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第三十六章
呑まない呑めない女たち
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「やりました! 自己ベスト更新!」
「ごめん、もう一回だけ測り直して!」
「うわっルーナ、サラマンダーより、ずっとはやい!!」
そんな叫び声がエルヴィレッジに響く。その日の練習は予定通り身体能力測定で、グラウンドのあちらこちらに分かれて様々な計測が行われていた。
その種類は30m走や100m走、垂直跳びや走り幅跳び、ベンチプレスや遠投と多岐に渡る。分かる人間には各種アメリカンスポーツにおけるドラフトコンバイン的な風景と言えば通じるだろう。
もっとも、今日のこれは選手を選抜する為の催しではないが。いや、遠投力や背筋についてはある事に関わるので選抜もするが。サッカードウにどう関係が? って思われるかもだけどね。
「やだ、飲んじゃった……」
「歯を立てるの? いつも逆を意識してるから難しいわね」
一方、そんな嬌声が聞こえる一帯では更に不可思議な測定が行われていた。
「あーやっぱあそこの補助には俺が行った方が良いな」
俺は例によってベランダから全体を見渡していたが、思い立ってその現場の方へ近づいた。
「すみません、ここについては俺が説明役しますね」
あたふたしているミガサさん――今日の練習前に皆には紹介し、さっそく仕事について貰っている――の肩を叩き、俺はテーブルのソレを手に取った。
「ここでは、皆さんの『歯形』を記録します。その為に噛んで貰うこれ、食べても大丈夫な素材でできていますが、噛み千切られたら残せません。しっかり噛んで、でも喰い破らない程度にしてください!」
俺はそう言いつつ未使用のソレと、魔力で急速冷凍されケースに入れられたボナザさんの歯形付きのソレとをその場の選手達へ見せる。
「分かった?」
「「はーい!」」
その返事を聞いて俺は先頭のシャマーさんにソレを渡した。因みにソレソレ言っているがこれは地球で言うピザ生地みたいなモノだ。穀物の粉になんやかんやを混ぜて柔らかく噛み跡が残るようにしている。
「はい、ショーちゃん確認してー? あーん」
手早く生地を噛んだシャマーさんがそう言って見せてきたのは、ソレではなく大きく空いた自分の口内と舌だった。
ピンクの舌に小さく白い歯、陰になっているのでやや暗く見える赤い口腔と喉の奥……。エッチが過ぎる!
「ちょっと! 何をやっているんですか!?」
「えー? だって呑み込んでいないか確認しないとでしょー?」
「生地の方を見れば分かります! それにその見せ方は呑んでないかじゃなくて、飲んだ事の証明でやる方!」
俺はそこまで一気に言い放って、はっと失言に気づいた。
「え? 何をー? 何を飲んだ証明~?」
もちろん、俺のミスを聞き逃すようなシャマーさんではない。ニヤニヤと笑いながら俺の顔をのぞき込んで来る。
「何でもありません! それ、預かります!」
俺は彼女から顔を背けつつ、生地を奪い取ってミガサさんに手渡す。彼女はそれを確認しケースに収め、蓋の部分にシャマーさんの名前を書き込んだ。
「はい、大丈夫です。次の方ー」
ミガサさんは手元の資料にもチェックを付け、次のエルフを呼び出す。その態度はなかなか堂々としていて、役者をしている時や俺たちを呼びに来た時とは大違いだ。これが治療士としての経歴が与える自信か。
「ショーちゃん、また綺麗な子を連れてきたわね~。欲望に際限なくて、そういうところ、好きー」
「違います! ちょっとこっちへ」
自分の事を脇でゴニョゴニョ言われていると仕事に集中できないだろう。俺はシャマーさんを離れた所――エルフは耳が良いので内緒話にも一苦労だ――へ連れて行ってから続けた。
「彼女はある方の依頼と、俺の新しいプロジェクトの必要が上手く噛み合ったから雇ったんです」
「何の計画?」
「歯形を取ったので分かりませんか? マウスピースですよ!」
エルフと人間の遺体解剖を行った日から数週間が経ち、詳細な報告書が届きだした。忙しい日々の中でそれに目を通すのはなかなかに難しく、中身を理解するのは更に難しい。
だがその中で比較的、俺にも理解し易い部分があった。それが『歯』である。
エルフと人間とでは明らかに歯が違う。どちらも切歯や犬歯や臼歯など役割にあった種類の歯を複数備えており雑食の生物であることを伺わせるが、エルフの犬歯はやや大きく臼歯も一部、尖っているのだ。
つまりエルフは人間よりもやや肉食獣に近いと言える。まあその当たりは顎のラインを見たら分かっていた話ではあるのだが。
それが何を指すか。エルフは人間より肉などを切り裂く事が上手く、もしかしたら骨付きの肉だって臼歯で砕いてバリバリと呑み込む事ができるかもしれない。しかし噛み合わせの面ではやや不利で、横の動きや衝撃、そして奥歯を食いしばって踏ん張る方面では弱いのだ。
歯を食いしばって強い力を出す。その際に何かが当たったり予想外の方向から力が加わる。肉体接触のある競技では当然、起こりえる状況だ。エルフはそんな局面で――少なくとも歯に関わる部分では――人間より貧弱だ。
そして人間に劣るというのであれば他のパワー系種族、ドワーフやミノタウロスやトロールと比べれば更に、という話である。多くの種族がサッカードウに参加し選手のフィジカルがモノを言う状況になればエルフ代表が低迷していくのは必然だったと言えよう。
ただ不利という状態は逆に言うと伸びしろがあるという状態でもある。エルフという種族が持つ『歯の噛み合わせが悪い』という弱点をカバーすれば、パワーや肉体接触で負けない局面が増えるだろう。
で、その『弱点をカバーする』手段については幾つか考えられるが、俺が真っ先に思いついたのは道具を使用する方法。つまり選手にあったマウスピースを作成し使用する事であった……。
「ごめん、もう一回だけ測り直して!」
「うわっルーナ、サラマンダーより、ずっとはやい!!」
そんな叫び声がエルヴィレッジに響く。その日の練習は予定通り身体能力測定で、グラウンドのあちらこちらに分かれて様々な計測が行われていた。
その種類は30m走や100m走、垂直跳びや走り幅跳び、ベンチプレスや遠投と多岐に渡る。分かる人間には各種アメリカンスポーツにおけるドラフトコンバイン的な風景と言えば通じるだろう。
もっとも、今日のこれは選手を選抜する為の催しではないが。いや、遠投力や背筋についてはある事に関わるので選抜もするが。サッカードウにどう関係が? って思われるかもだけどね。
「やだ、飲んじゃった……」
「歯を立てるの? いつも逆を意識してるから難しいわね」
一方、そんな嬌声が聞こえる一帯では更に不可思議な測定が行われていた。
「あーやっぱあそこの補助には俺が行った方が良いな」
俺は例によってベランダから全体を見渡していたが、思い立ってその現場の方へ近づいた。
「すみません、ここについては俺が説明役しますね」
あたふたしているミガサさん――今日の練習前に皆には紹介し、さっそく仕事について貰っている――の肩を叩き、俺はテーブルのソレを手に取った。
「ここでは、皆さんの『歯形』を記録します。その為に噛んで貰うこれ、食べても大丈夫な素材でできていますが、噛み千切られたら残せません。しっかり噛んで、でも喰い破らない程度にしてください!」
俺はそう言いつつ未使用のソレと、魔力で急速冷凍されケースに入れられたボナザさんの歯形付きのソレとをその場の選手達へ見せる。
「分かった?」
「「はーい!」」
その返事を聞いて俺は先頭のシャマーさんにソレを渡した。因みにソレソレ言っているがこれは地球で言うピザ生地みたいなモノだ。穀物の粉になんやかんやを混ぜて柔らかく噛み跡が残るようにしている。
「はい、ショーちゃん確認してー? あーん」
手早く生地を噛んだシャマーさんがそう言って見せてきたのは、ソレではなく大きく空いた自分の口内と舌だった。
ピンクの舌に小さく白い歯、陰になっているのでやや暗く見える赤い口腔と喉の奥……。エッチが過ぎる!
「ちょっと! 何をやっているんですか!?」
「えー? だって呑み込んでいないか確認しないとでしょー?」
「生地の方を見れば分かります! それにその見せ方は呑んでないかじゃなくて、飲んだ事の証明でやる方!」
俺はそこまで一気に言い放って、はっと失言に気づいた。
「え? 何をー? 何を飲んだ証明~?」
もちろん、俺のミスを聞き逃すようなシャマーさんではない。ニヤニヤと笑いながら俺の顔をのぞき込んで来る。
「何でもありません! それ、預かります!」
俺は彼女から顔を背けつつ、生地を奪い取ってミガサさんに手渡す。彼女はそれを確認しケースに収め、蓋の部分にシャマーさんの名前を書き込んだ。
「はい、大丈夫です。次の方ー」
ミガサさんは手元の資料にもチェックを付け、次のエルフを呼び出す。その態度はなかなか堂々としていて、役者をしている時や俺たちを呼びに来た時とは大違いだ。これが治療士としての経歴が与える自信か。
「ショーちゃん、また綺麗な子を連れてきたわね~。欲望に際限なくて、そういうところ、好きー」
「違います! ちょっとこっちへ」
自分の事を脇でゴニョゴニョ言われていると仕事に集中できないだろう。俺はシャマーさんを離れた所――エルフは耳が良いので内緒話にも一苦労だ――へ連れて行ってから続けた。
「彼女はある方の依頼と、俺の新しいプロジェクトの必要が上手く噛み合ったから雇ったんです」
「何の計画?」
「歯形を取ったので分かりませんか? マウスピースですよ!」
エルフと人間の遺体解剖を行った日から数週間が経ち、詳細な報告書が届きだした。忙しい日々の中でそれに目を通すのはなかなかに難しく、中身を理解するのは更に難しい。
だがその中で比較的、俺にも理解し易い部分があった。それが『歯』である。
エルフと人間とでは明らかに歯が違う。どちらも切歯や犬歯や臼歯など役割にあった種類の歯を複数備えており雑食の生物であることを伺わせるが、エルフの犬歯はやや大きく臼歯も一部、尖っているのだ。
つまりエルフは人間よりもやや肉食獣に近いと言える。まあその当たりは顎のラインを見たら分かっていた話ではあるのだが。
それが何を指すか。エルフは人間より肉などを切り裂く事が上手く、もしかしたら骨付きの肉だって臼歯で砕いてバリバリと呑み込む事ができるかもしれない。しかし噛み合わせの面ではやや不利で、横の動きや衝撃、そして奥歯を食いしばって踏ん張る方面では弱いのだ。
歯を食いしばって強い力を出す。その際に何かが当たったり予想外の方向から力が加わる。肉体接触のある競技では当然、起こりえる状況だ。エルフはそんな局面で――少なくとも歯に関わる部分では――人間より貧弱だ。
そして人間に劣るというのであれば他のパワー系種族、ドワーフやミノタウロスやトロールと比べれば更に、という話である。多くの種族がサッカードウに参加し選手のフィジカルがモノを言う状況になればエルフ代表が低迷していくのは必然だったと言えよう。
ただ不利という状態は逆に言うと伸びしろがあるという状態でもある。エルフという種族が持つ『歯の噛み合わせが悪い』という弱点をカバーすれば、パワーや肉体接触で負けない局面が増えるだろう。
で、その『弱点をカバーする』手段については幾つか考えられるが、俺が真っ先に思いついたのは道具を使用する方法。つまり選手にあったマウスピースを作成し使用する事であった……。
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