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プロポーズと試合

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「瑞穂くん…?」
「チガウチガウ!ワタシハノーマル!」

よりによって、けったいな単語がスマホから流れて来た瞬間に、瑞穂くんが風呂から帰って来た。
まぁ、他所様の国はLGBTQだの、同性婚だのに理解があるそうですけどねぇ。

『我が国では、同性婚は法律で肯定されています』
「そうですか。」
「スペインデハ、ケッコンデキルノ16サイカラダヨ」
「はい?」
『そこら辺は、知恵と勇気とガッツで』
「ナントカナルワケナイデショ!」
「………。」

ストーカー?
これはあれかな?
我が家の来客名物、厄介な人かな?

『瑞穂、スペインに帰って、私と結婚しよう』
「ワタシハ、ヒカリトケッコンスルノ!」
『駄目だ!瑞穂は私の嫁だ!』
「ワタシハ、ヒカリノオヨメサンニナルタメニ、ニホンニキタノ!」
『むむむむ』
「グギギギ」

これ、どうしようか。
あ、空気を読んだ穴熊くんがこっそり帰って行く。
薄情者~!
今まで寝ていたじゃないか。

………。

「ヒカリハツヨイヨ!ワタシノシショウダモン」
『瑞穂より私の方が強いじゃない!』
「más fuerte!Hikari!」
「soy más fuerte!」

あぁもう、スペイン語で口喧嘩を始めちゃったよ。
何言ってるのかわからないじゃん。
出来れば逃げ出したいけど、後で叱られそうだし。
いや、だしじゃなくて、絶対叱られる。

郷(スペイン)のいざこざを、こんな東の果ての田舎町まで持ち込まないで欲しいなぁ。
ずずぅ。
あぁ、お茶が美味しい。
昨日、あまりにも多い来客用の、少しお高い茶葉を買っておいて良かった。
祖父が買ってくれた和菓子がまだあるし。
あぁでも、お煎餅以外はそろそろ賞味期限だなぁ。
羊羹はともかく、お饅頭とどら焼きは早く食べないと。

「ヒカリ!」
「はい!」

せっかく現実逃避してたのに、なんか瑞穂くんに怒られた。
というか、何故に首筋を両手で掴まれてるの?僕。

「カチナサイ」
「はい?」
「ワタシトヒカリノミライノタメニ!」
『ちっぽけな日本人に、私が負ける訳無いじゃん!』
「はいぃ?」
『良い瑞穂。私が勝ったらスペインに帰るわよ!』
「ヒカリガマケルワケナイ!」

…本当に厄介な人が来た。

★  ★  ★

なんでもマルティナさんとやらは、フェンシング、エペのスペイン代表なんだそうだ。

フェンシングなんか知らないよ。
白い格好して、お面を被って、棒で突き合うって事だけは知ってる。
けど、多分それが日本人が持つフェンシングに対する印象の最大公約数だろうなぁ。
オリンピックの時に日本人がメダルを取ればニュースで流れるくらいだよね。

瑞穂くんは、「突き」の練習の為にフェンシングクラブに通っていて(年齢制限がある技だからねぇ)、そこにいたマルティナさんに見初められたらしい。

つまり、僕のところに来た理由は、彼女のアタックから逃げて来たって事かい。

『一応、日本フェンシング協会の招待で来ました』
「その招待はどうしたんですか?」
『逃げました』 
おいおい。

って言うか、なんで僕ん家がわかるんだよ。
って、祖父か瑞穂くんのお婆さんの仕業以外にないだろうなぁ。 
やれやれ。

………

と言ってもだ。
我が家の道場は板張りだし、ルールがよくわからないフェンシングには一切対応してないだろう。
大体、僕が全くわからない。

「エペニハコウゲキケンガナイカラ、ドコデモイツデモセメテイイヨ」
「エペとか、攻撃権とか言われてもなぁ。」

しかも先様は、フェンシング用のプロテクターとマスクで完全防備な上、テレビでしか見た事の無いレイピア?でやる気満々なのだ。
そりゃ、フェンシングの仕事で来たならマイ防具くらい持ってくるわなぁ。

それに対して僕はというと、面・胴・小手に竹刀。つまり、いつもの剣道フルセットだ。
なんだこの、異種格闘技戦は?

あと、僕の視力は普通に左右1.5なので、我が家にはメガネという物がない。
サングラスなんて洒落た物だってないから、レイピアで面の隙間をつかれたら、自慢じゃ無いが簡単に死ぬ自信がある。
剣道だって、竹刀のささくれが相手の目を突いてしまう死亡事故が起こるんだ。

なんでこんな事になったかと言うと

「光は最強なので、防具なんか要らない!」(要約)って買い言葉を買った15歳が居るからです。

やれやれ。
やれやれやれやれ。

………


「Rassemblez ! Saluez !」

審判を買って出た瑞穂くんから号令が掛かった。
…何言ってんだか、わからない。
とりあえずマルティナさんが頭を下げたので真似をする。

「Allez!」

その言葉と同時に、マルティナさんが飛び出して来た。
早い。いや、疾い。
早さで言えば、瑞穂くん以上だ。

けど、言っちゃあなんだけど、祖父とは比べ物にならない。
突きに特化した剣術と、なんでもアリな剣術では、当然後者の方が捌き方を知っている。

マルティナさんの攻撃を、竹刀の剣先だけでいなし続ける。
フェンシングは前後の移動が基本なのだろう。
でも剣道は、前後どころか、「上下左右」にバランスを崩す事なく動き回る化け物がいる訳で。
上下ってなんだよ。
格闘技って、空中や着地の時に隙だらけになるから、ジャンプ技は普通禁じ手にするのに、そいつには隙が生まれないんだぜ。
まぁ、そんな事出来るのは、勿論祖父だけど。

あんなのに鍛えられた僕には、世界チャンプらしいマルティナさんの動きを読む事は容易いわけで。

ただ問題が1つ。
竹刀で、どう攻めよう。
やっぱり突き以外は使っちゃ不味いよなぁ。
マルティナさん、面も小手も空きっぱなしだから、いつでも1本取れるけど。

「格上」が「格下」に合わせてあげた方がいいだろう。

「!?」

僕は前に踏み込むと同時に、体(たい)を左に振った。
マルティナさんの重心が一瞬傾くけど、それで充分。
僕の竹刀の剣先は、マルティナさんの喉元にピタリと止められていた。

「おおおお!」

同時に気迫を(祖父がインチキと言う丹田から)捻り出すと、何もしていないのにマルティナさんが吹き飛んだ。
大袈裟な。

フェンシングの試合は3分5本勝負らしいけど、あとは一方的だった。
マルティナさんから精度が消えた。
祖父の言う「馬鹿」でも「素人」でもない、基礎が身体に叩き込まれた世界チャンプなだけに、よりわかりやすくなった動きは丸わかりのレベルまで落ちた。

僕は竹刀を1度もマルティナさんに触れる事なく、ただマルティナさんの心をへし折り続ける事に成功した。

「Rassemblez ! Saluez !」

それが試合終了の合図なのだろう。

フェンシングと剣道。
白と黒。
2つの競技者の戦いは、白い姿のフェンシングが、礼の後、頽れた。

…この道場で試合をすると、どっちかが倒れる事、多くないかな。
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