瑞稀の季節

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御成街道

追走

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コインパーキングの料金は2,000円を越えていた。
高い!
社長の近所なら12時間1,100円だぞ!
勿論ガッツリ領収書をお財布に仕舞ったのだけど、これはどっちに請求しようか?
あ、こら、お姉ちゃん。知らん顔して、よそ見するな。

「ひぅひぅ。」
「お姉ちゃん、口笛吹けないでしょ。」
「今、前歯を治しているから、尚更息が抜けちゃうのよね。」
「毎食後きちんと歯を磨いているのに、なんで虫歯になるのかしらね。私とお姉ちゃん、同じお母さんのご飯を食べてる筈なのに…」
「うふふ。大人になるとねぇ。よそで何食べてんだか、言えない様な物もたくさん呑み食いしてんのよ。会社の経費で。」

因みに社長の賄いは、ある意味で「お姉ちゃんの言う言えない物」よりも豪華だったりする。

「社長、この野菜なんですか?」
「蕗の薹だね。昨日届いたんだ。冷蔵庫にタラの芽やギョウジャニンニクとか、春野菜がたくさん入っているよ。」
「通販か何かしましたか?」
「うんにゃ、貰い物だよ。」

ウチのお父さんは春野菜が大好き、特に野草系のが。
だから七草粥も、毎年きちんと食べている。

せりなずなごぎょうはこべらほとけのざ
、すずなすずしろこれぞななくさ

我が家は家人は、春の七草を皆、そらで言える。

「前にお世話になった山梨の農家の方が送ってくれたんだ。」

秘書の私が把握していない人脈を駆使して、関東の彼方此方から野菜だの蕎麦うどん乾麺だの干し椎茸だの干瓢だのが送られてくる。

「あとは米農家と畜産農家と仲良くなれば、買い物に出る必要無くなりますね。」
「干物が好きだから、漁業関係者とも仲良くなりたいね。」

肉より魚、魚より野菜が好きなウチの社長。
20代半ばで味覚がお爺ちゃんだから、それに御相伴に預かる18歳のもう直ぐ女子短大生の味覚もお婆ちゃん化が始まっていたりする。

だって、社長が作るご飯、美味しいんだもん。


「あ、また社長、ハンドブレーキ引いてない。困った人だなぁ。」
「ウチの社用車なんか、何処にハンドブレーキが付いてるのかわからないわよ。」
「よくそれで免許取れたね。」
「トヨタのコンフォートって聞いた事ない車が教習車だったなぁ。」
「ウチはマツダのアクセラ。」
「社長がお金を出してくれたのよねぇ。私はまだ教習所のローンを払っているのに。」
「ええと、行きますよぉ。」

話が変な方向に向かい出したから、さっさと社長を追いかけよう。

………


週末とはいえ、船橋と津田沼の中心部を繋ぐ「御成街道」は、10時を回って混み始めている。
そろそろお買い物タイムだもんね。

……やっぱりまだ運転は怖いな。

「理沙達は普段何聞いてるの?」
「あぁそう言えば、朝から打ち合わせしながらだったから、ラジオも何も聞いてなかったなぁ。社長は何聞いてたんだろう。」

オーディオをCDにして、ボリュームを上げてみると。

ささきいさおさんが(ひらがなでいっぱい)、勇壮なオーケストラに乗って歌ってました。

「さようなら地球。出発する宇宙船は」

ジャスなんとかがうるさそうだから、歌詞は書かないけど、イスカンダルがどうたら言う宇宙戦艦の歌だ。

「…先生って、アニオタなの?」
「ダッシュボードを開けてみて下さい。」
「はい?」

私はそこに何が入っているか、知っているのだ。

「ええと。柴田恭平ベスト、アルフィー、80年代歌謡全集?わぁ''もしも明日が''なんて、私が生まれる前の曲だぁ。って、先生の生まれる前よね。歳が合わなくない?」
「社長のお義父さんの趣味だって。社長は特に音楽を聴く趣味がなかったから、お義父さんの好みをそのまま引き継いじゃったんだって。」
「理沙、今、オトウサンに別の漢字を充てなかった?」
「知らない。」

敏感だな。

「なるほどねぇ。ところで理沙は先生の趣味に付き合っているのよね。この宇宙戦艦の豆知識ってなんか有る?」
「ええと。イスカンダルってアレキサンダー大王のアラビア語発音だとか、そもそものストーリーが西遊記だとか。」

ぽん!

あれ、お姉ちゃんが手を打ってる。
貴女はお婆ちゃんくさい仕草を時々取りますね。

「なるほどねぇ。ありがたい経典を取りに天竺に向かうって、話の筋は一緒だった。気が付かなかったなぁ。」
「社長と父さん以外では女しかいない私の交友関係では、全く使う機会のない無駄知識だけどね。」

というか、姉妹で何の話をしているんだよ。

★  ★  ★

東船橋入口の手前で渋滞に嵌り、車は全く動かなくなってしまった。
社長は何処まで行ってしまったのだろう。

「お姉ちゃん、イマドコアプリの使い方わかる?」
「何?貴女そうやって先生を束縛してんの?」
 
あ、少しお姉ちゃんが引いた顔をしてる。
ここは我が社の為にも(主に私の為)、しっかり弁明しておかないと。

「んな訳ないでしょ。社長はあれでたまに放浪癖が出るから、決済が欲しい時はその日のうちに貰えるかどうか、取引先に連絡しないといけないの。ウチの社長はアナログ大好き人間だから、印鑑もファックスも大好き人間なのよ。」

上着の胸ポケットから、私のiPhoneをお姉ちゃんに渡す。
因みに、私のiPhoneもお姉ちゃんのiPhoneも、暗証番号は自宅の固定電話の下六桁、誰もプライベートを隠そうともしてない。 
よくこれで、ウチのお父さんに社長とのお付き合いがバレないもんだ。

「昨日まで女子高生だった18歳の話す内容じゃないわね。…このアプリで監視しているんだ。」
「ルポライターや企画屋は副業にさせたいから。作家になって欲しいし、色々な経験をインプットしなさいって、色々な人に言われてるの。勿論南さんにも、この間の茨城の新聞社の主筆の人にも言われてたな。」
「あの、いくら地方紙でも、主筆がぽいぽい会ってくれますか?…私も先生に言った方がいい?」
「社長は人も取捨選択しちゃう人だから、私の姉って属性以外の評価が欲しいなら是非是非是非是非。」
「是非是非って言葉を繋げると、何故そんなに焦る感じが出るのかしらね。」
「姉も雇い主も言葉の仕事をしているってわかっているのかしら。」

………

しばらくして、アプリの位置情報の場所に社長の後姿を確認することが出来た。
この間一緒に買いに行ったアディダスのスタンスミスに、汗をかいても目立たない(社長の実寸より10センチ以上大きくブカブカなウエストをベルトで無理矢理締めた)デニム、お尻までのベージュ色Pコートを着てふらふら歩いている。

でもあれで、きちんと背筋を伸ばして顎を引いているので、深夜にほっつき歩いていても職質に合わないし、通りすがりのおばちゃんにやたらと話しかけられる。

「きちんとした格好で歩いていれば、変なのに絡まれたらすることはないよ。何故か散歩中の犬に懐かれるけど。」

実際社長が、公園で猫に囲まれている姿を見た事がある。
あの男の正体は何者なんだろう。


「先生ね。」
「相変わらず右側を生真面目に歩いているなぁ。」

なんだかなぁ。
この人は基本的にこの先道路の左側に用があろうと右側を歩くし、常に私を車道側を歩かせない。
彼の女としては、私を大切にしてくれているのがわかるから嬉しいんだけど、焦ったいし擽ったい。

道は流れ出しているし、クルマはひだりの交通規則通りで話しかける事も出来ないから、我が社の日産モコは速やかに追い抜いた。

「随分あっさりね。電話してみましょうか?今抜きましたよって。」
「お姉ちゃん、無駄だよ。イヤホンを耳に付けてたし。社長スマホはバイブにしないで音量ゼロにしてるから。」
「…どうやって連絡してるのよ。あと何してるのよ。」

「位置ゲームしてるから時々スマホの画面は見てるよ。着歴やメール受信が有れば割と直ぐ返してくれる。あと。」

あのモードので社長は、人として役立たずの駄目人間になる事も良く知ってる。

「聞いている中身の方に夢中になっているから、例えば親とすれ違っても気が付かないよ。」
「駄目じゃん。」
「駄目なの。」




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