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第三十六章

お口にピース

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「サッカードウの動きの中で奥歯を食いしばってマックスパワーを出す、という局面はそんなに多くありません。なので実際に重視するのは噛み合わせの改良と歯の保護の方です。しっかり噛めて首の筋肉が締まれば脳震盪も起こし難いし、歯や口内の損傷の心配が減れば思い切って身体をぶつけられる。それで……」
 説明の最後をそう締めくくると、俺はポケットからマウスピースのサンプル――綿を布で包んで軽く縫っただけの粗悪品だ――を取り出しシャマーさんに見せた。
「これがマウスピースの試作品、というか概念を理解して貰う為に俺が作ったヤツです。これをこう、くひのなひゃにいれへぇ、ふぇい」
 そしてそれを口に銜え本当に軽く自分の口を殴ってみる。
「ぺっ! とまあこんなガラクタでもダメージは軽減できるんです。なのでちゃんとした素材でそれぞれの歯形に合ったモノを作れば……ってばっちいから触らない!」
 説明の最中、吐き出したマウスピースモドキにシャマーさんが手を伸ばしたので慌てて止めて俺はそれを背後に隠した。
「え、それ欲しいなー」
「要らないでしょ! いずれちゃんとしたモノを希望者全員に作りますから!」
 因みにアメフトには装具に関するルールがあり、きちんとしたモノを使用していないと罰則を受ける。ある貧乏な芸人さんが学生時代、お金が無いのでティッシュペーパーを丸めてテープで止めたブツをマウスピース代わりに使っていて、それが審判さんにばれてファウルを取られたという逸話を聞いた事もある。
「希望者~?」
「ええ。実際に使ってみたらしっくりこないとか、気が散って却ってパフォーマンスが落ちるタイプとかもいますから」
 はっきり言って俺の試作品はその逸話より少しマシな程度である。しかもシャマーさんの歯に合わせたモノでもないし。まったく、こんなのを手に入れてどうするというんだ?
「確かにー。喋り辛そうでもあるもんねー」
 シャマーさんはそう言いながら自分の唇を摘んだ。確かに彼女はよく指示を出す側の選手なので気にはなるだろう。
「ちゃんと統計を取った訳ではないですけど、愛用者はハイボールを競り合うCFやCB、あとデュエルの多いボランチとかのイメージがあります」
 早い話がファイタータイプの選手、という事だ。そもそもマウスピースと言えばファイター、つまりボクサーや格闘技の選手が先に使っていた物でもあるからね。
「余談ですけど某チームのCBが使ってましてね。ある時、チームメイトのCFがゴールを決めたので祝福へ行ったら抱き合う際に頭突きされる形になっちゃって。『マウスピースがなかったら危なかった』って」
 俺は軽くその場面を一人で演じながら言う。シャマーさんはCBではあるが、スマートなプレーをする方だ。バチバチに身体をぶつけてボールを奪う選手ではない。しかしそんなタイプであっても、歯を保護する事には意味がある筈だ。
 最終的にはそれらメリットとデメリットを比べて使用するかどうか決定する事になるだろう。
「でもさー。私に限定して言えば、歯形をとる必要なんてあったー?」
 と、真面目に考え込んでいたシャマーさんが急に笑顔になってこちらの顔を見上げる。
「は? どういう意味です?」
 なんとなく悪い予感を覚えるが俺は一応、返事をした。因みに『は?』とは別に歯とかけている訳ではない。
「だって~。ショーちゃん、私の歯についてはもう十分、知ってるもんねー。してくれる時は前歯をぶつけないし、舌で私の犬歯の裏をツンツンって……」
「わーわーわー!」
 俺は慌てて彼女の口を手で塞ぐ。測定を全て終えた選手達の何名かが、ぞろぞろとこちらの方へ歩いてきたのだ。
「なんか思ってたより伸びてたー!」
「上位陣の発表ってするのよね? ってあんた何してんの?」
 先頭に立つユイノさんとリーシャさんが怪訝な顔をして俺たちの方を見る。
「え? いや、別に。成績については、はい、そのつもりですよ」
 あとあんた、じゃなくて監督と呼んでねリーシャさん!
「そう。なら良いけど。よし、いっぱい載る気がする!」
「おー自信満々だねー」
 デイエルフのスピードスターは俺の返答を聞いて頷き、親友がそれを茶化しながら通り過ぎていく。
「集計は学生コンビのデータが来てからだけどね!」
 通り過ぎる集団にそう補足をしてから、俺は手を外してキャプテンの方を向いた。
「何を言い出すんですか!」
「あれ、えっちで気持ちよくて好きよ~」 
 外すの早かった! 俺は慌てて彼女の口を再び塞ぐ。
「おおー! やってるっすねー」
「聞いたのが私たちで良かったと思いなよ、ショーキチ」
「詳しく! kwskでござる!」
 次に来たのはクエンさん、ルーナさん、リストさんの3人だった。因みにこのナイトエルフとハーフエルフの組み合わせは、主にパワー方面で測定の上位に現れそうなトリオである。
「いや、そんな、君達の考えてそうな事じゃないから! ほんとごめん、どうぞ!」
 否定と謝罪を同時に行いながら異色のエルフたちに道を譲り見送る。しかしまあルーナさんの言う通り、聞かれたのが彼女たちでまだ良かった。こういう事についてからかったり本のネタにしこそすれ、誰かに言いふらすタイプではないし。
「ほどほどにね」
 少し粘りそうなリストさんをクエンさんと共にひっぱり、ルーナさん達はクラブハウスの方へ消えた。
「ほどほどに、だってー」
「はぁ……。俺、本当にそんな事してます?」
 他の選手達がこちら方面に来ない事を確認し、俺は別の事を確かめる。もしかしたらシャマーさんが俺を騙しているかもしれないからだ。
「してるよ~。もしかして自覚ないー?」
「ありませんよ! だっていつも夢中だし……」
 俺はちょっと怒りながら呟く。いやしかし人を百戦錬磨の女たらしみたいに思わないで欲しい。余裕なんて全くないんだぞ!
「夢中……夢中なんだ……」
 一方、シャマーさんは顔をピンクに染めながら俯いて小さく何かを呟いていた。
「どうしました? やっぱり嘘ですか?」
「なんでもない! やった! シャマーさん優勝ー!」
 俺が訊ねるとシャマーさんは首を横に振り、こちらの肩を叩いて走り去る。
「優勝? いやまだ結果は発表されてませんけど!?」
 そんな声もたぶん聞こえない程のスピードでシャマーさんは消えていった。
「あれを計測した方が速度、出てんじゃないかな……」
 練習場よりも試合の方が本気が出る選手、てのもたまにいるからなあ。まあそれでも計っておく事に意味はある筈だ。
 それはそうとその練習場ではまだ計測している選手が少し残っているようだ。俺はそれを手伝う為にグランドの方へ戻る事にした。
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