上 下
596 / 624
第三十三章

服と肉体

しおりを挟む
「何か深い理由でもあるんですか?」
 俺は諦めてゴブゾウさんに質問をした。やはりスポーツ興行とメディアは持ちつ持たれつだ、少しばかり意に添わない瞬間があってもおつき合いしておくに限る。
「それがですねー。なんとあの衣装! デザイナーであるニャンガ監督の息子さんが作った服なんですねー!」
 たかだがそれだけの事をゴブリンは何度も手元のメモを確認しながら言った。しかも途切れ途切れなので、『デザイナーである』という修飾がニャンガ監督にかかっているかのように聞こえ、
「え!? ニャンガ監督って服飾業もやってんの!?」
と少し驚いてしまった。違うね、デザイナーなのはニャンガ監督の息子さんだね!
「へえ。そうなんですね。息子さん想いのお母さんだ」
 続いてゴブゾウさんが言ったその息子さんのブランド名を、俺は全く聞き覚えがなかった。まああの配色で想像はついたが人気メーカーという訳ではないようだ。
「そうなんです! 息子さんを有名にするために、敢えて着ているんですね~」
 そう続ける小鬼の声にはあからさまに侮蔑する色があったが、俺は軽くスルーする。実際、俺だって代表公式スーツを売る為に自ら着たり選手に着せたりしているし。それに母親が息子にかける愛って特別だって言うやん? 知らんけど。
「順調に勝っている時は良いですが不調だったり万が一、負けたりすると服装のせいだって言われるかもですね~」
 俺の反応がイマイチだったからか、ゴブゾウさんは更に下世話なエピソードを追加してきた。だがまあハッキリ言って余計なお世話である。俺は鼻息を強く吹いて沈黙した。
 監督というのは常に難癖をつけられるものだ。ジャージを着たら服に気を使えと言われる。スーツを着たら服にばかり気がいって集中してないと言われる。つまり何をしていても避難の材料になるのだ。
 もちろん俺は監督同士の心理戦を好む方だし、相手の服装をイジる事で優位に立てるなら躊躇い無くそうするだろう。自分がするのは良いがマスコミがするのには不快感を覚えるのか? とタブスタを指摘されればその通りと答えるしかない。
 だが俺はそうする時は堂々と相手の前に立ち、反撃を受け止める。より酷い言葉で罵られる事になっても泣き言を言ったりはしない。大きな権力の傘に隠れ匿名で攻撃するような輩と一緒にはして欲しくないのだ。
 あと追加して言えば……家族の事をネタにするのはやはり違うと思う。ほら、マフィア同士の抗争でも家族には手を出さない的な? いやちょっと違うか。
「どうしました?」
「いえ。でもそろそろ公開の時間が終わりますね。出ましょう」
 俺の不機嫌をゴブゾウさんも気づいた様で、そちらも不機嫌に問いかけてきた。しかし俺は時間を理由に返答せず、挨拶もそこそこにその場を去った。
 後に、この対応が酷い事態を招くことを、その時の俺は知る由もなかった……。


 練習が非公開になっている間はスタジアム外のカフェテラスで食事をとって時間を潰す事にしていた。アローズの前日練習は午後からで、皆は昼食をとってから来る。一方の俺とナリンさんは宿舎へ帰って飯を詰め込んでまたスタジアムへ……では流石に忙しないので、ここにステイするのだ。
「GKについては、予想よりも落ちているであります」
 カウンターで俺と自分の分の昼食――魚のフリッターを冷ましてパンで挟んだモノと冷たいお茶だ。猫族はやはり猫舌らしい――を買ってきてくれたエルフは、それらをテーブルに並べながら言った。
「そうなんですか。まだ代わらず……」
「ええ、ジーニャではありますが」
 俺の問いにコーチはフェリダエチームの正GKの名を揚げて答える。ジーニャ選手とは誰あろう、例の『ニャイアミの奇跡』で世紀の大失態を犯してしまった選手の片方側である。
 彼女の身長は2mに少しだけ届かないくらい。長身だが動きは滑らかで不器用さはなく、跳躍力も抜群。見た目も動きも黒豹の様……というか黒毛のフェリダエ族なのでそのまんま、黒豹だ。
 度胸も抜群で、あのシーズンはルーキーながら開幕戦に出場しゴルルグ族戦まで堂々たるプレイをみせていた。ただニャウダイール選手との追突後はやはり精彩を欠き、頭部を打ったという事もあり次の試合からはベンチ外へ降格。結局、そのシーズンのゴルルグ族戦以降は出番が無かった。 
 だがシーズンオフにきっちりとコンディションを戻し、翌シーズンからはまずベンチに復帰。リーグ戦半ば頃にスタメンを取り返し、以後数年間ずっと王者のチームの正GKである。
 大チョンボをやらかした選手がそのまま表舞台から姿を消してしまう事は競技を問わずある。しかしジーニャ選手は立派にカムバックし今も選手を続けているのである。その陰に腕の良いコーチの奮闘があった事は想像に難くないだろう。
 もっとも、いまはその『腕の良いコーチ』ことニャイアーコーチ、アローズにいるんですけどね……。

「フィジカル、フィジカル、フィジカルです」
 ナリンさんは苦笑しながらそう言った後、勢いのままガブリと昼食に噛みついた。
「あーやっぱそうなりますか」
 俺は練習の様を表現するかのようなナリンさんの食べっぷりにつられて笑う。そうそう、しょっちゅう
「異世界の種族、だいたい俺より目が良い」
ってグチっているけど、何気に歯や胃も強いんだよな。
「GKの育成理論がない国とか学校も、そんな感じらしいです」
 彼女の口の中に食べ物がある間はこちらが喋るターンだろう。俺は地球にいた時に聞いた話を思い出して続ける。
「技術が教えられない場合は、とにかく身体能力にモノを言わせてボールに飛びつくしかないですからね。あと足下も無いのでスローイングが大事になりますし」
 例えば学校の球技大会などで、GKをやらされたバスケ部やハンドボール部の子が意外な活躍をする、というシーンがあったりするが、理屈はそれである。身体能力が高くて良いボールを投げれるのは、地味にアドバンテージなのだ。
「じゃあ普通のGKとしての質は落ちているかもしれませんが、そっちの面は要注意ってことですね」
 俺がそう言うとナリンさんは咀嚼していた最後の塊を飲み込んで頷いた。そして
「ショーキチ殿の方はどうでありましたか? 見慣れぬ御仁と話し込まれていたようですが?」
と聞いてきた。うん、やっぱり目が良いな!
「お気づきでしたか。実はですねー。これ、言うと炎上しちゃうかなー」 
 俺はゴブゾウさんの真似で口火をきりつつ、先ほどあった出来事を説明し始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる
ファンタジー
 20XX年 正体不明のウイルスによって世界は恐慌状態に陥った。政府の打ち出した感染対策である大規模なロックダウンや人流制限により、職を失い世にあぶれる人々が溢れた。  主人公の瑞野 カオルもその一人だ。今まで働いていた飲食店が閉店し、職を探していた彼のもとに、強盗に遭いそうになっている老人と鉢合わせる。  その老人を助けたカオルは徐々に数奇な運命に巻き込まれていく。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

文太と真堂丸

だかずお
歴史・時代
これは、とある時代を生きた、信念を貫いた人間達の物語である。 その時代、国、人々は冷酷無比、恐ろしい怪物達を率いる大帝国と言う軍勢に支配されつつあった。 逆らう者など皆無、人々の心は絶望と言う名の闇に侵食されつつあった。 そんな時代に奇妙な縁の中、出会い、繋がっていく者達 お互いを大切な生命と認識する彼らは、絶望と言う名の巨大な闇に立ち向かう。 そこで待ち受けるのは、想像を絶するほどの恐怖、裏切り、愛する仲間の死、人間と言う心の闇 彼らは魂から抉り出される闇と立ち向かっていく。 これは人間と言う、己の心、精神、信念に向き合い、自らの魂である刀と共に、友情と愛に生きた人間達の、心震わす魂の物語である。 (現在こちらの作品の続きはAmazonでの販売、もしくは、Amazonの読み放題で読めるようになっています、Kindleアンリミテッド登録中の方は無料で読めるようになっているので是非見て下さい。Amazonのサイトにて、こちらのタイトルを検索して頂けると読める様になっています)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...