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第三十五章

会見へ向けて

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「こんな流れですね。どうですか?」
 一通り予定を確認した後、俺はナリンさんに問いかけた。
「完璧であります! ただ、例の件でありますが……」
 エルフのコーチは朗らかにそう宣言した後、急に声を落として続ける。
「記者会見、いきなり今日の午後で大丈夫でありますか?」
「ああ、それですか! 大丈夫、ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう!」
 ナリンさんにはアリスさんに関わる騒動を全て伝えてある。マスコミ向け釈明会見が今日のお昼過ぎに行われる事も含めて、である。
「確か別件も本日午後でありますよね?」
「ええ。こういうのは詰め込んだ方が楽ですし、宣伝も兼ねるので」
 優しい個人アシスタントの心労を和らげようと、俺も彼女の様に明るい声で返す。
「会見が終わったあともマスコミには残って貰って、バートさんを呼んでトークショーとレジェンド・アクスタ発売の広報をしますから」
 俺はチーム用とは別のスケジュール一覧を出してナリンさんへ見せた。
『転んでもただでは起きない』
は俺とチームのモットーである。釈明会見――今更ながら何も悪い事はしていないのに釈明と連呼するのも悔しいな。会見1部、2部と呼ぶようにしよう――を開いて説明する為だけにマスコミを呼ぶのも悔しい話だ。どうせなら、そのついでにイベントと新商品の告知をさせて貰おうではないか!
 そう思って俺は2部に自分たち用の時間をセッティングしたのである。
「自分は、大変ではないかと思うのでありますが」
 心配性のエルフは引き続き日本語で話しているのにも関わらず、声を更に小さくする。こうするとなんだか悪い話をしている感が出るな。
「うーん、まあ何度もやれば『炎上ビジネスだ』と言われるかもしれませんけど、今回のケースは問題ないでしょう」
「『エンジョイビジネス』でありますかあ?」
 ナリンさんはそう言って首を傾げ、俺は身体を傾げてエンジョイと叫ぶ二人組の姿を想像した。
「エンジョイじゃないです炎上です! ワザと避難が集まるような言動をして注目を集めて、広告代わりにしてしまうテクニックで」
「はあ……。そんな非生産的な事に意味があるのでありますか?」
 珍しくナリンさんが呆れ顔というか見下すような表情だ。ちょっと気持ちよくなるな……じゃなくて!
「『悪名は無名に勝る』と言いまして。誰にも知られてないくらいなら、悪い評判でもあって有名な方が良いという意味です。例えば全く関心を持たれないチームだと誰も気にしてくれませんが、アンチがいるチームだったら『負けるところが見たい』みたいなお客様が試合を観にきてくれるじゃないですか?」
 俺は少し特殊な例を出して説明を試みる。ショービズ業界のステフやマニアックな日本語に興味があるアリスさんとは別の工夫がいるな。
「……なるほど。人気が無いチーム同士ですが、インセクターチームとトロールチームの様な違いでありますね」
 それを聞いてやや考え込んだナリンさんは、しかしすぐに忌憚のない見解を述べた。
「ナリンさん……。もう少しこう何というか、手心というか……」
 俺は口に切れ目が入った巨漢の様な言葉を呟いた。インセクターは二足歩行する虫人間のチーム、トロールは巨体と怪力とぶよぶよの皮膚をもつ巨漢たちのチームだ。前者は虫らしく冷静でミスの少ない、しかしダイナミックさも無いサッカードウをするし、後者はその体格と無限の体力で相手を押し込む。
 どちらも不人気チームではあるがインセクターは観ていて眠たくなる試合をし、トロールはイラっと来るプレイをする。ただギリギリサッカードウリーグに所属できる巨人たち――トロールはかろうじて人間サイズなので試合が成立する。これが普段のノゾノゾさんの様なジャイアント族だともう無理だ――は強く豪快で、しかしたまに隙を見せるのでそれに勝った時のカタルシスみたいなモノがある。インセクターにはそんなモノは無い。
 故にインセクターの試合は虫しか観ず、トロールの試合にはアンチトロールも駆けつけるのだ。
「手心と言えば……ゴブゾウ氏が会見に現れたら、今度は手心を加えられないかもであります!」
 ナリンさんは眼光を冷たく光らせながら言った。え? 今度は、ってことは前回は加えてたの!?
「現れたら、ですか。そりゃ現れますよね」
 俺は会見の事を考えて眉間を押さえた。1部には俺、アリスさん、アリスさんのご両親、そしてナリンさんもにステフも参加する。アリスさん達は当事者、ステフは司会進行、ナリンさんは俺のアシスタントとして、だ。不安が募るメンバーだ。
 そんな風に味方だけでも不安なのに、相手に鋭く意地悪な質問をしてくる芸能リポーターまでいるとしたら……。しかも前回はサッカードウの試合後という俺達のフィールド、今回は芸能方面の記者会見という相手の仕事場だ。バリバリのアウェイである。
「明日に延期させて貰って、質疑応答などを考えるでありますか?」
「いや、今から延期だと多方面に迷惑がかかりますし、ターカオさんとシンディさんの滞在も長くなりますし」
 一体どちらがより心理的な負担かは言及せず、俺はナリンさんの提案に首を横に振った。もっとも俺と以心伝心のコーチは分かっているだろう。
「そうでありますか? 自分はアリス殿もあのご両親も楽しくて好きですし、長くいて欲しいと思っているでありますが」
 伝わってなかった! てかナリンさん彼女たちと接触したの!?
「え? ナリンさん、あの家族と何かお話を?」
「ええ。特にアリス殿には日本語の件でいろいろと」
 ナリンさんは何かを思い出す用にクスクスと笑って答えた。普通に考えれば通訳と語学研究者である。そりゃ機会があれば交流するだろうが……何を話したのだろう?
「何にせよ午後という事であれば、急いで準備するであります!」
 しかし俺が彼女にそれを問う暇は無かった。ナリンさんは荷物をまとめると、さっさと食堂を出て行く。
「怪しい……。これはアリスさんの方を問いつめる必要があるな!」
 サッカードウでも尋問でも守備の弱い部分を攻めるのが定石だ。俺は口やガードが柔らかいエルフに聞く事をメモしつつ、自分も食堂を後にする事にした。
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