相馬さんは今日も竹刀を振る 

compo

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そろそろ覚悟を決めろ

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「おい、酒あるだろう、アレ持って来いや。」
「はいはい。ちょっと待っててね。」

さけ?
鮭?酒?SAKE?
ちょっと待ちなさい。
貴方がたの帰路を慮って、細心の注意を払って、てってってって祖母が玄関から熨斗の付いた1升瓶を2本抱えて来たよ。

しまったぁ。居間と台所に根を張っていたから、玄関まで見てなかった。

1升が1.8リットルだから、ええと瓶も加えると6キロくらいになるだろう。

慌てて立ち上がると、大丈夫よって祖母に座るように言われた。

「せっかくホテルから良い酒貰ったからな。新婚祝いに皆んなで呑もうや。」

祖父は祖母から座ったまま受け取ると、居間に備え付けのペーパーナイフで包み紙を丁寧に剥がして折り畳んだ。

出て来たものは、なんか凄い貫禄を持った化粧箱。
僕が知ってるお酒の化粧箱って白木だと思う。思ってた。
だって隣の良玄寺さん、白木箱を資源ごみに出しているもん。
僕ですら知ってる、越乃寒梅とかの名前を焼印してある奴。

「こう言う箱ってウチの方じゃ、燃えないゴミに分別されているのよね。燃えるのに。」
「ばあちゃんは呑気ですね。」

貴女達が仲人をした新婚夫婦があたふたしてますよ。



あと、祖父のこう言った細かい所は、父を経由して僕も受け継いでいる。

Amazonの箱とか、テープと宛名を綺麗に剥がして折り畳んでサイズに合わせて積んでおく。
出て来たのは、お仏壇というかお厨子というか。

資源ごみの前の晩にビニール紐で包んで、玄関に置いておく、のが僕のルーティンだけど、最近では瑞穂くんが真似してくれているので楽だ。
まぁ箱の半分は瑞穂くんの買い物だし。

瑞穂くんは、そのくらいはきちんと家族の仕事を、誰にも言われなくても進んでやってくれる良い子ではある。

まぁ、その良い子は婿候補と大叔父・大叔母の前で、シャツの上からも分かる膨れたお腹を抱えてフーフー言っているんですが。

さっきあげた胃薬、何の意味もなくなっちゃったよ。

「あの、警視監?随分と高そうな箱ですが」
「そりゃ、多分日本でも1番高い部類に入る酒だからな。」
「因みにおいくら万円になりますか?」
「40万。」
「よっ、40…。麗香、帰ろうか。」
「帰す訳にはいかんな。だってお前。鮑の酒蒸し食っただろ。」
「酒蒸しならアルコールの気は抜けてるんじゃ…。」
「測ってみるか?」

祖父は何やらカバンから棒を取り出したよ?

「アルコール検査器?何で警視監そんなもん持ち歩いているんですか?」
「隠居しても会食に呼ばれる事は多いからな。まさか元警視監が酒気帯び運転で捕まる訳にもいかんだろ。」
「車はどうするんですか?」
「泊まっていけばいい。」
「はぁ?」

はい?
家主の意向はほったらかしですか?

「部屋も布団も有り余っている屋敷だから大丈夫だ。あ、初夜ごとだけは勘弁してくれ、若いもんに示しがつかん。」

その若いもんを無理矢理同棲させたのは誰じゃい!

「勝山大吟醸30年物だ。そうそう市場にも出回らん本物の高級酒だよ。なかなか呑める酒じゃねぇから付き合え。」
「聞いた事ありませんよ。」
「光さん。徳利とお猪口はどこにありますか?」
「僕と瑞穂くんしか住んでいないのに、晩酌セットなんかある訳ないですよ。」
「光、引っ越し荷物に茶箱があっただろ。あれ、どこ片付けた?」
「余った食器が入っていた茶箱ですか?まだ整理し切れていないのに、じいちゃんや母さんやお隣さんがあれこれ持ってきますからねぇ。多分違棚がある部屋に…ってまさか?」
「2年後にはお前と息子と一杯やろうと思ってるからな。ウチで使わない有田焼やら江戸切子のぐい呑があるはずだ。」

江戸切子って。

「昔の部下の家が職人の家でな。浅草に工房兼店があるんだが、ぐい呑の店頭価格が1個4万とか言ってたな。」
「あの。確かじいちゃん、引っ越しの時、割とぞんざいに茶箱を放り投げてた記憶がありますが。」

確か庭から、ガッチャンガッチャン音させて縁側に放り投げてましたね。
ふぅ重いとか言って。
大体、引っ越しトラックを冠木門の外に停めて、大量の段ボールを抱えて広い庭を突っ切ってたもん。
僕が実家から持って来た荷物よりも、明らかにじいちゃんが運び入れた荷物の方が多かったもん。

「ありましたよ。」
「おう、これこれ。」

ちょっと無駄話している間に、ばあちゃんがさっさと見つけて来た。

「荷物詰めは私がやりましたから、茶箱が有ればそれだけで充分ですよ。」
「…じいちゃんは手伝わなかったんだ。」
「こんな宿六が手を出したら、明後日の夜になっても終わらないでしょ。」
「おう!」
「威張るな、糞爺い!」

仲良いな。
じいちゃんばあちゃん。

★  ★  ★

「あのな。」
「はい。」


なんだか知らないけど、ゴリラは寝てしまった。
ゴリラのつがい曰く

「うわぁ、なんだろう。このお酒、口当たりが柔らかくてスイスイ飲めちゃうわ。どうしよう。値段を聞いたらもう死ぬまで呑めないのに、止まらないわぁ。」

とか言ってんだけど、そんな40万酒を冷やのまま祖母が酌をしているので、そもそも止める気が無いようだ。

瑞穂くんも、床にひっくり返ったまま寝ちゃったし。

まだ6時前だよ。
2人も寝てると、雨戸が閉められ無いじゃないか。
あと、本当に泊まるなら布団を出さないとならないし、お風呂もたて直さないと。

と、とりあえず寿司桶や重箱やお椀を洗っていると、祖父1人が台所にやって来て、食卓に付いた。
ピーちゃんを肩に乗せて。
ゲストの相手を任せっぱなしでごめんね。

「ピーチャン」

任せろって言ってるみたい。


「隊長と警視正が来るのは、アイツら本気だ。署長と本部長に口頭で報告をしていた。」
「何しに来るんですかね。」

多分漆塗りっぽい重箱は、普通に水洗いで大丈夫だろうけど、白木の寿司桶はどうしよう。
レモンがあるから、これで洗うかな。
確かレモンの酸性分がカビの発生を防ぐ筈だ。

布団は、確か瑞穂くんが時々縁側に並べてたな。
我が家は庭は広いけど、布団を干す物干し竿がないんだよね。
ま、瑞穂くんの事だから、布団がカビ臭くなっている心配はないか。

料理が絶望的な分、掃除・洗濯はプロフェッショナルなお隣さんに師事しているからか、おままごとな主婦業とはいえ、そこら辺は信用出来る。


「お前は、本当になんだな。主婦か?」
「お忘れですか?我が家は共働きですよ。妹だってまだ子供だし、僕が面倒見るしかなかったんです。」
「お前はなんでも出来るからな。そこら辺は息子どもも信頼してたんだろ。この家で瑞穂を面倒みている事も、まったく心配してないしな。」

それはアンタらの悪巧みのせいでしょ。


「でだ。本題に入る。」
「なんでしょう。」

お椀を全部水に浸して、ママレモンを軽く振りかけておこう。
しばらくして、汚れが浮いて来たら、流しておしまいっと。

「例のスペインの件な、黒幕は俺じゃない。六本木だ。」
「六本木?行った事ありませんよ?」

あ、美術館に行った事あるか。
でもあそこは地下鉄直結だから、街に出てないし。

「スペイン大使館が六本木にあるんだよ。スペイン大使が俺の弟子でな。」
「……スペイン大使を弟子に持つ日本人ってなんですか?」
「まぁなまじ出世しちまうと、色々なしがらみが増えちまう。スペイン大使には剣道を教えている。」

だから無闇矢鱈と弟子なんかですね。
って僕に言う資格ないよな。

瑞穂くんはある意味では剣道留学の面もあるけど、阿部さんと田中さんは押しかけ弟子だし。
僕が知らない弟子が(何故か婦警ばっか)あと何人いるかわからない。

「要はよ。女連中の護衛が必要なんだよ。水野には後藤が、瑞穂にはお前が付くにしても、阿部と田中は放っておくと、マドリードなりバルセロナなりで誘拐されかねん。」
「誰が誰を誘拐するんですか?」
「スペイン王家の信奉者だな。スペインのヒロインをぶちのめした日本人とその弟子筋が、スペイン国家とスペイン王家の招待で来西するって事にピリピリしてるらしい。」
「だったら連れて行かなきゃ良いのでは?」

あと2人、席があるんだから、わざわざあの2人をメンバーに加える必要もないでしょ?

「言わなかったか?あちらさんは''相馬''に興味を持っているんだ。お前の指導で瑞穂を含む3人は間違えなく剣道の腕を上げている。スペイン大使はそれを把握しているんだよ。」

「なんでたかだか大学1年生をばですね。」
「お前の存在は、警視庁も警察庁も知ってるからなぁ。スペイン大使とのパイプもあるだろう。本部長がわざわざ挨拶に行ったのも、他の都道府県警に奪われないように唾を付けに行った訳だ。」
「あぁもう。なんだかなぁ。」


「だからな。あと2人は阿部と田中で行く。これは俺と大学と県警で意見を統一した。」
「僕の、僕らの意思は無視ですか。」
「当たり前だ。」

当たり前なんだ。

「行っただろ?俺に勝ったお前って男はとんでもねぇと。一応、俺は現代では名人達人とされているがよ、お前は既に俺以上なんだよ。お前と、お前が教えた弟子連中を注文している奴らは、警察のみならず、他国にも居るってこった。」


うわぁ、大声で叫びたい。

知らんがな!
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