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第三十四章
負けても輝け
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『良いゲームだった! 前半は肝を冷やしたよ』
「お疲れ様でした。完全にしてやられましたね」
終了のホイッスルを聞いた俺とニャンガ監督はそう言いながら握手した。場所はフェリダエベンチの斜め前。勝者へ経緯を払うには、こちらが足を延ばすべきだろう。
「正直、ニャイアーコーチがボナザさんを鍛えてなければ、もっとやられていたかと。……と、言う訳で」
当然、言葉は分からないので通訳をお願いしようと振り向く。そこには予想通りナリンさんとニャイアーコーチがいた。
「積もる話もあるだろうから、俺の言葉はささっと済ませて彼女たちだけにしましょう」
「はいであります!」
そう耳元で囁くとナリンさんはニコリと微笑み、ニャンガ監督とニャイアーコーチに話しかける。俺はそれを見届けてピッチ上の選手達の方へ向かった。
「ごめん、ショーキチ……。私、ノボリさんみたいだった……」
俺に最初に気づいて日本語で話しかけてきたのはルーナさんだ。非常に暗い表情で、包み隠す事無く弱音を吐いている。ハーフエルフである彼女の父親は日本人で、故に日本語も話す。他のエルフには理解されないから吐露できたという事情もあるのだろう。
あるのだろうけど!
「ノボリさん? Jリーグの初代新人王でミスターエスパルスの?」
「あれ? 違った? えっと、どこへ行ったら良いか分からない感じの」
彼女の言葉に少し疑問があったので問いかけると、ルーナさんは首を傾げて補足説明をした。それで普段、長髪で隠された顔の上半分が露わになり、母親譲りのエルフらしい美貌が見えた。
「もしかして……おのぼりさん?」
「そう、それ!」
ルーナさんはこちらを指さし、その簡単な行き違いが面白くて互いに笑う。そりゃそうだ、いくらルーナさんがこの異世界にサッカードウを持ち込んだクラマ殿の娘だからといって、沢登選手まで知ってる訳ないもんな。
「仕方ないよ、あの頃はもうぐちゃぐちゃだったし。強いて言えば、外の指示だけじゃなくて中でコミュニケーションとって対応できるようになるのが、今後の課題かな?」
「ぐっ……止めてくれカントク、その術はオレに効く」
ルーナさんは俯いて手を前に出しながらそう言った。沢登さんは知らないけど謎にネットスラングは知っているんだな、この子!
「まあ話し易い相手を増やしていこうか。リストさんとクエンさんはいけるでしょ?」
俺はあの時DFラインにいたナイトエルフ達の名前を挙げた。彼女らは旅を共にした仲間だし、こう言っては失礼だが陰キャ同士でもある。ルーナさんも苦ではない筈だ。
「うん、そうだね。そこから始める……。ところでミスターエスパーって何?」
と、頷いたルーナさんは謎のヒーローみたいな名前を口にした。
「超能力は使いません! ミスターエスパルスだよ、エスパルス! 日本の静岡にそういうチームがあって……」
俺はチームや選手の説明をしながら、彼女と一緒に歩き出した……。
選手達と共に帰ったロッカールームはそれほど暗い雰囲気ではなかった。挨拶へ向かった選手たちへのサポーターの声は敗北を責めるようなものではなく暖かかったし、手前味噌だが俺が周回の最中から多数の選手に励ましの声をかけたからかもしれない。
或いは、ここまでケチョンケチョンにやられると悔しいを通りこして気持ち良い所まで行ってたからとか?
「まず最初に白状すると……」
何にせよ、試合後のスピーチをせねばならない。俺は全員が揃った所で中央へ歩み出た。馴れたもので皆の視線がこちらに集まる。
「あまり負けた経験がないので、こういう時に何を話せば良いのか分からないんだよね」
俺の芝居じみた口調に、ドッと笑いが起きる。
「えー監督、なにそれー!」
「自慢かー!」
続いてユイノさんとティアさんの突っ込みが入った。高確率でこの両者だよな? 本当に何時もありがたい。そろそろ袖の下でも渡したくなってきたぞ。
「でもそれぞれの選手に、そして俺自身にも負けから学ぶ事があると思う。世の中には負けて輝くヒロインもいるそうだし……」
そして俺は懐から今日みたいな日の為に仕込んでいた小袋を取り出す。
「なので! 今度から試合に敗北した時は、俺が個人的に負け試合でも輝いた負けヒロイン、マケインを選んで袖の下……いや粗品を贈呈したいと思う」
いかん、ちょっと脳内の思考に言葉が引っ張られた。俺は言い直して周囲を見渡した。
「誰かドラムロールお願いできる?」
「よしきた! いくぜ、ルーナ!」
「ドゥルルルルルー……」
今日、奮闘した両WBがさっそく口で太鼓の音を鳴らし始める。ただ申し訳ない、今日のマケインは彼女たちではないんだよな。
「「デン!」」
「ナンバーワンマケインは……シノメさんです!」
ドラムのクライマックスに併せて俺は名前を発表した。
「え? 私ですか?」
「おめでとう! シノメ!」
「コングラッチレーショーン!」
驚くシノメさんにパリスさんツンカさんが祝福の声をかけ背中を押す。そうやって前に出てきたというか出されたデイエルフに、俺は手にしていた小袋を渡した。
「これで何か、美味しいものでも食べてよ」
「なんと! 現金でござるか!?」
「いいなあ! 奢って欲しいっす!」
その様子を見て座っていたリストさんとクエンさんが思わず立ち上がる。欲張り&食いしん坊め……そういうとこだぞ!
「ありがとうございます! あれ? フォークとナイフ?」
「いや『これで食べてよ』ってそっちの意味なの!?」
すぐさまアローズの突っ込み部隊所属、リーシャさんが指摘し、一斉に笑いが起きた。良かった、意味も通じたし滑らなかったようだ。
「ふふ、おかしいの! でもありがとうございます監督! じゃあこれを使うようなディナーに招待して下さいね?」
「え? あ、はい……。じゃあダリオさん、お願いします」
一方、シノメさんは頬にえくぼを作りながら笑い、軽くお願いをしてくる。その湿度ある微笑みに拒否する事もできず、俺は約束して素早くダリオさんに締めを託す。
「今日はフェリダエチームに料理されてしまいました。ですが次に戦う時は、私たちが調理して平らげると誓いましょう! 3,2,1『頂きます!』でいきます! 3,2,1……」
「「頂きます!!」」
もし外から聞いてる人がいればさっぱり意味が分からないような号令が唱和され、試合後のミーティングが締められた。だが頼もしいチームだよな、みんな。
「うし。じゃあ整理運動しっかりね!」
そう言い残して俺は更衣室を後にする。俺にはまだ仕事があるのだ。『敗戦の将、兵を語らず』ではあるが、サッカードウの監督はそうもいかないんだよね……。
「お疲れ様でした。完全にしてやられましたね」
終了のホイッスルを聞いた俺とニャンガ監督はそう言いながら握手した。場所はフェリダエベンチの斜め前。勝者へ経緯を払うには、こちらが足を延ばすべきだろう。
「正直、ニャイアーコーチがボナザさんを鍛えてなければ、もっとやられていたかと。……と、言う訳で」
当然、言葉は分からないので通訳をお願いしようと振り向く。そこには予想通りナリンさんとニャイアーコーチがいた。
「積もる話もあるだろうから、俺の言葉はささっと済ませて彼女たちだけにしましょう」
「はいであります!」
そう耳元で囁くとナリンさんはニコリと微笑み、ニャンガ監督とニャイアーコーチに話しかける。俺はそれを見届けてピッチ上の選手達の方へ向かった。
「ごめん、ショーキチ……。私、ノボリさんみたいだった……」
俺に最初に気づいて日本語で話しかけてきたのはルーナさんだ。非常に暗い表情で、包み隠す事無く弱音を吐いている。ハーフエルフである彼女の父親は日本人で、故に日本語も話す。他のエルフには理解されないから吐露できたという事情もあるのだろう。
あるのだろうけど!
「ノボリさん? Jリーグの初代新人王でミスターエスパルスの?」
「あれ? 違った? えっと、どこへ行ったら良いか分からない感じの」
彼女の言葉に少し疑問があったので問いかけると、ルーナさんは首を傾げて補足説明をした。それで普段、長髪で隠された顔の上半分が露わになり、母親譲りのエルフらしい美貌が見えた。
「もしかして……おのぼりさん?」
「そう、それ!」
ルーナさんはこちらを指さし、その簡単な行き違いが面白くて互いに笑う。そりゃそうだ、いくらルーナさんがこの異世界にサッカードウを持ち込んだクラマ殿の娘だからといって、沢登選手まで知ってる訳ないもんな。
「仕方ないよ、あの頃はもうぐちゃぐちゃだったし。強いて言えば、外の指示だけじゃなくて中でコミュニケーションとって対応できるようになるのが、今後の課題かな?」
「ぐっ……止めてくれカントク、その術はオレに効く」
ルーナさんは俯いて手を前に出しながらそう言った。沢登さんは知らないけど謎にネットスラングは知っているんだな、この子!
「まあ話し易い相手を増やしていこうか。リストさんとクエンさんはいけるでしょ?」
俺はあの時DFラインにいたナイトエルフ達の名前を挙げた。彼女らは旅を共にした仲間だし、こう言っては失礼だが陰キャ同士でもある。ルーナさんも苦ではない筈だ。
「うん、そうだね。そこから始める……。ところでミスターエスパーって何?」
と、頷いたルーナさんは謎のヒーローみたいな名前を口にした。
「超能力は使いません! ミスターエスパルスだよ、エスパルス! 日本の静岡にそういうチームがあって……」
俺はチームや選手の説明をしながら、彼女と一緒に歩き出した……。
選手達と共に帰ったロッカールームはそれほど暗い雰囲気ではなかった。挨拶へ向かった選手たちへのサポーターの声は敗北を責めるようなものではなく暖かかったし、手前味噌だが俺が周回の最中から多数の選手に励ましの声をかけたからかもしれない。
或いは、ここまでケチョンケチョンにやられると悔しいを通りこして気持ち良い所まで行ってたからとか?
「まず最初に白状すると……」
何にせよ、試合後のスピーチをせねばならない。俺は全員が揃った所で中央へ歩み出た。馴れたもので皆の視線がこちらに集まる。
「あまり負けた経験がないので、こういう時に何を話せば良いのか分からないんだよね」
俺の芝居じみた口調に、ドッと笑いが起きる。
「えー監督、なにそれー!」
「自慢かー!」
続いてユイノさんとティアさんの突っ込みが入った。高確率でこの両者だよな? 本当に何時もありがたい。そろそろ袖の下でも渡したくなってきたぞ。
「でもそれぞれの選手に、そして俺自身にも負けから学ぶ事があると思う。世の中には負けて輝くヒロインもいるそうだし……」
そして俺は懐から今日みたいな日の為に仕込んでいた小袋を取り出す。
「なので! 今度から試合に敗北した時は、俺が個人的に負け試合でも輝いた負けヒロイン、マケインを選んで袖の下……いや粗品を贈呈したいと思う」
いかん、ちょっと脳内の思考に言葉が引っ張られた。俺は言い直して周囲を見渡した。
「誰かドラムロールお願いできる?」
「よしきた! いくぜ、ルーナ!」
「ドゥルルルルルー……」
今日、奮闘した両WBがさっそく口で太鼓の音を鳴らし始める。ただ申し訳ない、今日のマケインは彼女たちではないんだよな。
「「デン!」」
「ナンバーワンマケインは……シノメさんです!」
ドラムのクライマックスに併せて俺は名前を発表した。
「え? 私ですか?」
「おめでとう! シノメ!」
「コングラッチレーショーン!」
驚くシノメさんにパリスさんツンカさんが祝福の声をかけ背中を押す。そうやって前に出てきたというか出されたデイエルフに、俺は手にしていた小袋を渡した。
「これで何か、美味しいものでも食べてよ」
「なんと! 現金でござるか!?」
「いいなあ! 奢って欲しいっす!」
その様子を見て座っていたリストさんとクエンさんが思わず立ち上がる。欲張り&食いしん坊め……そういうとこだぞ!
「ありがとうございます! あれ? フォークとナイフ?」
「いや『これで食べてよ』ってそっちの意味なの!?」
すぐさまアローズの突っ込み部隊所属、リーシャさんが指摘し、一斉に笑いが起きた。良かった、意味も通じたし滑らなかったようだ。
「ふふ、おかしいの! でもありがとうございます監督! じゃあこれを使うようなディナーに招待して下さいね?」
「え? あ、はい……。じゃあダリオさん、お願いします」
一方、シノメさんは頬にえくぼを作りながら笑い、軽くお願いをしてくる。その湿度ある微笑みに拒否する事もできず、俺は約束して素早くダリオさんに締めを託す。
「今日はフェリダエチームに料理されてしまいました。ですが次に戦う時は、私たちが調理して平らげると誓いましょう! 3,2,1『頂きます!』でいきます! 3,2,1……」
「「頂きます!!」」
もし外から聞いてる人がいればさっぱり意味が分からないような号令が唱和され、試合後のミーティングが締められた。だが頼もしいチームだよな、みんな。
「うし。じゃあ整理運動しっかりね!」
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