瑞稀の季節

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御成街道

雪桜花3

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凄かった。

いや、水戸までは常磐道で快適だったのさ。

チビは社長の実家に、ヒロはいつもの通り部屋でお留守番。
たまの遠出のパターンで、大体それは社長とのデートになる。
けど、今日はちょっと違った。

長距離という事で、私は最初から助手席で、運転席の社長のドクターペッパーのペットボトルの蓋を開けたり、コンビニで買ったフランクフルトを甲斐甲斐しく食べさせてあげたり、車載のCDケースから聞き終わったCDを取り替えたりしているうちに関東平野が突き当たって終わり、山に入った。

ぐりっちゃらぐりっちゃら。
右に左に、上に下に。
軽自動車ではキツそうな傾斜を、軽自動車だから走れる細い道を走って走って。

幸いな事に三半規管が丈夫な私は、生まれてからこの方、乗り物酔いにも合った事が無い。
小さな後付けのナビと地図を見比べながら、時々すれ違う対向車の為に、左下の側溝や、それこそガードレールが無い崖に落ちないようにセンチ単位で幅寄せの指示をしたり(社長は車幅感覚が完璧みたいで、1センチを切る様な感覚も、サイドミラーの開け閉めと一緒にきちんとこなす)しながら、やがて我が愛車以外の車の姿が消えて、猿とか鹿が道を横切るようになってから、一つの狭い盆地に辿り着いた。

ビーヴォと書かれた見た事もない自動販売機が店頭で腐っている、そもそも母屋が倒壊している日本盛の文字が読める酒屋の跡や、種屋と書かれた看板以外は瓦屋根が転がっているだけの何か、ゼネラル石油と壁に書いてあるガソリンスタンドだったものらしき空間を超えて、これまた狭い狭ぁい山に向かう道に車を乗り入れる。

路肩がぼろぼろで、私が歩いたら確実に転ぶであろうセンターラインの無い1車線しかない道路。

でも社長は、ポッキーを口に鼻歌混じりでホイホイとハンドルを切っていく。
(ポッキーは私が口移しで食べさせたんだけど、さっさと折りやがったコノヤロー。まぁ運転手相手にポッキーゲームを仕掛ける私の方が変なことは承知してる)

そこからは急に傾斜がキツくなってしまった。
シートに押し付けられて、ドリンクホルダーのMAXコーヒーが取れない!

両手をわちゃわちゃやっていると、車はとある農家っぽい家に入って行った。
農家っぽいと判断したのは、植え込みがあるのに、母屋がないけど、複棟分の敷石・束石の跡と思われる広めの空間が広がっていたから。

つまり、ここが目的地かな?

車は元の庭と思しき、冬枯れした芝生がそのまま残る、茶色い地面に停まった。

朝の8時過ぎに出発して、今は11時前ってとこか。
たった3時間くらいだけど、なんだか凄いとこにきた。

高さ10メートルくらいの、すっかり葉の落ちた木が直列して、敷地の際を表しているようだ。

「行くよ。」
後部座席に無造作に放り込んであったコートを着込むと、社長は元の門だったであろう場所に歩き出した。
「はい。」
私も慌てて(ないけど)社長の後を追う。
はい、って素直に静かに返事をするのってなんか気持ちいいね。
私は社長に依存する事に、どうやら快感を覚えているらしい。

もうしばらく道を登ると、明らかに生きている(生気のある)家があった。
門前が草むしりされて、パンジーが2列に丁寧に植えられている。

瓦屋根が乗せられた門は、街中でもお屋敷で見かけるタイプの、立派な奴だ。

「棟門というんだ。屋根は切妻造りと言って雪が積もっても滑り落ちやすくなっている。」
「はあ。」

門に私が注目している事に気がついたのだろう。
簡潔に説明をしてくれた。
割と助かる。
あと、さっきまでの良妻型の「はい」が、間抜けな「はあ」に戻るまで、多分100メートルも歩いていない。

そして、門前には1台の自動車が止まっている。
水戸ナンバーで、新聞社のロゴがドアに印刷されているのが見える。

私は社長の後について、棟門を潜った。

★  ★  ★

門の中には、平家が1棟。
青い瓦を敷いていない、何というか、ステンレスか何かの、切妻屋根(さっきの)。
後で社長に聞いたら、スレート葺という粘土質の特殊な板を使うものらしい。

剥き出しにされている柱は太くて、多少捻れている。
いかにも山から切り出した木材を、製材せずに、そのまま利用した、大工さんとか工務店が造ったものではなく、村人・杣人が自分で造った様な家かな。

「まぁ、こういう場所だからね。今でも重機は入れないし、全部自分で造るしかなかったんだよ。」

私が玄関にあたるであろう土間の入り口の柱に注目しているのを見て、また社長が説明してくれた。


縁側には、この間興奮のあまり立ち上がって演説の一つもかましそうになった女性記者がいた。

お婆ちゃんと一緒に、楽しそうに話している。
お婆ちゃんも楽しそうだ。
先生と私は会釈をして、近づいて行った。

「こんにちは。」
「あら先生、今日は可愛いアシスタントさんもご一緒ですか?」
「僕が普段留守にしている事で、何をしているのか気にしているみたいでね。まぁその言い訳に。」
「あらあら。もう尻に敷かれているんですね。」

鈴木さんという女性記者は、あらかじめ社長と約束していたんだろう。
何やら書類のやり取りを始めてしまった。

代わりにというか、それまで鈴木さんと話をしていたお婆ちゃんが手持ち無沙汰になったので、私が近寄って行く。

「こんにちは。」
「あらあら、始めまして。貴女が先生のお嫁さんですね。」
「私はそのつもりなんですけどね。まだ若いって結婚してくれないんですよ。」

私の個人情報を何故、このお婆ちゃんは知っているんだろう。
あと、私は初対面の人に何言っているんだろう。
でも不思議と私は、このお婆ちゃんに不快感は抱かなかった。
鈴木さんが入れ込んだ理由がわかった気がした。

秘書の女子高生は、秘書の立場をすっかり忘れてお婆ちゃんと話し始めた。

「まだお身体もしっかりされている様ですね。」
「私はね。畑仕事もしてるし、山に入っておかずを探しに行ったりしてるの。でも、月に2回ここに来てくれる移動スーパーの人が私より先に引退しちゃったの。野菜は育てられるけど、お米と調味料がないとね。そしたら山で暮らしていけないもの。」


「あのね。」
「はい?」
「下の集落、昔は宿場町だったの。下の道は那珂川と久慈川を結ぶ、古い古い街道だったのよ。もう道もなくなっちゃったけどね。」
「へぇ。」
そのなくなった道を、ウチの社長は今、車で走破して来たんですが。

同時に「街道」という単語に私は引っ掛かった。
そうよね。
既に廃道になっている杣道は、いくらでもあっただろうし。

「この家の前の道、戦争の前は線路があったのよ。この道を登って行った先に製材所があったの。集積所て言うのかな。山で切り出した材木をトロッコで下ろして、帰りの空のトロッコは牛で上に運んだのよ。」
「へぇへぇ。」
「ほら、貴女がさっき見てたこの柱。鉋がけもしてないでしょ。山から切り出した木の皮を剥いて、漆を塗っただけよ。」

私が知らない時代の、私が知らない文化だ。
鈴木さんも、こんな話が聞きたくて通ったのかなぁ。

「あのね。」
「はい?」
「来週、雪が降るわよ。」
「はい?」

いやいや。
林業の跡で杉とかの針葉樹林が目立つから、付近の山は緑だよ。
今日はよく晴れている事もあって、日差しがとっても明るいし。

「先週、羽根の色が白くなった山鳩を見たの。山鳩の羽根が変われば雪。昔から見てきたの。」


………

その通り。
12月の第2週、私達の街は晴れ渡った放射冷却でブルっちょ寒寒なのに。
天気予報では、関東北部の山沿いが雪になっている事を伝えていた。



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