上 下
626 / 648
第三十五章

伝説と巨人

しおりを挟む
「地震!? このタイミングで!?」
 俺は情けない声を上げながら周囲を見渡す。この異世界、地震がない訳ではないだろう温泉とかあるし。だがエルフの居住範囲では経験した事がなかった。
「タオルはどこだ?」
 誰かに見られる筈もないのだが、それでも裸で走り回るには抵抗がある。俺は湯船から出つつ横のテーブルに置いてあったバスタオルを手に取り、急いで腰に巻いた。
「クラブハウスの方はどうなんだ!? あと街の方も!」
 俺は修理から戻った魔法のランタンを手に取り、シソッ湖の方へかざした。が、当然の事ながら近くに光源がある方が遠くの夜景は確認し辛い。
「馬鹿だな俺、えっと……」
「ショーキチさん、それ持とうか?」
「あ、ありがとうございます!」
 俺は自分の背後にいたエルフにランタンを預け、手を望遠鏡のように丸めてその中を覗き込んだ。レンズはなくとも余計な光を妨げ焦点を併せやすくなるので意味はあるんだよね!
「何か見える?」
「いや、火の手とかは上がってないですし建物の崩壊も別に……」
「ふーん。ほうかい?」
「いやそんな冗談を! って、ええ!?」
 不謹慎な言葉にツッコミを入れようと振り返り、そこで俺は初めて気づいた。
「ば、バートさん!?」
「僕もいるよ!」
 振り向いた先には、ニッコリと微笑む若々しいエルフと、身を屈めなんとか視線を併せようとする巨人族の娘の姿があった!

 その場にいたのはかつての名選手にしてデニス老公会の長老でもあるバートさんと、スワッグの幼なじみにしてアローズの宣伝広報部員でもあるノゾノゾさんという奇妙なコンビだった。
「なぜここに!?」
「例のイベントの為だよ!」
「僕は彼女の案内と、預かってきた寝具とか衣服のお届け!」
 デイエルフはある書簡を手に、ジャイアントは布の山を指先に――今のノゾノゾさんは巨人族本来のサイズで、魔法のアイテムで縮んではいない。あの大地の振動は、彼女の足音だったのだ――持って振りながら言った。
「イベント……ああ! それはありがとうございます! ですがこんな時にここにこなくても!」
 彼女が言うイベントとは、エルドワクラシコの前日に行われる式典の事だ。エルフとドワーフそれぞれのOGが集まりトークショーも行ったりするイベントで、バートさんはそれに招待された元選手の1エルフ、ノゾノゾさんはそれの司会進行を担当する予定だ。
「ドワーフ戦がマンデーナイトに設定されたので、その前にイベントを仕込めるようなった」
と述べていた例の件である。
「ちょっと早く着いちゃって暇してたし……ショーキチさんの顔も見たかったしね!」
「観れたのは顔だけじゃなかったけどね!」
 バートさんが舌を出しながらそう言うと、ノゾノゾさんは意味深に微笑みながらそれに続いた。
「はあ」
「そうだね。ショーキチさん前より身体、引き締まった? 良い感じ……だね」
「え? 前も裸、見たの!?」
 そんなエルフと巨人の会話を聞いて、俺は身をぶるっと震わせる。そうだ、今は湯上がりで腰にタオルを巻いただけの状態だった!
「うん。ショーキチさんを誘拐した時、まだ意識がない彼を脱がせてね……」
「うんうん」
「ちょっとその話ストップ! 俺は今も裸なんです! お二方、あっち向いてください! てか服を来てから行くので先に家の中で待ってて!」
 何やら怪しい新事実が判明しそうだがその告白を止め、俺は彼女たちに退去を依頼する。これがアニメで俺が女の子なら
「きゃーエッチ! 出て行って!」
で画面が切り替わるのだが……そう便利にはいかない。
「はーい」
「ねえ、待ってる間にさっきの話を聞かせて?」
「バートさん変な事を教えないでくださいね! あ、ノゾノゾさん部屋へ入る時は小さくなって!」
 歩き出した両者の背中へ俺はそんな声をかける。バートさんとノゾノゾさんは同時にこちらを向いてウインクし、その場を去った。
 何とも変な状態になったな……あと寒いな……。

「改めまして……。バートさん、お久しぶりです。ノゾノゾさん、色々とありがとうございます」
 着替えを終えた俺は船の食堂で座って待っていたバートさんとノゾノゾさんにまず、そう言った。ここ数日お久しぶりです、とかお世話になってますとかそんな事ばかり言ってるな。だいぶビジネスマンぽくなってるぞ俺。
「うん、会いたかったよショーキチさん! わざわざ私を呼んでくれて嬉しい」
「僕と君の仲だよ、気にしないで」
 どちらも俺に好意をみせつつ隣に牽制を送るという器用な真似をしてくる! これは難しい事になりそうだぞ……。
「エルフ代表の伝説的な選手の『みなさん』をお招きできる事になって、本当に嬉しく思いますよ」
 とりあえずバートさんの方へそう返す。現在、俺の前にいるのは彼女だけだがイベントの為には当然、他の元選手達も呼んでいる。
 確かにデニス老公会とは不幸なすれ違いがあったが、彼女たちが築いてきたアローズ栄光の歴史にケチをつけるつもりなどさらさらない。だからいま俺が言った事は本心なのだ。
「ノゾノゾさんはイベントの司会進行なので、OGの皆さんと仲良くやって下さいね! とりあえず、バートさんとはもうお近づきになってるみたいで幸いです」
 一方アローズのイベント周りの人員は、実の所まだステフ、スワッグ、ノゾノゾさんに頼り切りである。裏方さんは育っているらしいが、人前に出て話すとなるとこの三名に絞られる。
 それで今回はノゾノゾさんが担当するのだが、見た所バートさんとの間に少し火花が散ってそうにも見える。つまり……後に言った方の言葉は俺の本心ではなかった。
「ショーキチさんの顔を見るだけでも良かったけど、せっかくだから仕事の話もしようか?」
「お、いいね! あまり遅くならない程度に」
 そんな俺の苦心を知らずか、エルフとジャイアントはそう話を合わせた。これは拒否できない流れだな!?
「ええ、じゃあ軽く」
 俺は心の中でため息を吐きながら、テーブルにメモや筆記用具を並べた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...