上 下
598 / 624
第三十四章

ゴはゴシップのゴ

しおりを挟む
 試合当日の朝。俺たちは食事用のゲルに集まって朝食をとっていた。
「おお、なかなかの盛り上がりなのだ!」
「きっとたくさんのお客さんが観にくるのだにゃん!」
 マイラ、アイラの祖母と孫……姉妹が魔法の大鏡を見上げながら話す。例によって食事会場ではフェリダエチームの失点シーンの映像を流しているのだが、いい加減見飽きただろうと別のモニターも設置し、そちらでは普通にフェリダエ国内のニュースを流しているのだ。
 その番組の話題はもちろん、本日昼過ぎに行われるフェリダエvsアローズの試合であった。
「きっとエオンやマイラが可愛いから注目されているんだよっ!」
「やだ、照れるにゃん! マイラやエオンのファンが増えるにゃん!」
 同じテーブルのエオンさんが極めてポジティブな見解を示すと、親友のマイラさんもそれに同意する。だた、同意した様に聞こえて名前の順番は入れ替えている。
 孫みたいなアイドルと同じノリになれるだけでなく張り合うとは、老いてますます盛んと言うか何と言うか……。
「監督にゃん? 何か言いたいかにゃぁ?」
 と、視線に気づいた老ドーンエルフがこちらを睨みつけてきた。
「いえ、なんでもありません!」
 やべえ! 考えが読めるのだった! 俺は慌てて目を逸らしニュース番組に集中する。画面の方は街中で盛り上がるサポーターの映像からスタジオへ代わるところだった。
「えーたいへん見所が多い試合になりそうですが、ここで特別ゲストをお迎えしております」
 番組セットの中央には横長のテーブルが鎮座しており、その真ん中に居座るキャスターらしきフェリダエ男性がそう言って横を向く。
「芸能報道のベテランにしてサッカードウに詳しい、イノウエゴブゾウさんです」
「どーも! ゴブゾウです!」
「はぁ!?」
 司会さんの紹介に従いカメラが向いた先には、なんと先日不思議な出会いをしたばかりのゴブリンの姿があった! 俺は思わず間抜けな声を漏らす。
「あーゴブゾウさんだー! わたし、このゴブリンが語る裏情報、大好きなんだよねー。ボリューム、あげてー!」
 固まる俺の横で――今更だがここでも同じテーブルでナリンさん、リーシャさん、ユイノさんが食事をとっている。同席問題は現在、沈静化している様だ――ユイノさんが身をのり出し、大鏡の近くのエルフへ声をかける。
「はーい」
 それに最初に反応したのはシャマーさんだ。彼女がさっと腕を振ると、例の透明な魔法の手の小さいバージョンが現れ、モニターに吸い込まれていった。途端に、画面の音が大きくなる。
「ありがとうございまーす!」
 ユイノさんは軽く礼を言うと座って番組へ注意を戻した。キャプテンを顎で使うとは肝の据わった女だ……って言ってる場合か!
「悪い予感がする! ごめん、シャマーさん! やっぱりモニター消し……」
「なんと! アローズのショーキチ監督におつき合いしている女性がいることが判明したんですねー!」
「「ええーっ!」」
 俺は慌てて天才魔術師に声をかけたが間に合わなかった。スタジオのゴブゾウさんがそう断言したのを聞いて、ここにいる全員の目がこちらへ集中する。
「いや、ちが……」
「ででん! 『エルフ代表監督、王都の路上で夜のハットトリック達成!』」
 俺が弁明を語り出すより先に、キャスターさんが大きな魔法のフリップを取り出し机の上に立てかけた。そこには運河脇でアリスさんの胸に右の拳を当てる俺のショットが、店内で頭を撫でられている姿が、そして暗くなった路上でキスをしている二人のシルエットが表示されていた。
「「おおーう!」」
 選手達はそう言いながら各々、大鏡へ近づいたり見易い位置に移動したり、ユイノさんの膝に座ってこちらの顔を覗き込んできたりする。
「この日の夜遅く、目的地近くで出会ったお二方は店まで待ち切れないのかその場で激しいボディタッチ、居酒屋『D』の個室へ入ってからも互いの身体をまさぐる手を止めず、最後は路上で熱い接吻を何度も繰り返していたんですねー」
 ゴブゾウさんが手元のメモを読みながらそう言い放つと、同じテーブルのリーシャさんが軽蔑したようにこちらを見た。
「うわ、すけべ……」
「出鱈目だ!!」
 俺は大声で抗議する。ちらっとしか見ていないがあの魔法の静止画、一つひとつは恐らく嘘ではない。ああいう動きになった瞬間は確かにあった。しかしそれをいやらしい目的で行ったとか、繰り返したとかの事実はないのだ!
「どー思う、ダリオ~?」
「乳、頭、口……三カ所とも違う部位で決めたハットトリックですからね。ショウキチさん、なかなかのテクニシャンです」
 シャマーさんが親友に問いかけると、ダリオさんは腕を組みながら真剣な顔で言った。いやお姫様が『チチ』とか言うなや! でも頭、右足、左足とかでハットトリックをすると確かにそういう報道されるよね!
 ……じゃなくて!
「キャプテンもダリオさんも悪ノリしないでください! アレはあくまでも勉強会の光景です。ね? ツンカさん?」
 俺は助けを求める様にあの店の紹介者の方を見た。すると彼女は……青い顔をして、中央のショットを見つめていた。
「隠し撮り……。ソーリー、ショー! まさかそんなモラルの無い店員がディノの店にいるなんて!」
「あ、ホントだ……」
 ツンカさんの指摘で気づいたが、二枚目は店の中の様子だった。というかこういう事が無い様に個室にしたのにな!
「でも、角度的には反対側の個室から撮った様に見えますので、店員さんが手を貸したのではないと思います!」
 俺は慌てて彼女のフォローに回る。というかそもそも、この件にツンカさんを巻き込むのではなかった。
「え? ツンカの知り合いの店?」
 案の定、ユイノさんの膝に載ったヨンさんが質問する。
「イエス。ほら、ヒサー達と飲みに行った……」
「ああ!」
 夜遊び仲間同士が自分たちだけが分かる言い方で通じ合う。一方、他のエルフたちは他の情報が無いかと番組に釘付けであった。
「お相手は学院で教師をしているAさん。非常に明るく元気で、生徒にも人気だそうです。でもね……。あーこれ、言うと炎上しちゃうかなー!」
「さっさと言えー!」
 ゴブゾウさんが例の調子でメモを読みながら溜めると、気の短いティアさんが画面に向かって怒鳴った。あんた、TVに話しかける老人か!?
「穏やかではないですねー。何でしょう?」
「実はそのAさん、アローズサポーターから『勝利の女神さま』と人気の女性なんですが……」
 司会のフェリダエが良い感じに振るとゴブリンは一語一句、丁寧に語り出す。てか勝利じゃなくてパンチラの女神やろ!
「がー?」
「なんですがー。その女性、なんと監督より先に、おつき合いしている男性がいるらしいんですねー!」
「「なんと!?」」
 番組の司会さんと食事会場のエルフ達が一斉にハモった。
「すると監督は、お相手がいる女性に手を出し……」
 
 ぷつん!

 と昭和のTVの様な音がして、画面が真っ暗になった。いつの間にかモニターの横に立っていたニャイアーコーチが、それの動力を切った……のだろう。
「さあ、馬鹿騒ぎはこれくらいにしようか? それともお嬢さんたちは何か? そんな浮ついた気分でフェリダエチームに勝てるほど強くなったのかい?」
 有無を言わせぬ口調でそう言ってから、狩猟生物の鋭い目で周囲を見渡す。
「そうね! みんな食事が終わったら移動の準備をして!」
 彼女にそう言われて反論できるサッカードウ選手はいない。その沈黙に乗じてナリンさんが声を張り上げ、選手達の尻を叩いた。
 やがてポツリポツリと選手達が食事会場を出て行く。俺は目で猫人とエルフに感謝を伝えると、両手で頭を抱えた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる
ファンタジー
 20XX年 正体不明のウイルスによって世界は恐慌状態に陥った。政府の打ち出した感染対策である大規模なロックダウンや人流制限により、職を失い世にあぶれる人々が溢れた。  主人公の瑞野 カオルもその一人だ。今まで働いていた飲食店が閉店し、職を探していた彼のもとに、強盗に遭いそうになっている老人と鉢合わせる。  その老人を助けたカオルは徐々に数奇な運命に巻き込まれていく。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

文太と真堂丸

だかずお
歴史・時代
これは、とある時代を生きた、信念を貫いた人間達の物語である。 その時代、国、人々は冷酷無比、恐ろしい怪物達を率いる大帝国と言う軍勢に支配されつつあった。 逆らう者など皆無、人々の心は絶望と言う名の闇に侵食されつつあった。 そんな時代に奇妙な縁の中、出会い、繋がっていく者達 お互いを大切な生命と認識する彼らは、絶望と言う名の巨大な闇に立ち向かう。 そこで待ち受けるのは、想像を絶するほどの恐怖、裏切り、愛する仲間の死、人間と言う心の闇 彼らは魂から抉り出される闇と立ち向かっていく。 これは人間と言う、己の心、精神、信念に向き合い、自らの魂である刀と共に、友情と愛に生きた人間達の、心震わす魂の物語である。 (現在こちらの作品の続きはAmazonでの販売、もしくは、Amazonの読み放題で読めるようになっています、Kindleアンリミテッド登録中の方は無料で読めるようになっているので是非見て下さい。Amazonのサイトにて、こちらのタイトルを検索して頂けると読める様になっています)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...