通しただろ。
校正者に回すのが、未だに恥ずかしいレベルだぞ。
「……………。だから例によって私達の馬鹿話に付く矢鱈長い注釈なのよ。せめて栃木屋での文学者法談の部分ならともかく、里見公園での私のやらかしに南さんが食い付いたの!」
あぁ、里見公園から栃木屋までのお姉ちゃんは変人だったからね。
「あと、社長が突然暴走した月光仮面の件。南さんとこで宣弘社の本を何冊も出しているから、そこら辺もアフェリエイト付きで引用するって。基本的に絶版の本が多いけど、状況次第では再販するってさ。」
「てさって、お姉ちゃん、語尾語尾。」
「先生が息継ぎもせずに理沙に語ってた、月光仮面?マンモスコング編?ええええ。DVDが私の会社の机にまとめて山積みになってますよ。なんで異動直後でまだ荷物が片付け切れて居ないのに、ムック本の山の中でパソコン打たないとならないのよ。」
「それはお姉ちゃんの仕事なの?」
「あのね。」
額を抑えながら、お姉ちゃんが爆発した。
「ロケ地を探せって。探して写真を撮って、その対比写真を載せろって。新しい企画が立ち上がっちゃったの。茨城の例の廃村写真集を知ってるから。引き続き私が担当しろってさ。」
「つまりそれは、ウチの仕事だと?」
「先生が迂闊に適当な事喋ると、なんでこう次から次へと仕事が増えるのよ!」
「知らんがな。」
ウチの社長は、そういう人だ。
てか、今。さっきまで整理してた私の「西友外壁デザイン」の検索資料を持って行ったろ。
「企画会議に出せるでしょ。ダミーだろうと捨て企画だろうと、アリバイは必要なの!」
「そうですか。」
大変だなぁ、会社員。
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