592 / 624
第三十三章
アップせんと!
しおりを挟む
宿舎としてあてがわれたのは巨大なゲル、騎馬民族が住むようなテントで、しかも有り難い事に男女別棟だった。だた俺とザックコーチだけでそのゲルを使用するのは申し訳ないのでお詫びとして雑多な荷物を預かる事になり、その搬入を終える頃には日はすっかりと落ちてしまった。
ここ、ニャルセロナはニャンダフル連邦共和国第二の都市で観光地として名高い。彼ら独特の建築もあればビーチもあり、見所はたくさんだ。だが今から出かける気持ちにもならず、俺とフィジカルコーチはルームサービスを頼み、それを食べながら他愛もない事を語らった後、すぐ床についた。
翌朝、朝食はこれまた専用のゲルに集まってみんなでとった。フェリダエ族の年頃の男女は離れて暮らし食事も別々になるが、もちろん異国からの観光客は別らしい。チームとしてオーダーした通りの食事がビュッフェ形式で並んでおり、コーチも選手も各自が選んだものを皿に取って適当なテーブルに分かれて食べた。宿泊所はゲルだが絨毯に直接座って、という訳ではない。この辺りもこちら側に合わせてくれた形だ。
ここまでフェリダエ側の歓待は素晴らしいものだ。宿舎も食事も申し分ないし、今日の前日練習も午後を譲ってくれた。完全に隔離してきたドワーフやゴルルグ族、もてなしてはくれているのだろうが感情が見えなかったインセクターとは全く違う。明らかな暖かみを感じる、と言っても過言ではないだろう。
ニャデムさんから聞いた通りエルフ全体への好意というのもあるだろう。だが俺はそれ以上に『王者の余裕』的なものを感じる。
「我々はサッカードウの頂点にいる。小細工など無用だ」
みたいな?
上等だ。こちらは小細工満載の残留ボーダーチームである。まあ小細工担当は主に監督の俺で、選手達は素直な子が多いが。ともかく、猫が余裕をみせているなら人間は抜け目なくそこへつけ込むだけだ。
「ああっとここでニャウダイール選手とジーニャ選手が接触!」
そんな事を考えていた俺の耳に、アナウンサーの大声が飛び込んできた。ただ大声、とは言え何度も聞き慣れた言葉なのでそれほど慌てず発生源の方へゆっくりと目をやる。
「ゴールは無人だ……ボールはヒラップス選手の前へ……ゴール!」
直前を越える絶叫が食事会場に備え付けられた魔法端末から響く。もちろん、その端末では映像――サッカードウ至上最大の番狂わせの一つと言われる、ゴルルグ族が絶好調のフェリダエ族を破った試合の得点シーンだ――も流れている。
これも俺がフェリダエ族へ出したオーダーの一つであり、小細工でもある。
「食事会場に大きなモニターを設置し、あの試合の映像をエンドレスで流したい」
とお願いしたのだ。
もちろん、そんな準備は自前でも簡単に出来る。だが俺はアウェイチームの権限として要求した。フェリダエ族の記憶の中で汚点として重くのし掛かる出来事を、彼女らに思い出させる為に。
いや別に選手や監督がこれを用意する訳じゃないけどね。ただ回り回って情報が伝われば、なんとなく嫌な感じになる筈だ。
そしてこれは逆に、自分達への良いメッセージにもなる。
「無敵に思えるフェリダエチームもこんな風に無様に失点し、負ける事がある」
という事をアローズ全体に意識させるのだ。
サッカーもサッカードウも、しっかり考えるのと同じくらいに
「考えなくても身体が動く」
という事が大事である。恐らく、今回の試合では攻撃のチャンスはあまりないだろうし、じっくり狙ってパスを出すという事も出来ないだろう。そんな数少ないチャンスに、咄嗟に浮かんで欲しいターゲットが映像と同じエリア、つまりCBとGKの間だ。
フェリダエ族は全体的に自信満々であり、それは守備の要のポジションでも変わりはない。協調してチームで守るというより自分が全て跳ね返す! という気持ちでいる。
それが悪い方向へ出たのが例のシーンだ。この場面でゴルルグ族の左SBが放ったクロスはふんわりとしたボールで、それほど鋭角でも正確でもなかった。セオリーで言えば手が使えるGKが前に出てしっかりキャッチすれば良い。
しかしフェリダエのニャウダイール選手は自分で処理しようとした。恐らく目論見としては自分がヘディングで軽くクリアしつつ迫り来るFWの逆を取り、素早く攻撃へ転じるつもりだったのだろう。背景情報を追加すると、このシーンは後半の13分。ゴルルグ族が意外な健闘をみせ、なんとここまで両チームともスコアレス。無得点であった。
自分チームの得点を期待していたサポーターはかなり焦れていたし、それ以上に選手が苛立っていた。
恐らくそれで彼女はああいうプレイを選択し、意志疎通を怠りGKのジーニャ選手と激突してしまった。そのこぼれ球がヒラップス選手の元へ転がったのは不運としか言いようがない。
とは言え、ここにもフェリダエチームとサッカードウ全体の問題点がある。まず一つにはGKの地位が低い。
「後ろの声は神の声」
という格言がサッカーにはあるが基本的に一番、後ろから見ているGKの方が全体を把握出来るので良い判断も出来る。だからあの様なシーンではGKからの指示および判断に従うべきだ。実際、アローズではその様に指導している。
また二つにはGKを組み込んだ攻撃の無さだ。仮に俺の推測通りすぐに反転攻勢に出たかったのだとしても、やはりそこはGKを使うべきだった。単純な人数の話、GKも使えれば11人で攻めることが出来るがFPだけだと10人しかいないのである。
まあGKに足下のテクニックがなければ難しいし、攻撃のトレーニングに組み込んでいなければいきなりは出来ないのだが。そしてこれも、アローズでは既に取り組んでいる。元FWのユイノさんだけでなくクラシックなタイプのボナザさんも、現段階でその面ではかなりのモノだ。
自慢かって? ええ、自慢ですよ! しかし王者フェリダエと明日には戦うのである。これくらいの自分上げは許して頂きたい……。
ここ、ニャルセロナはニャンダフル連邦共和国第二の都市で観光地として名高い。彼ら独特の建築もあればビーチもあり、見所はたくさんだ。だが今から出かける気持ちにもならず、俺とフィジカルコーチはルームサービスを頼み、それを食べながら他愛もない事を語らった後、すぐ床についた。
翌朝、朝食はこれまた専用のゲルに集まってみんなでとった。フェリダエ族の年頃の男女は離れて暮らし食事も別々になるが、もちろん異国からの観光客は別らしい。チームとしてオーダーした通りの食事がビュッフェ形式で並んでおり、コーチも選手も各自が選んだものを皿に取って適当なテーブルに分かれて食べた。宿泊所はゲルだが絨毯に直接座って、という訳ではない。この辺りもこちら側に合わせてくれた形だ。
ここまでフェリダエ側の歓待は素晴らしいものだ。宿舎も食事も申し分ないし、今日の前日練習も午後を譲ってくれた。完全に隔離してきたドワーフやゴルルグ族、もてなしてはくれているのだろうが感情が見えなかったインセクターとは全く違う。明らかな暖かみを感じる、と言っても過言ではないだろう。
ニャデムさんから聞いた通りエルフ全体への好意というのもあるだろう。だが俺はそれ以上に『王者の余裕』的なものを感じる。
「我々はサッカードウの頂点にいる。小細工など無用だ」
みたいな?
上等だ。こちらは小細工満載の残留ボーダーチームである。まあ小細工担当は主に監督の俺で、選手達は素直な子が多いが。ともかく、猫が余裕をみせているなら人間は抜け目なくそこへつけ込むだけだ。
「ああっとここでニャウダイール選手とジーニャ選手が接触!」
そんな事を考えていた俺の耳に、アナウンサーの大声が飛び込んできた。ただ大声、とは言え何度も聞き慣れた言葉なのでそれほど慌てず発生源の方へゆっくりと目をやる。
「ゴールは無人だ……ボールはヒラップス選手の前へ……ゴール!」
直前を越える絶叫が食事会場に備え付けられた魔法端末から響く。もちろん、その端末では映像――サッカードウ至上最大の番狂わせの一つと言われる、ゴルルグ族が絶好調のフェリダエ族を破った試合の得点シーンだ――も流れている。
これも俺がフェリダエ族へ出したオーダーの一つであり、小細工でもある。
「食事会場に大きなモニターを設置し、あの試合の映像をエンドレスで流したい」
とお願いしたのだ。
もちろん、そんな準備は自前でも簡単に出来る。だが俺はアウェイチームの権限として要求した。フェリダエ族の記憶の中で汚点として重くのし掛かる出来事を、彼女らに思い出させる為に。
いや別に選手や監督がこれを用意する訳じゃないけどね。ただ回り回って情報が伝われば、なんとなく嫌な感じになる筈だ。
そしてこれは逆に、自分達への良いメッセージにもなる。
「無敵に思えるフェリダエチームもこんな風に無様に失点し、負ける事がある」
という事をアローズ全体に意識させるのだ。
サッカーもサッカードウも、しっかり考えるのと同じくらいに
「考えなくても身体が動く」
という事が大事である。恐らく、今回の試合では攻撃のチャンスはあまりないだろうし、じっくり狙ってパスを出すという事も出来ないだろう。そんな数少ないチャンスに、咄嗟に浮かんで欲しいターゲットが映像と同じエリア、つまりCBとGKの間だ。
フェリダエ族は全体的に自信満々であり、それは守備の要のポジションでも変わりはない。協調してチームで守るというより自分が全て跳ね返す! という気持ちでいる。
それが悪い方向へ出たのが例のシーンだ。この場面でゴルルグ族の左SBが放ったクロスはふんわりとしたボールで、それほど鋭角でも正確でもなかった。セオリーで言えば手が使えるGKが前に出てしっかりキャッチすれば良い。
しかしフェリダエのニャウダイール選手は自分で処理しようとした。恐らく目論見としては自分がヘディングで軽くクリアしつつ迫り来るFWの逆を取り、素早く攻撃へ転じるつもりだったのだろう。背景情報を追加すると、このシーンは後半の13分。ゴルルグ族が意外な健闘をみせ、なんとここまで両チームともスコアレス。無得点であった。
自分チームの得点を期待していたサポーターはかなり焦れていたし、それ以上に選手が苛立っていた。
恐らくそれで彼女はああいうプレイを選択し、意志疎通を怠りGKのジーニャ選手と激突してしまった。そのこぼれ球がヒラップス選手の元へ転がったのは不運としか言いようがない。
とは言え、ここにもフェリダエチームとサッカードウ全体の問題点がある。まず一つにはGKの地位が低い。
「後ろの声は神の声」
という格言がサッカーにはあるが基本的に一番、後ろから見ているGKの方が全体を把握出来るので良い判断も出来る。だからあの様なシーンではGKからの指示および判断に従うべきだ。実際、アローズではその様に指導している。
また二つにはGKを組み込んだ攻撃の無さだ。仮に俺の推測通りすぐに反転攻勢に出たかったのだとしても、やはりそこはGKを使うべきだった。単純な人数の話、GKも使えれば11人で攻めることが出来るがFPだけだと10人しかいないのである。
まあGKに足下のテクニックがなければ難しいし、攻撃のトレーニングに組み込んでいなければいきなりは出来ないのだが。そしてこれも、アローズでは既に取り組んでいる。元FWのユイノさんだけでなくクラシックなタイプのボナザさんも、現段階でその面ではかなりのモノだ。
自慢かって? ええ、自慢ですよ! しかし王者フェリダエと明日には戦うのである。これくらいの自分上げは許して頂きたい……。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
貴方に側室を決める権利はございません
章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。
思い付きによるショートショート。
国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。
7個のチート能力は貰いますが、6個は別に必要ありません
ひむよ
ファンタジー
「お詫びとしてどんな力でも与えてやろう」
目が覚めると目の前のおっさんにいきなりそんな言葉をかけられた藤城 皐月。
この言葉の意味を説明され、結果皐月は7個の能力を手に入れた。
だが、皐月にとってはこの内6個はおまけに過ぎない。皐月にとって最も必要なのは自分で考えたスキルだけだ。
だが、皐月は貰えるものはもらうという精神一応7個貰った。
そんな皐月が異世界を安全に楽しむ物語。
人気ランキング2位に載っていました。
hotランキング1位に載っていました。
ありがとうございます。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる