瑞稀の季節

compo

文字の大きさ
上 下
4 / 96
序章

お買い物

しおりを挟む
玄関では、当然のようにチビがリードを咥えて待っていた。 
私がキーボックスを開けるところを見ていたので、ご主人様達がお出かけな事を、この頭の良い私達の息子は知っているのだ。

チビは私が車の鍵を指に引っ掛けてぐるぐる回すと、真似をして首をぐるぐる回す。
(自分のケージにさっさと帰って行ったヒロは、同じ事するとゴロンゴロン横に転がる。芸をするうさぎなんか初めて見た)
チビはお散歩も、車に乗る事も大好き。
助手席に座る私か社長の膝の上を独占できるから。

社長が首輪にリードを付けて、マンション裏の駐車場に夫婦追従ニコニコと。
と、目の前の道路を見て気が付いてしまった。

「あぁ!」
「どした?」
「店に行くには、駐車場から先ず右折です。」

駐車場に接した道路は、普段から渋滞している交差点の直ぐ側で、交差点に向かう右折方向は車が連なっているし、左折方向も交通量が多い。

「社長。左折作戦でいいですか?」
「それは店が遠くなるねぇ。」
「今日は遅くなっても構わない日です。」

なんなら泊まっていってもいいぞ。
危険日だけど、生でしなければ大丈夫だろうし、もしそうなったらそうなったらで私の勝ちだ。
 
「軽だから裏道走れば良いか。」

あっ、この野郎。ジモティのスキルを活かしやがるか。
…大丈夫だよな。
今日のでパンツは、…じゃなくて、私の精神状態。
発情してない筈なのに、テンション高めなのは何故だ。

社長とお出かけだから?
ショッピングなんだからデート?

最近、社長のパンツを洗濯することに全く違和感と抵抗感を感じなくなった、卒業式を2週間後に控えた世帯染み好き女子高生に、まだそんな初々しい乙女心が残っていたか。

…なぁんて、別にそんなわけはなく、裏道=細い道を慣れない車で走る現実から逃避してるだけですけどね。

「おし!」
運転席に座って、自分で両頬をぱんぱんと叩いて気合いを入れる。
イグニッションを捻ると、スピーカーからよくわからないジャージーな音楽が鳴り出した。

よくわからない?
って少し曲が進んだら、うわ、知ってるこれ。

「社長、良い歳してルパン3世聴いてるんですか?」
「太陽にほえろやあぶない刑事もあるよ。」
「全部私が生まれる前のアニメやドラマだなぁ。あ、あれ。」
「どした?」 
「社長、またサイドブレーキを掛けてませんね。」

この車はベンチシートになっているので、パーキングブレーキが足元にある。
普通のセダンで免許を取った理沙ちゃんとしては、オーソドックス以外はノーサンキューなのですよ。

「別に山道を坂道発進する訳でなし、ドライブシフトに入れっぱなしで別に苦労ないもん。」
「慣れた人ってこうなるのかなぁ。」
「それ以外はきちんと教習所の教え守ってるさ。それだけで大体ゴールドがキープできるから。」
「それだけ?」
「反則金って結構ウザいぞう。」
「若葉赤ちゃんの秘書を脅かさないで下さい。」

空いた左折もドッキドキなんだから。

とは言え、地元民社長は右折レーン・右折信号機のある交差点や交通量の少ない広めの道を選んでくれたので、大した緊張も無く店に到着出来た。

「買い物行って来るから、待っててな。」
「わん」

当の本人は知らん顔してチビを撫でているけど、しっかり前方にそのままスルー出来る駐車位置を指示してくれている。
しかもチビちゃん、尻尾ふりふり大人しくシートでお座りしてるし。
全く。
毎日惚れ直す事ばかりだろ、もう。

あと、助手席から大人の男性が降りて来て、女子高生が運転席から降りて来る我が家のモコに、隣の車のお母ちゃんが目を剥いて驚いていたのは内緒(この車を運転するのは3回目だけど、毎回の事)だ。

★  ★  ★

「社長はコンバース以外では、どのメーカーがお好みですか?」
「あぁ、理沙くん。スイッチオフで。」
「え?あぁはい。」
「ふむ、そうだなぁ。」

スイッチオフは仕事モードではなくプライベートモードにしろって命令。
上司と部下ではなく、歳が多少離れた恋人同士になりなさいって事だ。
実は私的には、人前だとこのモードは些か恥ずかしい。
だから手を繋いだり、甘えたりは(外では)しない。

「アディダスかニューバランスかなぁ。」
「事務所の靴箱に入ってないけど?」
「コンバースが4足も有ると、履き切れないもん。」 
「靴を履き切れないって日本語はありません。」

全く、言葉で商売している人なんだから、言葉を大切にしなさい。

「アディダスだとスタンスミス、ニューバランスだと1880番あたりが定番かなぁ。」
「理沙くんはよくそんなの知ってるな。素直に感心するよ。」
「そりゃ、私はまだ学生ですから、婚約者がいるにしても、おしゃれの一つも情報を収集するのが義務なの!」
「なるほど。」
「あれれ?婚約者の文言について反応が薄いよ?」
「否定しても肯定しても厄介な事になるんだろう。」
「当然です。歳下の彼女の冗談くらい上手く捌ける男になりなさい。」
「厄介な人とは結婚したくないなぁ。ア痛!」

こんな失礼な事言われて黙っている私ではない。
尻をつねってやった。
…今さっき、外ではイチャイチャしないって述べたばかりな気がするけど気にしない事。

馬鹿な会話をしつつ、社長が選んだのは白に踵だけ緑を差して、傍に小さくロゴの入ったシンプルなシューズだった。

「そっちにしたんだ。」
「文章に起こした時に、番号で書かれると少しマニアック過ぎるかなってね。それにスタンスミスは僕ですら知ってる名前だから。」
「なるほど。」  

ここら辺はこの人、言葉を商売にしている人だね。
…やっぱりさっき、正反対な事を私言ってるし。

「あと、これも追加で。」
「またコンバース買うんかい!」

★  ★  ★

帰り、というか2軒目は運転を変わってくれたので、チビを心ゆくまで撫でてあげる事にする。
チビも私の顔をべろべろ舐め回すので、私の顔が唾だらけになる。
こんなんだから、私はリップも基礎化粧品も付けて来れない。

高校生で良かった。
すっぴんでも全然問題ない。

またうちの社長はその時に、瞼の上からフレンチなチューをするのだ。
私的にはうっとりさせられるのだけど、どっちにしてもアイラインを引くとか以ての外になる。

「さて、飯食って帰るだろ?」
「何にも考えてないよ。大体まだ仕事終わってないでしょ。」
「飯食うのも、うちの秘書の仕事だよ。」
「飯作るのは、うちの秘書の仕事じゃないんだ。」
「だったら、僕より美味い飯を作ってくれ。」
「……鋭意、修行中ですので。」
「うむ。待ってる。」

…この人のこんな面は、天然なんだよなぁ。
照れもしないで、平気で私の琴線に触れて平然としてやがる。

★  ★  ★

2軒目というのは少し大きめのホームセンター。
チビのドッグフードと、いなばのちゅ~る。ヒロの牧草とペレットの買い足しに来たのだ。

ついでにお米とお茶を買っている。
なんだろうこの人。
いや、ブランド米じゃなくて普通の流通米だし、お茶だって伊藤園の廉価品。
なのに、この人が炊くご飯も、普通の急須で淹れただけのお茶も凄く甘い。

私だって一応、年頃の女性として、母と実姉に料理を習っているんだ。
お味噌汁だって、悪くはないと思う。

家族で入るレストランの和定食や、料理屋のお味噌汁とは負けない味を出していると思う。

なのに、なんでこの人の、ただの白米も緑茶も美味しいのよ。

「わん」
「だよねぇ。」

まぁ何にせよ。
せっかく始まる新連載も、結局まだ何一つ骨子が固まってないし、もう少しミーティングを深めながら美味しい晩御飯をいただくのも悪くないね。
うん。

(というか、社長のとこでご飯を食べてしまうと、同じ日にお母さんのご飯がイマイチ残念に思えてしまい、精神的にも親不孝はしたくないのだよ。)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。

広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ! 待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの? 「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」 国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

処理中です...